2021(04)

■部屋と価値観

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「うっす」
「どうぞ」

 さすがに高木の家ほどじゃないけど、ハナの家に来る頻度もまあまあ上がってんなと思う。結構来るし駅からアパートまでを往復する用のチャリを現地調達したいなと考えるようにもなった。現地調達ってのはその辺に止まってるのをパクるとかじゃなくて、適当なチャリを買っちまおうかって意味だ。

「とりあえず先にこれ渡しとくべ」
「パンか何か?」
「いや。ちょっと遅れたけどホワイトデー。こないだありがとな」
「わざわざ用意してくれたんだ」
「一応そういうのはちゃんとする方だっていう」
「知ってる。本気にとらないでよ、しょぼーん。開けていい?」
「どーぞ」

 今日ハナの家に来た目的は、ホワイトデーのお返しを渡すためだ。バレンタインにはそれらしいちゃんとした物をもらっていたので、こちらもそれらしいお返しをしないとなと。一宿一飯の恩義だとか、そういう貸し借りじゃないけど、ちゃんとしておきたいというのが性分だ。一宿一飯の恩義が行き過ぎたのが高木の部屋になるんだけども。

「すごーい、きれーい」
「これはいいの見つけたと思って。中身は泡盛な。好きだろ?」
「好き! てかこの瓶が綺麗だよね」
「そうなんだよ。一気に全部飲まない時でもその辺に置いとけるデザイン性っつーか。徳利とぐい飲みのセットで」
「そしたら開ける? せっかくだし、この後予定がないなら一緒にやろうよ」
「おっ、それじゃあお言葉に甘えて」
「じゃ何か作るよ」

 ハナはしっかり自炊をするタイプのヤツで、家にはしっかりと食材が用意されている。2、3日の献立くらいは考えた上で買い物をしてあるのだ。日頃それが破綻してる奴の世話をしてるからか、ハナがどうやって生活してるのかっていうのを聞いた時には衝撃を受けたっていう。もしかしたらハナが普通なのかもしれないけど、とにかく普段がアレなだけに。
 普段食う飯の他にも焼酎のつまみも自分で作っていて、こうして部屋で飲むことになれば「何か作るよ」と言ってしばらくするとちょっとした物が出て来る。俺も手伝いに台所に立ち、冷凍庫の中からベビーホタテを取り出して解凍する。その間にハナはカブを薄切りにして軽く塩で揉みこむ。

「これホタテどうするんだ?」
「照り焼きにするよ」
「あ~、美味いヤツだべ」
「ちょっと待ってね、今カブ仕上げるし」
「そしたら俺が焼くか? 調味料使う量だけ教えてもらえれば」
「じゃお願い出来る? しょうゆ、みりん、料理酒が大さじ1で、砂糖が小さじ1。以上。ホタテに色が付くくらい焼いたらタレを入れて、少し煮詰めれば完成だから」
「オッケ。それくらいなら俺にも出来るべ」

 如何せん高木の部屋で料理や何かの家事全般をやるようになっているから、ちょっとした料理くらいならいつの間にか出来るようになっていた。自分の家では全然やんないのにな。指示された調味料を混ぜ合わせたタレを作り、まずはホタテを軽く焼く。つかこれくらいのレシピならすぐ出来るけど、問題は高木の家にみりんと料理酒を置くべきか否かだ。

「そう言えばエージって潔癖じゃん」
「潔癖ではない」
「過度な綺麗好きじゃん。衛生にうるさいって言うか」
「まあ、よく言われるな」
「人が握ったおにぎりとかNGって言う割にさ、ハナが普通に手で絞ってる野菜とか食べてるよね」
「あー、なんつーかさ」

 基本的に人が握ってるおにぎりとか手作りのお菓子とかはNGなんだけど、問題は誰がどんな環境でやってるかっていうことだ。例えば、高木の部屋の環境は必ずしもいいとは言えないけど自分で掃除してるし、アイツとはそこまで深く気にする間柄でもない。ハナの部屋は衛生環境もいいし、作業前後に手洗いをしっかりやってるのも見ているからこその信頼感だ。
 だから衛生環境がしっかり整った場所で作られているレトルト食品なんかは割と好きだし、スーパーの惣菜で言えば並べられた直後の物であれば手に取れるけど、後になればなるほど誰が触って戻したかわからないのがうーんって感じだ。パン屋とかドーナツ店で商品を直接触れる形で置いてあるのも実は良い気がしない。個包装をするとか、ショーケースに入れるとかして欲しい。

「――みたいなこと」
「なるほどねー」
「高木の家で家事をやるようになってわかったんだけど、お前の部屋がいつ来ても同じ状態を保ってるっていうのは実はかなり凄いことなんだっていう」
「タカティの部屋で家事をやってるっていうのも結構なことだと思うけどね」
「アイツの家とは違う意味でお前の家には安心感があると言うか、いい空間だなと思って」
「褒められてるのは悪い気がしないね」
「ホタテこんな感じか?」
「あっ、いい感じ。ハナのカブも出来てるし、食べよ」
「そうだな」
「ちょっと待って、下ろす前にぐい飲み1回洗わないと」
「そういうトコだっていう」
「そういう?」
「お前に対する安心感とか信頼感とか」
「その辺の価値観が一致してると、実はハナもちょっと気が楽。サークル室の定期的な掃除は実際必要だと思うよ」

 部屋から物を全部出すの規模の掃除は年に1回か半期に1回くらいでいいだろうけど、掃除機をかけたりラグを干したりするのはちゃんとやらないと。そう言ってハナは洗ったぐい飲みをペーパータオルで拭く。机の上にはカブと塩昆布の和え物と、ホタテの照り焼き。泡盛で乾杯するためのつまみだ。

「はい! それじゃあ飲みますか!」
「じゃあ注ぐべ」
「お願いしまーす」


end.


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タカりん同様地味に親密度が上がってるのがエイハナ。ハナちゃんの部屋は割と綺麗にしてる。
お酒に合うおつまみ調べてたらお酒のメーカーがレシピ検索サイトみたいなの作ってたからハナちゃんも参考にしてて欲しい
2年生はアナウンサーが綺麗好きでミキサーが楽観的なのかしら。その辺1年生はどうだ?

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