2022
■内線番号#16
++++
「よーし、ハタケさんのロケ変は編集完了ー!」
「万里、よくもまあこれだけの量を片付けたね」
「頑張りました。圭佑君、ちょっと気分転換に散歩してきます。何かあったら放送で呼んでください」
「わかったよ」
「ぅあっづ! 何度だこれー……」
冷房のかかった事務所から現場へ続く通路に出ると、一気にむあっとした蒸し暑い空気が襲い掛かって来る。今年の夏は酷暑だっていう風にも予想されてるっぽいし、マジで死人が出てもおかしくないんじゃないかと思う。
4月に新卒で就職した向西倉庫での仕事にも少しずつ慣れてきたように思う。最初の1ヶ月は研修という名の現場仕事をやっていた。その中で、通常の出荷作業の他に在庫管理の仕事の補佐なんかもやったりして。
5月に入って連休が明けてからは俺が採用された通り、パソコンを使っての入出庫管理だとか、そういう仕事にも入っていった。それでも現場に出なくなったワケでもないからまあまあ忙しくさせてもらってる。
6月に入って、これが閑散期かと派遣の人の少なさやパートさんの緩さで気付く。だから今までは誰かにお任せしていた仕事も自分たちでやらなければいけない。とは言え出荷量がチョロいから緩く回ってるって感じ。
次の季節に動き出す品物が、早朝から何トントラックで何台入って来るからその管理がどうしたこうした、というような仕事が今のメインだ。それを現場に入庫するため倉庫内の整理をしている人がいて、ロケーション変更の紙を持って来る人も多い。
「越野、散歩か?」
「あっ、塩見さん。塩見さんは一段落ですか?」
「新倉庫でもクソ暑いからな。こまめに休憩入れないとやってらんねえ」
「本当ですよね」
「あー……そうだ。散歩するならWMSの端末と」
「うわっ」
飛んできたのは冷たいペットボトル。いかにも外の自販機で買いましたって感じの。
「……アクエリ?」
「これ持って、千景んトコ行ってやってくれ。今さっき来たダウンの返品、7パレか? その入庫を始めるっぽいから」
「大石のトコって、間違いなくこの会社で一番暑いところですよね」
「だな。だからこそ作業は迅速に終わらせないとガチで死人が出る。アイツ全然下に降りて来てねえだろ。事務所で見たか?」
「見てないっす。わかりました、行って来ます」
倉庫管理システムの端末を取りに事務所に戻っただけでもここは天国かと思う。だけどこれから手伝いに行くのはこの会社で最も過酷な環境であるB棟2階の奥の奥。
階段を上るとそれだけで気温がいくらか上がったのを感じる。マジで息苦しい。作業をしている人たちは環境に適応しつつあるっぽいけど、事務所暮らしになると少しの暑さでダメになりそうだ。
「おーい、大石ー」
B棟2階に差し掛かったところで、声を掛けてみる。奥の奥まで行くと棚がこれでもかと並んでて人が来てもわからないんだよな。それでなくてもこの季節はこんなところに用がないのに来る人もいない。
次の季節に入れる物の場所の確保はここでも進められていて、バスケットコートで言うと一面ほどの面積は空けられている。次のカタログや入荷リストを見ながら品物に対する場所を割り振っていくんだそうだ。
「大石ー? 死んでねーかー?」
「越野ー? どこー?」
「あっ、下にいたのか。上だ上ー」
「ああ!」
吹き抜けの下から声がしたからどうしたのかと思えば、フォークリフトに乗っていた。爪に刺さったパレットにはラップで包まれた段ボールの山。
「どうしたのー?」
「援軍。返品入庫やるんだろ?」
「あっ、それならちょうどよかった。今上がってるパレット、適当なところに引いてもらえたら助かるー。今持って来たのが2パレ目で、あと5パレ来るから、吹き抜けの周りに3パレ置けるようにしてもらえると」
「オッケー了解」
ハンドリフトで今吹き抜けの縁にあるパレットをその辺のスペースに引っ張っていく。ハンドリフトの扱いは現場作業をする上で必要なことだと入社前のバイトの時に塩見さんから教えてもらった。
ゆっくりと吹き抜けから次のパレットに乗った段ボールが顔を出してくる。それが完全に止まって、爪が下に降りて行ったのを確認してからハンドリフトで動かす。この繰り返し。
「ありがとー、助かったよー。1人だといちいちこっちに来てパレット引いて、下に行ってリフトに乗ってって、手間がねー」
「いいってことよ。あっそうだこれ、塩見さんから差し入れ」
「ありがとう」
「俺が援軍に送られたのって、意訳するとお前が死んでないか見て来いってことだろうし、さっさとやっちまおうぜ」
「そうだね」
「つか、ずっとここでぶっ続けで作業してたのか?」
「そうだね。ほら見て、きれいでしょこのスペース。バスケ出来そうじゃない?」
「まあ、実際きれいだしバスケ出来るとは思う」
「ひたすら詰めて寄せてロケーション変更しての繰り返し」
「ロケーション変更なんか休憩ついでに事務所に投げに来いよ。みんなロケ変の紙持って来たついでに休んでるぜ?」
「ここからだと事務所に行くのも面倒と言うか、戻って来たくなくなっちゃうからね。それに、端末からでも出来るし」
「あー、戻って来たくなくなるってのは、めちゃくちゃ分かる。よし、俺もここの暑さにちょっと慣れた。やるぞ!」
「そうだね。やろう」
パレットに積まれた箱が崩れないように巻かれているラップを剥がして、箱に貼られた明細を見ながら品物を確認していく。同じ品番の物があれば一緒に戻してしまった方が効率がいいからだ。
しかしまあ、倉庫内で一番暑い場所でこれから返品入庫作業をするメインの品物がダウンって。ジャケットかベストか知らねーけど、このクソ暑いのにそんなモン触りたくないっつーの。
……だから誰もやりたがらないし、人が好んで近付いて来る場所でもないから大石がやってんのか。人が良過ぎるのが欠点とは良く言ったものだなとは思う。合理的に自己犠牲を選ぶ奴だとも聞いたことはあるけど。
去年の夏にコイツが入社するに至った経緯を聞いた時はふざけんなこの野郎と思ったけど、一緒に仕事をしていくとこれは社員登用にもなるなと納得した。塩見さんの助手としてコンビを組むこともあるし、今じゃ同期で一番意思疎通が出来る相手だ。
「なあ大石、こういう、入り組数の小さいクソ厚いタイプのヤツが棚のロケーションになってんだけど、こういうかさばるヤツってどーすんの? 結構ギチギチだし平場に移動していいのか?」
「あのね、明細のここ、あるでしょ? 品番の前のスペース。ここに黒丸の印があるものが終了した品番なんだよ」
「あー、そーいやそんな話だったな。じゃこれは今後増えない品物か」
「そう。この品番は去年もそこまで入荷してないし、ケースになっちゃったら棚の上に置いて行くかロケーションの入り口に溜め置きとして置いておけばオッケーかな」
「了解。それじゃ基本ロケ変はしない感じな」
「うん。この品番はロケ変なしで」
去年のことも知ってるからこその仕事の仕方っていうのもあるんだなと、大石を見ていると実感する。俺はそれを見たり聞いたりして学びつつ、現場はこんな感じでやってるからパソコンの上ではどうしてあげるのがいいのかと考えなければならないんだ。
「つかこーゆー色のダウン見てると高崎を思い出す」
「ああ、ホントだね。高崎のは結構いい値段するタイプのヤツだと思うよ、パッと見た感じ」
「アイツは基本良い物に金かけて長く使うタイプだからな。物持ちがいいと言うか」
「それが理想だよね。安い物に飛び付いても結局たくさん買いすぎちゃったり、すぐダメになったりすることもあるから」
「社会人になったしアイツはダウンに10万出しかねねーぞ。寒いの大嫌いだし防寒具にはこだわるから」
「公務員だからボーナスもあるだろうしね」
「それな」
「でも、俺が水着に糸目を付けないようなことだね、きっと」
「ああ、それだそれ」
「あ、そうだ。越野はバスケやってるでしょ? ファミリーセールとか行ったことある?」
「それがまだなんだよ」
「あっ本当。ほら、バスケ関係のアパレルとかアイテムとかもあるから良かったら次の回に行ってみたらいいよ。社員になったし割引のカードもらえるから」
「マジで。めっちゃ気になるんだけど。バッシュケース買い替えたいと思ってたんだよなー」
「そういうのがあると思う。もしセールに無ければ品番をメモして所長に「これ買いたいです」ってお願いすれば社割の値段で買わせてもらえるんだけどね」
「えっそうなの!? 何割引き?」
「この買い方だと45%オフになるのかな」
「デケー!」
ちなみにこっちに戻って来てからも趣味でバスケは続けている。拳悟がやってるっていう社会人ばっかのチームに入れてもらってまたやり始めた。年齢だとか職種だとか、いろんな人がいるから話を聞いてて面白いなって思う。
「そう言えば塩見さんてこのブランドで私服ほぼ統一してるって話だけど、ファミリーセールとかで買ってる感じ?」
「塩見さんは基本直営店で買ってるはず。塩見さんが着てるような服って社割使えない系の限定品とかが多いんだよ」
「へー、そうなんだ。さすがだな」
「よーし、この台車終わりー」
「早っ! マジかよ!」
「越野が来てくれて助かったよー。夏に1人で奥に入っちゃうと眠くて眠くて集中力が途切れちゃうんだよ。だからさっきまで手前の方で作業してたんだけどさ」
「いやお前それ完全に熱中症やってるだろ。このクソ暑い中で眠くなるっつーのは眠いんじゃなくて気絶寸前なんだよ。バカなんじゃねーのかお前、ヤバいと思ったら下りて来いよ、1階に来るだけでも全然違うぞ。それをしねーから塩見さんに心配かけんだろ」
「うん、それはマズいなとは思った。俺、前々から塩見さんに自分の体を顧みない働き方をするなって叱られてて」
「つかそれでなくてもお前暑いの苦手なんだからちゃんと熱冷ましに来い。ここの仕事やってんだからちょっと休憩したって誰も怒らねーから! あと1人でやろうとすんな! 人手欲しけりゃ内線16番掛けて来い」
「うん、今度からはそうするよ。ありがとう」
今の時期なんか俺も事務所で大した仕事をやってるワケじゃねーし、なんなら今日の大半をハタケさんのロケーション変更の編集だけに費やさせられた感がある。よっぽど緊迫した仕事じゃなきゃ、ちょっと離席して現場の応援に行くくらい何てこたない。
「あ、越野もここで作業するならこれ飲んどいて」
「サンキュ。3時休みにもう1本買って来るわ」
「俺も3時休みになったら1回下に降りるよ。塩見さんにお礼も言わなきゃだし」
「あの人、元ヤンの経歴と見た目はおっかないけどマジでいい先輩だわ」
「ホントに」
「高崎があの人に憧れてんのもわかるっつーか」
「そうだねえ」
「あ、テープ切れた。在庫ある?」
「えーっとねえ……あ、今のが最後だった! 取りに行かなきゃ」
「2階のPPテープってどこに在庫あんの? 1階は荷受け前じゃん」
「2階は出荷場の机の脇だね。畠山さんが管理してくれてるよ」
「あ、そうなんだ」
「そしたら、取りに行って来ようかあ。越野も来る?」
「いや、俺はここにいる」
「え、暑いよ?」
「ハタケさんのトコ行ったら絶対またとんでもない量のロケ変の紙掴まされる」
「あはは。それじゃあここで待ってて。冷風機もあるから涼んでてもらって」
「いってらー」
スピーカーからはラジオの音楽番組。奥の奥に設置された冷風機の風を浴びながら、棚が並んで薄暗い場所に思う。これは確かに眠くなる。なんなら夏じゃなくてもちょっとサボって昼寝するにはちょうどいい場所じゃねーか。しねーけど。
でも、今でこの暑さだったら、真夏になったらどうなる。いや、去年インターン的な感じで働いてるから環境自体は知っているけど、社員だからこそ感じる恐ろしさというものは確かにある。体育館で慣れとくしかないか?
「越野」
「ぎゃーっ!」
「すげえ驚きようだな」
「すみません。まさか人が来るとは思わなくて」
「千景はどうした?」
「PPテープの在庫補充にA棟行ってます」
「あー……ありゃハタケさんに捕まるな。あの人デカいのやろうとしてたししばらく戻ってこねえぞ」
「もしかして塩見さん、ハタケさんから逃げてきました?」
「誰にも邪魔されねえで頭脳労働するには夏場のB棟2階に限る」
end.
++++
パレットを高く積み上げた上で考え事したりするし、塩見さんには頭脳労働をする上でのお決まりの場所がいくらかある様子。
仕事の中でなかなかいいコンビになりつつあるちーちゃんとこっしー。これからもきゃっきゃしててほしい
(phase3)
.
++++
「よーし、ハタケさんのロケ変は編集完了ー!」
「万里、よくもまあこれだけの量を片付けたね」
「頑張りました。圭佑君、ちょっと気分転換に散歩してきます。何かあったら放送で呼んでください」
「わかったよ」
「ぅあっづ! 何度だこれー……」
冷房のかかった事務所から現場へ続く通路に出ると、一気にむあっとした蒸し暑い空気が襲い掛かって来る。今年の夏は酷暑だっていう風にも予想されてるっぽいし、マジで死人が出てもおかしくないんじゃないかと思う。
4月に新卒で就職した向西倉庫での仕事にも少しずつ慣れてきたように思う。最初の1ヶ月は研修という名の現場仕事をやっていた。その中で、通常の出荷作業の他に在庫管理の仕事の補佐なんかもやったりして。
5月に入って連休が明けてからは俺が採用された通り、パソコンを使っての入出庫管理だとか、そういう仕事にも入っていった。それでも現場に出なくなったワケでもないからまあまあ忙しくさせてもらってる。
6月に入って、これが閑散期かと派遣の人の少なさやパートさんの緩さで気付く。だから今までは誰かにお任せしていた仕事も自分たちでやらなければいけない。とは言え出荷量がチョロいから緩く回ってるって感じ。
次の季節に動き出す品物が、早朝から何トントラックで何台入って来るからその管理がどうしたこうした、というような仕事が今のメインだ。それを現場に入庫するため倉庫内の整理をしている人がいて、ロケーション変更の紙を持って来る人も多い。
「越野、散歩か?」
「あっ、塩見さん。塩見さんは一段落ですか?」
「新倉庫でもクソ暑いからな。こまめに休憩入れないとやってらんねえ」
「本当ですよね」
「あー……そうだ。散歩するならWMSの端末と」
「うわっ」
飛んできたのは冷たいペットボトル。いかにも外の自販機で買いましたって感じの。
「……アクエリ?」
「これ持って、千景んトコ行ってやってくれ。今さっき来たダウンの返品、7パレか? その入庫を始めるっぽいから」
「大石のトコって、間違いなくこの会社で一番暑いところですよね」
「だな。だからこそ作業は迅速に終わらせないとガチで死人が出る。アイツ全然下に降りて来てねえだろ。事務所で見たか?」
「見てないっす。わかりました、行って来ます」
倉庫管理システムの端末を取りに事務所に戻っただけでもここは天国かと思う。だけどこれから手伝いに行くのはこの会社で最も過酷な環境であるB棟2階の奥の奥。
階段を上るとそれだけで気温がいくらか上がったのを感じる。マジで息苦しい。作業をしている人たちは環境に適応しつつあるっぽいけど、事務所暮らしになると少しの暑さでダメになりそうだ。
「おーい、大石ー」
B棟2階に差し掛かったところで、声を掛けてみる。奥の奥まで行くと棚がこれでもかと並んでて人が来てもわからないんだよな。それでなくてもこの季節はこんなところに用がないのに来る人もいない。
次の季節に入れる物の場所の確保はここでも進められていて、バスケットコートで言うと一面ほどの面積は空けられている。次のカタログや入荷リストを見ながら品物に対する場所を割り振っていくんだそうだ。
「大石ー? 死んでねーかー?」
「越野ー? どこー?」
「あっ、下にいたのか。上だ上ー」
「ああ!」
吹き抜けの下から声がしたからどうしたのかと思えば、フォークリフトに乗っていた。爪に刺さったパレットにはラップで包まれた段ボールの山。
「どうしたのー?」
「援軍。返品入庫やるんだろ?」
「あっ、それならちょうどよかった。今上がってるパレット、適当なところに引いてもらえたら助かるー。今持って来たのが2パレ目で、あと5パレ来るから、吹き抜けの周りに3パレ置けるようにしてもらえると」
「オッケー了解」
ハンドリフトで今吹き抜けの縁にあるパレットをその辺のスペースに引っ張っていく。ハンドリフトの扱いは現場作業をする上で必要なことだと入社前のバイトの時に塩見さんから教えてもらった。
ゆっくりと吹き抜けから次のパレットに乗った段ボールが顔を出してくる。それが完全に止まって、爪が下に降りて行ったのを確認してからハンドリフトで動かす。この繰り返し。
「ありがとー、助かったよー。1人だといちいちこっちに来てパレット引いて、下に行ってリフトに乗ってって、手間がねー」
「いいってことよ。あっそうだこれ、塩見さんから差し入れ」
「ありがとう」
「俺が援軍に送られたのって、意訳するとお前が死んでないか見て来いってことだろうし、さっさとやっちまおうぜ」
「そうだね」
「つか、ずっとここでぶっ続けで作業してたのか?」
「そうだね。ほら見て、きれいでしょこのスペース。バスケ出来そうじゃない?」
「まあ、実際きれいだしバスケ出来るとは思う」
「ひたすら詰めて寄せてロケーション変更しての繰り返し」
「ロケーション変更なんか休憩ついでに事務所に投げに来いよ。みんなロケ変の紙持って来たついでに休んでるぜ?」
「ここからだと事務所に行くのも面倒と言うか、戻って来たくなくなっちゃうからね。それに、端末からでも出来るし」
「あー、戻って来たくなくなるってのは、めちゃくちゃ分かる。よし、俺もここの暑さにちょっと慣れた。やるぞ!」
「そうだね。やろう」
パレットに積まれた箱が崩れないように巻かれているラップを剥がして、箱に貼られた明細を見ながら品物を確認していく。同じ品番の物があれば一緒に戻してしまった方が効率がいいからだ。
しかしまあ、倉庫内で一番暑い場所でこれから返品入庫作業をするメインの品物がダウンって。ジャケットかベストか知らねーけど、このクソ暑いのにそんなモン触りたくないっつーの。
……だから誰もやりたがらないし、人が好んで近付いて来る場所でもないから大石がやってんのか。人が良過ぎるのが欠点とは良く言ったものだなとは思う。合理的に自己犠牲を選ぶ奴だとも聞いたことはあるけど。
去年の夏にコイツが入社するに至った経緯を聞いた時はふざけんなこの野郎と思ったけど、一緒に仕事をしていくとこれは社員登用にもなるなと納得した。塩見さんの助手としてコンビを組むこともあるし、今じゃ同期で一番意思疎通が出来る相手だ。
「なあ大石、こういう、入り組数の小さいクソ厚いタイプのヤツが棚のロケーションになってんだけど、こういうかさばるヤツってどーすんの? 結構ギチギチだし平場に移動していいのか?」
「あのね、明細のここ、あるでしょ? 品番の前のスペース。ここに黒丸の印があるものが終了した品番なんだよ」
「あー、そーいやそんな話だったな。じゃこれは今後増えない品物か」
「そう。この品番は去年もそこまで入荷してないし、ケースになっちゃったら棚の上に置いて行くかロケーションの入り口に溜め置きとして置いておけばオッケーかな」
「了解。それじゃ基本ロケ変はしない感じな」
「うん。この品番はロケ変なしで」
去年のことも知ってるからこその仕事の仕方っていうのもあるんだなと、大石を見ていると実感する。俺はそれを見たり聞いたりして学びつつ、現場はこんな感じでやってるからパソコンの上ではどうしてあげるのがいいのかと考えなければならないんだ。
「つかこーゆー色のダウン見てると高崎を思い出す」
「ああ、ホントだね。高崎のは結構いい値段するタイプのヤツだと思うよ、パッと見た感じ」
「アイツは基本良い物に金かけて長く使うタイプだからな。物持ちがいいと言うか」
「それが理想だよね。安い物に飛び付いても結局たくさん買いすぎちゃったり、すぐダメになったりすることもあるから」
「社会人になったしアイツはダウンに10万出しかねねーぞ。寒いの大嫌いだし防寒具にはこだわるから」
「公務員だからボーナスもあるだろうしね」
「それな」
「でも、俺が水着に糸目を付けないようなことだね、きっと」
「ああ、それだそれ」
「あ、そうだ。越野はバスケやってるでしょ? ファミリーセールとか行ったことある?」
「それがまだなんだよ」
「あっ本当。ほら、バスケ関係のアパレルとかアイテムとかもあるから良かったら次の回に行ってみたらいいよ。社員になったし割引のカードもらえるから」
「マジで。めっちゃ気になるんだけど。バッシュケース買い替えたいと思ってたんだよなー」
「そういうのがあると思う。もしセールに無ければ品番をメモして所長に「これ買いたいです」ってお願いすれば社割の値段で買わせてもらえるんだけどね」
「えっそうなの!? 何割引き?」
「この買い方だと45%オフになるのかな」
「デケー!」
ちなみにこっちに戻って来てからも趣味でバスケは続けている。拳悟がやってるっていう社会人ばっかのチームに入れてもらってまたやり始めた。年齢だとか職種だとか、いろんな人がいるから話を聞いてて面白いなって思う。
「そう言えば塩見さんてこのブランドで私服ほぼ統一してるって話だけど、ファミリーセールとかで買ってる感じ?」
「塩見さんは基本直営店で買ってるはず。塩見さんが着てるような服って社割使えない系の限定品とかが多いんだよ」
「へー、そうなんだ。さすがだな」
「よーし、この台車終わりー」
「早っ! マジかよ!」
「越野が来てくれて助かったよー。夏に1人で奥に入っちゃうと眠くて眠くて集中力が途切れちゃうんだよ。だからさっきまで手前の方で作業してたんだけどさ」
「いやお前それ完全に熱中症やってるだろ。このクソ暑い中で眠くなるっつーのは眠いんじゃなくて気絶寸前なんだよ。バカなんじゃねーのかお前、ヤバいと思ったら下りて来いよ、1階に来るだけでも全然違うぞ。それをしねーから塩見さんに心配かけんだろ」
「うん、それはマズいなとは思った。俺、前々から塩見さんに自分の体を顧みない働き方をするなって叱られてて」
「つかそれでなくてもお前暑いの苦手なんだからちゃんと熱冷ましに来い。ここの仕事やってんだからちょっと休憩したって誰も怒らねーから! あと1人でやろうとすんな! 人手欲しけりゃ内線16番掛けて来い」
「うん、今度からはそうするよ。ありがとう」
今の時期なんか俺も事務所で大した仕事をやってるワケじゃねーし、なんなら今日の大半をハタケさんのロケーション変更の編集だけに費やさせられた感がある。よっぽど緊迫した仕事じゃなきゃ、ちょっと離席して現場の応援に行くくらい何てこたない。
「あ、越野もここで作業するならこれ飲んどいて」
「サンキュ。3時休みにもう1本買って来るわ」
「俺も3時休みになったら1回下に降りるよ。塩見さんにお礼も言わなきゃだし」
「あの人、元ヤンの経歴と見た目はおっかないけどマジでいい先輩だわ」
「ホントに」
「高崎があの人に憧れてんのもわかるっつーか」
「そうだねえ」
「あ、テープ切れた。在庫ある?」
「えーっとねえ……あ、今のが最後だった! 取りに行かなきゃ」
「2階のPPテープってどこに在庫あんの? 1階は荷受け前じゃん」
「2階は出荷場の机の脇だね。畠山さんが管理してくれてるよ」
「あ、そうなんだ」
「そしたら、取りに行って来ようかあ。越野も来る?」
「いや、俺はここにいる」
「え、暑いよ?」
「ハタケさんのトコ行ったら絶対またとんでもない量のロケ変の紙掴まされる」
「あはは。それじゃあここで待ってて。冷風機もあるから涼んでてもらって」
「いってらー」
スピーカーからはラジオの音楽番組。奥の奥に設置された冷風機の風を浴びながら、棚が並んで薄暗い場所に思う。これは確かに眠くなる。なんなら夏じゃなくてもちょっとサボって昼寝するにはちょうどいい場所じゃねーか。しねーけど。
でも、今でこの暑さだったら、真夏になったらどうなる。いや、去年インターン的な感じで働いてるから環境自体は知っているけど、社員だからこそ感じる恐ろしさというものは確かにある。体育館で慣れとくしかないか?
「越野」
「ぎゃーっ!」
「すげえ驚きようだな」
「すみません。まさか人が来るとは思わなくて」
「千景はどうした?」
「PPテープの在庫補充にA棟行ってます」
「あー……ありゃハタケさんに捕まるな。あの人デカいのやろうとしてたししばらく戻ってこねえぞ」
「もしかして塩見さん、ハタケさんから逃げてきました?」
「誰にも邪魔されねえで頭脳労働するには夏場のB棟2階に限る」
end.
++++
パレットを高く積み上げた上で考え事したりするし、塩見さんには頭脳労働をする上でのお決まりの場所がいくらかある様子。
仕事の中でなかなかいいコンビになりつつあるちーちゃんとこっしー。これからもきゃっきゃしててほしい
(phase3)
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