2021(04)
■戦場跡で見る空
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「これで卒業式当日の仕事は終了ですかね」
「人がたくさんいるってだけで大変さが段違いだね」
卒業式では、卒業する放送部の4年生たちを送り出すため3年生以下の部員が一堂に集まります。例年は、流刑地と呼ばれた班はこの見送りの輪には加わらず各自で見送っていたようなのですが、今年は班の括りに関係なく見送ることになりました。放送部という大きな枠の中で卒業生を見送るのが初めての源は、部長という役職もあって少々疲れた様子です。
今年であれば朝霞班の2人も交えて見送りの輪を作ったことで、大団円を迎えたようには見えます。ただ、俺には少し思うところがありました。そしてそれを話せるのは、特殊な出自をした部長しかいないとも感じています。必ずしも話す必要はないのですが、これからの俺がどのようなスタンスでいればいいのか、改めて考えてしまったのです。
「源、この後食事にでも行きませんか」
「珍しいね、レオからの誘いだなんて」
「用事があれば別にいいのですが」
「ううん、行こう行こう。どこにする?」
「この周辺の飲食店は恐らくかなり混雑するでしょうから、少し離れたところに行きましょうか」
「そうだね」
適当な“髭”に入り、適当にアイスコーヒーとグラタンを注文します。源はアイスカフェオーレとサンドイッチプレートを頼みました。あまり明るすぎない雰囲気の店舗が多いので、髭という珈琲店は個人的にとても落ち着きます。尤も、向島発祥のチェーン店ですから、向島エリアで生まれ育てばそうなるのかもしれません。
「本当に、レオには卒業式でもいろいろ仕事をしてもらっちゃって。足を向けて寝られないよ」
「いえ。源にはこれから現場で馬車馬のように走り回ってもらいますから多少の書類仕事は引き受けますよ」
「現場の仕事が増えて来るのはこれからだから、頑張らないとねえ」
「……今日の見送りの様子を見ていて、少し思うところがありました」
「どうしたの?」
「朝霞さんが、部の大きな見送りの輪に来ることを躊躇していたようだったじゃないですか」
「そうだね」
「昔であれば、流刑地と呼ばれた班は本当に除け者じゃないですけど、部の中でも触れてはならないといった存在だったという風に聞いています」
「話としては俺も聞いたことがあるよ」
「ですが朝霞班の場合、朝霞さんが日高元部長から目の敵にされていただけで、部全体から疎外されていたわけではありません。その点で言えば幹部に楯突いた経歴のある戸田さんが少々怪しいですが、それでも朝霞班の評価はステージに熱い鬼のプロデューサーの率いた実力者揃いの班というものでした」
「俺も実際シゲトラ先輩からそう聞いて朝霞班に行ってみたらって言われたよ」
「そうなんですよ。実際部から疎外されていたのは旧日高班なのです。皆さん横暴な部長の機嫌を損ねぬよう、腫れ物を扱うように避けて回っていましたよね。朝霞さんを避雷針にしているかのようにも見えました」
日高元部長は朝霞さん以外眼中にないという感じの人で、いかに嫌がらせをするかにのみ重きを置いていました。ですから、俺のように影で動く鉄砲玉なりトカゲのしっぽなりが生まれるわけです。大学祭前、戸棚から盗みを働こうとした際に宇部さんに見つかったことがありました。その時に聞かれたのです。部長がいなくなった後はどうするつもりなのかと。
俺は自分が影で動くことも、朝霞班の妨害工作をすることも「そういうものである」と諦めていました。ですが、代替わりで3年生が引退した後のことを考えた場合に、どうすることが正解なのかわかりませんでした。工作員のようなことをするのにも疑問符が浮かび始めていた頃合いでした。そして少しの心が生まれ、部の癌である暗黙のヒエラルキーの破壊ということを思いつきました。
「以前源に部長就任を打診した際に、源は自分が朝霞班出身であることを気にしましたよね。そして俺は誰がどこの班の人間であるとかそういうことは誰も気にしないとも言いました」
「そうだよね」
「ですが、今日の朝霞さんを見ていて、俺は自分が日高班出身であることを思い出したのです。源は朝霞班でしたから、俺がどれだけの妨害工作をしていたか知っているでしょう」
「あー……うん、大体はね」
「俺のような人間が監査として、部の表舞台で、上に立っていていいのかと思いまして」
「でもねレオ。彩人の件で柳井部長が使ったっていう宇部先輩の極秘ファイルっていうヤツ? 日高班の疑惑が確証に変わったのは、レオの内部告発からだって聞いたよ」
「その件については、良心が働きました」
「つまりレオがいなかったら今の部にはなってないから、それでいいんじゃない? 実際、日高班時代のレオのことを知ってる人なんて、俺くらいしかいないんだから」
その俺がいいって言うんだからいいんだよ。そう言って源は、これからも書類仕事はしてもらわないとやっていけないからねと重ねるのです。どこから来た誰であろうと、今、そしてこれからどうしていくのかという話でした。そしてそれは俺が先日源に言った話そのままです。
「……それもそうですね。顔を出すようになったのは柳井班に移籍してからですし」
「うーん。目隠れのマッシュヘアだからちゃんと顔は出てないと思うけど。それって人相を知られないためにやってるの?」
「俺なりのオシャレと言うか、ファッションのつもりですが」
「あ、そうなんだ。それじゃあ意味とかは」
「特にありませんよ」
end.
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日高班当時のレオはその存在が知られてなかったけど、柳井班として出て来た時にみんなどんなリアクションをしたんだろうか
ゲンゴローが何と言おうがレオの後ろめたさみたいなものはずっと消えないんだろうなあ
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「これで卒業式当日の仕事は終了ですかね」
「人がたくさんいるってだけで大変さが段違いだね」
卒業式では、卒業する放送部の4年生たちを送り出すため3年生以下の部員が一堂に集まります。例年は、流刑地と呼ばれた班はこの見送りの輪には加わらず各自で見送っていたようなのですが、今年は班の括りに関係なく見送ることになりました。放送部という大きな枠の中で卒業生を見送るのが初めての源は、部長という役職もあって少々疲れた様子です。
今年であれば朝霞班の2人も交えて見送りの輪を作ったことで、大団円を迎えたようには見えます。ただ、俺には少し思うところがありました。そしてそれを話せるのは、特殊な出自をした部長しかいないとも感じています。必ずしも話す必要はないのですが、これからの俺がどのようなスタンスでいればいいのか、改めて考えてしまったのです。
「源、この後食事にでも行きませんか」
「珍しいね、レオからの誘いだなんて」
「用事があれば別にいいのですが」
「ううん、行こう行こう。どこにする?」
「この周辺の飲食店は恐らくかなり混雑するでしょうから、少し離れたところに行きましょうか」
「そうだね」
適当な“髭”に入り、適当にアイスコーヒーとグラタンを注文します。源はアイスカフェオーレとサンドイッチプレートを頼みました。あまり明るすぎない雰囲気の店舗が多いので、髭という珈琲店は個人的にとても落ち着きます。尤も、向島発祥のチェーン店ですから、向島エリアで生まれ育てばそうなるのかもしれません。
「本当に、レオには卒業式でもいろいろ仕事をしてもらっちゃって。足を向けて寝られないよ」
「いえ。源にはこれから現場で馬車馬のように走り回ってもらいますから多少の書類仕事は引き受けますよ」
「現場の仕事が増えて来るのはこれからだから、頑張らないとねえ」
「……今日の見送りの様子を見ていて、少し思うところがありました」
「どうしたの?」
「朝霞さんが、部の大きな見送りの輪に来ることを躊躇していたようだったじゃないですか」
「そうだね」
「昔であれば、流刑地と呼ばれた班は本当に除け者じゃないですけど、部の中でも触れてはならないといった存在だったという風に聞いています」
「話としては俺も聞いたことがあるよ」
「ですが朝霞班の場合、朝霞さんが日高元部長から目の敵にされていただけで、部全体から疎外されていたわけではありません。その点で言えば幹部に楯突いた経歴のある戸田さんが少々怪しいですが、それでも朝霞班の評価はステージに熱い鬼のプロデューサーの率いた実力者揃いの班というものでした」
「俺も実際シゲトラ先輩からそう聞いて朝霞班に行ってみたらって言われたよ」
「そうなんですよ。実際部から疎外されていたのは旧日高班なのです。皆さん横暴な部長の機嫌を損ねぬよう、腫れ物を扱うように避けて回っていましたよね。朝霞さんを避雷針にしているかのようにも見えました」
日高元部長は朝霞さん以外眼中にないという感じの人で、いかに嫌がらせをするかにのみ重きを置いていました。ですから、俺のように影で動く鉄砲玉なりトカゲのしっぽなりが生まれるわけです。大学祭前、戸棚から盗みを働こうとした際に宇部さんに見つかったことがありました。その時に聞かれたのです。部長がいなくなった後はどうするつもりなのかと。
俺は自分が影で動くことも、朝霞班の妨害工作をすることも「そういうものである」と諦めていました。ですが、代替わりで3年生が引退した後のことを考えた場合に、どうすることが正解なのかわかりませんでした。工作員のようなことをするのにも疑問符が浮かび始めていた頃合いでした。そして少しの心が生まれ、部の癌である暗黙のヒエラルキーの破壊ということを思いつきました。
「以前源に部長就任を打診した際に、源は自分が朝霞班出身であることを気にしましたよね。そして俺は誰がどこの班の人間であるとかそういうことは誰も気にしないとも言いました」
「そうだよね」
「ですが、今日の朝霞さんを見ていて、俺は自分が日高班出身であることを思い出したのです。源は朝霞班でしたから、俺がどれだけの妨害工作をしていたか知っているでしょう」
「あー……うん、大体はね」
「俺のような人間が監査として、部の表舞台で、上に立っていていいのかと思いまして」
「でもねレオ。彩人の件で柳井部長が使ったっていう宇部先輩の極秘ファイルっていうヤツ? 日高班の疑惑が確証に変わったのは、レオの内部告発からだって聞いたよ」
「その件については、良心が働きました」
「つまりレオがいなかったら今の部にはなってないから、それでいいんじゃない? 実際、日高班時代のレオのことを知ってる人なんて、俺くらいしかいないんだから」
その俺がいいって言うんだからいいんだよ。そう言って源は、これからも書類仕事はしてもらわないとやっていけないからねと重ねるのです。どこから来た誰であろうと、今、そしてこれからどうしていくのかという話でした。そしてそれは俺が先日源に言った話そのままです。
「……それもそうですね。顔を出すようになったのは柳井班に移籍してからですし」
「うーん。目隠れのマッシュヘアだからちゃんと顔は出てないと思うけど。それって人相を知られないためにやってるの?」
「俺なりのオシャレと言うか、ファッションのつもりですが」
「あ、そうなんだ。それじゃあ意味とかは」
「特にありませんよ」
end.
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日高班当時のレオはその存在が知られてなかったけど、柳井班として出て来た時にみんなどんなリアクションをしたんだろうか
ゲンゴローが何と言おうがレオの後ろめたさみたいなものはずっと消えないんだろうなあ
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