2022

■Terrible cream weapon

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「はー、たるー。どうしてうちがこんなことをしなきゃいけないんだ」
「ご尤もではあるけど、やっておかないと余計面倒なことになると言ったのは君じゃないか」
「はいはい、やらせていただきますよ」

 今日が水曜日なのがまだ救いなのかもしれない。ロクな授業もないし、朝から準備に取りかかることが出来る。電動式のハンドミキサーなんてシャレた品物なんかない部屋だ。生クリーム作りは気合いと根性の作業。それを眺めるだけの男が1人と。
 そもそも、どうしてうちが生クリームを作っているのかという話だ。それには今日の日付が関係している。前々から三井とかいうロクでもない男が自分の誕生日をアピールしてきてウザいことこの上なかったんだ。それが今日だと。
 人の誕生日に興味など無く、おめでとうと一言あれば奇跡みたいな団体において三井は自己満足のためだけにプレゼントだのサプライズだのを用意して、一方的に見返りを求めてきたのだ。僕はみんなの誕生日を祝ってきたし、僕の誕生日にも何かあって当然だよねと。
 それじゃあお前のやり口に倣って、祝われる当人の需要やなんかを完全に無視して、こっちが面白いと思う物を一方的に送りつけてやるという方向で行くことには決まった。サークル全体を巻き込んでのパーティーに必要な物は、アイツが苦手な生クリームたっぷりのケーキだ。

「自分で美味しくいただくならともかく、何が悲しくてアイツのために腕を痛めなきゃいけないんだ」
「慰謝料はアイツから分捕ってくれたまえ」
「慰謝料と言えば、例の件はその後何か進展があったか」
「いや、堂々巡りだね」
「アイツが起こした大問題が何ひとつとして解決してないのもこの生クリームの虚しさに拍車をかける」
「よその大学のサークル室に勝手に侵入した挙げ句、備品の付箋を使ってダメ出し三昧とか、本当に引くよ。何様なんだってね」
「高崎にしてはまだキレ方が大人しいまであるからな」

 三井という男はとにかく話が通じないのだ。アイツに言っても無駄だろうと、アイツが問題を起こせば歴代の代表が詰め寄られてきた。今も現在進行形で高崎から圭斗が詰め寄られているところで、近々2校の会談を開いて協議するという方向にはなっているようだ。
 それとは別件で、初心者講習会を控えた対策委員の会議に乱入しては好き放題しているという話も聞く。対策委員からすれば、会議の邪魔をしてくる存在はそれが仮に定例会議長であっても万死に値する。対策委員も何人かは奴にブチ切れているそうだけど、当たり前だ。

「圭斗、砂糖取って」
「ん、どこにあるのかな」
「下駄箱の中」
「下駄箱の中に食品を置いているのかい?」
「お前の家の台所ほど広くないんだぞ。置き場所を作るにも苦労することは察しろ。あと、言うほどクツは無いから影響は少ない」
「それは失礼。えーと、砂糖はこれだね」
「どーも。砂糖を適量、ぽーんっ!」
「どう見ても適量じゃない気がするが!?」
「うちとノサカには適量だからへーきへーき。三井をシバき上げるためにはこれくらいしないと」
「君と野坂基準の生クリームとか、残りのメンバーも犠牲になるんだよなあ」
「三井をシバき上げるためだ」

 サークルに関わらない時の三井はただイキった空回り野郎という感じで実害は少ないけど、サークルに関わる時の三井はこれ以上ないほど厄介で、めんどくさくて、害しかないから周囲の人間が困り散らかす。時々、圧倒的な力でシメ上げることが必要なんだ。
 去年までなら麻里さんという最強の先輩がいてくれたので一言で黙らせることが出来たんだけど、いざ自分たちの代になるとこうだから。一言でオーバーキル出来ないのであれば、うちにだから許された悪乗りで殺るしかない。一口で弱らせたところに畳みかけるのだ。

「圭斗、味見」
「世にも恐ろしいクリームだけど、本当に僕が味見をしなくてはいけないのかな?」
「うちが味を見たんじゃただただ美味しいクリームだという評価にしかならないからな」
「まったく、君の味覚は極端なんだよ」
「えーと、砂糖を足さないとな」
「すぐに味見をさせていただきます!」
「はいじゃあ、ひと匙どうぞ」
「いただきます」

 ついでにうちも一口。うん、我ながら美味しいクリームだ。腕を痛めてシャカシャカし続けた甲斐があったぞ。

「あっ……ま! あっま! ぺっ! ぺっ! 何だこれは! 最早生クリームですらない! ただの砂糖の塊だ!」
「失礼だな。しっかりとクリームの味が感じられるじゃないか」
「どこがだ」
「まあ、お前のリアクションから見るに、三井をひっくり返すにはこれで十分だな」
「生クリームが苦手だと公言している男にこれを食わすとは鬼畜の所行でしかない」
「何度言えばわかるんだ。これはアイツの普段やっていることのオマージュだのリスペクトで精一杯の再現なんじゃないか。人にやられてイヤなことはしないということを教え込むためには生クリームを無理矢理口に突っ込むくらいのことをしないと意味がない」
「実に頼もしい総務を持って僕はしあわせだなとおもいました」
「さすが、思ってもないことを言うのは朝飯前ってか」

 生クリームが完成すれば、次はデコレーションだ。さすがにケーキの土台までは自分で作ることが出来ないので、こちらは市販の物を用意。ここに生クリームを塗り広げて、果物などを飾り付けていく。時々果物をつまみ食いするのが楽しい。

「菜月、その生クリームと一緒に食べて果物の味はわかるのかい?」
「ミカンは酸味がある分生クリームのダメージを緩和しそうだなあ」
「やっぱりそういう観点になるのか。食物兵器と化したケーキの可哀想なことだよ」
「兵器とか言うけどな、うちにとってはそれはもう美味しくいただけるケーキだぞ」
「最悪の場合、君と野坂で責任を持って処理してくれ」
「これくらいなら楽勝だぞ」
「うちのそうむさまはほんとうにたのもしいなー」
「代表が情けなさ過ぎるんじゃないのか」


end.


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三井誕のケーキ作り。サークルの平穏のため、3年生は陰で動くのである。ただし残り全員も巻き込んでいく

(phase1)

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