2021(04)

■憧れの人

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 私の目の前に憧れの人がいるのかと思うと、緊張して何から話せばいいやらわからなくなります。天文部の先輩や希くん、そして野坂先輩から菜月先輩に関するいろいろなお話は聞かせてもらっていたのですが。私がMMPで活動することを前向きに考えるようになったきっかけの人ですし、星や宇宙のことがお好きだという話なので、何とかお話ししたいのですが。
 卒業式終わりには天文部の先輩への最後の挨拶を済ませ、来年度からはMMPで活動していくこと、そして必要があればプラネタリウムの運営のお手伝いはさせてもらう形になりましたと報告も出来ました。夜には卒業生を交えた飲み会というのもあったそうなのですが、そちらには出席せず、MMPのそれに参加させていただくことになっていたのです。

「そんなに緊張しなくていいのに」
「いえ、ずっと憧れていた方ですから。何から話せばいいやらわからず挙動不審になってしまっていることをまずはお詫びしないと」
「何だかなあ。ノサカがもう1人増えたみたいだな」
「野坂先輩ですか?」
「変に堅苦しくて、真面目で。悪いことでもないんだけど、そう恐縮されるとうちが悪いことをしてるんじゃないかって気にもなるから普通にして欲しいんだけどな」
「すみません」
「いや、うちは人見知りだから初対面の人相手だともっと態度が悪いと思うけど。春風がノサカに似た子だったらこれを食べて何とかならないか?」

 そう言って菜月先輩はコース料理のだし巻き卵を差し出してくれました。緊張しっぱなしでお箸を持つことも忘れていたので、口に含んだ瞬間広がるだし巻き卵の味がじんわりとしみて異様に美味しく感じられます。そんな私を見て菜月先輩は笑みを浮かべるのですが、その微笑みの美しいこと。素敵な方だなあとより強く思います。

「菜月先輩は、星や宇宙がお好きだと伺いました」
「そこまで詳しくはないんだけどな」
「天文部でも、プラネタリウムでこちらが用意した台本よりいい語りをした方がいらっしゃって、それが菜月先輩だったという風に聞きまして」
「去年のあれはノサカとの雑談の流れでそのまま喋ってただけで、何を考えて話してたとかではないんだ」
「その話を聞いて、私は星や宇宙の話をより伝わるような話術を身に付けたいと思うようになったのです」
「それでどうやってMMPに辿り着いたんだ?」
「希くんからの勧誘です。だったら一緒に練習しないかと誘われまして。こういう番組をやってた人がいるんだよと菜月先輩の番組を聞かせていただき、強く感銘を受けました」
「まあ、本来ならうちの番組を外に出すことは重罪なんだけどな。どこぞのバカミキサーめ。シメてやらないといけないのに、こんなに可愛くていい子が来てくれたんなら許すしかないじゃないか」

 ったく、と菜月先輩は隣にいらっしゃる野坂先輩を軽くはたきます。すみませんと野坂先輩はご自分のだし巻き卵を菜月先輩に差し出すと、菜月先輩はそれを口いっぱいに頬張り満面の笑みを浮かべるのです。その笑みの可愛らしいこと。菜月先輩越しに見る野坂先輩も、菜月先輩の笑みが伝染しているかのような穏やかな表情で、レナの話は本当なのだなとその表情だけで窺い知ることが出来ます。

「菜月先輩はプラネタリウムがお好きなんですか?」
「プラネタリウムは、距離と時間に対する憧れを同時に叶えられる装置だと考えているんだ。距離と言うか、空間というのが正しいのかもしれない。それから、あの半球の中独特の雰囲気もいい」
「距離と時間に対する憧れ。私も、時間に対するロマンという物を最近は少し考えるようになりました」
「彼氏の専攻が考古学だからっていうのもありありで?」
「ひゃっ!?」
「わっ、びっくりしたあ」
「すみません、菜月先輩からその話を振られるとは思ってもいませんでした」
「うちと圭斗はたまにサークルに遊びに来てたし緑大との交流会にも出てたから、すがやんとの面識は多少あるんだ」
「そうなのですね」

 それから、野坂先輩が緑風へ旅行に行っていた時に私の話も少し聞いていたようで、徹平君との大まかな馴れ初めも菜月先輩には伝わってしまっていました。私はそれに少し抗議をしたかったのですが、野坂先輩には旅行のお土産話や天文台のパンフレットなどをいただいていましたし、何より相談に乗ってもらっていたので許すしかありません。

「実は徹平くんとは今日この会でMMPの4年生の先輩にご挨拶をするのだという話もしていたのですが、菜月先輩と圭斗先輩によろしくと言付かっていたのです」
「ああ、そうなんだ。やっぱりMMPの陰の空気にはそぐわないいい子だなあ」
「菜月先輩が作って下さったカレーうどんがとても印象に残っているという話を聞きました。菜月先輩は料理もお上手なのですね」
「料理自体はそこまでじゃないけど、カレーだけは何となく美味しいのが出来るんだ。カレーうどんはそのアレンジで」
「私も菜月先輩のカレーをいただいてみたかったです。野坂先輩が丼3杯のご飯をいただいたという話を聞いて、そこまで美味しいカレーだったら私も丼2杯くらいはいただけてしまいそうだなと思って想像だけでお腹が空いて」
「えーと、春風?」
「あっ、えっと、すみませんっ!」
「丼2杯って数字がリアルだけど、実は結構食べる方?」
「はい。一般的な女子よりはたくさんいただきます」
「そうかそうか。そしたらうちの葉っぱを分けてあげよう」
「いいのですか? せっかくのサラダを」
「いいからいいから」
「菜月先輩、無垢な1年生に葉っぱを押し付けるのはいかがなものかと。大体、そういった役割はこれまで俺が担って来たではありませんか」
「あーもううるさい奴だなお前は。かわいい1年生がお腹を空かせてるんだぞ」


end.


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ノサカ語訳)葉っぱ処理だろうと俺が菜月先輩から頼られたいのだが!?
レナからの事前情報を入れていた春風は飲み会で見るナツノサの仲の良さににこにこしているのだろう
奏多と圭斗さんは色男同士でノサカ的には眼福なんだろうけど、体育会系と陰キャという大きな違いがあるのである

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