2022
■イスと棚とケイトくん
++++
「おはよーございまーす」
「おはようございます」
「あっつー! 松兄、もっと扇風機強なりません!?」
「しゃーねーなー、ほら」
「神やー!」
この季節に上り坂というのはなかなかキツいもので、サークル室に人が来る度に暑いと言って扇風機の前に陣取ります。少し涼めば落ち着くようなのですが、それでも学部棟から徒歩15分はなかなかのしんどさです。
「春風お前車まだか? 近々買ってもらうみたいな話だろ」
「夏休みの間にという話にはなっていますが、奏多、まさか人を足にしようと考えてないでしょうね?」
「俺じゃなくても考えると思うぜ? なあジュン」
「徒歩でなくてもこの季節に外に出るということ自体が億劫で。俺はうっしーの原付の後ろに乗せてもらってここまで来たんですけど、それでも暑いですから」
「原付の後ろに乗ってきたのですか!? それはいけません! 危ないですよ」
「すみません」
「危ねーとはわかってっけどそれを上回る歩くめんどくささ! わかるぜ~」
今のMMPは人数の割に足があるメンバーが少ないのです。一人暮らしをしているジャックが車を持っていて、豊葦市内に家のあるうっしーが原付に乗っているというくらいで。免許を持っている人は私を含めそれなりにいるのですが。
私の車をどうするかということは父さんと日々話し合っています。時折兄さんが口を挟んでくるのを父さんが制してくれるのがありがたいです。現状では普通乗用車で行くことには決まっています。軽では少々可愛らしすぎるかなと思って。あと大学通学にはパワーが欲しいのです。
「みんなおはようッ! あーづかれだー…!」
「奈々さんおはよーございまーす、ってヤベー出で立ちっすね」
「奈々先輩、その机は? ああ、持ちますね」
「ありがとねとりぃ」
「席でも増やすんすか? こないだ4年生の先輩らが遊びに来たときとか座る場所もなかったっすもんね」
「そう、席を増やそうと思って。っていうのも、これからMMPに見学に来たいって子から連絡が入ってさ。迎えに行かなきゃと思ったものの座る場所なくない? ってことを思い出して」
「この机はどこから持ってきたんですか?」
「学生課の人に聞いて4号館脇にある倉庫からもらってきたんだよッ」
「そんなところから机と椅子を抱えて坂を上って来たんですか!? 言ってくれれば手伝いましたよ!」
「ホンマですわ! 奈々先輩時々凄いムチャするから怖いわあ」
今回奈々先輩がもらってきたのは2人掛けの教育用机と椅子2脚です。奈々先輩は休み休み来たと言いますが、さすがに小柄な女性がこれを一人で抱えてそこそこ急な坂を上り、さらに2階のサークル室に運び入れるのは無茶です。
それまでは暑い暑いと茹だった様子だったジュンとうっしーもこれには驚き、そんなことなら自分たちを使えと奈々先輩に詰め寄ります。何だかんだ言っても優しい子たちだなあと思います。仮にも同い年のうっしーと年上のジュンを優しい“子”と扱うのもどうかと思いますが。
「うち今からその子迎えに4号館まで戻らなきゃだしとりあえずこれをいい感じにレイアウトしてもらっていい?」
「いやいやいや、アンタそれはさすがにムチャ過ぎるだろ」
「でも迎えに行くって言ったし」
「まだ下にいるヤツに頼むとかすりゃいーっしょ。ジャックにワンチャン車で拾ってもらうとか」
「そーや! ジャックに頼みましょ!」
「そうとなったら電話……ダメだ、繋がらない」
「はー!? 何やアイツ!」
「奈々さんアンタ原付の免許は?」
「車の免許もまだだよ」
「じゃうっしーの原付借りるっつーのもダメか」
「奏多先輩」
「何だジュン」
「一応殿に電話繋がりましたけど、どうします?」
「殿か~……いや、目印としてはこれ以上ない! 代わってくれ」
「はい。奏多先輩に代わる」
「殿か!? 俺俺! イヤーなんかさ、これからサークル見学に来るっつーヤツがいるらしくてさ! おう、そーなんだよ。奈々さんが迎えに行くっつってたらしーんだけど、あの人長机とイス2脚抱えてこのクソ暑い中山道登るとかいうムチャしてきたから休ませてーんだよ。だからさ、その見学希望者とやらを連れて来てくんねーか? ああ、ああ。おー、上等だ! そしたら頼むわ、サンキュー!」
「上手く行きそうですか?」
「パロも一緒らしいから何とかなるだろ」
「パロがおるなら勝ち確や!」
「奈々さん、引率は殿に頼んだからアンタはとりあえずそれだけそいつに連絡して今は休んどけ。サークル見学に来られてもアンタじゃなきゃ対応出来ないことは山ほどあるんだ」
「ゴメンね松兄」
「春風、これで水かスポドリ買って来て」
「わかった」
今から待ち合わせをして、徒歩で15分の道のりを来ると考えれば、20分ほどは休めるでしょうか。それまでに奈々先輩には元気を取り戻してもらいたいものです。こんなとき、サークル代表の奈々先輩を戒めることが出来るのは、年長者の奏多なのでしょう。
自販機でスポーツドリンクを買い、サークル室に戻ると奈々先輩は扇風機の前で休んでいるようでした。買ってきた物は奈々先輩に渡せという奏多の指示に従い、飲み物を渡します。これから考えるのは、増えた机と椅子の使い方、サークル室の新しいレイアウトです。
「席とは関係ないんですけど、俺こーゆー、地べたにそのまま箱とか置いてあるんがあんま好きくなくて、ロッカーとかカラボみたいなモンを使ってちゃんと収納したいんですよ。その辺に置いてあるモンあんま大きくもないし、ちゃんと片付ければもっと広くならんかな思て」
「ちょっと分かる。雑然としてるのはあんまり良くないかなとは」
「じゃあうっしーとジュンでこれっていう収納棚を見て来てくれる? 予算は、そうだなー……パソコン買ったし節約したいから、1万円以内でお願い」
「わかりました」
「任せといてくださいよ! 収納の鬼と呼ばれたこのうっしーに!」
「初耳なんだけど」
「今初めて言ったわ」
「本当に大丈夫か…?」
「へーきへーき!」
「でも、2人の言いたいことは何となくわかるのです。MMPの収納は横に広く縦のスペースはあまり使われていませんよね。ですから、縦のスペースを使えるようになれば、少ない面積でより効率よく片付けることが出来るようになると思うのです。それこそカラーボックスだけでも結構変わるのではないかと」
「あー、確かにな。音源とか置いてるのがただの机で、その下とか全然スペースガラガラだもんな。つか音源とかもかっすーがちょっとまとめてくれたけど、もうちょっと何か出来る余地はありそうだ」
収納に関してはうっしーとジュンが班長として何か対策を考えてくれるようです。机と椅子ですが、今日のところは仮置きすることにして、サークル室が広くなってからまた改めて考えることにしましょうということになりました。
「まず要らん物を何とかするところからやわ何にせよ。このパンダとか要るん?」
「ケイトくんは絶対捨てちゃダメッ!」
「ケイトくん…? っつーと、こないだ卒業してった圭斗さんすか?」
「ケイトくんはMMPの守り神で、こうやって、コロンと倒れたら圭斗先輩の魂が憑依してサークルを見守ってくれてるっていう設定が」
「設定って言ってまったわ」
「元は菜月先輩が持ってきた320円のぬいぐるみだけど、ケイトくんという存在がMMPのサークルの空気を締めたこと数知れずッ!」
「これがサークルの空気を締めるんですか?」
「UNOとかやってて放送サークルとしての活動を忘れかけた時とかにケイトくんが倒れると、いけないいけないそろそろUNOやめて練習しなきゃ、的な。確かいい写真があったと思うんだけどなー。えーっと、ケイトくんケイトくん……あったッ!」
「おー、いつ頃かはわかんないけど安定の色男だわ」
「おわー、バリイケメン! 2次元の人なんちゃうん!」
「この人がうちが1年の時の3年生で代表会計だった圭斗先輩だねッ。インターフェイスの定例会議長なんかもやってた神だよッ」
「圭斗先輩と言えば、野坂先輩が激しく神格化していたという印象が強いですね」
「あの人が神格化してたとか実物はどんな人なんだ……」
「放送の技量と言うよりは政治力とか影響力みたいな物で世渡りしてた人だね。夏休みに定例会はフィネスタの下で向舞祭の手伝いなんかもやるんだけど、元々無償のボランティアだったのが短期バイト扱いになって給料が発生するようになったのも圭斗先輩の交渉があってのことだっていうのは定例会に伝わる伝説だね」
「金が絡むことできちんと交渉して押し切ることが出来る! この人は相当やり手に違いないわ! うん、多分金運良くなりそうやし少なくとも奈々先輩が卒業するまでの間はケイトくんとっときましょう」
「ありがとうございますッ! あと愛の伝道師とも呼ばれてたし、恋愛運も良くならないかなッ」
「マジかー! どこ撫でたら彼女出来るとかありますかねえ!」
「成績も良かったし就職先もいいところだったから今年の大学パンフレットに見開きで圭斗先輩のページがあったらしいよッ!」
「学業と仕事運か……俺もあやかろうかな」
「料理も上手だからジャックにも縁がある神様かもッ」
ケイトくんと呼ばれたパンダのぬいぐるみは無事MMPを見守る神様として残留が決定しました。このことは今日のおもしろエピソードとして野坂先輩にもぜひご報告差し上げようと思います。もしかしたら参拝に来られるかもしれませんね。
「でも、圭斗先輩と肩を並べる第8代MMPの神と言えばッ! 我らが菜月先輩ッ!」
「それは間違いありません! アナウンスの練習をしたかったのもそうですが、菜月先輩のトークに憧れたのがMMP加入への決定打となったと言っても過言ではありません」
「春風先輩がこれだけ言うということは本当に凄い人だったのかな」
「その菜月先輩って人は番組が上手い人やったんすねー。写真はあります?」
「このアルバムの写真はほぼ全部菜月先輩が撮影してるから、本人が写ってるのはほとんどないんだよ。その代わり、菜月先輩に関しては昼放送の音源が充実してるから、そっちを聞いてもらいたいかな」
「かっすーが野坂さんに詰め寄って持ってた番組強奪してたのも懐かしいなー」
「菜月先輩は実際スター揃いだった2コ上の世代でアナウンサーの双璧とまで呼ばれた人で、初心者講習会の講師をしてくれたり、とにもかくにも神とかいう安っぽい言葉で表現することが憚られるレベルの神なんだよッ!」
「双璧……凄い響きだ」
「双璧っつーことはもう1人ヤバい人がおったってことやん?」
「もう1人は高崎先輩っていう緑ヶ丘の先輩で、FMむかいじまのパーソナリティーコンテストで賞をもらったり、この間までコミュニティラジオでレギュラー番組持ってたっていう人だねッ」
「ヤッバ」
「徹平くんもよく高崎先輩は伝説の人だという風に言っていますね」
「菜月先輩と高崎先輩がダブルトークで競演した伝説のファンフェス100分番組っていうのが」
「奈々せんぱーい、おはようございまーす」
「パロ、おはようッ」
すっかり忘れてしまっていたのですが、今は新たにサークル見学をしたいという人を待っている時間なのでした。パロの声で現実に返った私たちは、改めて今と向き合うのです。奈々先輩はすっかり元気を取り戻したようです。圭斗先輩と菜月先輩のお話が出来たのも良かったのかもしれません。
「殿もありがとう」
「奈々先輩、体は」
「おかげさまですっかり元気だよッ! そしたら、今日見学に来てくれたのがーッ?」
「社会学部2年の、音無爾黎(おとなし・みれい)です」
「まさかの2年か」
「そしたら、今増やした席の方に座ってもらってーッ。えっと、MMPを知ったきっかけって何だった?」
「昼のラジオですね」
「まあ今となればそうだよねッ」
「この間そこで天体ショーの話を聞いて、ラジオなら自分の好きなことの話が出来そうだなと思って」
「あ!? 天体ショーの話っつったら春風の先々週の番組じゃねーか」
「聞いてくださったのですか?」
「あー、そうだこの声だ! そうなんですよ、聞かせてもらいました」
「ちなみに、音無くんはどんなことを話したいなど、あるのですか? もし良ければ聞かせていただきたいのですが」
「俺は元々俳句・短歌同好会に入ってたんですけど、テレビとかのマネしてあーやらこーやらケチ付けられるんが嫌になったんすね。でも詠むこと自体は好きだし、こういう綺麗な言葉があるよっていうのは伝えたいし。そこで昼放送の存在を知って、これだって」
「気持ちがとてもよくわかります。私も星や宇宙の話をいろいろな人にわかりやすく伝えたいと思って天文部からMMPに移ってきましたから」
「だから見学とは言ったけど実際には入る決意で来てます」
私と奏多のことがありますし、サークルを移ってくるということに関しても寛容になりつつあるのが今のMMPです。しっかりと練習をすれば短期間でも力が付くということも、今年来てくれた1年生たちが証明してくれています。
「奈々さん、どーします?」
「入る決意を持ってきてくれたんなら、受け入れなきゃ。ようこそ、MMPへ」
「おーしDJネーム決めっぞー!」
「DJネーム?」
「私たちは、番組をやるに当たってDJネームというものを設けているのです。私だととりぃですし、こちらの奏多は松兄という名前でやっています」
「そうなんですね」
「特にこだわりがなければ奏多が適当につけてしまいますが大丈夫ですか?」
「特に決まった呼び名もないのでいっそ決めてもらえた方が心機一転って感じでいいかなとは。って言うかまだ皆さんの名前とか聞いてないんですけど」
「これが全員でもないしみんな来てから改めてやる。えーっと、音無爾黎な? つか俳句とか短歌とかって音の数がどーしたこーしたってモンなのに音無か」
「実際それでよくイジられました」
「ラジオも音が大事になるモンだし、お前は言葉を大事にしたい人間らしいから、いろはとかどうだ。そうじゃなきゃミレーの音階から取ってドレミだな」
「あまりに安直では。と言うか、ドレミの方は桜貝のミソラ先輩と似た印象のDJネームを後からかぶせるのはどうかと。それでなくてもミソラ先輩は短歌を詠む人だし」
「あー、確かにそれはキャラ被りと言われても否定出来ない」
「いや、いろは、悪くないと思う」
「おっ、そうか。お前さんさえ良ければ採用してもらって」
「これで行きます」
そうこうしている間にジャックとツッツ、そして希くんもサークル室に到着して、これで現行MMPの全員が勢揃いしました。そして行われる自己紹介。彼のDJネームが“いろは”に決まったところまでのあらすじをみんなで共有します。
1年生たちが新たにやってきた2年生を受け入れてくれているというのも何だかしみじみとします。何だかんだ言って私と奏多もMMPに入ってまだ半年も経っていませんし、本当に、あっと言う間に大きなサークルになったのだなと思います。
「奈々先輩、自前のメンバーだけでとうとう11人っすよ! 11.5か~……デカくなったなー…!」
「春風、かっすーのヤツまたナチュラルに小数点以下やってんぞ」
「もう諦めました」
「そしたら今日は対策委員の活動報告の後で発声練習と、その後は各自練習だとかパソコン周りのことだとか、ジュンとうっしーは収納のアイディアを出してくれたりとかしてもらえばいいのかなッ」
「ジャックー、お前が頼みの綱やー!」
「何の話だよ、収納?」
「その辺散らかっとるん片付けて部屋広くしてからサークル室の新しいレイアウト考えることになったんよ。机増えたからどーしよーっつって。カラーボックスとか棚とか用意してその辺のモン突っ込もうかと」
「ああ、そういうことな。買ったモン運べとかそーゆーアレな」
「それそれ」
「悪いジャック、よろしく頼む」
「あの、うっしー……」
「どしたツッツ」
「し、収納って、既製品で探しに行くの…?」
「お前パソコン自作するタイプか」
「あ、いや、パソコンは自作しないけど、えっと、俺、ちょっとしたDIYが趣味で、簡単な棚くらいなら作れて……」
「マジか!? じゃあこーゆー寸法のヤツほしいわーってなったら板から用意して作るみたいなこと出来るんか!?」
「そ、そういうのが、趣味で……」
「うおー! 神がおったー! ジュン、神がおるぞ!」
「ホントに。今の今まで全然知らなかった」
「言ってなかったから……でも、俺も、役に立ちたい……」
内気で人見知りのツッツが、こうして趣味と特技を生かしてみんなの役に立ちたいと言い出してくれたことに感動を覚えます。お知らせ番組収録でのうっしーとのコミュニケーションは上手くとれているということがこの様子から伺い知ることが出来ました。
ツッツが自作したという棚や、DIYの作品などの画像を見せてもらっているのですが、本当に凄いです。収納班の班長たちは、ここにこういう感じで棚があればこの箱をこうしてああして……と夢を膨らませています。そしてツッツは早速紙の上に図を描いて設計を始めてしまいます。
「えーと……発声練習なんだけどなー……ま、いっか! ツッツはこのまま棚の設計しててもらっていいよッ! 他のみんなは外出るよーッ!」
「このクソ暑い中外で発声とかしんどいわー!」
「やらなくなったらずるずるやらなくなるからねッ!」
「発声練習! 楽しみだなー」
「初めてやから炎天下での発声でも楽しみとか言えるんやわ」
「影の向きを考慮して立ち位置を決めましょう」
「そーゆーコトでもないんやけどなー」
「おっ、ケイトくんが倒れた」
「倒れましたね」
「これはぎゃあぎゃあ喚いてないでさっさと発声行ってこいっつーアレだな」
「そうですね。では行きましょう」
end.
++++
普段のエコメモの3本分くらいの長さになったボリュームと要素もりもりMMPのお話。夏です。
1年生たちもキャラ立ちしてきたし、なんなら最初に来たジャックが薄くなってきたかもしれない。何とかして兄貴!
ケイトくんの話とかもめちゃくちゃ久し振りだけどMMPの守り神として最低でもあと2年は働いてくれることでしょう
(phase3)
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++++
「おはよーございまーす」
「おはようございます」
「あっつー! 松兄、もっと扇風機強なりません!?」
「しゃーねーなー、ほら」
「神やー!」
この季節に上り坂というのはなかなかキツいもので、サークル室に人が来る度に暑いと言って扇風機の前に陣取ります。少し涼めば落ち着くようなのですが、それでも学部棟から徒歩15分はなかなかのしんどさです。
「春風お前車まだか? 近々買ってもらうみたいな話だろ」
「夏休みの間にという話にはなっていますが、奏多、まさか人を足にしようと考えてないでしょうね?」
「俺じゃなくても考えると思うぜ? なあジュン」
「徒歩でなくてもこの季節に外に出るということ自体が億劫で。俺はうっしーの原付の後ろに乗せてもらってここまで来たんですけど、それでも暑いですから」
「原付の後ろに乗ってきたのですか!? それはいけません! 危ないですよ」
「すみません」
「危ねーとはわかってっけどそれを上回る歩くめんどくささ! わかるぜ~」
今のMMPは人数の割に足があるメンバーが少ないのです。一人暮らしをしているジャックが車を持っていて、豊葦市内に家のあるうっしーが原付に乗っているというくらいで。免許を持っている人は私を含めそれなりにいるのですが。
私の車をどうするかということは父さんと日々話し合っています。時折兄さんが口を挟んでくるのを父さんが制してくれるのがありがたいです。現状では普通乗用車で行くことには決まっています。軽では少々可愛らしすぎるかなと思って。あと大学通学にはパワーが欲しいのです。
「みんなおはようッ! あーづかれだー…!」
「奈々さんおはよーございまーす、ってヤベー出で立ちっすね」
「奈々先輩、その机は? ああ、持ちますね」
「ありがとねとりぃ」
「席でも増やすんすか? こないだ4年生の先輩らが遊びに来たときとか座る場所もなかったっすもんね」
「そう、席を増やそうと思って。っていうのも、これからMMPに見学に来たいって子から連絡が入ってさ。迎えに行かなきゃと思ったものの座る場所なくない? ってことを思い出して」
「この机はどこから持ってきたんですか?」
「学生課の人に聞いて4号館脇にある倉庫からもらってきたんだよッ」
「そんなところから机と椅子を抱えて坂を上って来たんですか!? 言ってくれれば手伝いましたよ!」
「ホンマですわ! 奈々先輩時々凄いムチャするから怖いわあ」
今回奈々先輩がもらってきたのは2人掛けの教育用机と椅子2脚です。奈々先輩は休み休み来たと言いますが、さすがに小柄な女性がこれを一人で抱えてそこそこ急な坂を上り、さらに2階のサークル室に運び入れるのは無茶です。
それまでは暑い暑いと茹だった様子だったジュンとうっしーもこれには驚き、そんなことなら自分たちを使えと奈々先輩に詰め寄ります。何だかんだ言っても優しい子たちだなあと思います。仮にも同い年のうっしーと年上のジュンを優しい“子”と扱うのもどうかと思いますが。
「うち今からその子迎えに4号館まで戻らなきゃだしとりあえずこれをいい感じにレイアウトしてもらっていい?」
「いやいやいや、アンタそれはさすがにムチャ過ぎるだろ」
「でも迎えに行くって言ったし」
「まだ下にいるヤツに頼むとかすりゃいーっしょ。ジャックにワンチャン車で拾ってもらうとか」
「そーや! ジャックに頼みましょ!」
「そうとなったら電話……ダメだ、繋がらない」
「はー!? 何やアイツ!」
「奈々さんアンタ原付の免許は?」
「車の免許もまだだよ」
「じゃうっしーの原付借りるっつーのもダメか」
「奏多先輩」
「何だジュン」
「一応殿に電話繋がりましたけど、どうします?」
「殿か~……いや、目印としてはこれ以上ない! 代わってくれ」
「はい。奏多先輩に代わる」
「殿か!? 俺俺! イヤーなんかさ、これからサークル見学に来るっつーヤツがいるらしくてさ! おう、そーなんだよ。奈々さんが迎えに行くっつってたらしーんだけど、あの人長机とイス2脚抱えてこのクソ暑い中山道登るとかいうムチャしてきたから休ませてーんだよ。だからさ、その見学希望者とやらを連れて来てくんねーか? ああ、ああ。おー、上等だ! そしたら頼むわ、サンキュー!」
「上手く行きそうですか?」
「パロも一緒らしいから何とかなるだろ」
「パロがおるなら勝ち確や!」
「奈々さん、引率は殿に頼んだからアンタはとりあえずそれだけそいつに連絡して今は休んどけ。サークル見学に来られてもアンタじゃなきゃ対応出来ないことは山ほどあるんだ」
「ゴメンね松兄」
「春風、これで水かスポドリ買って来て」
「わかった」
今から待ち合わせをして、徒歩で15分の道のりを来ると考えれば、20分ほどは休めるでしょうか。それまでに奈々先輩には元気を取り戻してもらいたいものです。こんなとき、サークル代表の奈々先輩を戒めることが出来るのは、年長者の奏多なのでしょう。
自販機でスポーツドリンクを買い、サークル室に戻ると奈々先輩は扇風機の前で休んでいるようでした。買ってきた物は奈々先輩に渡せという奏多の指示に従い、飲み物を渡します。これから考えるのは、増えた机と椅子の使い方、サークル室の新しいレイアウトです。
「席とは関係ないんですけど、俺こーゆー、地べたにそのまま箱とか置いてあるんがあんま好きくなくて、ロッカーとかカラボみたいなモンを使ってちゃんと収納したいんですよ。その辺に置いてあるモンあんま大きくもないし、ちゃんと片付ければもっと広くならんかな思て」
「ちょっと分かる。雑然としてるのはあんまり良くないかなとは」
「じゃあうっしーとジュンでこれっていう収納棚を見て来てくれる? 予算は、そうだなー……パソコン買ったし節約したいから、1万円以内でお願い」
「わかりました」
「任せといてくださいよ! 収納の鬼と呼ばれたこのうっしーに!」
「初耳なんだけど」
「今初めて言ったわ」
「本当に大丈夫か…?」
「へーきへーき!」
「でも、2人の言いたいことは何となくわかるのです。MMPの収納は横に広く縦のスペースはあまり使われていませんよね。ですから、縦のスペースを使えるようになれば、少ない面積でより効率よく片付けることが出来るようになると思うのです。それこそカラーボックスだけでも結構変わるのではないかと」
「あー、確かにな。音源とか置いてるのがただの机で、その下とか全然スペースガラガラだもんな。つか音源とかもかっすーがちょっとまとめてくれたけど、もうちょっと何か出来る余地はありそうだ」
収納に関してはうっしーとジュンが班長として何か対策を考えてくれるようです。机と椅子ですが、今日のところは仮置きすることにして、サークル室が広くなってからまた改めて考えることにしましょうということになりました。
「まず要らん物を何とかするところからやわ何にせよ。このパンダとか要るん?」
「ケイトくんは絶対捨てちゃダメッ!」
「ケイトくん…? っつーと、こないだ卒業してった圭斗さんすか?」
「ケイトくんはMMPの守り神で、こうやって、コロンと倒れたら圭斗先輩の魂が憑依してサークルを見守ってくれてるっていう設定が」
「設定って言ってまったわ」
「元は菜月先輩が持ってきた320円のぬいぐるみだけど、ケイトくんという存在がMMPのサークルの空気を締めたこと数知れずッ!」
「これがサークルの空気を締めるんですか?」
「UNOとかやってて放送サークルとしての活動を忘れかけた時とかにケイトくんが倒れると、いけないいけないそろそろUNOやめて練習しなきゃ、的な。確かいい写真があったと思うんだけどなー。えーっと、ケイトくんケイトくん……あったッ!」
「おー、いつ頃かはわかんないけど安定の色男だわ」
「おわー、バリイケメン! 2次元の人なんちゃうん!」
「この人がうちが1年の時の3年生で代表会計だった圭斗先輩だねッ。インターフェイスの定例会議長なんかもやってた神だよッ」
「圭斗先輩と言えば、野坂先輩が激しく神格化していたという印象が強いですね」
「あの人が神格化してたとか実物はどんな人なんだ……」
「放送の技量と言うよりは政治力とか影響力みたいな物で世渡りしてた人だね。夏休みに定例会はフィネスタの下で向舞祭の手伝いなんかもやるんだけど、元々無償のボランティアだったのが短期バイト扱いになって給料が発生するようになったのも圭斗先輩の交渉があってのことだっていうのは定例会に伝わる伝説だね」
「金が絡むことできちんと交渉して押し切ることが出来る! この人は相当やり手に違いないわ! うん、多分金運良くなりそうやし少なくとも奈々先輩が卒業するまでの間はケイトくんとっときましょう」
「ありがとうございますッ! あと愛の伝道師とも呼ばれてたし、恋愛運も良くならないかなッ」
「マジかー! どこ撫でたら彼女出来るとかありますかねえ!」
「成績も良かったし就職先もいいところだったから今年の大学パンフレットに見開きで圭斗先輩のページがあったらしいよッ!」
「学業と仕事運か……俺もあやかろうかな」
「料理も上手だからジャックにも縁がある神様かもッ」
ケイトくんと呼ばれたパンダのぬいぐるみは無事MMPを見守る神様として残留が決定しました。このことは今日のおもしろエピソードとして野坂先輩にもぜひご報告差し上げようと思います。もしかしたら参拝に来られるかもしれませんね。
「でも、圭斗先輩と肩を並べる第8代MMPの神と言えばッ! 我らが菜月先輩ッ!」
「それは間違いありません! アナウンスの練習をしたかったのもそうですが、菜月先輩のトークに憧れたのがMMP加入への決定打となったと言っても過言ではありません」
「春風先輩がこれだけ言うということは本当に凄い人だったのかな」
「その菜月先輩って人は番組が上手い人やったんすねー。写真はあります?」
「このアルバムの写真はほぼ全部菜月先輩が撮影してるから、本人が写ってるのはほとんどないんだよ。その代わり、菜月先輩に関しては昼放送の音源が充実してるから、そっちを聞いてもらいたいかな」
「かっすーが野坂さんに詰め寄って持ってた番組強奪してたのも懐かしいなー」
「菜月先輩は実際スター揃いだった2コ上の世代でアナウンサーの双璧とまで呼ばれた人で、初心者講習会の講師をしてくれたり、とにもかくにも神とかいう安っぽい言葉で表現することが憚られるレベルの神なんだよッ!」
「双璧……凄い響きだ」
「双璧っつーことはもう1人ヤバい人がおったってことやん?」
「もう1人は高崎先輩っていう緑ヶ丘の先輩で、FMむかいじまのパーソナリティーコンテストで賞をもらったり、この間までコミュニティラジオでレギュラー番組持ってたっていう人だねッ」
「ヤッバ」
「徹平くんもよく高崎先輩は伝説の人だという風に言っていますね」
「菜月先輩と高崎先輩がダブルトークで競演した伝説のファンフェス100分番組っていうのが」
「奈々せんぱーい、おはようございまーす」
「パロ、おはようッ」
すっかり忘れてしまっていたのですが、今は新たにサークル見学をしたいという人を待っている時間なのでした。パロの声で現実に返った私たちは、改めて今と向き合うのです。奈々先輩はすっかり元気を取り戻したようです。圭斗先輩と菜月先輩のお話が出来たのも良かったのかもしれません。
「殿もありがとう」
「奈々先輩、体は」
「おかげさまですっかり元気だよッ! そしたら、今日見学に来てくれたのがーッ?」
「社会学部2年の、音無爾黎(おとなし・みれい)です」
「まさかの2年か」
「そしたら、今増やした席の方に座ってもらってーッ。えっと、MMPを知ったきっかけって何だった?」
「昼のラジオですね」
「まあ今となればそうだよねッ」
「この間そこで天体ショーの話を聞いて、ラジオなら自分の好きなことの話が出来そうだなと思って」
「あ!? 天体ショーの話っつったら春風の先々週の番組じゃねーか」
「聞いてくださったのですか?」
「あー、そうだこの声だ! そうなんですよ、聞かせてもらいました」
「ちなみに、音無くんはどんなことを話したいなど、あるのですか? もし良ければ聞かせていただきたいのですが」
「俺は元々俳句・短歌同好会に入ってたんですけど、テレビとかのマネしてあーやらこーやらケチ付けられるんが嫌になったんすね。でも詠むこと自体は好きだし、こういう綺麗な言葉があるよっていうのは伝えたいし。そこで昼放送の存在を知って、これだって」
「気持ちがとてもよくわかります。私も星や宇宙の話をいろいろな人にわかりやすく伝えたいと思って天文部からMMPに移ってきましたから」
「だから見学とは言ったけど実際には入る決意で来てます」
私と奏多のことがありますし、サークルを移ってくるということに関しても寛容になりつつあるのが今のMMPです。しっかりと練習をすれば短期間でも力が付くということも、今年来てくれた1年生たちが証明してくれています。
「奈々さん、どーします?」
「入る決意を持ってきてくれたんなら、受け入れなきゃ。ようこそ、MMPへ」
「おーしDJネーム決めっぞー!」
「DJネーム?」
「私たちは、番組をやるに当たってDJネームというものを設けているのです。私だととりぃですし、こちらの奏多は松兄という名前でやっています」
「そうなんですね」
「特にこだわりがなければ奏多が適当につけてしまいますが大丈夫ですか?」
「特に決まった呼び名もないのでいっそ決めてもらえた方が心機一転って感じでいいかなとは。って言うかまだ皆さんの名前とか聞いてないんですけど」
「これが全員でもないしみんな来てから改めてやる。えーっと、音無爾黎な? つか俳句とか短歌とかって音の数がどーしたこーしたってモンなのに音無か」
「実際それでよくイジられました」
「ラジオも音が大事になるモンだし、お前は言葉を大事にしたい人間らしいから、いろはとかどうだ。そうじゃなきゃミレーの音階から取ってドレミだな」
「あまりに安直では。と言うか、ドレミの方は桜貝のミソラ先輩と似た印象のDJネームを後からかぶせるのはどうかと。それでなくてもミソラ先輩は短歌を詠む人だし」
「あー、確かにそれはキャラ被りと言われても否定出来ない」
「いや、いろは、悪くないと思う」
「おっ、そうか。お前さんさえ良ければ採用してもらって」
「これで行きます」
そうこうしている間にジャックとツッツ、そして希くんもサークル室に到着して、これで現行MMPの全員が勢揃いしました。そして行われる自己紹介。彼のDJネームが“いろは”に決まったところまでのあらすじをみんなで共有します。
1年生たちが新たにやってきた2年生を受け入れてくれているというのも何だかしみじみとします。何だかんだ言って私と奏多もMMPに入ってまだ半年も経っていませんし、本当に、あっと言う間に大きなサークルになったのだなと思います。
「奈々先輩、自前のメンバーだけでとうとう11人っすよ! 11.5か~……デカくなったなー…!」
「春風、かっすーのヤツまたナチュラルに小数点以下やってんぞ」
「もう諦めました」
「そしたら今日は対策委員の活動報告の後で発声練習と、その後は各自練習だとかパソコン周りのことだとか、ジュンとうっしーは収納のアイディアを出してくれたりとかしてもらえばいいのかなッ」
「ジャックー、お前が頼みの綱やー!」
「何の話だよ、収納?」
「その辺散らかっとるん片付けて部屋広くしてからサークル室の新しいレイアウト考えることになったんよ。机増えたからどーしよーっつって。カラーボックスとか棚とか用意してその辺のモン突っ込もうかと」
「ああ、そういうことな。買ったモン運べとかそーゆーアレな」
「それそれ」
「悪いジャック、よろしく頼む」
「あの、うっしー……」
「どしたツッツ」
「し、収納って、既製品で探しに行くの…?」
「お前パソコン自作するタイプか」
「あ、いや、パソコンは自作しないけど、えっと、俺、ちょっとしたDIYが趣味で、簡単な棚くらいなら作れて……」
「マジか!? じゃあこーゆー寸法のヤツほしいわーってなったら板から用意して作るみたいなこと出来るんか!?」
「そ、そういうのが、趣味で……」
「うおー! 神がおったー! ジュン、神がおるぞ!」
「ホントに。今の今まで全然知らなかった」
「言ってなかったから……でも、俺も、役に立ちたい……」
内気で人見知りのツッツが、こうして趣味と特技を生かしてみんなの役に立ちたいと言い出してくれたことに感動を覚えます。お知らせ番組収録でのうっしーとのコミュニケーションは上手くとれているということがこの様子から伺い知ることが出来ました。
ツッツが自作したという棚や、DIYの作品などの画像を見せてもらっているのですが、本当に凄いです。収納班の班長たちは、ここにこういう感じで棚があればこの箱をこうしてああして……と夢を膨らませています。そしてツッツは早速紙の上に図を描いて設計を始めてしまいます。
「えーと……発声練習なんだけどなー……ま、いっか! ツッツはこのまま棚の設計しててもらっていいよッ! 他のみんなは外出るよーッ!」
「このクソ暑い中外で発声とかしんどいわー!」
「やらなくなったらずるずるやらなくなるからねッ!」
「発声練習! 楽しみだなー」
「初めてやから炎天下での発声でも楽しみとか言えるんやわ」
「影の向きを考慮して立ち位置を決めましょう」
「そーゆーコトでもないんやけどなー」
「おっ、ケイトくんが倒れた」
「倒れましたね」
「これはぎゃあぎゃあ喚いてないでさっさと発声行ってこいっつーアレだな」
「そうですね。では行きましょう」
end.
++++
普段のエコメモの3本分くらいの長さになったボリュームと要素もりもりMMPのお話。夏です。
1年生たちもキャラ立ちしてきたし、なんなら最初に来たジャックが薄くなってきたかもしれない。何とかして兄貴!
ケイトくんの話とかもめちゃくちゃ久し振りだけどMMPの守り神として最低でもあと2年は働いてくれることでしょう
(phase3)
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