2022

■背中に疫病神

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「いやー、ここでこのメンツが揃うとお盆! って感じだねー!」
「ホントでしょでしょ~」
「飲むモン頼もうぜ。全員生でいいっしょ?」
「いいでーす」
「生6つー!」
「は~い! っとっと、つい習性で返事しちゃった~」
「職業病だな」

 盆に拳悟主催で玄という居酒屋に来て万里と3人で飲む、というのがここ数年の流れだった。今年もいつものように呼ばれたから出て来たが、ツッコミどころはいくつかある。

「山口、お前は何でいるんだ」
「こないだ拳悟クンの美容院に行ったら~、今度玄で飲むからって誘われて~。夏の飲みっていつメンの会でしょ? いいの? って聞いたら俺がいないと寂しいから~って言われたからお言葉に甘えてお呼ばれしたよね~」
「でも高崎だって朝霞と一緒に来てんじゃん」
「そこで会っただけだ」
「って言うか、そんな水入らずの会ならそう言ってよ越野。なに普通の飲みだよって雰囲気で誘ってんの」
「うっせーな、学生の頃ならともかく今は全員星港なんだから集まろうと思えばいつでも会えんだよ。俺がお前とも飲みたかったんだ、文句あっか」

 俺と拳悟と万里といういつものメンツに山口、朝霞、大石という3人が加わっての会になっていたのだ。まあ、拳悟はこういう奴だから多少諦めもつくし、万里と大石は同僚だから――って、それでもこうはならねえと思うが。
 確かに星高卒の3人は今は全員星港だから集まろうと思えばいつでも。万里の言うことに間違いはないが、コイツのパターンからして、絶対この後の二次会のノリで俺の部屋に押し掛けてこようとする。それだけは絶対に阻止しなければ。行くなら朝霞ン家に行けと。それだ。

「大石クン、いい体してんねー。何かスポーツとかやってた? それともジムとか通ってる?」
「高校まで部活で水泳やってて、今も趣味でプールには行ってる。ジム通いとか特別なトレーニングはやったことないよ」
「コイツは日常の仕事が十分トレーニングレベルだから何もしなくてもムキムキになってくんだよ。はー、俺も同じ仕事してたら筋肉つくかなー、つくよなー。でもこのクソ暑い中現場で作業したくねーんだよなー」
「越野、すっかり事務職に染まってんじゃん」
「うるせえ、パソコン上での入出庫管理だの在庫管理も倉庫業には必要な仕事だ」
「はーい、生6つで~す」
「おーっ、いいねー」
「やっぱお前じゃなきゃ玄に来たーって感じが半減なんだよなー…! 今日はいつも以上に美味い酒が飲めるぞ!」

 今日は客として来ているはずの山口が、元店員ということで半ば手伝いのような形で駆り出されて自分たちが注文した生中のジョッキを運んでくる。今は別の居酒屋の社員として働いているそうだが、それもいずれ自分の店を出すための修行の一環らしい。大将直々に「1回外の世界も見て来い」と言われたとかで。

「それじゃー俺たちの再会と新しい縁にかんぱーい!」
「かんぱーい」
「っつってもここで完全に今初対面なのって拳悟と大石だけだろ?」
「そうだね」
「万里と朝霞は大石繋がりか何かか。大分親しくなってるみたいだな」
「そーそー。大石繋がりで何度か飲んでるし、朝霞もマイクラやってるらしくて、俺の町とか自慢したりしてー。あっ、そーいや高崎聞いたか、カズと宮ちゃん結婚したらしいぞ」
「式に呼ばれた俺が知らないワケねえだろ」
「はー!? えっ、式に呼ばれた!? 何でだよ!」
「連中によれば、俺は浅浦の次に名前が挙がった共通の友人だってよ」
「浅浦の次!? いやお前それ実質1位じゃんか!」
「難なら伊東が4年の頃に訝しがってた宮ちゃんの就活友達とかいう男が実は朝霞で拍子抜けしたっつー話も聞いてるし、弁当サブスクだとか同人誌のネタ提供に事欠かないとか大体のことは知ってる」
「ガチな事情通じゃねーかよ! えっ、カズと結構会ってんの?」
「宅飲みするなら伊東に頼む一択だろ」
「だよな」
「ああ」

 そうそういつもではないが、俺もたまに伊東に呼ばれてアイツの家で飲ませてもらう機会はある。そういう時に朝霞の話が入ってくるのだ。月1万で出勤日の弁当と何回かの晩飯の権利がもらえるってのはマジで賢いと思ったし羨ましいとは今でも思っている。が、それも宮ちゃんの同僚だから出来る話だ。

「実はね~、俺も1回伊東クンの新居にはお邪魔したことがあるんだよ~」
「サッカー関係でか?」
「だったら良かったんだけどね~。結構出来上がっちゃった朝霞クンを引き取りにね~」
「えっ…? そんなことあったか…?」
「ありました~。朝霞クンが覚えてないだけですぅ~」
「朝霞、新婚夫婦の家でそれはマズいよ。難ならお店で酔い潰れるよりヒドいかも」
「奥さんの慧梨夏サンがね~、朝霞クンと話してた事から俺に連絡が繋がればワンチャンあるんじゃないかって~。それで伊東クンから連絡が来てね~」
「お前自分がクソ弱いことわかってんだからいい加減飲み方くらい覚えろよ。相変わらずめんどくせえ奴だな」
「うるせえこのフラフープ野郎……わかってんだよ、わかってんだよマジで! わかった上で楽しくなるとこうだ!」
「ちなみにこの現場、朝霞クン以外み~んなある程度飲めるし俺もデフォルトでいるから安心して楽しんでもらって~」
「つか何だよフラフープって」
「ザル、の上の表現なのかなあ。あ、アニ、林檎酒ロックで頼める? あとチキン南蛮も食べたいな」
「はいは~い。他、注文ある人~」
「ピッチャーと、俺は唐揚げにするかな」

 朝霞の酒癖の悪さについては拓馬さんからも聞いたことがあるし、リン君も複数回被害に遭ったとか。件の実況グループの面々で飲むことがあっても朝霞を調子に乗らすなとは拓馬さんとリン君の間の共通認識。自我が保てているうちに多少荒っぽくしてでも止めさせるのが鉄則とのこと。
 俺はまあまあ飲める方だと思っているしヤバくなったら止めれるとは思っているが、リン君はタメだからともかく拓馬さん相手にそこまで激しくやる度胸は俺にはない。今から思えば中学2年当時の俺はよくあの人の前でビールの缶を一気で空けてたな。

「つーかな! 俺だって飲む量をセーブするときはしてるんだ!」
「はいはい。頑張ってんな」
「拳悟ー! 高崎が俺のことを見下すんだが!?」
「ほら、高崎はカズとか宮ちゃんの被害にも遭ってるから……」
「あと議長サンの被害にも遭ってるね~」
「見下すと言うよりは、弱い人の「大丈夫」とか「セーブ出来ます」とか、そういう言葉が信用ならないってだけだよ朝霞」
「大石が俺の言いたいことを全部言った。そういうことだ朝霞。俺はお前のそのテの言葉を一……切! 信用してねえからな。余談だが山口、俺はインターフェイスの飲みでもコイツの絡み酒の被害に遭ったことがあるからな。右に伊東左に菜月、そんで斜め後ろからコイツが延々と絡んできてみろ」
「あ、あ~……あ~りましたね、そんなことも~……」
「うーん、それは物凄いね」
「つかお前がそーゆー弱い奴を引き寄せるフェロモンみたいなモンを出してんじゃねーの? そこまで引き寄せるとかなかなかねーよ」
「あっ、それも一理あるよね~」
「あってたまるか」
「お前は人をボロクソに言って邪険に扱ってるように見えて何だかんだ情に厚い奴だから完全には見捨て切れないんだろうなあ。非情になれないっつーかさあ」
「お前に言われると腹しか立たねえな」
「お前の情の厚さに関してはいくつか根拠はあるんだよ。まずはシンのゴミクズレポートをそれらしくするために手伝ってたことだとか」
「あれは出席ボーナスのためだ」
「そう、何かしら理由を付けたり報酬を求めるけど、その分きっちり働くんだよ。公務員って感じだよな~」
「朝霞、そろそろぶっ潰されたいようだな」
「あ~、やるか~? まだ頭と口は回ってるぞ」
「いいぞー、やれやれー」
「ちょっと、煽らないで越野! 朝霞、1回お茶飲もう」
「はいは~い、朝霞クン好みのお茶の温度を知ってるのは俺~。いいの作ってくるね~」

 多分コイツは飲みの人数が増えると楽しくなってその分酒量も増えるしペースが自分の意図しないスピードで上がっていくんだろう。そして本人は楽しいからそのことに気付いていないパターンのヤツ。今回は山口を連れてきた拳悟のファインプレーだな。

「もう、朝霞は煽ったら煽っただけ本気にするんだから。スルースキルがないんだよ」
「俺からすればこの高崎に真正面から喧嘩をふっかけて絡んでく奴がいるってのがもう楽しいことだからなあ。ついうっかりもっと見たくなるんだよ」
「うっかりじゃないでしょ、もー」
「大石、その調子だと職場でも万里に振り回されてそうだな」
「会社ではここまででもないんだけどね。なんなら仕事の上では俺も頼りにしてるし」
「だよなー。俺らは今期入社のゴールデンペアとしてそりゃあもう阿吽の呼吸でバリバリやってんだよ。西に東に現場を走り回ったり、塩見さんの助手をやってたりだなあ。なあ大石!」
「少し話は大きくなってるような気がしないでもないけど、息は合ってるよね」
「拓馬さんの助手なあ。まあ、大石はバイト込みでまあまあ歴もあるからわかるけど、お前がか」
「何だとー! 筋はいいって言われてんだからな! つかパソコン上でデータ扱ってんのは俺だぞ!」
「うんうん、そうだね。越野もお酒飲むと喧嘩っ早くなる方だったっけ?」
「いや、コイツはデフォルトでこんな奴だ」
「うん、そうだね。シラフでこう」
「だとすると、会社では一応我慢してるってことなのかなあ」

 大石の話が本当なら万里は会社ではまだ短気の一面があまり出ていないということなのだろう。そうこうしていると、山口が朝霞に飲ませるお茶を作って戻ってきた。熱いお茶とは名ばかりの、ぬるめの緑茶だ。猫舌だから急に熱いものを飲ませるとびっくりするらしい。
 朝霞の何がめんどくせえって、人に散々絡むだけ絡んで喋り疲れたのか、コイツは俺をバックハグするような形で背中に寄りかかっているのだ。いくら冷房のかかっている店の中とは言え、クソ暑い夏にやられたいことではない。

「なあ山口、一応確認していいか」
「いいよ~」
「仮にこのクソ野郎がさらに調子ぶっこいて前後不覚になったとする。そうなったらコイツをどうこうするのはお前でいいな」
「それはそのとき朝霞クンが気に入ってた人になるんじゃないかな~」
「つか今まではどうしてたんだ。星ヶ丘の飲みとかでは」
「ほら~、中途半端に意識がある方が面倒だから~、大体は雄平さんが逆に朝霞クンを潰して担ぎ上げてベッドにポイッ、ってパターンだったし~。力こそパワーだからね~」
「越谷さんも越谷さんで頭おかしいな。コイツでも一応まあまあタッパあるからそれなりに重いだろ」
「まあ、その辺はウチの誇る頭脳派にして筋肉マスターの雄平さんなんで~」

 一見頭がおかしいようには思えるが、中途半端に意識がある方が面倒だというのには一理ある。だったら早々に潰して担いでポイの方が本当に楽なんじゃないかとすら思う。俺は野坂までなら背負って山道を歩くことは出来るからコイツくらいならやれはするだろうが、それでも基礎的な力であれば。

「――って、何で俺を見てるのかなあ高崎?」
「いや、それをやれそうなのはお前だなと思って」
「ほら朝霞ク~ン、お茶飲むなら起きて飲んで~。こぼすよ~」
「いくら日常的に重い荷物を担いでても、さすがに人を担いだことはないよ。って言うか俺は家が逆方向だしね? うん、逆方向だから」
「大石、いい事を教えてやる。お前は家までの距離が遠いだけで特段逆方向でもねえんだ。強いて言えば星城線沿線の俺が方角としては一番違うまである」
「高崎が朝霞から解放されたくて必死なことはよーく伝わってくるけどね」
「このメンツだったらコイツとの関わりは浅い方だぞ。絡むにしても何で俺なんだよ」
「うーん、それこそさっき越野が言ってたフェロモン説? 真実味を帯びて来ちゃうんじゃないかなあ」
「そんなモンがあってたまるかよ」
「この状況、次に伊東クンの家にお邪魔する機会があったら奥さんに売っておくね~」
「てめェからぶっ潰すぞ山口」
「おっ、元ヤンの血が蘇るか?」
「黙れ万里。俺はヤンキーだったことはねえっつってんだろ」
「あ~! 朝霞クンそれはちょっとズルだよ! お茶飲むなら体起こして!」
「山口、一応言っとくが、俺にお茶ぶっかけるようなことはさせんなよ」
「善処します~。朝霞ク~ン、そんなに高崎クンがいいのかな~?」
「ん~」
「高崎クンがいいみたいだネ」
「ふざけんな」
「ふっ、ふふっ」
「何笑ってやがる大石」
「ごめん、悪気はないんだ」
「そろそろ諦めていいんじゃね? 朝霞が潰れたら担いでやれよ高崎」
「てめェは他人事だからそんな簡単に言えるんだろうが」
「うんまあ、頑張って高崎」
「そういやさっきから気配消してんな拳悟。ほら、あれだ、ギタリストのよしみで担いでやれよ」
「ギターと言えば、トリプルメソッドにいくつか作詞してるみたいだよね薫クン」
「あからさまに話をそらすんじゃねえ。……はーっ……」

 いつの間にかお茶はちっとも飲まれないまま回収されて机の上に来てたし。山口も朝霞の扱いを諦めたのか、焼き鳥の串をそれまでより速いペースでつまみ始めた。さて、俺はどうしたものか。このまま体を固められるとトイレにも行けやしない。

「山口、だし巻き卵とプリン頼んでいいか」
「えっと、それは高崎クンが食べるヤツ?」
「以外に何がある」
「あ、ううん。それをダシに朝霞クンを釣るのかと思っちゃった。ご本人様のですね~」


end.


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いつメンの夏の会が荒れ狂うPさんのおかげで大変なことに。迷惑を被るのは大体高崎。

(phase3)

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