2021(04)

■新居へようこそ

++++

「これがお前らの新居か。やっぱ2人で暮らすだけあって間取りがそれらしいと言うか何と言うか」
「しばらくはここで暮らすことになるしね。しっかり考えたよね」

 新婚旅行から戻ってきたという伊東と宮ちゃんの新居に招かれ、新しい家の紹介を受けている。付き合い始めた記念日である11月に入籍してはいたが、同居を始めたのは先月に入ってからだった。一応、学生の本分である学業にキリがついたらという話になっていたらしい。
 花粉からの逃走が主題である北への新婚旅行では、それはもう楽しんでるんだろうなという想像には難くないクソデカい箱がうちに送られてきた。宮ちゃんのやることだから土産だろうが何だろうが規模がデカくなるのはわかるけど、伊東の分まで乗っかってただろっつー量で。
 中に詰められていた土産物はとてもじゃないが一人でどうこう出来るレベルじゃなかったし、拓馬さんを俺の新居に招待するという名目で消費を助けてもらった。そこまで日持ちしねえ物を入れるならその辺考えろっつー話でだ。北辰限定のビールは素直にありがたかったけど。

「水回りはやっぱ伊東の要塞になってんのか?」
「すっごいよ。前より格段にパワーアップしてるから」
「新居を選ぶときにこだわったのがこの台所だよね。やっぱコンロは最低2口からだよね」
「今日も食べてくでしょ高崎クン」
「それを期待して来てる」
「カズも久々に家族以外の人に食べてもらえるって意気込んでるから」
「引っ越してから誰か呼んだのか?」
「うちのオタク友達の子は片付いてないくらいの頃に来てくれたけど、それ以外だと高崎クンが初めてかなあ」
「みんなそれぞれ忙しいし、俺の周りの子は結婚したことでみんな遠慮して来てくれないような感じだよね。冷やかしで面白がるような人は家に呼ぶような距離感でもないし」
「その点俺は新婚夫婦に対する遠慮も気遣いもなく普通に飯をごちそうになろうと家に上がり込んでるワケだが。今更そういう間柄でもねえとは思うけどよ」
「そーね。俺たちと高ピーの間柄で遠慮も何もって感じ。来てくれた方が実際楽しいしね」

 これが社会人になって実際に働き始めるとどうなるかはわからないが、それでも日が合ったらたまにご飯でも食べに来てよと言うのだから伊東という奴は根っからのもてなし好きなのだろう。宮ちゃんの方も俺が来ることに関しては特に異論はないらしい。
 伊東は星港市交通局への就職を決め、これからは地下鉄の駅職員として働くことになるそうだ。俺も地下鉄を使うとどこかの駅で駅員をやっている伊東に会うことがあるかもしれない。日勤と夜勤の概念があるとかで、夜に宮ちゃんが1人になる日もあるとか。
 ただ、1人の時間を苦にしないどころか趣味に費やす時間に充てられるという意味では夜勤の日があるというのは必ずしも悪いことだけではなさそうだ。尤も、宮ちゃん本人も仕事の状況によっては日を跨ぐ可能性もあるとかないとかという話らしいが。
 宮ちゃんの方はイベント企画会社への就職を決めた。これはイメージ通りだなと思う。就活中に出会った志向が似通った就活友達という奴も同じ会社に就職することになり、情報交換をし合ったりしてモチベーションを高めているそうだ。

「今日は慧梨夏の就活友達から分けてもらった春キャベツがあるから、それをふんだんに使ったメニューにしていくよ」
「春キャベツか。いいな。その就活友達とかいう奴、野菜を分けてくれるとか家が農家なのか?」
「就活友達の子は星ヶ丘大学の子で、農学部に友達がいるんだって。その農学部の子が趣味でやってる畑で穫れた物をお裾分けしてもらってもさらに余るものをこっちに分けてもらってるってワケ」
「そうやって食い物が流れてくるのは素直に羨ましいな。いや、自炊頻度がまちまちな俺が食材を持ってても余らせるだけなのはわかってるけど」
「そう考えたらカズって台所の神だよね」
「違いねえ。それに関しては完全に同意だ」

 台所の神が春キャベツをメインに美味い物を作ってくれるのを待ちつつ、俺は宮ちゃんと互いの近況報告などで盛り上がる。新婚旅行の土産話に関しては、この夫婦らしいとしか言えない過ごし方もありありだなと思った。
 外に出たら花粉が飛んでるかもしれないと引きこもる伊東を無理矢理外に出すことはせず、宮ちゃん自身は北辰に住んでる同人関係の友達と会ってきたりそのテのショップを巡ったりとやりたい放題していたとか。春の伊東を上手くあしらえるのはさすがの一言だ。

「高崎クンて今どうしてるの?」
「壮馬と太一に巻き込まれて年度末まで限定でまたバンドやってる」
「高崎クンの音楽関係の人脈って実は結構凄いよねえ。後輩の子がCD出してるし、カンカンはチータの中の人だし。チータのツイッターで見てるけど、今USDXと一緒にやってるのが高崎クンのバンドなんでしょ?」
「そうか、宮ちゃんは件のグループを知ってるのか」
「知ってるどころかズブズブですが。バネ様マジバネ様」
「お前らが調子乗って送って来やがったあの土産の山、確かネットではソルって名乗ってんのか、あの人に頼んで消費すんの手伝ってもらったんだぞ。それ抜きにしても新居には招くつもりではあったけどだな」
「えっ、高崎クンソルさんと仲良いんです?」
「まあ……掻い摘むと、あの人は俺が荒れてた頃に良くしてくれてた兄貴分みたいな感じの人だ。星港を統べた伝説のヤンキーがまさかネットでゲーム実況やってるとは思わねえだろ。あ、今のオフレコで」
「もちろん。はっ…! つまりはうちの課金でソルさんに美味しい物を食べていただけたということ!?」
「オタクの思考回路は俺にはよくわからねえが、あの人は俺以上に食う人だとは言っておく。サーモンといくらの海鮮親子丼は気に入ってたな」

 そんなことを話していると、台所の方からいい匂いが漂ってくる。この感覚が懐かしいし、期待しかない。新居に越してきてから、伊東は生活が楽しくて仕方がないようだ。新婚だからってのもあるだろうけど、自由に出来る台所の有無がQOLを大きく左右するのか。

「とりあえずお通し代わりの塩キャベツをどうぞ」
「おっ、サンキュ」
「あと残り物で悪いけど北辰のビール」
「最高じゃねえかよ」


end.


++++

高崎が新婚のいちえりちゃんのお宅訪問。やっぱ困ったときのいちえりちゃんなんだわ
そして慧梨夏の思考よ。お土産=課金でソルさんに美味しいものを食べてもらうっていう、いつもの投げ銭の考え方。
いち氏は自分の要塞を取り戻してそれはもうウッキウキだし、前より家電のグレードも上がってるから楽しくてしゃーないよ

.
60/78ページ