2022
■予約枠はまだ未定
++++
「佐崎君、少し、話が……」
「ああ、はい」
福井さんに呼び止められて、ロビーのソファに腰掛ける。FMにしうみでバイトを始めて8ヶ月目に入って、今では機材を扱うこと以外の取材だとか原稿書きの仕事もそれなりに出来るようになってきたと思う。
高木先輩とシノが佐藤ゼミのラジオブースを絡めた技術実験というのをやってたのを機に俺もいろいろなことが出来るようにならないとなあと思ったし、定例会のミキサーの少なさのこともある。それでラジオ局でバイトをしようと思ったんだけど。
「福井ちゃん、サキちゃん!」
「ベティさん。こんにちは。話って、ベティさんですか?」
「今日サキちゃんに話があるのはアタシじゃなくてこっち」
「FMにしうみの編成部長、東野 です」
「佐崎君、東野さんと会ったことはあった…?」
「いえ。所長さんと別に編成部長さんがいるという風には聞いてましたけど、お会いするのは初めてです」
「……こちら、学生スタッフの、佐崎です」
「佐崎です」
「話には聞いてるよ。福井さんの後継者との呼び声高い、いい学生スタッフだって」
東野さんは編成部長というだけあって局の中でも相当の地位の人のはずだ。ベティさんは軽いノリで接しているように見えるけど、ベティさんだからこそ許されるノリだろうし、俺はどうしていいかわからない。
局長とはたまに顔を合わせるけど、この人はあまり姿を見かけないから仕事をする場所や仕方が違うんだろうなとは思う。でもそんな人が俺に用事だなんて思い当たる節はあまりない。
「ところで、佐崎君に確認しておきたいのは、向島エリアの大学生たちが集まるラジオの合宿だっけ?」
「ああ、はい。向島インターフェイス放送委員会の夏合宿ですね」
「そう、その合宿で実際に学生さんたちが作る番組を聞く機会があるという風に福井さんから聞いていて。ほら、今年の10月期を目処に学生さんの番組の枠を作るっていう話はしてたでしょ。実際に聞けるなら聞いてどんなものか確認した方がいいしね。っていう話だね」
「その話でしたか」
「それで、FMにしうみからは僕を含めてベティさんと福井さんの3人で見に行こうと思うんだけど大丈夫そうかな?」
「大丈夫だと思いますが、僕から合宿を運営している対策委員の方に確認を取ってまた返事をします」
「それじゃあ頼める? よろしくね」
聞けるのであれば今すぐシノに連絡を取って聞くんだけど、さすがに編成部長の前でスマホを出して、なんていう失礼なことは出来ないのでこの話が終わってから聞くことになりそうだ。
FMにしうみで作ろうと考えている学生番組の枠をインターフェイスと社学の佐藤ゼミで取り合う形になる、的な話は聞いていたけど、いよいよその争いが熾烈を極めてきたのかな。もちろん俺は相手が佐藤教授だろうと高木先輩だろうと、ササでもシノでも負ける気はない。
「そうそう! それでこの話を友達に話してたら、自分も行きたいなんて言い出してさ!」
「東野ちゃん、友達なんてぼやけた言い方してないで、福井ちゃんとサキちゃんにもわかるように言いなさいよ。質問待ちのかまって男にロクなのいないんだから」
「ベティさんには敵わないなあ。でも実際友達だよ。FMむかいじまの編成部にいるまあまあ偉い人で、砂田君ていうんだけどね」
「FMむかいじま…!? 大きな局……」
「佐崎君知ってる? FMむかいじまって2、3年に1回パーソナリティーコンテストやってるの」
「ああ、はい。話には聞いたことがあります。前回のコンテストでは高崎先輩が審査員特別賞をもらったとか、準グランプリを取ったのもウチの先輩だったとか」
「そう、当初予定になかった賞を高崎君にあげたのが砂田君でね。去年彼の番組をウチでやることになったのがバレた時には暴れ散らかしてもーう大変で大変で。その高崎君を排出した団体の合宿を見に行くんだよって話したら自分も連れてけって聞かなくてさ」
「はあ」
「そういうことだから佐崎君、FMにしうみが3人と、砂田君の枠を確保しておいてもらっていい?」
「わかりました」
「東野さん……ちなみに、砂田さんのお眼鏡に適う学生が出てきた場合、どうなりますか…?」
「さすがにFMむかいじまで番組を、なんてことはすぐにはないけど。そういう子が公共の電波を使って番組をやりたいようならまずウチでやってもらうことになるかな。その先のことは本人次第」
そして東野さんはこうも続ける。自分のやりたい番組だけやるならインターネットで適当に雑談を配信する方が早いって。あくまで公共の電波に乗せる、局の看板を使って作る番組をやるのに必要なのは技術だけではないと。
「……東野さんは、緑ヶ丘大学にも学生番組について声をかけている、という風に聞いていますが……」
「そうだね。コミュニティラジオについて研究をしてる知り合いの佐藤教授にこういう話があるんですけどとは一応言ってあるし、ウチの精鋭を送り込むとは聞いてるよ」
「東野さんは、佐藤ゼミの実際の番組を聞いたことはありますか?」
「インターネットにアーカイブが上がるから聞いたことはあるけど、曜日ごとのテーマがあるにしてもちょっと内容がニッチだし、そのまま西海市のラジオとするには課題が山積してるかな。佐崎君は緑ヶ丘の学生さんだから、そっちの番組も聞いてるんだよね」
「そうですね。僕の先輩がゼミ生でそのラジオにも携わっているんですけど、先輩は「機材の扱いが大事なのはわかるけど、人に聞かせる上では番組の内容をもっと洗練させる方がいい」とよく言っています」
「ああ本当。教授の話しか聞いてなかったけど、実際にそこでやってる学生さんの話も聞いてみたいね。でもあの先生そういう抜け駆けしたらうるさいんだよなー」
「あの、良ければ僕がこっそりその場をセッティングしてみますか?」
「本当? 何から何まで悪いね」
「ですがその先輩は実家に帰省するのでオンライン形式になるとは思うんですけど」
「大丈夫大丈夫。話させてもらえるだけで有り難いよ」
そうとなったらまずはシノにモニター会のことについて連絡をしつつ、高木先輩に佐藤ゼミのラジオについての話を聞けるかどうか確認をしないと。一応果林先輩にもそういう場があるという話は通した方がいいのかな。その辺は高木先輩に聞いてみよう。
「ところで、合宿のモニター会では僕も審査対象なんですよね」
「あっはは、佐崎君、やる気満々だねえ」
「福井さんから、お前も無条件で通過出来ると思うなと、日々自己研鑽に努めるよう言われていますから」
「福井ちゃんもすっかり鬼先輩ね」
「鬼…?」
「いえ、福井さんからの指導はとても有り難いです。俺はどこの誰が相手だろうと絶対に負けませんし、局のスタッフだからとかそういう立場の上に胡座を掻きたくないので」
end.
++++
フェーズ3の話をやるようになって初めて触れた例の件。相変わらずサキがバチバチ。
今年の夏合宿の一角ではダイさんも含めた業界の人が隅っこの方で顔を合わせる場面なんかも出て来る?
(phase3)
.
++++
「佐崎君、少し、話が……」
「ああ、はい」
福井さんに呼び止められて、ロビーのソファに腰掛ける。FMにしうみでバイトを始めて8ヶ月目に入って、今では機材を扱うこと以外の取材だとか原稿書きの仕事もそれなりに出来るようになってきたと思う。
高木先輩とシノが佐藤ゼミのラジオブースを絡めた技術実験というのをやってたのを機に俺もいろいろなことが出来るようにならないとなあと思ったし、定例会のミキサーの少なさのこともある。それでラジオ局でバイトをしようと思ったんだけど。
「福井ちゃん、サキちゃん!」
「ベティさん。こんにちは。話って、ベティさんですか?」
「今日サキちゃんに話があるのはアタシじゃなくてこっち」
「FMにしうみの編成部長、
「佐崎君、東野さんと会ったことはあった…?」
「いえ。所長さんと別に編成部長さんがいるという風には聞いてましたけど、お会いするのは初めてです」
「……こちら、学生スタッフの、佐崎です」
「佐崎です」
「話には聞いてるよ。福井さんの後継者との呼び声高い、いい学生スタッフだって」
東野さんは編成部長というだけあって局の中でも相当の地位の人のはずだ。ベティさんは軽いノリで接しているように見えるけど、ベティさんだからこそ許されるノリだろうし、俺はどうしていいかわからない。
局長とはたまに顔を合わせるけど、この人はあまり姿を見かけないから仕事をする場所や仕方が違うんだろうなとは思う。でもそんな人が俺に用事だなんて思い当たる節はあまりない。
「ところで、佐崎君に確認しておきたいのは、向島エリアの大学生たちが集まるラジオの合宿だっけ?」
「ああ、はい。向島インターフェイス放送委員会の夏合宿ですね」
「そう、その合宿で実際に学生さんたちが作る番組を聞く機会があるという風に福井さんから聞いていて。ほら、今年の10月期を目処に学生さんの番組の枠を作るっていう話はしてたでしょ。実際に聞けるなら聞いてどんなものか確認した方がいいしね。っていう話だね」
「その話でしたか」
「それで、FMにしうみからは僕を含めてベティさんと福井さんの3人で見に行こうと思うんだけど大丈夫そうかな?」
「大丈夫だと思いますが、僕から合宿を運営している対策委員の方に確認を取ってまた返事をします」
「それじゃあ頼める? よろしくね」
聞けるのであれば今すぐシノに連絡を取って聞くんだけど、さすがに編成部長の前でスマホを出して、なんていう失礼なことは出来ないのでこの話が終わってから聞くことになりそうだ。
FMにしうみで作ろうと考えている学生番組の枠をインターフェイスと社学の佐藤ゼミで取り合う形になる、的な話は聞いていたけど、いよいよその争いが熾烈を極めてきたのかな。もちろん俺は相手が佐藤教授だろうと高木先輩だろうと、ササでもシノでも負ける気はない。
「そうそう! それでこの話を友達に話してたら、自分も行きたいなんて言い出してさ!」
「東野ちゃん、友達なんてぼやけた言い方してないで、福井ちゃんとサキちゃんにもわかるように言いなさいよ。質問待ちのかまって男にロクなのいないんだから」
「ベティさんには敵わないなあ。でも実際友達だよ。FMむかいじまの編成部にいるまあまあ偉い人で、砂田君ていうんだけどね」
「FMむかいじま…!? 大きな局……」
「佐崎君知ってる? FMむかいじまって2、3年に1回パーソナリティーコンテストやってるの」
「ああ、はい。話には聞いたことがあります。前回のコンテストでは高崎先輩が審査員特別賞をもらったとか、準グランプリを取ったのもウチの先輩だったとか」
「そう、当初予定になかった賞を高崎君にあげたのが砂田君でね。去年彼の番組をウチでやることになったのがバレた時には暴れ散らかしてもーう大変で大変で。その高崎君を排出した団体の合宿を見に行くんだよって話したら自分も連れてけって聞かなくてさ」
「はあ」
「そういうことだから佐崎君、FMにしうみが3人と、砂田君の枠を確保しておいてもらっていい?」
「わかりました」
「東野さん……ちなみに、砂田さんのお眼鏡に適う学生が出てきた場合、どうなりますか…?」
「さすがにFMむかいじまで番組を、なんてことはすぐにはないけど。そういう子が公共の電波を使って番組をやりたいようならまずウチでやってもらうことになるかな。その先のことは本人次第」
そして東野さんはこうも続ける。自分のやりたい番組だけやるならインターネットで適当に雑談を配信する方が早いって。あくまで公共の電波に乗せる、局の看板を使って作る番組をやるのに必要なのは技術だけではないと。
「……東野さんは、緑ヶ丘大学にも学生番組について声をかけている、という風に聞いていますが……」
「そうだね。コミュニティラジオについて研究をしてる知り合いの佐藤教授にこういう話があるんですけどとは一応言ってあるし、ウチの精鋭を送り込むとは聞いてるよ」
「東野さんは、佐藤ゼミの実際の番組を聞いたことはありますか?」
「インターネットにアーカイブが上がるから聞いたことはあるけど、曜日ごとのテーマがあるにしてもちょっと内容がニッチだし、そのまま西海市のラジオとするには課題が山積してるかな。佐崎君は緑ヶ丘の学生さんだから、そっちの番組も聞いてるんだよね」
「そうですね。僕の先輩がゼミ生でそのラジオにも携わっているんですけど、先輩は「機材の扱いが大事なのはわかるけど、人に聞かせる上では番組の内容をもっと洗練させる方がいい」とよく言っています」
「ああ本当。教授の話しか聞いてなかったけど、実際にそこでやってる学生さんの話も聞いてみたいね。でもあの先生そういう抜け駆けしたらうるさいんだよなー」
「あの、良ければ僕がこっそりその場をセッティングしてみますか?」
「本当? 何から何まで悪いね」
「ですがその先輩は実家に帰省するのでオンライン形式になるとは思うんですけど」
「大丈夫大丈夫。話させてもらえるだけで有り難いよ」
そうとなったらまずはシノにモニター会のことについて連絡をしつつ、高木先輩に佐藤ゼミのラジオについての話を聞けるかどうか確認をしないと。一応果林先輩にもそういう場があるという話は通した方がいいのかな。その辺は高木先輩に聞いてみよう。
「ところで、合宿のモニター会では僕も審査対象なんですよね」
「あっはは、佐崎君、やる気満々だねえ」
「福井さんから、お前も無条件で通過出来ると思うなと、日々自己研鑽に努めるよう言われていますから」
「福井ちゃんもすっかり鬼先輩ね」
「鬼…?」
「いえ、福井さんからの指導はとても有り難いです。俺はどこの誰が相手だろうと絶対に負けませんし、局のスタッフだからとかそういう立場の上に胡座を掻きたくないので」
end.
++++
フェーズ3の話をやるようになって初めて触れた例の件。相変わらずサキがバチバチ。
今年の夏合宿の一角ではダイさんも含めた業界の人が隅っこの方で顔を合わせる場面なんかも出て来る?
(phase3)
.