2022

■すみっこで場を読んでいる

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「彩人、この後予定がないならご飯行こう」
「行く! えっ、でもどうしたのサキ君からの誘いだなんて。あっいや、嬉しいんだけどどうしたのかなーと思って」
「いいでしょ、たまには」

 そしてサキ君は「行くよ」と一言、定例会をやってる会議室から出ていく。俺はそれに慌ててついていく。どこの店に行くとか当てがあるのかなと思って聞いてみると、俺に希望があればその場所に行くけど特にないなら行ってみたい店があるとのこと。それならサキ君の行きたい店に行こうよと答え、地下鉄に乗る。

「サキ君の来たかった店ってここ!?」
「そうだよ。高木先輩が美味しいって言ってたし、本当に美味しいんだろうなと思って」
「実際ここのは美味いよ」

 やってきたのは高木さんのマンションから徒歩数歩のところにあるお好み焼き屋。紅社のお好み焼き屋だということで、高木さんが無性にお好み焼き食いてー! ってなったときに食べに下りるんだそうだ。たまに食べたくなる地元の味ってあるよな。俺もたまにハンバーグが食べたくなる。
 適当に注文をして店員に焼いてもらう。自分で焼くことも出来るそうだけど、腕に自信がないなら店員に焼いてもらう方が確実だ。一緒に焼いてわーわー楽しむことも出来るけど、せっかくサキ君が食べてみたいと言っているのだから美味しい方がいいよなあと思って出しゃばることはしない。

「彩人、この間誕生日だったでしょ。おめでとう」
「えっ、俺の誕生日知ってたの!?」
「24日でしょ」
「すげー、合ってる。いつ言ったっけ?」
「俺の誕生会を開いてもらったときに、プチメゾンで。覚えてたら彩人の誕生日も祝うって言ったでしょ」
「まさかホントに祝ってもらえると思わなかったし、難ならあの1回しか誕生日は言ってなかったと思うんだけど」
「1回聞いたからね。まあ、何にせよ当日は忙しいだろうし、日をズラすにしても前にスライドしたら誰かさんが抜け駆けしたって怒りそうだから。言い訳じみるけど遅れたのには一応俺なりの考えがあって。この時期星ヶ丘はステージ前で忙しいだろうし定例会の後の方がいいかなとか」
「サキ君の気遣いが超ありがたい。まあ、当日はサキ君の思ってる通り、誰かさんが祝ってくれてたんで。ホント、すがやんじゃないけどサキ君は良い奴だぞーって言って回りたい」
「そういうのはすがやんでお腹いっぱいだから。本当にやったら怒るからね」

 こういう件は多分すがやんだから許されてる感もあるし、サキ君を怒らせたくないので実際にはやらないでおく。でも俺がサキ君を優しいししっかりしてるし良い奴だなって思っているのは本当だ。

「そういやサキ君て夏合宿、海月の班なんだって?」
「そうだよ。もしかして、何か愚痴られてる? あの副班長全然仕事しないとか」
「あー、いや、なんつーか、班が沈黙に包まれ過ぎててしんどい、的なことは聞いたかな」
「実際くららは結構頑張って場を回してくれてる感がある。俺も含めて残りの班員がみんな口数少ないタイプでさ。確かにくららが何か言っても反応が芳しくなかったりするんだよね。少なくとも俺は楽しくないとか不機嫌とかそういうことは全くないんだけど」
「海月はさ、口ではすげーデカいこと言ってたりもするけど実際結構な豆腐メンタルなんだよな。逆に豆腐だからこそ自分を奮い立たせるための虚勢っつーか。そーゆーのを知ってるプロデューサーとしては、ちょっと心配になるワケよ」
「あー……それは、ごめん」
「俺も元々口数少ないタイプだからサキ君たちのこともわかるんだよ。ああいう場でもやっぱ必要以上には喋れないし、人が作ってくれるその場の雰囲気は全身で楽しんでるつもりなんだけど、相手には伝わってない的な」
「くららには、ああ見えて1年生たちも楽しんでるよと伝えてもらえれば」
「サキ君はそういうの、見てわかるモンなの?」
「見てわかると言うか、口数が少ない者同士の波長みたいな物が合うのか、彼らも俺には少し口を開いてくれてるんだよ。直接聞いたことを根拠にしてるから、確かな話として伝えてくれる?」

 グレミュー仕様の海月がわーっとまくし立てるよりは、サキ君が静かに佇んでるくらいの方が物静かな1年生たちには話しやすかったのかもしれない。だとすると、余所行きの海月よりはちょっと崩れた豆腐くらいの方が良かった説まである。いや、崩れた豆腐の件は敢えて言わないでおこう。
 ただ、俺とサキ君も実際比較的波長の近い人間としてインターフェイスでも仲良くしてるし、全くタイプ違いの人が引かれ合って友達になるケースもあるっちゃあるけど似てる奴の方が話しやすいっていうのは事実としてある。現にメチャクチャタイプ違いの奏多なんかは俺もまだちょっと住む世界が違うって思ってるし。何だよあのコミュ強で文武両道のイケメン。

「海月から聞いたけど、何か沈黙のオーラがみんな違うとか何とかって」
「ああ、それはそうだね」
「つか沈黙のオーラって何だよって思って聞いてたんだけど、本当にあるんだ」
「例えば向島の殿なんかは、黙って座ってると貫禄があるよね。青女の夢子は不思議と言うか怪しい雰囲気がちょっと。青敬のハリーは周りの音や会話の方に気を取られて落ち着きがない、とか。全員黙ってるんだけど、それだけ違いがあるんだよ」
「それで、サキ君は実際に1年らのキャラじゃないけど、人となりみたいなモンはわかった?」
「少しね。特に向島の殿に関してはすがやんと春風からの事前情報もあったし、何に興味があるかも知ってたから」
「海月に教えてやったら何かヒントになるかな」
「情報の使い方次第だとは思うけど、彩人がそれを良しとするなら教えてあげてもいいかもね」

 そんなことを話しているうちにお好み焼きが焼けたようで、店員が味付けまでやってくれる。サキ君は食べる量が少ないのでサキ君の食べた残りを俺が食べるという感じ。本当に美味しいねと気に入ってくれた様子。俺が最初に紹介したワケじゃないけど何となく嬉しいぜ。

「まず、殿は体の大きさや厳つい顔で自分が怖がられてる前提でいるみたい」
「体がデカいってどれくらいデカいの? 奏多くらい?」
「もっとだね。190以上はあるし、ガタイが厚いと言うか全体的に大きいよ。奏多なんか目じゃないくらい」
「マジでデカいじゃんか。190!? 何かスポーツでもやってたのかよ」
「高校では園芸部だったって。今は菜園でバイトしてるみたいだよ。星ヶ丘の農学部も調べたことがあるって」
「え、土いじりが趣味みたいなこと?」
「そうだね。料理も上手らしいよ」

 殿とかいうのは怖そうな見た目ながらも草花を愛し、今は野菜を育てながら料理の腕を磨く心優しい奴なんだそうだ。こう聞くと見た目からのギャップを感じると言うか、それも先入観なんだろうけどちょっと人物像に興味が出て来る。あと俺も日野さんの野菜をたまに分けてもらうので旬の野菜の調理法は教えてもらいたい。

「次、夢子はそれこそスピリチュアルとかオーラとかに通じる形から入る占いオタクだね。ひねた言い方をすれば中二病を拗らせたまま突き抜けたって感じ」
「占い? そーいやウチの班に緑ヶ丘の中ってのがいるけど、アイツとはまた違う感じなの?」
「中は占いを天文学を絡めたコミュニケーションツールだとかカウンセリングツールとしてあっさりと捉えてるけど、より精神世界に深く潜り込むと夢子になるのかなって感じ」
「確かに中はあっさりしてるよなー。読む星はどの占い師も同じだから売れる占い師になるために大事になのは喋りの技術と語彙力! って聞いた時にはなるほどなーって感心したくらいだよ」
「一応ウチでは詐欺師を自称してるから、彩人も気を付けてね」
「どう気を付けりゃいいのかわかんねーけど、一応気を付けとく」
「すがやんが春風と同じ班にならなくてよかったって安心するくらいにはたまに危なっかしい言動があるとかないとか」
「あのすがやんがそう言うとかよっぽどマジっぽいじゃん」
「まあ、占星術は古代から続く天文学の一種だから、春風は話術に引き込まれかねないっていう心配もあったんだろうけどね」
「あー、星とか宇宙が絡むと春風はどんな話でも真剣に聞いちまうもんな。そういやすがやんと春風ってその後は順調なの?」
「順調も順調だね。テストが終わったら1回泊まりで旅行に行く話にもなってるって」
「付き合い始めたのって確か2月とかだったし、そろそろ半年か。確かに泊まりの旅行にはいい頃合いだよなー」
「星空を楽しめる遺跡っていうのが藍沢だったかな? あっちの方にあるらしいよ」
「ホントブレねーなー。そこがいいところなんだろうけど」
「それで春風は対策委員の会議ついでに星景撮影のポイントなんかを北星に教えてもらってるんだって」
「あっ、北星ならガチじゃん! へー、いいのが撮れそうだなー」

 俺もそろそろリクと付き合い始めて1年になるし、そういう旅行とかに憧れないワケじゃないけど如何せんアイツは忙しい奴だからなあ。レナとの兼ね合いもあるし難しいのはわかるけど。レナからすれば1人暮らしをしている俺の部屋でぐだぐだ一緒にいれるのも羨ましい話ではあるらしい。俺からすりゃレナが大学で一緒に歩いたり飯食ったりみたいなのも羨ましい。
 北星と言えば、リクが北星にどうやって自分のことを覚えてもらうかに苦心していることを思い出す。一応去年くるみが大量に割ったクリスマスケーキを消費する会でも一緒になっていたはずなのに全く印象に残らなかったらしいし。リクの趣味と言えば読書とラジオだけど、それをどうやって北星へのアピールポイントにするかは難しい。いっそ映像とは違うメディアの話で切り込むしかなくね?

「班の1年生の話に戻すね」
「あっそうだそうだった」
「青敬のハリーは常に自分の周りにアンテナを張ってるタイプなんだよね。常にネタ探しをしてる。いい音を見つけたらそれをどうやって映像作品に落とし込むかを考えてるみたいだね」
「うわー、俺もその子と話してみたいな」
「ああ、彩人は元々プロデューサーだもんね」
「俺は自分のキーボードで音を作るっていうこともやり始めたし、音が作品にどういう影響を与えるかみたいなことには興味が」
「だったら雨竜とも改めて話してみたらいいんじゃないかな」
「雨竜と?」
「雨竜とはファンフェスで一緒だったんだけど、青敬ならではの音の使い方の話が参考になったし、音に対する雨竜本人のセンスみたいな物もなかなか面白かったと思う」
「雨竜に独特のセンスがあるってイメージはあんまなかったんだけど、そんな面白いんだ」

 雨竜と言えばとにかく効果を盛りに盛りに盛っていくという印象が強かったんだけど、今ではサキ君も一目置くような音の使い方をするようになっていたとは。やっぱりみんなそれぞれレベルアップしてるんだなって感じる。俺もプロデューサーとしてレベルアップ出来てんのかなあ。
 サキ君の話によれば、雨竜は去年の夏合宿でペアを組んだ青女のわかばさんにも効果の使い方が喧しすぎると指摘されていたそうだ。わかばさんに言わせりゃ雨竜は160キロの全力ストレートで27個の三振を取りたがるピッチャーだ。でもそれだけだと単調で、そのうち目が慣れて打たれ始める。
 野球で例えられたそれを実際の話に置き換えると、派手な効果ばっかり使っててもキューシートで表される音の波は単調で、聞く側の印象には残らないということだ。そう言われて雨竜は緩急をつけたり変化球の使いどころに気が付いたそうだ。それで効果のより効果的な使い方を意識し始めたとか。

「音の扱い方は最近じゃ北星にも褒められるんだぞって鼻息を荒くしてたね」
「まあ、北星が褒めるんなら実際上手くなってんだろうな」
「俺もミキサーだから音の扱い方には興味があるし、ハリーとは少し話が通じたんだよね。くららは自分が番組の構成を考えたり機材に触るタイプじゃないでしょ」
「まあな。班じゃそういうのは俺やみちるの管轄だし」
「何にせよ、ハリーはちょっと怪しいけど1年生はちゃんとくららの話も聞いてるし。ペアを組んだ相手とはみんなそれぞれちゃんとやれてるし」
「それで、海月のペアって誰なんだ?」
「殿だね。向島のミキサーの。さっき言ってた体の大きな」
「あー、はいはい。でも1年3人の中じゃ海月が一番攻略しやすそうだな」
「へえ、そうなんだ」
「星ヶ丘って農学部あるだろ。農学部の先輩がみちるに定期的に野菜を大量に分けてくれんのな。そのおこぼれを俺も分けてもらってんだけど。海月もたまにみちるン家で一緒に料理して食ってたりするし。占いと音の使い方云々よりは会話のハードルが低そうかなと思って」
「ふーん。それじゃあ旬の野菜を使った料理でも教えてもらったらいいんじゃない。春風も料理を教えてもらってすがやんに振る舞ったそうだよ」
「って言うか海月云々を抜きにして俺が教えてもらいたいんだよ。さっきの雨竜の話じゃないけど、飯のバリエーションが単調だとやっぱ飽きがくるし。1人暮らししてるからにはやっぱちょっとは出来るようになりたい」

 何にせよ、海月はあと5人いる班員の誰か1人でも攻略できればちょっとは変わって来ると思うんだよな。と言うかまず2年生から攻略する必要があるっぽいというのは今ここでは言わないでおこう。

「料理と言えば、シノが少しずつ上達してるみたいだね」
「えっ、シノって料理するタイプなの!? 唐揚げ弁当とか食ってそうなイメージだけど」
「さすがに毎日じゃないけど出来る範囲で自炊してるみたいだよ。シノのおにぎりが絶品って話、誰かさんから聞いてない?」
「いや、聞いたことないな」
「多分MBCC2年の同期6人の中だと、料理の総合力では今はシノが一番まであるんじゃないかな」
「へー、そうなんだ。どんな料理してんのか気になるな。でも総合力って。何かに特化してる奴がいるとか?」
「お菓子作りはくるみが特訓中だし、すがやんは魚を捌けるでしょ。レナは直火でマシュマロを焼くのが異様に上手い」
「それこそレナじゃなくてくるみの管轄っぽいけど」
「くるみは火にマシュマロを近付けすぎて焦がすんだよ。その辺の加減が苦手っぽい」
「あー、そう言われると映像で想像できる」
「俺とササは可もなく不可もないって感じだから」
「あー、確かにこう言っちゃ難だけどリクは普段やってないって感じはある」
「でも、それがわかるってことは彩人の部屋とかだとたまに包丁を握る感じ?」
「やろうとするけど見てらんなくて結局俺が包丁奪ってる」

 結局俺の部屋では俺が飯を作ってるのを後ろで座って眺めるってのがリクのお決まりのパターンみたくなってる。それなりにデカい男が2人並べるような台所でもないから、立つのはやっぱ1人ずつになるんだよな。

「彩人、普段からちょっとでも自炊してるんだったらこのお好み焼きも焼いてくれれば良かったんじゃないの」
「せっかくこういう店だしサキ君が初めてならちゃんと焼いてもらったのを食べてもらった方がいいかなと思って。また機会があれば挑戦してもいいかなとは」
「ふーん。じゃあ来ようよ」
「えっ!? 本当に言ってる!?」
「言ってる。まあ、さすがにそろそろ星ヶ丘は忙しさに拍車がかかるだろうし、来月以降になるだろうけど。また来よう」
「じゃあちゃんとしたのサキ君に食べてもらえるように自炊頻度落とさないように頑張る」
「忙しいんじゃないの」
「忙しくても食うモンは食え、そんで寝ろってのが戸田班より前の時代からずっと受け継がれて来た班の教えなんだよ」
「確かに。食べるものは食べないとね。俺は体も小さいし人より食べる量が少ないけど、彩人は大きいんだからちゃんと食べないと。それでなくてもステージは体も頭も使うんだから」
「ありがと。ちゃんと食べてちゃんと寝て、すげーステージにするよ」
「くららにもその辺の配慮があった方がいい?」
「それはサキ君から本人に聞いてやって。俺的にはないよりはあった方がいいとは思うけど、去年もシノがステージのことで配慮してくれてるし、最悪逆効果になりかねないから」
「わかったよ」


end.


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源班の2年生3人の間の信頼関係みたいな物も少しずつ形になって来てるのかな? まだまだこれから。
1年の頃は基本的に我関せずだったTKGが2年生になってみんなの面倒を見ていたし、サキも似たような立ち位置に来ることもあり得る
戸田班より前の時代から受け継がれて来た班の教えを守れてなかったプロデューサーがいたような気がするが

(phase3)

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