2022
■人のために握るペン
++++
「ジュン、すみません。ちょっとこれを見てもらえますか?」
「何ですか?」
夏合宿までには何度か特別練習の日というのがあって、対策委員からのお知らせだったり、合宿に向けて技術的な練習をしたりするのに1・2年生が全員集合することになっている。ただ、2年生以下の10人で夏合宿経験者がカノン先輩1人だけ。練習をするにも若干心許ないということで奈々先輩も招集されて、結果的に全員集合することになっている。
季節が夏に入るかな、くらいの頃に薄々感づいてはいたんだけど、このサークルは時間に大らかな人が多いのではないかという疑惑がある。もちろん全員ではないけど、何人かは確実に指定された集合時刻からは遅れてやってくる傾向にあるような気がする。こういうときに大体一緒にみんなを待つのが春風先輩だ。この人はとてもきっちりしているという印象だ。
「ええとですね……これなんですけど」
「――って! ちょっと、何てものを!」
春風先輩がカバンから取り出したのは、俺が受験勉強の合間にしていた落書きから生まれたキャラクターが、立体的に模された物。MMPの守り神として鎮座している“ケイトくん”というパンダのぬいぐるみと同じくらいのサイズ感をしている。
「先日北星さんから例のアニメーションのファイルを送ってもらいまして」
「はい、そこまでは知ってます」
「画風と言いますか、アニメーションの雰囲気でしょうか。キャラクターデザインもあいまって、私はずーっとこのアニメーションを眺めてしまっていて。癒されるんですよね本当に」
「はあ。そう言っていただけて恐縮です」
「私があまりにこのアニメーションを見ていたからか徹平くんも興味を持ったようで、ジュンが作ったんですよと紹介をして見せてみたんです。そうしたら、次の日にはこれを」
「何でそれでぬいぐるみを作るっていう発想になるのか俺には理解が出来ないんですけど」
「徹平くんは手芸の趣味もあるのです」
「そういうことじゃないです」
「作りやすそうなフォルムだったし触ると気持ちよさそうな感じのキャラだから作ってみた、とのことですけど」
ぜひ触ってみてくださいと差し出されたそれを持ってみると、固すぎず柔らかすぎずのラインが実に絶妙で、何となくふにふにと触っていたくなるような、そんな触感だ。ただの落書きをアニメーションに落とし込んだのだって動機がアレだったのに、それがまさかここまで広がってしまうとは。うう、流布速度がこわい。
すがやん先輩には手芸の趣味があるという話は初めて聞いたけど、ちょっとアニメーション動画を見ただけでそれを立体にする技術があるとか凄すぎる。趣味の話になるといつも殿とツッツを引き合いに出しがちだけど、その2人やすがやん先輩の手芸・裁縫の趣味って生活の役に立つ趣味なんだよなあ。俺もそういうのを持ってみたいけど。
「でも、それで作れてしまうのは凄いですね。あー、こういうついうっかり触りたくなるぬいぐるみ、雑貨屋とかにありますよねー……人をダメにするタイプのヤツ」
「わかります。もし良ければその子はジュンの手元に置いてあげてください。キャラクターの生みの親ですし」
「え、これはすがやん先輩が春風先輩にって作ってくれた物なんじゃないんですか。そんなものをいただけません」
「大丈夫ですよ。私には徹平くん曰く失敗した方の子がいますから」
「え」
「実はその子は2体目なんです。キャラクターデザインを忠実に再現するのは難しかったようで、さすがに1発目でバチンとは決まらなかったそうです。目などのパーツのバランスが絶妙なんだそうですよ」
「確かに、それが狂うと所謂作画崩壊ってヤツになってジャックやうっしーが嘆くような感じのことになるんですね」
春風先輩の手元に処女作があるとのことなので、成功作となった2体目のぬいぐるみはお言葉に甘えて手元に置いておくことにした。もちろん普段はぬいぐるみなんて柄じゃないけど、部屋に置いておいても悪目立ちしないデザインであったり色味なのがありがたい。
「あの、それでジュンには無理を承知でお願いがあるのですが」
「何ですか?」
「これは私の手帳なんですけど、これに絵を描いていただけないかと」
「ええー……この場合、コイツですよね?」
「そうですね。表紙にガッと行ってしまってください」
「本当にいいんですか?」
「私がお願いしている立場なのです。こちら、マーカーです」
「それでは、失礼して」
手帳の表紙にマーカーで一発描きをしろというのもなかなかムチャな話だけど、この人は俺のこのキャラクターの何にそんなにどっぷり浸かってしまっているんだ。ただ、そこまで気に入ってもらえているのであれば、期待を裏切ることはしたくないので誠心誠意、真心を込めて描きたいなとも思うわけで。
「こんな感じでどうですか? 春風先輩の手帳なので天体観測をテーマにしてみました」
「素敵です! わあ、嬉しい! これ、望遠鏡はソラでこれだけのディティールを」
「それはさすがに無理なので調べて描きましたけど」
「調べてそれをすぐ描けるのは凄いです。わー、いいなー。アクリルキーホルダーかラバーキーボルダーにならないかなあ」
俺からすれば始まりは本当に落書きなんだけど、それでこんなに喜んでもらえるのは嬉しくもあり不思議でもあり。ただ、こうして見ると普段はきっちりとしている春風先輩も年相応じゃないけど、それなりにはしゃぐこともある女の子の一面があるのだなあというのは新たな発見だ。普通に1個下なんだもんな。
「ああ、浮かれてしまって忘れるところでした」
「まだ何かあるんですか?」
「手乗りサイズなんですけど、一応、こういうのもあります」
「黒っ」
「まっくろジュンジュンの語感がやはり私にはハマっていて」
「だからってコイツを黒くする必要はなかったんじゃないですかね」
「ですが、つぶらな瞳が可愛いですよね」
「それはそうなんですけど、うっしーに見つからないうちに隠さないとまたうるさそうだな……」
「まっくろジュンジュンの名付け親ですもんね」
end.
++++
恐らくはMMP史上屈指の画力を持つのがジュンである。これは秋の働きに期待。収納改め装飾班来るか
(phase3)
.
++++
「ジュン、すみません。ちょっとこれを見てもらえますか?」
「何ですか?」
夏合宿までには何度か特別練習の日というのがあって、対策委員からのお知らせだったり、合宿に向けて技術的な練習をしたりするのに1・2年生が全員集合することになっている。ただ、2年生以下の10人で夏合宿経験者がカノン先輩1人だけ。練習をするにも若干心許ないということで奈々先輩も招集されて、結果的に全員集合することになっている。
季節が夏に入るかな、くらいの頃に薄々感づいてはいたんだけど、このサークルは時間に大らかな人が多いのではないかという疑惑がある。もちろん全員ではないけど、何人かは確実に指定された集合時刻からは遅れてやってくる傾向にあるような気がする。こういうときに大体一緒にみんなを待つのが春風先輩だ。この人はとてもきっちりしているという印象だ。
「ええとですね……これなんですけど」
「――って! ちょっと、何てものを!」
春風先輩がカバンから取り出したのは、俺が受験勉強の合間にしていた落書きから生まれたキャラクターが、立体的に模された物。MMPの守り神として鎮座している“ケイトくん”というパンダのぬいぐるみと同じくらいのサイズ感をしている。
「先日北星さんから例のアニメーションのファイルを送ってもらいまして」
「はい、そこまでは知ってます」
「画風と言いますか、アニメーションの雰囲気でしょうか。キャラクターデザインもあいまって、私はずーっとこのアニメーションを眺めてしまっていて。癒されるんですよね本当に」
「はあ。そう言っていただけて恐縮です」
「私があまりにこのアニメーションを見ていたからか徹平くんも興味を持ったようで、ジュンが作ったんですよと紹介をして見せてみたんです。そうしたら、次の日にはこれを」
「何でそれでぬいぐるみを作るっていう発想になるのか俺には理解が出来ないんですけど」
「徹平くんは手芸の趣味もあるのです」
「そういうことじゃないです」
「作りやすそうなフォルムだったし触ると気持ちよさそうな感じのキャラだから作ってみた、とのことですけど」
ぜひ触ってみてくださいと差し出されたそれを持ってみると、固すぎず柔らかすぎずのラインが実に絶妙で、何となくふにふにと触っていたくなるような、そんな触感だ。ただの落書きをアニメーションに落とし込んだのだって動機がアレだったのに、それがまさかここまで広がってしまうとは。うう、流布速度がこわい。
すがやん先輩には手芸の趣味があるという話は初めて聞いたけど、ちょっとアニメーション動画を見ただけでそれを立体にする技術があるとか凄すぎる。趣味の話になるといつも殿とツッツを引き合いに出しがちだけど、その2人やすがやん先輩の手芸・裁縫の趣味って生活の役に立つ趣味なんだよなあ。俺もそういうのを持ってみたいけど。
「でも、それで作れてしまうのは凄いですね。あー、こういうついうっかり触りたくなるぬいぐるみ、雑貨屋とかにありますよねー……人をダメにするタイプのヤツ」
「わかります。もし良ければその子はジュンの手元に置いてあげてください。キャラクターの生みの親ですし」
「え、これはすがやん先輩が春風先輩にって作ってくれた物なんじゃないんですか。そんなものをいただけません」
「大丈夫ですよ。私には徹平くん曰く失敗した方の子がいますから」
「え」
「実はその子は2体目なんです。キャラクターデザインを忠実に再現するのは難しかったようで、さすがに1発目でバチンとは決まらなかったそうです。目などのパーツのバランスが絶妙なんだそうですよ」
「確かに、それが狂うと所謂作画崩壊ってヤツになってジャックやうっしーが嘆くような感じのことになるんですね」
春風先輩の手元に処女作があるとのことなので、成功作となった2体目のぬいぐるみはお言葉に甘えて手元に置いておくことにした。もちろん普段はぬいぐるみなんて柄じゃないけど、部屋に置いておいても悪目立ちしないデザインであったり色味なのがありがたい。
「あの、それでジュンには無理を承知でお願いがあるのですが」
「何ですか?」
「これは私の手帳なんですけど、これに絵を描いていただけないかと」
「ええー……この場合、コイツですよね?」
「そうですね。表紙にガッと行ってしまってください」
「本当にいいんですか?」
「私がお願いしている立場なのです。こちら、マーカーです」
「それでは、失礼して」
手帳の表紙にマーカーで一発描きをしろというのもなかなかムチャな話だけど、この人は俺のこのキャラクターの何にそんなにどっぷり浸かってしまっているんだ。ただ、そこまで気に入ってもらえているのであれば、期待を裏切ることはしたくないので誠心誠意、真心を込めて描きたいなとも思うわけで。
「こんな感じでどうですか? 春風先輩の手帳なので天体観測をテーマにしてみました」
「素敵です! わあ、嬉しい! これ、望遠鏡はソラでこれだけのディティールを」
「それはさすがに無理なので調べて描きましたけど」
「調べてそれをすぐ描けるのは凄いです。わー、いいなー。アクリルキーホルダーかラバーキーボルダーにならないかなあ」
俺からすれば始まりは本当に落書きなんだけど、それでこんなに喜んでもらえるのは嬉しくもあり不思議でもあり。ただ、こうして見ると普段はきっちりとしている春風先輩も年相応じゃないけど、それなりにはしゃぐこともある女の子の一面があるのだなあというのは新たな発見だ。普通に1個下なんだもんな。
「ああ、浮かれてしまって忘れるところでした」
「まだ何かあるんですか?」
「手乗りサイズなんですけど、一応、こういうのもあります」
「黒っ」
「まっくろジュンジュンの語感がやはり私にはハマっていて」
「だからってコイツを黒くする必要はなかったんじゃないですかね」
「ですが、つぶらな瞳が可愛いですよね」
「それはそうなんですけど、うっしーに見つからないうちに隠さないとまたうるさそうだな……」
「まっくろジュンジュンの名付け親ですもんね」
end.
++++
恐らくはMMP史上屈指の画力を持つのがジュンである。これは秋の働きに期待。収納改め装飾班来るか
(phase3)
.