2022

■誰をどうして頼ろうか

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「わーっ、林原さーん! お久し振りですー! お元気でしたかー!?」
「ひと月程度では大して変わらん。この程度のことでバイトリーダーが取り乱すな」
「すみません」

 本当にいなくなる気がしなかった春山さんと林原さんが2人とも本当にいなくなって1ヶ月ちょっとが経った。だけど林原さんは星大の院への進学だからその辺を歩いているという言葉通り、本当にこの辺にいるんだもんね。
 今日は俺に渡したい物があるとのことで、ついでに晩ご飯を一緒に食べに行こうという話になったのでこうして林原さんがセンターを訪ねてきてくれたんだ。大型連休中でも平日は平日としてセンターが開放されるのはいつものこと。

「今日はお前だけか」
「自習室に真桜がいますね」
「そうか。有馬は帰省中か」
「いえ、今回は帰ってないみたくて、次の帰省は夏休みだって言ってました」
「そうか。では次はその頃に来ることにしよう」
「いつものヤツをお願いするんですねー」
「あれはバターサンドとは違い北辰フェアなどの催事にもなかなか出んからな。そうだ、本題だ。まず、お前にはこれだな」
「わーっ、ありがとうございまーす」

 林原さんが俺に渡してくれたのはギターの楽譜だ。1年生の頃から少しずつ練習してるんだけど、弾いてみたい曲の楽譜が入手できないときは林原さんに頼んで用意してもらってるんだ。どうやって入手してるんだろうと思うんだけど、怖くて聞けないよね。

「しかし世間一般の連休中という、センターの利用者もないような時期に無駄に平常通りの開放とは、相変わらず施設利用の実状がわかっとらん大学だな」
「まあ、家じゃなかなか集中して出来ない作業をこっそりやりながら時給1000円が発生するのは悪い話じゃないので」
「フッ。すっかり逞しくなったな」
「家じゃ誘惑が多いんですよねー」

 受付席でやっているのはファンフェスでやるDJブースのトーク内容をまとめる作業。定例会のあれこれで地味に忙しくて自分の作業があんまり進んでなかったんだよね。環境が変わることで手が動くようになるっていうのは本当だよね。

「ミドリくんいるー?」
「あっ、カナコさんおはようございまーす」
「えええっ!? 雄介さん!? どうしたんですか!?」
「川北に用事があってな。綾瀬、お前はこれからシフトか」
「いえ、稽古終わりに寄ったんです。せっかくなので雄介さんも差し入れどうぞ! お茶のドーナツに狙い打って買ってきたんですよー」
「ほう、ではいただこう」
「ミドリくんもどうぞ。ほうじ茶だよね」
「わーっ、ありがとうございまーす」

 CMで見て気になってたヤツだー! 結構いい値段するはずだけど、カナコさんはポンと差し入れてくれちゃってるよね。紙じゃなくて箱に入ってるっていうのがまた高級な雰囲気がするよね。林原さんは安定の抹茶味だし、俺もお決まりのほうじ茶味をチョイス。

「わー、ふわ~ってお茶の風味がして美味し~」
「よかったー」
「ほう、これはなかなか」
「ミドリくん、今利用者いる?」
「いないですねー」
「じゃちょっと真桜クン冷やかしてこよ。雄介さんごゆっくり」

 真桜は利用者がいなくても割と自習室内に籠もってることが多いんだよね。何をやってるのって聞くと、管理者用マシンに入ってるソフトで遊んでるって。真桜にとっては事務所より自習室の方が自由みたいだ。

「川北君、やってる?」
「あっ、伊指さんこんにちはー。林原さん、こちら教務課の伊指さんです。今春の履修登録以来いろいろお世話になってるんです」
「それはいいが、那須田さんはどうした。相変わらずお飾り所長か」
「そうですねー。困り事があれば那須田さんを飛ばして伊指さんに相談する方がかなり早いですねー」
「まあ、センターを適切に気にかける大学職員の存在はあるに越したことはないが」
「伊指さん、こちらが前のバイトリーダーで今は大学院生の林原さんです」
「教務課の伊指です」
「申し遅れました、林原です」
「ところで伊指さんは今日はどうしたんですか?」
「教務課も少し落ち着いたし、連休中だから学生も少ないでしょ? 暇潰しがてら差し入れ。そろそろ暑くなってきたからちょうどいいかなと思って」
「わーっ、ダッツだー! 本当にいいんですか!?」
「食べて食べて」

 今では困った利用者さんが出たら教務課に連絡して対応してもらっているんですよーという風に、この春に変わったことを林原さんに話す。俺じゃ春山さんや林原さんみたいに目力や圧でそういう人たちをどうこうは出来ないから。
 今日は本当にヒマなのか、伊指さんもちょっとだるんとリラックスしてるような感じだ。大人の人と言ってもまだ30歳にはなってない若手らしいし、教務課のカウンターの向こうではいろいろ大変なのかもしれない。

「林原君は前のバイトリーダーなら那須田さんの取説とか持ってる?」
「あの人の扱いは私の前のバイトリーダーが上手かった印象があります。那須田さんはこちらが何も言わんと問題がないと判断するのかとことん姿を見せませんし、郵便物を取りに来いと連絡をしてもすぐには来ません。あの人が自発的に姿を見せるのは年賀状の宛名書きを頼むときくらいでしょうか」
「はーっ……本当」
「一昨年でしょうか、センターのスタッフが他校生に付きまとわれるという事案が発生したことがありました。その際もいない人には頼れないので直接学生課に出向き対応をとるよう依頼したのですが所長を通せと」
「えっ、そんなことがあったの!?」
「はい。ですから、このまま那須田さんをお飾り所長として置いておくなら、伊指さんのような方が実質的所長として学生課や教務課と話をしてもらえれば、川北たちも業務がしやすいかと。これまでは私やその前のバイトリーダーが睨みを利かせてどうにかしてきましたが、今ではそうもいきませんから」
「ちょっと、これは思ったより深刻な話だったね。実状を聞かせてもらってありがとうございました。教務課に戻って今後の対応を考えてくるよ。川北君は、その付きまといの事案の一部始終は知ってる?」
「はい、大体のことは覚えてます」
「そのことを簡単にでいいから資料にまとめてメールに添付してくれる? センター利用規約やその他の規定に沿って考えてみるから」
「わかりましたー」
「じゃ、そういうことで」
「お疲れさまでーす」

 思いがけずちゃんとした仕事が発生したけど、本当に誰が所長なんだかって感じだよね。伊指さんの足音が消えたのと同時に、大きく吐いた息が林原さんと重なった。

「林原さん、あの件のことをまとめるのを手伝って下さい」
「仕方ない、付き合ってやろう。しかし、伊指さんはこの大学の職員にしては真面目なのだな。お前にとっては大きな力となるだろう」
「本当にそうなんですよ! 履修登録の時も暴れた人の対応をしてもらいましたし。暇潰しの散歩くらいなら全然可愛いレベルですよね。そうだ、差し入れいただきましたって書いとかないと」


end.


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フェーズ2でやるはずの話が思いがけずフェーズ3になった。いよいよ那須田さんの立場が危うくなるか?
伊指さんと話すリン様が自分のことを「私」と称しているのがなかなかに良き。

(phase3)

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