2022

■Untold Legends

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「おはようござ……な、何ですかこれは!」
「おはようございますとりぃ。見ての通り、うまい棒ですよぉ~」
「え、ええ……それはわかるのですが、量ですよ。みんなで分けていただくにしても、少し多いような気が」

 来るなり春風が驚くのも無理はない。と言うか、暇な4年だからこそ出来る襲撃だ。前回来たときから少し変わった座席のレイアウト。それにはお構いなしで机の上にこーたがバラマいた大量のうまい棒。3年生以上であれば何が起こるのか一目でわかるけど、2年生以下にはあの悪しき慣習により生み出された地獄の競技へと至る発想はないだろう。

「こんにちはー」
「やァーすがやん、来ヤしたね」
「あれっ、4年生の先輩? ご無沙汰してます。てか、現役はまだ春風だけ?」
「どうして徹平くんがここに」
「すがやんには改めてMMPの洗礼を受けさせるために奏多に呼び出してもらったんだ」
「4年生の先輩がMMPの洗礼って言うと冗談じゃなくガチなヤツじゃないすか。何が出てくるかわからなさすぎて怖いんですけど。つかそれ俺だけじゃなくて今年の1年にも平等に浴びせるべきじゃないすか!?」
「もちろんそのつもりだからこれだけのうまい棒を用意してきたんじゃないか」

 これからやろうとしているのはもちろんアレなんだけども、すがやんを呼び出すにあたって春風には絶対言わないように念押しはしておいた。まあ、その辺は多分奏多が上手いことやってくれたのだろう。ベクトルこそ違えど奏多の口の巧さは圭斗先輩に匹敵するからな。
 こうして他の面々を待っている間に、俺たちは前回遊びに来た時からのあらすじを春風から聞いていた。この間はツッツの人見知りに対する荒療治名目で呼ばれたんだけど、あれからまた1人増えたとか、収納班という物が結成されて、机やベンチの機能を兼ね備えた棚が作られたとか。
 MMP的には10人で昼のお知らせ放送と通常の昼放送をやれるようになり空き枠がなくなったことや、インターフェイス的には夏合宿に向けて動き出したことなんかを聞いた。班の打ち合わせなんかも始まっているとのこと。今年の講師も安定のダイさんだ。

「去年の今頃はどーにもシよーがなさすぎてこーたがアナウンサーとして番組をやってたコトを思えば、空いた曜日がないッつーのはこれまでのMMP史から見ても例のない快挙スわ」
「間違いありませんよ」
「ウチに人がいなさすぎたからすがやんが文化交流の名目でこっちに来てたワケだし、カノンが春風や奏多をサークルに誘った。ずっとそれなりの規模を維持しててもこうまでにはならなかっただろうし、一度死にかけたからこそ強くなったんじゃないかとは思う」
「言い得て妙スね」
「なるほど。そういう考え方もありますね。確かにその時の希くんは何とかサークルを盛り上げようと必死だったように思います」
「カノンは早々から自分が何とかしなきゃって覚悟を決めてたもんな。俺もいろいろ相談されてたし」

 カノンが来期のことも考えていたからこそ、俺も何とかしてやらないとなって気になれた。カノンの発想は面白いし、それをやろうとする勢いもある。だけど実際にやるにはもう少し追いつかない技術を何とかしてやること。それが3年後期のラストセメスターに俺が自分に課したテーマだった。
 去年の夏頃のことは律から闇堕ちだなんだと揶揄されていたけど、俺なりにそれを吹っ切ることが出来たのは菜月先輩のおかげだ。菜月先輩がそうされていたように、自分も後輩に目をかけてやらないとと気付かされた。悪ノリが出来る土壌を残す以前の話だ。

「おはよーございます。おっ、すがやん来てるな?」
「奏多、お前夏合宿の打ち合わせで俺を呼んだんじゃないのかよ」
「それもあるけど、4年生の先輩がすがやんにMMPの洗礼を浴びせるっつったら、ソイツを見届けてやんねーとなって」
「先輩たち! 奏多には洗礼を浴びせなくていーんすか!」
「一応人数制限があるし、1年が何人乗ってくるか次第ではある」
「人数制限って何すか……」
「つか机の上がうまい棒が山盛りになってますけど、これ、何が始まるんです?」
「よくぞ聞いてくれました。かの伝説の競技であるうまい棒レースを2年ぶりに開催しようと思いましてね?」
「うまい棒レース? とは」
「あれは私たちが2年生の頃の話になりますから、書記ノート的にはこの辺りですかね」
「おっ、俺の字だ」
「懐かしいスねェー」
「何が書いてあるんだ…?」

 春風、奏多、すがやんの3人が書記ノートを覗き込む。もちろん開いたページに書いてあるのはあのクソくだらないレースの開催要項だ。去年も圭斗先輩が開こうと画策していたのだけど、カノンの純な言葉に断念されたという経緯があったのだ。
 やる側だとうまい棒を見るだけでも辟易としてしまうんだけど、見る側だとうまい棒を買い込むことが楽しくて仕方ない。村井さんや圭斗先輩もこんな感じでうまい棒を買い込んでいたのだろうかとは想像に難くない。今年の律は去年で言うところの菜月先輩的後見人ポジションか。

「このクソ暑い中窓を閉め切って扇風機も付けずに水分を断ってうまい棒をただただ食うレースとか……しかも今年の人口密度でやろうとしてるんすかアンタら」
「奏多が参加してくれても全然いいんだぞ。第1回大会では圭斗先輩が優勝されたんだからな」
「仮に俺が出たとして、もし優勝したらどうなると思います?」
「さあ」
「多分ジュンにぶっ殺されますよ。あの完璧超人、こんなくだらないコトまでやれちまうのかって」
「ああー」
「や、つか納得すんなよ春風!」
「ジュンが暗黒面の力を得る想像には難くなかったから、つい」

 ジュンは間違ってもこんなことをやるようなキャラではないと思うんだけど、果たして暗黒面の力はこんなくだらないコトでも増幅させられてしまうのか。

「春風が参加してもいいんだぞ。第1回大会には菜月先輩も出場されて、圭斗先輩に次ぐ2位と大健闘されたんだ」
「おっ、そりゃいーじゃん。食べる量だけだったら全然余裕だろ?」
「食べるだけなら食べられますが、細かいルールのある競技なのですよね? 菜月先輩は何本食べられたのですか?」
「圭斗先輩は53本で菜月先輩は51本。だけどこの後行った食事では圭斗先輩の食が細かったのに対して菜月先輩は普通にチキンステーキを美味しく召し上がっていたから、実質的な優勝は菜月先輩だった説がある」
「いやつか菜月サンは菜月サンで何でそんなことやってんだよ。あの人あの実績とあの顔でそんなことやるキャラなのか?」
「やァー、伝説補正がかかってヤすわ」
「確かに実績などは輝かしい先輩ですけど、MMPの人ですからねえ」
「お前たち……菜月先輩は確かに立ち振る舞いは凛としていらっしゃるしサークル活動で残された華々しい実績からはとてもそんなようには見えないかもしれないけどな、菜月先輩はラブ&ピースの申し子だぞ…!」

 圭斗先輩の話によれば菜月先輩は1年生の頃が一番尖っていらして、学年が上がるごとに丸くなられたそうだけど、3年生になってからも十分アレだった。と言うかアレじゃなきゃこんなレースには参加しないんだよ。俺は先輩方から脅されて否応なしにやることになったけどだ。

「まあ、すがやんは確定でやるとして、1年で乗ってきそうな子って誰かいる?」
「俺は確定なんすか!」
「わざわざ向島まで来て何もせずに帰るのか? もったいない」
「夏合宿の打ち合わせとかが出来ますし……」
「でもよすがやん、すがやんのためにって4年生の先輩らがわざわざ用意してくれたんだぜ? 余所の大学の先輩にこんだけ可愛がられてるなんて光栄に思えって」
「それは確かにありがたいことではあるんだけど、うまい棒か……ええー……やるの…?」
「春風、しばらくすがやんがうまい棒臭くても察してあげてくれ」
「大量にうまい棒を食べると体臭がうまい棒になるらしースよ」
「そ、そうなのですか……」
「ちなみに1年で乗ってきそうなのはやっぱジャックとうっしーじゃないっすかね? あと野坂さんもレジェンド枠で参戦とかどっすか?」
「いいぞー、野坂さんがんばえー」
「俺は絶っ対に! やらないからな!」


end.


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りっちゃんと愉快な愚民ズがすがやんを襲撃しにきただけの話。何だかんだ留学生がかわいい愚民たち。

(phase3)

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