2021(04)

■交差する闇と影

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「……俺の席はここですか」

 周りを見渡しても助けを求められそうな人はいなさそうな席順です。今日は4年生追いコンで、席決めのクジを配っていたまではよかったんです。今回の会では俺は会計として、参加費と交換で座席を決めるクジを配っていました。ですから、自分の席が決まるのは最後の方で。どんどん埋まっていく席を見ながら自分はどこに座ることになるのか、それから、お金は首尾よく集まっているのかを気にしていました。
 集めたお金を数えて、最後に3枚残ったクジを俺と源、それから柳井さんと分け合ってそれぞれの席に散りました。すると俺の席は端の端、そして隣には旧朝霞班の山口さんという、正直に言ってしまえば俺が放送部で最も苦手意識を持っている人がいる状況。俺の向かいには人のいない卓で、本当に逃げ場がないのです。それこそ源か誰かに救援要請を出せれば良かったのですが、そうも行かないようです。

「あっ、所沢クンじゃ~ん、いらっしゃ~い。何飲む? 生?」
「ええと……ウーロン茶でお願いします」
「飲めないの?」
「いえ、この後も仕事があるので程々にしておこうかと」
「仕事ね。会計だとか、監査としてのね?」
「そうですね」

 山口さんはステージスターを自称し、実際に朝霞班のステージの見える面を1人で回した実力者です。朝霞班に属しているにも関わらず、日高元部長すら攻撃対象にしないどころか班に欲しがったほどの人です。明るく快活で、人当たりが良く敵がいない。それが放送部での山口さんの一般評でしょう。
 ただ、俺がウーロン茶を頼んだ件で「仕事ね」とその理由を確認する様にも、どことなく棘があるように感じるのです。いえ、それは俺がそう感じているだけだというのはよく分かっています。俺は朝霞班、そして朝霞さん山口さんとは浅からぬ因縁があります。源部長の元で放送部が健全化を図ろうとしていたとしても、日高班である俺の存在は疑わしく映るでしょう。

「噂には聞いてるよ~、所沢クンがゲンゴローの有能な右腕として働いてる~みたいな話は」
「源が部長でなければ俺は幹部にはならないと柳井さんを脅した手前、源の不得手とする仕事を多少請け負うのは責務かと」
「ゲンゴローはどんな仕事が得意で、どんな仕事が苦手なの~?」
「嫌いなのは書類仕事です。部長席に落ち着いていられない性質で、隙があれば現場を飛び回っています。ですから、書類は基本的に俺が目を通して、源には自署と押印だけを頼んでいます」
「でも、部長を脅すだなんて、さすがだね~」
「その程度のことであれば、俺には造作もありませんから」

 日高班時代にやってきたことを思えば、俺を幹部に据えたいと言うなら源を部長にしろと部長に言うくらいは脅しの内にも入りませんね。わざわざ物騒な表現をしましたが。山口さんが俺の何を測ろうとしているのかがよくわからないのです。ステージスターの飄々とした顔の裏にある深淵。それをわずかでも垣間見た経験が、またいつ俺を呑もうとするのかと警戒させるのです。

「源には好きなようにしてもらって、その裏で俺が書類仕事と多少の汚れ仕事をやるくらいがいいんだと思いますよ」
「言いたいことのニュアンスはわかるけど、汚れ仕事の程度にもよるネ」
「ご心配なく。時代は変わりましたので、ああいったことをする必要はもうありませんよ」
「そう。よかったネ」
「汚れ仕事と言っても、片付いてないブースがあれば注意して回ったり、会計帳簿に不備があればそれを指摘する程度です。機材は源が管理しているので乱れることはそうありませんね」
「それは汚れ仕事と言うか、憎まれ役を敢えて買って出てるってコトね。なんなら監査としては適正の範囲でしょでしょ~」

 日高班時代は戸棚の鍵を複製して盗んだ過去の台本を切り貼りしたり、主に朝霞班に対する妨害工作をやっていました。その性質上他の部員に俺という人間がいるということをなるべく知られないように陰で動けと言われ、それが深夜になることもありました。そしてステージ前日、朝霞班に対する工作のため夜のミーティングルームに潜入した俺を後ろ手に捕らえたのが山口さんでした。ステージ当日、物陰に隠れて朝霞班の班員を監視していた俺を牽制してきたのもまた山口さんでした。
 あれ以来この人には苦手意識があるのです。ステージスターという表向きの顔の下にどんな闇を湛えているのかと。俺を拘束した腕の力であったり、俺が切り貼りした台本を先回りで一言一句間違えずに唱えた際の声。朝霞さんに対する信頼と、仮に刺し違えても彼には手を出させないという狂気じみた圧。もし朝霞さんに手を出そうとすれば、本当に殺されるのではないかと思いました。朝霞さんは朝霞さんで迫力のある人ですが、山口さんの方が性質が悪いのです。

「今に至るまで、放送部っていろいろあったじゃん」
「そうですね」
「でも、事態を動かす決定打になったのは、所沢クンの内部告発だからネ」
「その事もご存知なんですね」
「時効だろうから言うと、朝霞クンと俺って、当時監査だったメグちゃんと水面下で繋がってたの。日高がどうやって俺たちを狙って来るかとか、諸々の情報は入って来てたってワケ。ミーティングルームの合鍵の存在や、朝霞班ブース周辺で怪しい動きがあると分かれば、もちろん監査に許可を取って待ち受けるよネ?」
「……俺は自分が部長になって最悪恐怖政治になっても幹部至上主義であったりパートのヒエラルキーめいた物を壊そうと画策していたのですが、その必要はなくなったので。源に毎日振り回されるのは大変ですが、健全に影として動いてますよ」
「ま、そうだよね。光があれば影もある。でも、光が強すぎるなら影に入って休まないといけないし。その影が優しければいいんだと思うよ。所沢クン、去年に比べて表情豊かになったよね~」
「山口さんも、去年と比べて少し雰囲気が丸くなりましたね」
「所沢クンほどじゃないと思うけどね~」
「そうですか? 去年なんか、朝霞さんに害を為す者は殺すという尖った圧で俺を威嚇して来ましたよね」
「そうだね。去年の俺なら殺せたよ」
「間違っても“ステージスター”の言うことではないんですよ」


end.


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去年の星ヶ丘追いコンでPさんの席からチラッと見えていたやまよとレオのあれやこれや。レオは絶対やまよが苦手だなと思った
朝霞Pに害を為す者を去年の自分であれば殺せたと言う辺りが既に懐かしいし、ステージスターはこうじゃないとなあ
片付けられないブースを注意して回るレオの様子はまあまあ見たいし、部長を追いかけ回して疲れてるだけの日の話も見たい。

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