2022
■Before being bigwig
++++
「菜月様、どうかこの通り! よろしくお願いします!」
「はーっ……ファンフェス前日の4時半だぞ。今になってそれを言うか?」
「だから向島インターフェイス放送委員会定例会議長であるこの僕がこうして頭を下げてるんじゃないか」
「何か言い方が腹立つな」
「ノサカノサカ、何が始まったん?」
「わからないけど、圭斗先輩が菜月先輩にここまで頭を下げる光景もかなりレアだし相当ピンチであることには違いなさそうだ」
サークル室に駆け込んでくるなり圭斗先輩は菜月先輩の所在を訊ねた。今日はファンフェス前日で打ち合わせに行っている人は行っているから全員揃わないかと思いきや、どうやらMMPメンバーは大体揃うようだ。菜月先輩が打ち合わせに行くという話にはなっていなかったそうだから圭斗先輩はまっすぐここにやってきたようだけど。
菜月先輩が来るなり圭斗先輩が頭を下げたものだから、2年生は何事だとドン引きした。圭斗先輩と言えば泣く子も黙る定例会議長でありMMPの代表会計だ。それはもう結構なドヤ感があって……ドヤ感って言うとディスってるように聞こえるな。決してディスってるワケじゃなくて凄いなあという意味だ。
結構なドヤ感があって実際にリーダーシップもある圭斗先輩だけど、人に頭を下げるというところはあまり見たことがない。特に菜月先輩に対してこんな風に下に出ていることなんか過去に1度でもあったかというレベルだ。圭斗先輩は基本的に菜月先輩を小馬鹿にしてる印象が強いし。(きっと金銭感覚とか単位取得状況が原因なんだろうなあ)
「何がどうしてこうなったのかを聞かせてもらおうか」
「定例会で話し合った結果だよ」
「確か定例会の会議は昨日だって言ってたな。それで目隠しの装飾の存在を思い出したまではいい。どうしてお前がそれを安請け合いしてきたのかという問題だ。そのまま定例会の会議中に作れば良かったんじゃないか」
「あのビルに装飾を作るだけの道具が無くてね」
「本当にやらなきゃいけないと定例会が思ってるならフィネスタの人に言って適当なペンでも借りてやるべきだろ」
「ご尤もでございますが、僕たちとしてはそういった手段も思いつかないくらいに追い詰められましてですね……」
「まあ、今から持ち帰らせるのもアレだからやるにはやるけど、やるからにはこの労働に対するバックを求めるぞ」
「ははーっ。我が半身であるケイトくんもこのようにこうべを垂れております」
「ケイトくんはお前がいるときに倒れても何の意味もないっていう設定だろ。いいから、やらせるなら机を退けるなりなんなりして制作環境を整えてくれ」
「野郎共、机を窓側に寄せろー!」
圭斗先輩の号令で俺たちは机を窓際に寄せて床を開けた。そこに広げられる模造紙を前に、菜月先輩はシャーペンを手に取り下書きを始めた。菜月先輩の何が凄いって、こうして紙を前に一発でレタリングを始められてしまうところだ。絵心のない俺からすればこうした作業をフリーハンドでどうやってやっているのか、意味がわからない。
菜月先輩に依頼されたのは、ファンタジックフェスタで使われる目隠しの横断幕の作成だ。DJブースにつきものなのは機材のコード類。それが雑多になっていると見栄えが良くないということでアナウンサー席となる机に模造紙製の横断幕を貼って目隠しをするのが通例となっている。どうやら定例会がその存在を忘れてしまっていたとかで。
「菜月、何か手伝えることはあるかな?」
「必要な物が出来たら購買に走るくらいだな」
「何なりとお申し付けください」
「技術的な補佐ではないんですね」
「バカ野郎! 俺に絵筆が握れると思うか!? 伊達に1年の時点で筆を取り上げられてねーぞ!」
「やァー、圭斗先輩がネタかガチかわかんねースけど地を出してヤすわァー」
「1年生の時点で筆を取り上げられるとは……一体何をしたんだ」
「色塗りを手伝おうとか言って初っ端から黒をべったべたにして下書きの線からはみ出すわ、はみ出した分は水で薄めて拭き取ればいいとか言って紙をぐちゃぐちゃにした挙句濡らしたところから穴を開けるという愚行をだな」
「以来僕は装飾の作業で筆を握るなと言われて買い出し班に落ち着くことになったんだ」
「それは筆を取り上げられても仕方ないですね」
圭斗先輩のやらかしエピソードにドン引きする2年生であった。さすがに俺たちでもそこまでやらかした経験はない。菜月先輩は基本的に完璧主義だから、圭斗先輩が紙をぐっちゃぐちゃにしたときのリアクションは想像するのも恐ろしいが見てみたくもある。きっと黙ってどデカイ溜め息を吐くか、ブチ切れるかだろうなあ。
「しかし、相変わらず作業スピードが素晴らしいね」
「お前が適当な言葉で褒めちぎったくらいじゃ騙されないからな」
「ん、手厳しい」
「お前が定例会の代表としてあーだこーだしなきゃいけないのはわかるんだけどもだ。定例会全体の誠意というものを見せてもらわないことにはな」
「定例会全体の誠意、ね」
「お前が定例会議長なのはわかってるけど、お前は定例会議長であるより先にただの圭斗だからな。他の連中はこれに何が出来ると思ってこの仕事を押し付けたのやら。最初からお前の後ろに透けてるうちを当てにしてたんだとするなら、という部分だ」
「その辺の圧をかけることに関しては任せてもらいたいね」
「別に圧をかけろって言ってるワケでもないんだけどな」
そんなことを話しながらも紙の上にはどんどんロゴが出来上がっていくのを見ていると、定例会で追い詰められた圭斗先輩が菜月先輩を頼るしかなかったというのは凄く理解出来る。それに定例会の他の人がわーっと乗っかってやってもらえるのが当たり前というような状態になってるんじゃないだろうな、というのが菜月先輩の向ける疑念の目だ。
俺だとか、MMPの2年生から見れば圭斗先輩は定例会議長でもあるしMMPでも頼れるリーダーであることには間違いない。だけど同期である菜月先輩から見れば定例会議長だとかMMPの代表会計であるという以前に圭斗先輩はただの同期であり、ただの圭斗先輩だ。ダメなところもお互いにたくさん知っているからこその今日の会話のように思える。
「圭斗、今後こんな風に直前になってバタバタするくらいなら最初から向島インターフェイス放送委員会とでも書いた汎用の幕を1点から刷れるグッズみたいなのの店で作って持っておけばいいと思うんだ」
「予算の問題もあるし誰がそのデザインをするんだという問題は発生するけど、そういう布を持っておくのは悪くない手ではあると思うね。まあ、その辺は来年以降話し合ってもろて」
「投げたな」
end.
++++
唐突なフェーズ1で久々のアレ。菜月さんに圭斗さんをボロカスにやって欲しかったけどそんなでもなかった
フェーズ1の今頃だと圭斗さんも菜月さんを呼び捨ててるしノサカのアレもまだ始まってないので逆に斬新。ケイトくんも懐かしい。
この頃の定例会はちーあさすら裏で牛耳ってるのはなっちだって言ってるくらいだから透けてるどころか圭斗さんが傀儡まであったんだなあ
(phase1)
.
++++
「菜月様、どうかこの通り! よろしくお願いします!」
「はーっ……ファンフェス前日の4時半だぞ。今になってそれを言うか?」
「だから向島インターフェイス放送委員会定例会議長であるこの僕がこうして頭を下げてるんじゃないか」
「何か言い方が腹立つな」
「ノサカノサカ、何が始まったん?」
「わからないけど、圭斗先輩が菜月先輩にここまで頭を下げる光景もかなりレアだし相当ピンチであることには違いなさそうだ」
サークル室に駆け込んでくるなり圭斗先輩は菜月先輩の所在を訊ねた。今日はファンフェス前日で打ち合わせに行っている人は行っているから全員揃わないかと思いきや、どうやらMMPメンバーは大体揃うようだ。菜月先輩が打ち合わせに行くという話にはなっていなかったそうだから圭斗先輩はまっすぐここにやってきたようだけど。
菜月先輩が来るなり圭斗先輩が頭を下げたものだから、2年生は何事だとドン引きした。圭斗先輩と言えば泣く子も黙る定例会議長でありMMPの代表会計だ。それはもう結構なドヤ感があって……ドヤ感って言うとディスってるように聞こえるな。決してディスってるワケじゃなくて凄いなあという意味だ。
結構なドヤ感があって実際にリーダーシップもある圭斗先輩だけど、人に頭を下げるというところはあまり見たことがない。特に菜月先輩に対してこんな風に下に出ていることなんか過去に1度でもあったかというレベルだ。圭斗先輩は基本的に菜月先輩を小馬鹿にしてる印象が強いし。(きっと金銭感覚とか単位取得状況が原因なんだろうなあ)
「何がどうしてこうなったのかを聞かせてもらおうか」
「定例会で話し合った結果だよ」
「確か定例会の会議は昨日だって言ってたな。それで目隠しの装飾の存在を思い出したまではいい。どうしてお前がそれを安請け合いしてきたのかという問題だ。そのまま定例会の会議中に作れば良かったんじゃないか」
「あのビルに装飾を作るだけの道具が無くてね」
「本当にやらなきゃいけないと定例会が思ってるならフィネスタの人に言って適当なペンでも借りてやるべきだろ」
「ご尤もでございますが、僕たちとしてはそういった手段も思いつかないくらいに追い詰められましてですね……」
「まあ、今から持ち帰らせるのもアレだからやるにはやるけど、やるからにはこの労働に対するバックを求めるぞ」
「ははーっ。我が半身であるケイトくんもこのようにこうべを垂れております」
「ケイトくんはお前がいるときに倒れても何の意味もないっていう設定だろ。いいから、やらせるなら机を退けるなりなんなりして制作環境を整えてくれ」
「野郎共、机を窓側に寄せろー!」
圭斗先輩の号令で俺たちは机を窓際に寄せて床を開けた。そこに広げられる模造紙を前に、菜月先輩はシャーペンを手に取り下書きを始めた。菜月先輩の何が凄いって、こうして紙を前に一発でレタリングを始められてしまうところだ。絵心のない俺からすればこうした作業をフリーハンドでどうやってやっているのか、意味がわからない。
菜月先輩に依頼されたのは、ファンタジックフェスタで使われる目隠しの横断幕の作成だ。DJブースにつきものなのは機材のコード類。それが雑多になっていると見栄えが良くないということでアナウンサー席となる机に模造紙製の横断幕を貼って目隠しをするのが通例となっている。どうやら定例会がその存在を忘れてしまっていたとかで。
「菜月、何か手伝えることはあるかな?」
「必要な物が出来たら購買に走るくらいだな」
「何なりとお申し付けください」
「技術的な補佐ではないんですね」
「バカ野郎! 俺に絵筆が握れると思うか!? 伊達に1年の時点で筆を取り上げられてねーぞ!」
「やァー、圭斗先輩がネタかガチかわかんねースけど地を出してヤすわァー」
「1年生の時点で筆を取り上げられるとは……一体何をしたんだ」
「色塗りを手伝おうとか言って初っ端から黒をべったべたにして下書きの線からはみ出すわ、はみ出した分は水で薄めて拭き取ればいいとか言って紙をぐちゃぐちゃにした挙句濡らしたところから穴を開けるという愚行をだな」
「以来僕は装飾の作業で筆を握るなと言われて買い出し班に落ち着くことになったんだ」
「それは筆を取り上げられても仕方ないですね」
圭斗先輩のやらかしエピソードにドン引きする2年生であった。さすがに俺たちでもそこまでやらかした経験はない。菜月先輩は基本的に完璧主義だから、圭斗先輩が紙をぐっちゃぐちゃにしたときのリアクションは想像するのも恐ろしいが見てみたくもある。きっと黙ってどデカイ溜め息を吐くか、ブチ切れるかだろうなあ。
「しかし、相変わらず作業スピードが素晴らしいね」
「お前が適当な言葉で褒めちぎったくらいじゃ騙されないからな」
「ん、手厳しい」
「お前が定例会の代表としてあーだこーだしなきゃいけないのはわかるんだけどもだ。定例会全体の誠意というものを見せてもらわないことにはな」
「定例会全体の誠意、ね」
「お前が定例会議長なのはわかってるけど、お前は定例会議長であるより先にただの圭斗だからな。他の連中はこれに何が出来ると思ってこの仕事を押し付けたのやら。最初からお前の後ろに透けてるうちを当てにしてたんだとするなら、という部分だ」
「その辺の圧をかけることに関しては任せてもらいたいね」
「別に圧をかけろって言ってるワケでもないんだけどな」
そんなことを話しながらも紙の上にはどんどんロゴが出来上がっていくのを見ていると、定例会で追い詰められた圭斗先輩が菜月先輩を頼るしかなかったというのは凄く理解出来る。それに定例会の他の人がわーっと乗っかってやってもらえるのが当たり前というような状態になってるんじゃないだろうな、というのが菜月先輩の向ける疑念の目だ。
俺だとか、MMPの2年生から見れば圭斗先輩は定例会議長でもあるしMMPでも頼れるリーダーであることには間違いない。だけど同期である菜月先輩から見れば定例会議長だとかMMPの代表会計であるという以前に圭斗先輩はただの同期であり、ただの圭斗先輩だ。ダメなところもお互いにたくさん知っているからこその今日の会話のように思える。
「圭斗、今後こんな風に直前になってバタバタするくらいなら最初から向島インターフェイス放送委員会とでも書いた汎用の幕を1点から刷れるグッズみたいなのの店で作って持っておけばいいと思うんだ」
「予算の問題もあるし誰がそのデザインをするんだという問題は発生するけど、そういう布を持っておくのは悪くない手ではあると思うね。まあ、その辺は来年以降話し合ってもろて」
「投げたな」
end.
++++
唐突なフェーズ1で久々のアレ。菜月さんに圭斗さんをボロカスにやって欲しかったけどそんなでもなかった
フェーズ1の今頃だと圭斗さんも菜月さんを呼び捨ててるしノサカのアレもまだ始まってないので逆に斬新。ケイトくんも懐かしい。
この頃の定例会はちーあさすら裏で牛耳ってるのはなっちだって言ってるくらいだから透けてるどころか圭斗さんが傀儡まであったんだなあ
(phase1)
.