2022

■BLACK and BLACK

++++

「はよーございまーす」
「おはようございます」
「うっしー、ジュン、おはようございます」
「今ってとりぃ先輩だけですかー?」
「そうですね」
「じゃパソコン立ち上げまーす」
「お願いします」

 少し前に、MMPサークル室の大型アップデートが行われました。まず、パソコンの導入です。緑ヶ丘で行われている番組や音源を音声ファイルとして保存する手法を参考に、MMPでも過去の番組を聞きやすくしようということになりました。また、番組の収録や編集も行えるようにソフトも入っています。
 ちなみにこのパソコンは、以前希くんが見たという官公庁で使っていたパソコンの譲渡会のチラシがまた入って来たということで思い切って購入しました。値段は35000円ほどでしたが、現在のサークルメンバーが10人なのでサークル費4ヶ月分弱ですね。この程度なら行けるだろうと奈々先輩がゴーサインを出しました。
 それから、これからの季節に必要な新しい扇風機を購入しました。以前からも扇風機自体はあったのですが、結構なロートル……良く言えばレトロ感が逆に今風の物で、立ち上げると結構な音がするそうなのです。奈々先輩と希くんの話では、番組収録の際には雑音が入るので扇風機を切っていたとか。さすがにそれではキツイと新しい静音タイプの扇風機を導入しました。

「あれっ、マウスバグッとる。ジュン見て」
「壊れたのかな。キーパッドはどう?」
「パッドも挙動おかしいんやけど」
「うっしー、どのようにおかしいのですか?」
「左クリックが出来んのですよ。右クリックになるんですわ」
「ああ……そうですね、デバイスの設定で主に使用するボタンの項目を確認してみてください」
「あー、えーっと、右になってますね」
「これを左にすれば問題は解決すると思います」
「左っと。戻ったー! 気持ちいいー! ありがとうございます!」
「春風先輩、原因に心当たりが?」
「恐らく、奏多が個人的に使って設定を戻さなかったのが原因でしょう」
「松兄の犯行かー! メーワクやわー!」
「奏多は左利きですから。学内のパソコンなど、共用の物であればそのように扱うことも出来るのですが、ガッツリ使いたい場合は設定を変えるようなので。ここで何らかの作業をしていたのかと」
「でも、今はとりぃ先輩おったし俺ら情報やからデバイスの設定確認せー言われてピンと来たけど、知らん人やったらわからんままになるわ」
「そうかもしれませんね。奏多に設定を変えたら逐一戻してもらうよう言っておくのと、もしもの時の場合に設定の変え方を書いておきましょう」

 とりあえず付箋に主に使用するボタンの設定の仕方を書いて貼っておくことに。これで今回のようなことがあっても大丈夫でしょう。余程機械音痴の人はいなかったと思いますし。設定を戻したパソコンでうっしーは過去の番組を探し始めました。1年生の間で、過去の番組を聞くのが流行しているようなのです。うっしー発のムーブメントだそうです。

「あっまた増えとる」
「もしかしたら、奏多先輩がちょこちょこ増やしてくれてるのかもな」
「可能性はありますね。定例会でインターフェイスのシステムにも携わり始めましたし、ここで試験的にコーディングをしているのかもしれません。奈々先輩もその辺りのことは奏多に任せているようですから」
「まだ少し先の話だけど、奏多先輩がいなくなった後これを保守するのって」
「まー俺らが最有力ちゃう? 言って情報やし」
「だよなあ……天才のやることを凡人の俺が理解出来るかの問題になってくるんだけど」
「おるうちにガツガツ行くんやよそこは!」
「そうなるとうっしーの実務経験って強みだよなあ」
「弱気になんなや! 先輩らぶん殴りたいっつったまっくろジュンジュン出ーておーいでー」
「まっくろくろすけみたいに言うなよ。あの暴言だってうっかり過ぎたしああもうダメだ」
「大丈夫ですよジュン。インターフェイスのシステムにしてもそうですが、保守や管理のしやすさというのも考えるべきポイントとして構築しているようですので。私たちのように学部で勉強している人間でなくても扱えるようにしなければ続かないというのが大前提です。まあ、私たちが勉強をしなければならないというのは事実ですが」
「ですよね。はい。そうですね」
「あと、これを言うと奏多はまた営業妨害だと怒るでしょうが、彼は最初から何でもスマートに出来る天才型に見えて、実はかなりの努力家なのですよ。それを人に見せるのを嫌がるだけで。それでなくてもジュンより年上ですし、わからないことはどんどん聞いて良いと思います」
「せやぞジュン。松兄は兄貴だけあって面倒見ええんやぞ」
「ただ、図に乗るので程々でお願いしますね」

 クールで落ち着き払っているという第一印象だったジュンですが、何だか彼の喜怒哀楽も当初よりはわかりやすくなってきたように思います。少々悲観的な部分も出てきたように思いますが、うっしーのように人を焚きつけることの出来ることの出来る同期もいるのでバランスは取れているのでしょう。

「つか、俺の実務経験なんかゆーてたった1年やし、大したことはしとらんのよ」
「でも1年は働いたじゃないか」
「そうですよ」
「ま、8時から5時まで働いて、さらに日付変わるまで残業はしとったからお利口さんの1年よりは働いたな!」
「……やっぱりあるんだな」
「ホンマえー加減にせーよ思わん!? ハタチ過ぎとらんから酒は飲まさんクセに社会人なんやから22時以降も働いて当然っつって、その間座学研修延長した素人の大卒らは5時過ぎた帰ろー勉強疲れた同期で飲み行こーっつって帰ってくんよ!? 俺が毎日残業してもアイツらの給料には届くか届かんかくらいなんに!」
「うっしー、ブラックうっしーが出てるぞ」
「イヤやわあジュン、そんなんおるワケないやん。でもまっくろジュンジュンは実在する」
「個人的に、まっくろジュンジュンの語感はとてもいいと思うんですよね」
「ええ……」
「ブラックうっしーのお話は、こんな社会もあるのだと、身を引き締めなければと一層思わせられます」
「一瞬だけタメモードで話すけど、就職するときはホンマ! 外面だけに騙されたらアカンよ! 痛い目見るんは自分やから! とりぃみたいな真面目な人間から食い潰されてくんよ、俺はそんなんも見た! ジュン、お前もやぞ! 気ーつけや!」
「先輩、ご助言ありがとうございます」

 同い年の先輩と年上の同期が声を揃えて黒い社会の経験談を伝えてもらったことに感謝を伝えます。就職はまだ少し先ですが、夢のこともあるのでいろいろ考えておきたいところです。

「そう言えば野坂先輩も来春からプログラマーとして就職されるという話ですよね」
「あー、あの人から社会に出るに当たって何か気ー付けることないかって聞かれたけど、就職先聞いた瞬間そんなバリエリートに助言できることなんかないでーすっつって匙投げたわ」
「そんなに凄い就職先だったのですか…!? さすが野坂先輩です…!」
「凄いも何も。あの某クソデカ商社よ」
「あの某クソデカ商社だって…!?」
「えっ、星港の一等地に超高層オフィスビルを構えるあの某商社なのですか!?」
「やって。そー言っとったよ」
「そんな人が自分は雑魚っつってたとか何が基準の世界に生きてんだよ。バトルマンガの最終盤かよ」
「ジュン、出とる出とる」
「ジュンジュンの方ですね」
「失礼しました。うっしーはともかく春風先輩に言われると恥ずかしさしかないですね」


end.


++++

ジュンがちょっとキャラ立ちしてきた感。ノサカ奏多ラインの完璧超人にコンプレックス拗らせる系男子。
まっくろジュンジュンがハマりすぎて奏多が設定を変えていったパソコンの話が最早過去。

(phase3)

.
42/100ページ