2022

■だれがなんのこ

++++

「えっと~、インターフェイスの~、夏合宿の顔合わせ~。で、いいんだよね~」

 夏合宿の班が発表されてから、みんなどんどん顔合わせに出向いているようで、その報告を聞いているうちに自分の班はどんな感じになるんだろうと緊張感が高まっていた。
 俺の名前は班一覧の一番下、9班のところにあって、カノン先輩が言うことによれば2年生の先輩3人のうち2人が普段ラジオをやらない人だから、向島の俺に対する期待が高まる編成になっているらしい。
 それから、奈々先輩から班長の北星先輩に関する情報を少し聞いているんだけど、どんな人なんだっていう不安しかなかった。普段はボケボケしていてコーヒーで溺れることもあるって。

「顔合わせって~、自己紹介とかするのでいいんだよね~?」
「そうそう。まずは自己紹介から」
「じゃあ俺から~。青浪敬愛大学2年のミキサーで~、班長の上川北星です~。は~い」
「北星、DJネーム」
「あっ。えっと~、DJネームとかは特になくって~、大体北星って呼ばれてま~す。これでいい?」
「うん、そんな感じ。改めて、副班長を務めさせてもらう緑ヶ丘大学2年の佐々木陸です。パートはアナウンサー、DJネームはササです。よろしくお願いします」

 春風先輩によれば、このササ先輩という人は野坂先輩や奏多先輩系統の文系版完璧超人なんだそうだ。俺があまりにその2人に対して毒づいてしまっているので他校の完璧超人も見てきてくださいと送り出された。奏多先輩風に言えば荒療治の一環なのだろう。
 荒療治と言えばツッツの人見知りに関しては班編成の時点で何らかの配慮がされたようで、身内の奏多先輩と一緒だし、他校の人にしたって顔見知りと言える緑ヶ丘のすがやん先輩がいる。実際ツッツも知ってる人がいて安心したって言ってたし、甘やかされてないか。

「星ヶ丘大学の2年、ミキサーの荒川みちるです。DJネームは特にないので、みちるって呼んでください」
「じゃあ~、1年生はこっちの子から~」
「あ、はい。向島大学1年の鷹来純平です。パートはアナウンサーで、DJネームはジュンです。よろしくお願いします」
「1年生とは思えない落ち着きっぷりだね」
「ホントだね~」
「実際向島の1年の中でも落ち着いてる方らしいし、アナウンサーとしての技量も高いそうだよ」
「いえ、そんな。まだまだです」

 ササ先輩が北星先輩とみちる先輩に言ったことは、多分対策委員の先輩の情報交換だとか、すがやん先輩から伝わってると考えるのが自然かな。実際ストレートの1年生とは2コ違うワケだし、1年生とは思えないっていう評価に対してはそうですねというくらいだ。

「じゃあ、そっちの子~」
「星港大学1年の大野光です。パートはミキサーで、DJネームって言うか、大学では大ちゃんとかひかるんって呼ばれてます。よろしくお願いします」
「は~い。じゃあ、最後の子~」
「青葉女学園大学の楢葉光莉です。パートはアナウンサーです。ならっちとか、ひかりんって呼ばれてます。よろしくお願いします」
「わ~」
「2人ともDJネームとしてどっちを採用するかっていう問題と、ヒカルとヒカリでニュアンスが近いから北星がどう認知するかっていう問題が」
「確かに」
「ところで北星、1年生の顔と名前は一致したか?」
「……ごめ~ん、1年生の子~、名札付けて~」
「はい?」
「北星は基本的に映像制作にしか興味がなくて、映像に関係する人ならそれと結びつけて覚えられるけど、そうじゃなければ顔と名前を一致させるのに物凄く時間がかかるから。もし映像やってるって子がいればそれをプレゼンして。実際の作品があればなお良し。そうじゃなければ好きな動画クリエイターとか、そういうのを自己紹介として追加してもらって」

 みちる先輩は淡々と言うけど、真剣に言っているのかと1年生3人は顔を見合わせる。北星先輩は映像制作に関係のない情報はシャットアウトしてしまう脳の造りになっているのか。今日初めて会った人の顔と名前をすぐに一致させられないだけなら少しわかるんだけど。

「えっと、CGとかでも大丈夫ですか」
「CG? 星大さんだったら千颯が水彩画と絡めたデジタル表現についての研究をしてるけど」
「あ、千颯先輩と同じ学科で、自分は空間型のデジタル表現として、ツールとしての映像っていうので少し触ってるんですけど」
「ああ、なるほど。そっち系か」
「一応これが、えーっと、これか。授業で作った作品を実際の空間に映し出した様子を撮影した動画なんですけど」
「えっと? 名前は何だっけ」
「大野光です。大ちゃんとかひかるんって呼ばれてて」
「空間のひかるんね~。覚えた~」
「えっと、あたしはちとせ先輩から紹介してもらって、緑ヶ丘のくるみ先輩のスイーツ動画を見てきました。本当に美味しそうですしどれを買おうかって毎週参考にしてて」
「くるちゃんの動画は本当にこだわってるからね~。えっと、ちとせちゃんの後輩の~」
「楢葉光莉です。ならっちとかひかりんって呼ばれてます」
「ひかりんね~。次回まで忘れないようにするね~」

 ……どうする。この流れ、俺は絶対に顔と名前を一致させてもらえないヤツじゃないか。自分が映像作品を作っているワケでもなければ特にこれは見なきゃと好き好んで見ているクリエイターがいるワケでもない。と言うか2年生の先輩はその辺どうやってクリアしたんだ。

「あの、みちる先輩。自分が映像を作ってるワケでも特に追ってるクリエイターがいるワケでもない場合はどうしたら」
「強烈なキャラ付けをするとか」
「ジュンがそれを出来そうなタイプではなさそうだけどなあ」
「ササ先輩の言う通りで。ちなみに先輩方は何か映像を?」
「ううん。私は去年の夏合宿で起こした乱闘で北星をビビらせて印象に残ってるだけだし」
「俺は多分まだ覚えられてない」
「ええー……」

 みちる先輩はみちる先輩で何をしたんだって感じだし、ササ先輩はササ先輩でまだ覚えられてないって。多分映像に関係しなくて特筆するようなキャラ付けもなかったらこうなるんだろうなっていう感じなんだろうけど、さすがに同じ班の先輩には覚えてもらいたい。

「ジュン、動画サイトとかも全く開かない感じ?」
「いえ、少しは見ます」
「おすすめ動画を見たら好きな動画の傾向がわかると思うけど」

 言われるがままに動画サイトのアプリを開いて、おすすめ動画の一覧を見てみる。最近はMMPで収納班としての活動が増えてきているから、収納術について調べたり、ツッツの影響でDIYにも興味が出てそういう動画を少し見たりしていた。

「最近のおすすめ一覧は整理整頓に収納、掃除、DIYって感じです」
「高圧洗浄機の動画とか見たことある~? 汚れがぐんぐん取れるのおもしろいよ~」
「それは見たことがないですね」
「水の激しい音が案外勉強のおともになるって人もいて~、わかんないモンだな~って」
「へえ、そうなんですね。ちょっと今日帰ってから見てみようと思います。ありがとうございます」
「えっと、身の回りのことの子ね~。名前は何だっけ~」
「鷹来純平、ジュンです」
「ジュン~。忘れない努力はするね~」

 本人が映像をやっているひかるんは覚えた~なのに対して、見ている動画を紹介した俺とひかりんは忘れない努力をする~って辺りが興味関心なんだなあと思う。あれっ。でも奈々先輩って映像をやってるって話を聞いたことがないけど、どうやって覚えたんだ? いや、さすがに班長は覚えるか。

「あの、北星先輩にひとつ聞きたいんですけど」
「な~に~」
「去年の夏合宿ではウチの奈々先輩の班だったって風に聞いてるんですけど、奈々先輩の顔と名前はどうやって一致させたんですか? 映像やってるって話は聞いたことがないんですけど」
「奈々さんは文鳥の動画をたくさん撮ってるから、それで覚えたよ」
「あー、まさかのピー子ちゃん動画…! ありがとうございます、謎が解けました」


end.


++++

奈々のピー子ちゃん動画については忘れかけてたけど、いい形で作用してよかった。そういや奈々は動画いっぱい撮ってた。北星にも見せたんやろなあ
北星の中ではジュンが身の回りのことのジュンになっててこれからの方向性が完全に未知数。

(phase3)

.
48/100ページ