2022

■おはようマーチ

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「ん……」

 意識が戻ってきたなと思ってから、実際に体が動き始めるまでにはいくらかラグがある。うっすらと目が開いてくると、やたらパサパサした目にはっきりとした視界。コンタクトを外さずに寝たんだろう。またやったか。
 そう思ったのも束の間、天井の感じが俺の部屋の感じとは違うことに気付く。いや、違うのは天井だけじゃなくて、俺が今寝ている場所もだ。俺のベッドじゃなさそうな感じ。寝慣れない感触と言うか。えーと、昨日は何だっけ、そうだ、玄で飲んでて、それからどうしたかな。

「起きやがったか、クソ野郎」
「起きるなりクソ野郎とか言われる筋合いはねーぞ」
「てめェに筋合いはなくても俺に言う権利はある。昨日の夜から今に至るまでの経緯を思い出せなければお前は紛う方なきクソ野郎だし今後一切それを否定させねえからな」

 俺の脇に水を置いて仁王立ちする高崎の表情の険しいこと。いや、険しいかもしれないけど割といつも通りにも見えるからコイツの喜怒哀楽は相変わらず怒以外わかりにくい。だけど、昨日の夜から今に至るまでの経緯は確かに考える必要がありそうだ。
 えーと、昨日は確か玄で飲んでて、そうだそうだ、コイツと拳悟と越野と、山口と大石がいて、何かすげー楽しく喋ってた覚えはある。やっぱ玄と言えば山口だよなーとか何とか言いながら生中を何杯か飲んで、弱いクセに調子に乗るなと高崎に言われてムッしたところまでは思い出した。

「お前に弱いクセに調子に乗るなって言われたトコまでは覚えてるな」
「逆にそこまでしか覚えてねえのかよ」
「えっと、ちなみに何時まで飲んでました?」
「俺らは普通に大石の終電まで飲んでたが、お前は早々に人の背中で爆睡しやがったなあ? そうだなあ、あれは確か、8時くらいか? 6時半から飲み始めて8時に寝落ちなあ。さすがの俺でもそんなに早く睡魔に負けることはねえけどなあ」
「ぐっ……」

 大石の終電ということは11時半とかそれくらいか。5時間くらい飲んでたらしいのに、開始1時間半で寝てたとか逆にどんな飲み方をしたらそうなるんだとは我ながら思う。相当楽しい現場だったことだろう。残りの時間の記憶がないのが悔やまれる。

「つかお前の背中で爆睡してたってどういうことだよ」
「あ? てめェが人に抱きついて来やがったんだろうが。てめェはコアラか何かかよ」
「そんなに凶暴じゃねーぞ」
「問答無用で今すぐつまみ出してもいいんだぞ」
「つかここどこですか」
「俺ン家だ。他にやり様がなかったからな。連中は山口すらお前を俺に押し付けて早々に散って行きやがった。ちなみに、俺はどんだけ仲のいい奴でも部屋に必要以上に人を上げない主義で、この部屋に上がったことがあるのは今んトコ拳悟と拓馬さんだけだ。それをこんなクソ下らねえことで俺の領域を侵しやがって」
「すんませんっした」

 確かに高崎はパーソナルスペースがめちゃくちゃ広いみたいな話は聞いたことがあるし、家には断固として他人を上げないということも壮馬が言っていた。緑大の頃は大学の目の前に住んでたのにたまり場にされてないってのがまず異様なんだよな。
 そもそもが社会人になってから住む家でそこまで友達が遊びに来るということもないんだろうけど(うちは論外として)、拳悟と塩見さんっていう顔触れが高崎にとって家という場所がどれだけ神聖なのかが窺い知れる。やはりコイツには卒論を書いている段階で話を聞くべきだった。

「つか広い家だな。間取りは?」
「1LDK」
「これで家賃いくら?」
「6.3万」
「え、この立地で? 安っ」
「お前ン家はもっとすんのか」
「いや、6畳ロフト付きで値段自体は5万だけど、それでもこの家の家賃が破格だなと思って。はえー、スタイリッシュだなー。雑然とした俺の部屋とは大違いだ」
「お前は片付けられねえ奴だとは聞いたことがあるが、そこまでか」
「菅野が散らかすのも悪いと思わないか」
「太一ならやりかねねえとは思うが、元々足の踏み場もないって話だろ。それで来客をベッドに座らせて待たせるとか」
「菅野についての解釈は一致してんじゃねーか。いや、つか俺の部屋にはこんないいソファとかねーし。つか来客がねーのに何でこんないいソファ用意してんだよ」
「知ってるか朝霞、ソファっつーのは客のためだけにあるワケじゃねえんだぞ」
「ンなことくらい知ってるぞ。バカにしてんのか」
「そう、俺の俺による俺のためのソファに、さすがに床に雑魚寝させんのもなっつー情けでどこぞのクソ野郎を寝かせてやったんじゃねえか。涎とかこぼしてやがったら絶対許さねえからな」
「えーっと……多分大丈夫っす、はい」
「店の時点でTシャツはやられたとは言っとくからな。だらしのねえ口しやがって」
「ホントすんませんっした!」

 昨日から今にかけての話を持ち出されると完全に下手に出るしかないのが現状しんどいところだ。どうにかして貸し借りなしの状態に戻しておかないと。

「さて。世の中ギブ&テイクっつー言葉は、お前も宮ちゃんの同僚にして趣味の同士なら聞いたことくらいはあるよな」
「そうですね、はい。えーと……肉でも食いに行きますか?」
「お前持ちだな」
「ええ、はい。もちろん。どういった肉をごちそうさせていただくかについては後日連絡を差し上げるという形でよろしいでしょうか。星港市内でいい肉の店を調べる時間をいただければ幸いです」
「ああ。そうだな」

 それこそ肉の店だったら塩見さんに聞けば知ってそうだし、ちょっといい店だったら京川さんが知ってるはずだから、ネットでも調べるけどその2人にも聞いてみよう。あとこういうときの高崎の扱いについても塩見さんには聞いておきたい!

「あー……やっと頭回ってきた」
「それならさっさと支度して帰れよな。マジで次はねえぞ」


end.


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学生時代は接点の少なかった高崎とPさんだけど、これからはどうかな?
ただもう高崎からすればPさんを泊めたのは不覚だし肉奢ってもらったくらいじゃしばらく機嫌は直らない。

(phase3)

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