2021(04)
■挙動不審な白パーカー
++++
「本題に入る前に。ササ、俺に何か言うことがあるよな?」
そうすがやんから切り出された話には、心当たりしかなかった。今日すがやんと会っているのは、今度同期6人で薪ストーブのあるコテージに出かけようと計画していて、その打ち合わせのためだ。俺が幹事で、いつものようにすがやんにはドライバーをお願いしている。何故か俺はみんなから忙しいというイメージを持たれていて遊びに誘われない。誘われないなら誘おうと企画したのがこの会だ。
佐藤ゼミのゼミ合宿で大学のセミナーハウスに行ったんだけど、そこにあった暖炉に感動したのも動機としては大きかった。今回行くのが長篠の少し山に入ったところ。車がないとそこに行くことも出来ないのですがやんとの綿密な打ち合わせは絶対不可欠。4、5日前にも話し合いをして、それから決まった細かいことなんかを擦り合わせるための今日だったはずなんだけど。
「すがやんに言うこと? な、なんだろうなあ…?」
「下手くそかよ。あのさ、ああいう相談をしただけに尾行すんなとは言わないけど、やるならもっと上手くやってくれよ。チラッチラ視界に入ってんだよ挙動不審な白パーカーがさあ」
「え、見えてた?」
「見えてた。気配しかなかった」
「楽しいデートに水を差してすみませんでした!」
すがやんに向島で出会った女の子のことについて相談されたから、デートをしたらいいんじゃないかと助言したのがこないだの火曜日のこと。そして昨日、すがやんが例の子と世音坂にデートに出ていたとのことでこっそり後をつけてたんだ。相手の子から頼まれて見守っていた野坂先輩に声を掛けられたり、彩人とたまたま会ったことで尾行するには大きすぎる規模にはなっていたんだろうけど、まさかバレているとは。
「えっと、ちなみに見えてたのって俺だけ?」
「野坂先輩が俺らのことが見える範囲内にいるとは聞いたけど、姿は見えなかったな。いるなって思ったのはササだけ」
「嘘だろ…? 野坂先輩と一緒にいたんだけど、本当に俺だけ?」
「ササだけ」
「なんなら彩人にも途中で会って、ちょっとの間合流してたけど」
「ササしか認識できなかった」
「俺ってそんなに怪しかったのか……」
「俺がササを知ってるから目を引いたんだとは思うけど、そこまでがっくり来ることでもなくね?」
「いや、最初は普通に単独でついてってたんだけど、俺があまりに怪しすぎるからと野坂先輩から声をかけられたという経緯があって」
「じゃあやっぱ怪しかったんだな」
「野坂先輩も彩人も世音坂を歩き慣れてるって話だし、風景に溶け込んでたのか」
「ササはあんまり行かないのか? 古書店とかもあるけど」
「世音坂はあまり行かないな」
「あ、本当。レナは結構行くらしいしササともよく行ってんのかと思ってたけど」
世音坂という一帯は本当にいろいろあってどんな人でも楽しめる。他のエリアや海外からも観光客が来るし、星港を代表する場所とも言える。サキはパソコン周辺機器、玲那はオタク系ショップ、すがやんはファッションに寺院、くるみはスイーツとそれぞれの趣味を見事にカバーするんだけど、俺はあまり行くことがなかったんだ。たまに行っても友達の付き添いとかで、自分の用事でガッツリ歩くことがなかったから。ちなみに彩人は音楽関係の店に行っていたそうだから、本当に何でもあるなあと。
「結局、デートはどうだった? いい雰囲気だったように見えたけど」
「今回の薪ストーブの会が俺の残念会になることは回避出来ました」
「それじゃあ、付き合うことになったのか!?」
「おかげさまで」
「おめでとうすがやん!」
「ありがとう」
「相手の子の基本情報は簡単に野坂先輩から聞いたけど、星や宇宙が好きで品行方正な感じなんだって?」
「うん、そういう感じ」
「遠目に見ただけだけど、結構背高い?」
「あー、そうだな。ヒールのある靴を履かれると普通に俺の方が低くなる。170ないくらいかな。多分168とか9とか」
「すらりとしてる子だなと思って。あの背中に垂れ下がる三つ編みが印象的だ。玲那がゴリゴリの正統派美形とするなら、すがやんの彼女は透明感のある可憐さがあって」
「つかお前どんだけ見てんだよ!」
すがやんの彼女も可愛い子ではあるけど、さすがに友達の彼女を自分から奪うようなことはしたことがないしする趣味はないので安心してもらいたいところだ。単純にすがやんの応援であったり、冷やかしであったり。そんなような事情で彼女のこともしっかりと見ていたというだけのことで。
「結局最後まで付いてくことは出来なかったけど、やっぱり別れ際にはキスなんかを」
「いや、じっくりゆっくり。まずはお互いを知るところから始めようってことでやってるから」
「え、キスがないってことはハグもなし?」
「ないよ」
「えっ、付き合い始めたんだよな? よく我慢できるな」
「我慢も何も、急いでもしょうがなくね?」
「急ぐとかじゃなくてナチュラルなスキンシップだろ?」
「うーん。ここ何日かでササは手慣れ過ぎてるってことはわかったけど」
「俺さあ、がっついてるとか手が早いって言われがちなんだけど、どうしたらいい?」
「俺に聞くなよ。胸に手当てて考えてみろよ」
「でも、彼女と付き合う前にキスしたすがやんなら俺の気持ちもわかってくれるかと思って」
「お前それガチで言ってんのか煽りで言ってんのか、後者だったらそろそろ怒るからな」
「すがやんに怒られたらもうMBCCでやっていける気がしない。煽りじゃないけどマジで謝る」
「ササの天然ボケってことで今回は不問とします」
「寛大な対処に感謝します」
end.
++++
MBCCの1年6人だとすがやんが一番怒らせちゃいけないポジションだとササは思っている様子。
不問としますという言い方が若干春風の影響を受けている感のあるすがやん。とにかくベタ惚れなのでこれからが楽しみ。
薪ストーブの会での尋問がどんな様子だったのかも気になる。ササの天然ボケが炸裂しててほしい。
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「本題に入る前に。ササ、俺に何か言うことがあるよな?」
そうすがやんから切り出された話には、心当たりしかなかった。今日すがやんと会っているのは、今度同期6人で薪ストーブのあるコテージに出かけようと計画していて、その打ち合わせのためだ。俺が幹事で、いつものようにすがやんにはドライバーをお願いしている。何故か俺はみんなから忙しいというイメージを持たれていて遊びに誘われない。誘われないなら誘おうと企画したのがこの会だ。
佐藤ゼミのゼミ合宿で大学のセミナーハウスに行ったんだけど、そこにあった暖炉に感動したのも動機としては大きかった。今回行くのが長篠の少し山に入ったところ。車がないとそこに行くことも出来ないのですがやんとの綿密な打ち合わせは絶対不可欠。4、5日前にも話し合いをして、それから決まった細かいことなんかを擦り合わせるための今日だったはずなんだけど。
「すがやんに言うこと? な、なんだろうなあ…?」
「下手くそかよ。あのさ、ああいう相談をしただけに尾行すんなとは言わないけど、やるならもっと上手くやってくれよ。チラッチラ視界に入ってんだよ挙動不審な白パーカーがさあ」
「え、見えてた?」
「見えてた。気配しかなかった」
「楽しいデートに水を差してすみませんでした!」
すがやんに向島で出会った女の子のことについて相談されたから、デートをしたらいいんじゃないかと助言したのがこないだの火曜日のこと。そして昨日、すがやんが例の子と世音坂にデートに出ていたとのことでこっそり後をつけてたんだ。相手の子から頼まれて見守っていた野坂先輩に声を掛けられたり、彩人とたまたま会ったことで尾行するには大きすぎる規模にはなっていたんだろうけど、まさかバレているとは。
「えっと、ちなみに見えてたのって俺だけ?」
「野坂先輩が俺らのことが見える範囲内にいるとは聞いたけど、姿は見えなかったな。いるなって思ったのはササだけ」
「嘘だろ…? 野坂先輩と一緒にいたんだけど、本当に俺だけ?」
「ササだけ」
「なんなら彩人にも途中で会って、ちょっとの間合流してたけど」
「ササしか認識できなかった」
「俺ってそんなに怪しかったのか……」
「俺がササを知ってるから目を引いたんだとは思うけど、そこまでがっくり来ることでもなくね?」
「いや、最初は普通に単独でついてってたんだけど、俺があまりに怪しすぎるからと野坂先輩から声をかけられたという経緯があって」
「じゃあやっぱ怪しかったんだな」
「野坂先輩も彩人も世音坂を歩き慣れてるって話だし、風景に溶け込んでたのか」
「ササはあんまり行かないのか? 古書店とかもあるけど」
「世音坂はあまり行かないな」
「あ、本当。レナは結構行くらしいしササともよく行ってんのかと思ってたけど」
世音坂という一帯は本当にいろいろあってどんな人でも楽しめる。他のエリアや海外からも観光客が来るし、星港を代表する場所とも言える。サキはパソコン周辺機器、玲那はオタク系ショップ、すがやんはファッションに寺院、くるみはスイーツとそれぞれの趣味を見事にカバーするんだけど、俺はあまり行くことがなかったんだ。たまに行っても友達の付き添いとかで、自分の用事でガッツリ歩くことがなかったから。ちなみに彩人は音楽関係の店に行っていたそうだから、本当に何でもあるなあと。
「結局、デートはどうだった? いい雰囲気だったように見えたけど」
「今回の薪ストーブの会が俺の残念会になることは回避出来ました」
「それじゃあ、付き合うことになったのか!?」
「おかげさまで」
「おめでとうすがやん!」
「ありがとう」
「相手の子の基本情報は簡単に野坂先輩から聞いたけど、星や宇宙が好きで品行方正な感じなんだって?」
「うん、そういう感じ」
「遠目に見ただけだけど、結構背高い?」
「あー、そうだな。ヒールのある靴を履かれると普通に俺の方が低くなる。170ないくらいかな。多分168とか9とか」
「すらりとしてる子だなと思って。あの背中に垂れ下がる三つ編みが印象的だ。玲那がゴリゴリの正統派美形とするなら、すがやんの彼女は透明感のある可憐さがあって」
「つかお前どんだけ見てんだよ!」
すがやんの彼女も可愛い子ではあるけど、さすがに友達の彼女を自分から奪うようなことはしたことがないしする趣味はないので安心してもらいたいところだ。単純にすがやんの応援であったり、冷やかしであったり。そんなような事情で彼女のこともしっかりと見ていたというだけのことで。
「結局最後まで付いてくことは出来なかったけど、やっぱり別れ際にはキスなんかを」
「いや、じっくりゆっくり。まずはお互いを知るところから始めようってことでやってるから」
「え、キスがないってことはハグもなし?」
「ないよ」
「えっ、付き合い始めたんだよな? よく我慢できるな」
「我慢も何も、急いでもしょうがなくね?」
「急ぐとかじゃなくてナチュラルなスキンシップだろ?」
「うーん。ここ何日かでササは手慣れ過ぎてるってことはわかったけど」
「俺さあ、がっついてるとか手が早いって言われがちなんだけど、どうしたらいい?」
「俺に聞くなよ。胸に手当てて考えてみろよ」
「でも、彼女と付き合う前にキスしたすがやんなら俺の気持ちもわかってくれるかと思って」
「お前それガチで言ってんのか煽りで言ってんのか、後者だったらそろそろ怒るからな」
「すがやんに怒られたらもうMBCCでやっていける気がしない。煽りじゃないけどマジで謝る」
「ササの天然ボケってことで今回は不問とします」
「寛大な対処に感謝します」
end.
++++
MBCCの1年6人だとすがやんが一番怒らせちゃいけないポジションだとササは思っている様子。
不問としますという言い方が若干春風の影響を受けている感のあるすがやん。とにかくベタ惚れなのでこれからが楽しみ。
薪ストーブの会での尋問がどんな様子だったのかも気になる。ササの天然ボケが炸裂しててほしい。
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