2022
■納得の警戒心
++++
「はいどーも、改めましてこんにちはー。向島期待のニューフェイス、松兄こと松居奏多でーす」
「はい。そしたらペア打ち合わせ始めようかー」
「――って何も触れられないのも虚しーんすけど? 何かないんすか? 自分で期待のニューフェイスって言うなとか、結局お前は何者なんだとか」
「そんなに素性に触れられたいならやることやってから相手してあげる。ハナ去年の夏に学習してるから、やることはきっちりやらせてもらうし真面目にやんないならそれ相応の対応は取るんで。しょぼーん」
ファンフェスで出すDJブースの班が決まって、班単位やペアでの打ち合わせが各班で進められているらしい。俺は緑ヶ丘のハナさんっつー人の班にぶち込まれ、そのままハナさんとペアを組むことになった。
他の班員は星ヶ丘のくららっつーやたらビッグマウスの女子と、青敬の当麻っつー、こっちは学年の割に落ち着き払った雰囲気のある野郎で、その2人がペアを組んでいる。
ペア打ち合わせだし雰囲気を軽くしようと放った軽妙な挨拶が見事に空振った感が強い。奈々さん風に言えばストレートのフォアボールで即一塁に歩かれていったようなそんな感じだ。
「やることやったらこっちの質問とか、ちょっと答えてもらえるような感じっす?」
「答えられる範囲ならね」
「よしっ。じゃあ真面目にやろうかな」
「じゃ、打ち合わせに入ろうか。奈々から少し聞いてるけど、向島では4月の間、15分くらいの短い番組を毎日やってたんだよね。だから松兄もちょっとした番組くらいならもう慣れっこって解釈でいい?」
「まあ、簡単な番組ならそれなりに出来るようにはなったっすね」
「そしたら班打ち合わせの時にも話したけど、ハナの班の番組は基本の構成を大きく崩すことはしないから、キューシート的に言えばこんな感じね」
「えー、15分ずつピントークがあって最後の15分にダブルトーク、その3パートをそれぞれよくある15分番組って感じでやるんすね。了解っす」
キューシートの読み方に関しては奈々さんから叩き込まれたからパッと見て少し読めば番組のイメージは割とすんなり浮かぶようにはなった。ま、俺は元々のスペックが高いからちょっと勉強すりゃそれなりには身につくんだよな。
「そう言えば前回から疑問のままだったんすけど、ダブルトークの時ってハナさんとくららが2人で喋るじゃないすか」
「そうだね」
「ミキサーはどうするんすか? まさかあんなちっさい機材の前に2人座ってフェーダーを1本ずつ触るとかじゃないっすもんね」
「ハナ的には4月の間に実戦経験を積んだ松兄がメインミキサーに座ってもらいたいって考えてるんだけど。奈々からやってる番組のファイルもらって聞いたけど、普通に即戦力としてやれてるし」
「お褒めに与り光栄です」
「ダブルトークは傾向としてトークタイムが1分とか2分とか延びるんだけど、変わる点はそれくらいかな。ミキサー的には2人のゲインを合わせるのが面倒かもだけど」
「それは使うマイクを固定すればさほど苦にはならないんじゃないすかね。例えばっすけどハナさんが1でくららが2、一度決めたそれは何があっても覆さない」
「そうだね、そうしようか」
そんな風にして番組の打ち合わせは進んでいった。こんなことを話すからこういう感じの曲を用意してもらったら嬉しいだとか、BGMの選び方の話だとか。それはもう至極真面目に打ち合わせてた。
奈々さんが俺の軽妙な喋りを「キャラ作り」とか何とか言うのを営業妨害だって言ってるのに、それを否定出来なくしてるのは俺自身じゃねーかと言われそうなくらいにはちゃんとやっちまってる。
「はー、すっごい。意外にちゃんとまとまったー」
「俺がちょっと真面目にやればこんなモンすよ」
「定例会ではおちゃらけてサキを怒らせてるからハナまた向島の地雷系が来たかと思ったけど、やっぱそれってキャラ作りだったんだね。いつも真面目にやればいいのに。しょぼんだよ。いつもこうならサキもちゃんと信頼してくれるよ」
「や、あれはあれで素ですし、キャラ作りではないっす一応。それより「また向島の地雷系が来たかと思った」ってのはどーゆーヤツっす? もしかして去年やらかしたっつー“アレ”のコトすか?」
「松兄はあの子の話も聞いてるの?」
「聞いてるも何も。俺もかっすーと同じ、アレが元々いたバドミントンサークルの出ですからね。かっすーがブチ切れてたのも見てますし経緯も聞いてます」
「ああそう。そうそう、去年の夏合宿でハナのペアの相手があの子だったんだよね。だから今回は何より番組の話を最優先にするって決めてて」
「それはしゃーないっす。納得しました」
「松兄が思ったより真面目で良かったよ」
「つか、やらかしそうな奴だったらそもそも奈々さんが外に出すことを許可しませんて」
「確かにそうだわ」
そもそも奈々さんからは、ハナさんは警戒心が強くなってるから最初から軽いノリは通用しない可能性が高いよとは言われてたんだよな。厳しいけど悪乗りやアソビを許容する人たちとはまた違うタイプだとも。
警戒心が強くなった理由を聞けばそれは確かに強くなるわって納得だし、あんまりふざけたことをやってたらそれ相応の対応を取るってのもアレにやられた経験からなんだろう。
「ほら、それでなくても向島って何年かに1人結構な爆弾みたいなのが出るし、キャラが濃い分仕方ないのかなとも思うけど、やっぱちょっと情報が少ない人は警戒すると言うか」
「あ、そんな結構な頻度でアレな奴が出るんすかウチって」
「これはここだけの話だけど、青女の子がこの間卒業していった4年生の人にパワハラ紛いのことをされたのがトラウマになってサークルを辞めざるを得なくなったりっていうことがあってさ」
「インターフェイスも楽しいことばっかりじゃなくていろいろあるんすね」
「あっ、もちろん楽しいことの方が多いとは言っとくよ! 出会いがあるのも本当だし」
「それは春風とすがやんを見てよーくわかってまーす」
「あっ、そうだよね! ハナその辺の話も聞きたいんだけど、どーゆー感じで付き合うことになったの?」
「いや~、ハナさんも好きっすね~」
「情報料としてコーヒー一杯奢るよ」
「じゃ、ありがたくご馳走になりますね」
end.
++++
ハナちゃんやマリンの真面目さは、多分エイジやアオのそれとはちょっと種類が違いそう。後者の方が柔軟性がある。
奏多はやるときはやる男ではあるけど、基本的に軽い雰囲気でありたいらしい。
(Phase3)
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「はいどーも、改めましてこんにちはー。向島期待のニューフェイス、松兄こと松居奏多でーす」
「はい。そしたらペア打ち合わせ始めようかー」
「――って何も触れられないのも虚しーんすけど? 何かないんすか? 自分で期待のニューフェイスって言うなとか、結局お前は何者なんだとか」
「そんなに素性に触れられたいならやることやってから相手してあげる。ハナ去年の夏に学習してるから、やることはきっちりやらせてもらうし真面目にやんないならそれ相応の対応は取るんで。しょぼーん」
ファンフェスで出すDJブースの班が決まって、班単位やペアでの打ち合わせが各班で進められているらしい。俺は緑ヶ丘のハナさんっつー人の班にぶち込まれ、そのままハナさんとペアを組むことになった。
他の班員は星ヶ丘のくららっつーやたらビッグマウスの女子と、青敬の当麻っつー、こっちは学年の割に落ち着き払った雰囲気のある野郎で、その2人がペアを組んでいる。
ペア打ち合わせだし雰囲気を軽くしようと放った軽妙な挨拶が見事に空振った感が強い。奈々さん風に言えばストレートのフォアボールで即一塁に歩かれていったようなそんな感じだ。
「やることやったらこっちの質問とか、ちょっと答えてもらえるような感じっす?」
「答えられる範囲ならね」
「よしっ。じゃあ真面目にやろうかな」
「じゃ、打ち合わせに入ろうか。奈々から少し聞いてるけど、向島では4月の間、15分くらいの短い番組を毎日やってたんだよね。だから松兄もちょっとした番組くらいならもう慣れっこって解釈でいい?」
「まあ、簡単な番組ならそれなりに出来るようにはなったっすね」
「そしたら班打ち合わせの時にも話したけど、ハナの班の番組は基本の構成を大きく崩すことはしないから、キューシート的に言えばこんな感じね」
「えー、15分ずつピントークがあって最後の15分にダブルトーク、その3パートをそれぞれよくある15分番組って感じでやるんすね。了解っす」
キューシートの読み方に関しては奈々さんから叩き込まれたからパッと見て少し読めば番組のイメージは割とすんなり浮かぶようにはなった。ま、俺は元々のスペックが高いからちょっと勉強すりゃそれなりには身につくんだよな。
「そう言えば前回から疑問のままだったんすけど、ダブルトークの時ってハナさんとくららが2人で喋るじゃないすか」
「そうだね」
「ミキサーはどうするんすか? まさかあんなちっさい機材の前に2人座ってフェーダーを1本ずつ触るとかじゃないっすもんね」
「ハナ的には4月の間に実戦経験を積んだ松兄がメインミキサーに座ってもらいたいって考えてるんだけど。奈々からやってる番組のファイルもらって聞いたけど、普通に即戦力としてやれてるし」
「お褒めに与り光栄です」
「ダブルトークは傾向としてトークタイムが1分とか2分とか延びるんだけど、変わる点はそれくらいかな。ミキサー的には2人のゲインを合わせるのが面倒かもだけど」
「それは使うマイクを固定すればさほど苦にはならないんじゃないすかね。例えばっすけどハナさんが1でくららが2、一度決めたそれは何があっても覆さない」
「そうだね、そうしようか」
そんな風にして番組の打ち合わせは進んでいった。こんなことを話すからこういう感じの曲を用意してもらったら嬉しいだとか、BGMの選び方の話だとか。それはもう至極真面目に打ち合わせてた。
奈々さんが俺の軽妙な喋りを「キャラ作り」とか何とか言うのを営業妨害だって言ってるのに、それを否定出来なくしてるのは俺自身じゃねーかと言われそうなくらいにはちゃんとやっちまってる。
「はー、すっごい。意外にちゃんとまとまったー」
「俺がちょっと真面目にやればこんなモンすよ」
「定例会ではおちゃらけてサキを怒らせてるからハナまた向島の地雷系が来たかと思ったけど、やっぱそれってキャラ作りだったんだね。いつも真面目にやればいいのに。しょぼんだよ。いつもこうならサキもちゃんと信頼してくれるよ」
「や、あれはあれで素ですし、キャラ作りではないっす一応。それより「また向島の地雷系が来たかと思った」ってのはどーゆーヤツっす? もしかして去年やらかしたっつー“アレ”のコトすか?」
「松兄はあの子の話も聞いてるの?」
「聞いてるも何も。俺もかっすーと同じ、アレが元々いたバドミントンサークルの出ですからね。かっすーがブチ切れてたのも見てますし経緯も聞いてます」
「ああそう。そうそう、去年の夏合宿でハナのペアの相手があの子だったんだよね。だから今回は何より番組の話を最優先にするって決めてて」
「それはしゃーないっす。納得しました」
「松兄が思ったより真面目で良かったよ」
「つか、やらかしそうな奴だったらそもそも奈々さんが外に出すことを許可しませんて」
「確かにそうだわ」
そもそも奈々さんからは、ハナさんは警戒心が強くなってるから最初から軽いノリは通用しない可能性が高いよとは言われてたんだよな。厳しいけど悪乗りやアソビを許容する人たちとはまた違うタイプだとも。
警戒心が強くなった理由を聞けばそれは確かに強くなるわって納得だし、あんまりふざけたことをやってたらそれ相応の対応を取るってのもアレにやられた経験からなんだろう。
「ほら、それでなくても向島って何年かに1人結構な爆弾みたいなのが出るし、キャラが濃い分仕方ないのかなとも思うけど、やっぱちょっと情報が少ない人は警戒すると言うか」
「あ、そんな結構な頻度でアレな奴が出るんすかウチって」
「これはここだけの話だけど、青女の子がこの間卒業していった4年生の人にパワハラ紛いのことをされたのがトラウマになってサークルを辞めざるを得なくなったりっていうことがあってさ」
「インターフェイスも楽しいことばっかりじゃなくていろいろあるんすね」
「あっ、もちろん楽しいことの方が多いとは言っとくよ! 出会いがあるのも本当だし」
「それは春風とすがやんを見てよーくわかってまーす」
「あっ、そうだよね! ハナその辺の話も聞きたいんだけど、どーゆー感じで付き合うことになったの?」
「いや~、ハナさんも好きっすね~」
「情報料としてコーヒー一杯奢るよ」
「じゃ、ありがたくご馳走になりますね」
end.
++++
ハナちゃんやマリンの真面目さは、多分エイジやアオのそれとはちょっと種類が違いそう。後者の方が柔軟性がある。
奏多はやるときはやる男ではあるけど、基本的に軽い雰囲気でありたいらしい。
(Phase3)
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