2022
■信頼の築き方
++++
夏合宿について同期のみんなと情報交換なんかをしていると、さすがに班長に顔と名前を一致させてもらえない可能性があるというのはマズいのではないかという結論に達した。しかもペア決めの結果、俺とペアを組むことになったのは北星先輩だ。これはいよいよ覚えてもらわないと立ち行かない。
班の先輩や春風先輩、そして奈々先輩に北星先輩の攻略法を聞いたら、やっぱり映像関係で印象を植え付けるのが早いという答えが多かった。だけど俺に映像の心得はない。それなら日常のちょっとした記録を逐一映像で残していくかとも思ったけど、同期のみんなほど面白い生活をしていないことにも気付いてしまった。
映像のことも考えつつ、本題はあくまでラジオの番組だ。映像のことを考える余りそっちがおざなりになっては本末転倒。俺は要領もあまり良くないし、器用なタイプでもないのでどうしたものかなと考え込んでいる。しかもテストのこともあったし。いや、正直テストよりも難題かもしれない。
「――というわけで、何とか北星先輩に顔と名前を覚えてもらおうと思って短い映像作品を少し作って来ました」
「えっと~、それは俺が~、人の顔と名前を覚えるのが苦手だから~、わざわざ作ってくれたってこと~?」
「はい、そうです。ペアを組むわけですし、どうしても覚えてもらわないと今後の意思疎通にも問題が発生する可能性もあるじゃないですか」
「何かごめんね~。でも作った映像は見せて」
「最初に言っておきますけど、本当に素人が初めて作った物なので期待はしないでくださいね」
ファイルを入れたスマホを差し出して、作った物を見てもらっているときの緊張感が下手すれば受験の時以上だ。最初に星大を受けた時は自分なら受かるって思ってちょっと強気だったし、2回目の星大受験のときもこれだけやったんだからと言い聞かせてて、緊張とは少し違う感じだった。向島の時はさすがにそろそろ……って思ってたから。
「これは、アニメーション?」
「そうです」
「ジュンは、アニメーションを作る人?」
「あ、いえ、絵を動かしたのは初めてです」
「じゃあ普段は動かない絵を描く人だ」
「そうですね」
「これ、このもちもちした感じのキャラクターがご飯を食べてるのは、どういうテーマで?」
「このもちもちしたのは受験勉強の息抜きで生まれたもので、食べてる物は俺がその日見た食べ物で印象に残った物なので実質日記的な」
ただ映像で食事の記録をとるのも面白くないなと思っていたし、どうせなら息抜きの延長でだらだら手遊び的に描いているものを動かしてみるのはどうだろうかと思いついた。実際に動かしてみると、自分のオリジナルと言うにはありふれたデザインのキャラクターにも愛着が湧いた気がする。
「これはそうめんだね」
「この日の夕飯でした」
「これは……うまい棒?」
「これはウチのサークルでうまい棒レースっていう行事があって、その名残です」
「これ、ちゃんと粉がこぼれてるのがいいね」
「こぼしたかったんですよね」
「これはスイカだ。夏らしいね~」
「同期がサークルに持って来てくれて、みんなで食べたんです」
「これ、ファイル送ってもらうことって出来る?」
「いいですよ。でも、何に使うんですか?」
「くるちゃんとか千颯とか、映像の話出来る友達とかAKBCの人に自慢しようと思って」
「ええーっ! いや、そんな、自慢してもらうようなものじゃないです全然っ!」
「何で? こんなにかわいいのに。しかもこれで初めてなんでしょ? 秋のシリーズにも期待しちゃうよね~」
「ええ……」
「でも、これでもうちゃんと顔と名前は覚えたし、安心して~」
「ありがとうございます」
ひとまず、顔と名前を覚えてもらうことには成功したのでアニメーションを作ったことは良かったんだろう。だけど今後のことを期待されるとプレッシャーでしかない。絵は手遊び程度で描いているだけだし、殿の料理だとかツッツのDIYみたいに本格的にやってる趣味でもない。まあ、気が向いた時に時間があれば作ってみるくらいはいいのかもしれないけど。
「北星先輩って、映像作品に絡まないとなかなか人の顔と名前が一致しないみたいじゃないですか」
「そうだね~。当麻からは少しずつそういうのが無くても覚えられるようにしていけ~って言われてるんだけど~」
「ええと……班の打ち合わせでは少し聞きにくかったんですけど、みちる先輩は、去年の夏合宿で、何を? 確か乱闘って。向島で奈々先輩に聞こうと思ったんですけど、カノン先輩がいるからって話してもらえなくて」
映像に関係しないけど北星先輩が顔と名前を一致させることが出来ている特異な存在、と言うと怒られるかもしれない。だけどみちる先輩は実際去年の夏合宿で何をしたのかがとても気になっていた。MMPでは何となくタブー視される話みたくて、ちゃんと聞くことは出来ていなかったから。
「去年の夏合宿でね~、向島から出てた子とみちるちゃんが~、ケンカしちゃったんだよね~」
「あれっ、去年の夏合宿の時点では春風先輩と奏多先輩はいなかったはずだし、もちろん爾黎先輩もいない。じゃあカノン先輩しか」
「ううん~、カノンとは別の女の子~。今はいないなら、辞めちゃったんじゃないかな~」
「なるほど。そういうことですね。乱闘って表現がされるってことは、可愛らしい感じのケンカではない、と」
「そ~、本当の~、取っ組み合い~。高木さんとか~、対策委員の先輩が体を張って止めてて~。それで、講習はひっちゃかめっちゃか~」
「それとカノン先輩はどう関係あったんですか?」
「細かいことはわかんないけど~、カノンはまっすぐな子でしょ~? あの子の合宿に臨む態度が許せなかったんじゃないかな~」
「ああ……なるほど……少し腑に落ちました」
ウチのサークルでもカノン先輩はまっすぐと言うか熱い人という印象だし、来期のMMPを何とかして盛り上げるぞって覚悟で一生懸命やってくれたからここまでの大所帯になったし技術的な練習もちゃんとやるようになったとは4年生の先輩たちが目を細めていた。曲がったことは嫌いそうだし、その人がどんな態度だったかはわからないけど、話題に出すのもNGになるくらいなら相当だったんだろう。
「みちるちゃんは~、あの子にキツイことを言われたくるちゃんを守ろうとしたんだと思う。みちるちゃんはあのことでインターフェイスでもちょっと怖く見られがち~、って言うか~、むしろ本人がそう振る舞ってるようにも見えて~。最初は俺も怖かったけど~、本当は怖くない子なのは、もう十分知ってるし~。むしろ、他の子よりも、同じ班ではやりやすくもあるかな~って~」
「北星先輩は、みちる先輩に信頼を寄せてるんですね」
「信頼か~。そうだね~。青敬じゃない子の中では~、多分俺の事を知ってる子だとも思うし~。あっ、みちるちゃんの家で出してもらえるコーヒーがね~、いい苦さで美味しいんだよ~。いいお店で買ってるらしくってね~」
「へえ、俺も気になりますね。次の班打ち合わせの時に教えてもらおう」
「じゃあ次のアニメーションの題材は決定だね~」
「えっ、もう作る路線ですか!?」
「だって~、とりぃからはさっき送った映像についてもう返信がきたよ~」
「見せるのは映像関係で話せる友達だけじゃないんですか!? ウチの先輩っていうのが恥ずかしいんですけど!」
「え~、でも~、ほめられてるよ~。「ジュンにこんな特技があっただなんて! とてもかわいらしいアニメーションで癒されますね」だって~」
「うう……次春風先輩にどんな顔をして会えばいいのか……」
「でも~、とりぃも今星景撮影の練習中だし~、忙しいからへ~きへ~き~」
「セイケイ?」
「星の写真とか映像だね。星のある風景って言えばいいのかな。今度~、彼氏の子と星空を楽しめる遺跡に行って来るんだって~」
「ああ、それなら俺の事なんか眼中にないですね。気が楽になりました」
「じゃあ~、番組の打ち合わせだね~」
「あっ、そうでした」
「ジュン~、しっかりして~。俺がこんなんなんだから~」
「すみません」
end.
++++
勉強しててわーってなったときとかに、ノートの隅っことかにもちもち落書きをこさえてたらいいなと思った
春風は1年6人ではジュンに親近感を持ってそうだから新しい一面を知れて嬉しいし、延々と食べてるもちもちしたのをずっと眺めてそう
こうなると班の中で立場が危うくなってきたのはササである。
(phase3)
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夏合宿について同期のみんなと情報交換なんかをしていると、さすがに班長に顔と名前を一致させてもらえない可能性があるというのはマズいのではないかという結論に達した。しかもペア決めの結果、俺とペアを組むことになったのは北星先輩だ。これはいよいよ覚えてもらわないと立ち行かない。
班の先輩や春風先輩、そして奈々先輩に北星先輩の攻略法を聞いたら、やっぱり映像関係で印象を植え付けるのが早いという答えが多かった。だけど俺に映像の心得はない。それなら日常のちょっとした記録を逐一映像で残していくかとも思ったけど、同期のみんなほど面白い生活をしていないことにも気付いてしまった。
映像のことも考えつつ、本題はあくまでラジオの番組だ。映像のことを考える余りそっちがおざなりになっては本末転倒。俺は要領もあまり良くないし、器用なタイプでもないのでどうしたものかなと考え込んでいる。しかもテストのこともあったし。いや、正直テストよりも難題かもしれない。
「――というわけで、何とか北星先輩に顔と名前を覚えてもらおうと思って短い映像作品を少し作って来ました」
「えっと~、それは俺が~、人の顔と名前を覚えるのが苦手だから~、わざわざ作ってくれたってこと~?」
「はい、そうです。ペアを組むわけですし、どうしても覚えてもらわないと今後の意思疎通にも問題が発生する可能性もあるじゃないですか」
「何かごめんね~。でも作った映像は見せて」
「最初に言っておきますけど、本当に素人が初めて作った物なので期待はしないでくださいね」
ファイルを入れたスマホを差し出して、作った物を見てもらっているときの緊張感が下手すれば受験の時以上だ。最初に星大を受けた時は自分なら受かるって思ってちょっと強気だったし、2回目の星大受験のときもこれだけやったんだからと言い聞かせてて、緊張とは少し違う感じだった。向島の時はさすがにそろそろ……って思ってたから。
「これは、アニメーション?」
「そうです」
「ジュンは、アニメーションを作る人?」
「あ、いえ、絵を動かしたのは初めてです」
「じゃあ普段は動かない絵を描く人だ」
「そうですね」
「これ、このもちもちした感じのキャラクターがご飯を食べてるのは、どういうテーマで?」
「このもちもちしたのは受験勉強の息抜きで生まれたもので、食べてる物は俺がその日見た食べ物で印象に残った物なので実質日記的な」
ただ映像で食事の記録をとるのも面白くないなと思っていたし、どうせなら息抜きの延長でだらだら手遊び的に描いているものを動かしてみるのはどうだろうかと思いついた。実際に動かしてみると、自分のオリジナルと言うにはありふれたデザインのキャラクターにも愛着が湧いた気がする。
「これはそうめんだね」
「この日の夕飯でした」
「これは……うまい棒?」
「これはウチのサークルでうまい棒レースっていう行事があって、その名残です」
「これ、ちゃんと粉がこぼれてるのがいいね」
「こぼしたかったんですよね」
「これはスイカだ。夏らしいね~」
「同期がサークルに持って来てくれて、みんなで食べたんです」
「これ、ファイル送ってもらうことって出来る?」
「いいですよ。でも、何に使うんですか?」
「くるちゃんとか千颯とか、映像の話出来る友達とかAKBCの人に自慢しようと思って」
「ええーっ! いや、そんな、自慢してもらうようなものじゃないです全然っ!」
「何で? こんなにかわいいのに。しかもこれで初めてなんでしょ? 秋のシリーズにも期待しちゃうよね~」
「ええ……」
「でも、これでもうちゃんと顔と名前は覚えたし、安心して~」
「ありがとうございます」
ひとまず、顔と名前を覚えてもらうことには成功したのでアニメーションを作ったことは良かったんだろう。だけど今後のことを期待されるとプレッシャーでしかない。絵は手遊び程度で描いているだけだし、殿の料理だとかツッツのDIYみたいに本格的にやってる趣味でもない。まあ、気が向いた時に時間があれば作ってみるくらいはいいのかもしれないけど。
「北星先輩って、映像作品に絡まないとなかなか人の顔と名前が一致しないみたいじゃないですか」
「そうだね~。当麻からは少しずつそういうのが無くても覚えられるようにしていけ~って言われてるんだけど~」
「ええと……班の打ち合わせでは少し聞きにくかったんですけど、みちる先輩は、去年の夏合宿で、何を? 確か乱闘って。向島で奈々先輩に聞こうと思ったんですけど、カノン先輩がいるからって話してもらえなくて」
映像に関係しないけど北星先輩が顔と名前を一致させることが出来ている特異な存在、と言うと怒られるかもしれない。だけどみちる先輩は実際去年の夏合宿で何をしたのかがとても気になっていた。MMPでは何となくタブー視される話みたくて、ちゃんと聞くことは出来ていなかったから。
「去年の夏合宿でね~、向島から出てた子とみちるちゃんが~、ケンカしちゃったんだよね~」
「あれっ、去年の夏合宿の時点では春風先輩と奏多先輩はいなかったはずだし、もちろん爾黎先輩もいない。じゃあカノン先輩しか」
「ううん~、カノンとは別の女の子~。今はいないなら、辞めちゃったんじゃないかな~」
「なるほど。そういうことですね。乱闘って表現がされるってことは、可愛らしい感じのケンカではない、と」
「そ~、本当の~、取っ組み合い~。高木さんとか~、対策委員の先輩が体を張って止めてて~。それで、講習はひっちゃかめっちゃか~」
「それとカノン先輩はどう関係あったんですか?」
「細かいことはわかんないけど~、カノンはまっすぐな子でしょ~? あの子の合宿に臨む態度が許せなかったんじゃないかな~」
「ああ……なるほど……少し腑に落ちました」
ウチのサークルでもカノン先輩はまっすぐと言うか熱い人という印象だし、来期のMMPを何とかして盛り上げるぞって覚悟で一生懸命やってくれたからここまでの大所帯になったし技術的な練習もちゃんとやるようになったとは4年生の先輩たちが目を細めていた。曲がったことは嫌いそうだし、その人がどんな態度だったかはわからないけど、話題に出すのもNGになるくらいなら相当だったんだろう。
「みちるちゃんは~、あの子にキツイことを言われたくるちゃんを守ろうとしたんだと思う。みちるちゃんはあのことでインターフェイスでもちょっと怖く見られがち~、って言うか~、むしろ本人がそう振る舞ってるようにも見えて~。最初は俺も怖かったけど~、本当は怖くない子なのは、もう十分知ってるし~。むしろ、他の子よりも、同じ班ではやりやすくもあるかな~って~」
「北星先輩は、みちる先輩に信頼を寄せてるんですね」
「信頼か~。そうだね~。青敬じゃない子の中では~、多分俺の事を知ってる子だとも思うし~。あっ、みちるちゃんの家で出してもらえるコーヒーがね~、いい苦さで美味しいんだよ~。いいお店で買ってるらしくってね~」
「へえ、俺も気になりますね。次の班打ち合わせの時に教えてもらおう」
「じゃあ次のアニメーションの題材は決定だね~」
「えっ、もう作る路線ですか!?」
「だって~、とりぃからはさっき送った映像についてもう返信がきたよ~」
「見せるのは映像関係で話せる友達だけじゃないんですか!? ウチの先輩っていうのが恥ずかしいんですけど!」
「え~、でも~、ほめられてるよ~。「ジュンにこんな特技があっただなんて! とてもかわいらしいアニメーションで癒されますね」だって~」
「うう……次春風先輩にどんな顔をして会えばいいのか……」
「でも~、とりぃも今星景撮影の練習中だし~、忙しいからへ~きへ~き~」
「セイケイ?」
「星の写真とか映像だね。星のある風景って言えばいいのかな。今度~、彼氏の子と星空を楽しめる遺跡に行って来るんだって~」
「ああ、それなら俺の事なんか眼中にないですね。気が楽になりました」
「じゃあ~、番組の打ち合わせだね~」
「あっ、そうでした」
「ジュン~、しっかりして~。俺がこんなんなんだから~」
「すみません」
end.
++++
勉強しててわーってなったときとかに、ノートの隅っことかにもちもち落書きをこさえてたらいいなと思った
春風は1年6人ではジュンに親近感を持ってそうだから新しい一面を知れて嬉しいし、延々と食べてるもちもちしたのをずっと眺めてそう
こうなると班の中で立場が危うくなってきたのはササである。
(phase3)
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