2021(04)
■自由時間の中の自由
公式学年+1年
++++
ゼミ合宿2日目。午前は朝9時から2時間ほどのワークショップをやって、それからは自由時間。そして夕飯を食べ終えてからはいよいよ本丸の卒業論文発表になる。今は自由時間でみんな思い思いの時間を過ごしている。俺は今年もシノや亮真と一緒にスノボを少しやってたんだけど、読書もまだまだ途中だったから少し早く引き上げた。
自由時間いっぱいずっとスキー場にいた去年は気付かなかったけど、セミナーハウスの中ではインドア派の人たちの過ごし方も見ることが出来る。何でも、この建物の中にはカラオケ室もあるらしく、本当によくあるカラオケ店の一室のような設備のある部屋で盛り上がっている人もいくらかいるらしい。
他にはピアノを弾いている人や観光地仕様の人生ゲームをしている人、樽中先輩は自前のパソコンで小説を書いているようだった。去年もこの洋館に興奮して小説のネタ集めに奔走していたとか。まいみぃは今年も雪中キャンプ料理をやっているし、本当に好きなように過ごせるなと思う。
「ああ、佐々木君。丁度いいところに。少し頼まれてくれない? キリのいいところまで読んでからでいいから」
「先生。何の用件ですか?」
「これ、夜の卒論発表で使う資料なんだけど、講義室に運んでおいてくれない? 夜の枠に重い荷物を持って行くのはこの歳になると億劫でねえ」
「講義室の、教壇でいいですか?」
「そうだね。今は誰もいないだろうしサッと行ってサッと置いて来てちょうだい」
「わかりました」
そう言って先生は資料の束の入ったカゴを俺に預けた。その資料に軽く目を落とすと、4年生の先輩が作ったパワーポイントをページごとに印刷した物とレジュメだ。1人の論文につき2、3枚分くらいになるそれを4年生の人数分、さらに合宿に来ているゼミ生の人数で掛けた枚数分の量になる紙の束だ。いくら普段から畑仕事をしているとは言え、本人曰くアラ還の先生には確かにしんどい重さだろう。
ちょうど本もキリ良しのところだったし、仕事をするにはちょうどいい頃合いだった。重いカゴを持って講義室へ向かう。豪華なロビーとは打って変わって、廊下を一本入っていくだけでいつもの大学と全く変わらない建物になるのが大学の施設という感じがする。一気に現実に引き戻されると言うか。
さすがに自由時間だけあって人の気配のない講義室のドアを開け、教壇へとカゴを置こうと思った。すると、教壇の脇にある長机に置かれたパソコンの前で高木先輩が居眠りをしている。そう言えば先輩は4年生の思い出ムービーの編集をギリギリまでやるんだよという風に言っていた。好きなスキーの時間を削って作業をしているようだった。
まあ、何だろう。深夜作業中には寝ているのを全く見たことがないのに、日中の作業では居眠りをしている辺りが生活リズムなのかなと思う。普段から先生が高木先輩に口うるさく言っているのはこういうことなのかと理解もした。シノキ君はこうならないようにと言っているのを俺も厭になるほど聞いている。
とりあえず教壇にカゴを置いて、チラリとパソコンに目をやる。さすがにスクリーンセーバーが働いてるかなと思ったら、設定がオフになっているのか編集画面が静止したままになっている。ちょうど表示されているフレームが、今年のバーベキュー。4年生の網にMBCCメンバーが食べ物を持ってお邪魔している場面だ。
そのフレームを見ていると、何だか胸がしんどくなってくる。あの時は、高木先輩と果林先輩がビールで乾杯をしていて、俺は来年になったらビールが解禁されるんだなあって羨ましく見ていた。先輩たちが延々と仲良く飲み食いをしながら楽しくやっていたなあと。何があったかはわからないけど、最近じゃそんな先輩たちを全然見ていないから。
ケンカしてるんだったら仲直りして欲しいとは思ってたけど、ケンカしてる風でもない気まずさみたいな物があるように見える。と言うか、ケンカだったら果林先輩が押し切って解決してると思う。何ヶ月もこんな感じだというのが不自然でしかないし、先輩もあんまり楽しそうじゃないし。なんならそれが俺もしんどいし。
「……先輩。高木先輩」
「ん……ふゎ~あ」
「おはようございます」
「あれ、ササ。どうしたの?」
「俺は先生のおつかいで、夜に使う資料を持って来たところで」
「ああ、そうなんだ」
「先輩は映像ですか?」
「そうだね。自由時間は絶好のチャンスでさ」
「自由時間にまで仕事だなんて大変だなと思います」
「まあ、寝ちゃったからあんまり進んでないけどね。こんなことならもっとスキーしてればよかったな」
「これだけいい雪質のスキー場にはなかなか来れませんもんね」
「そうなんだよ。さてと。映像、どうしようかな。諦めも肝心って言うし、あと30分やったら終わろう」
「その作業、俺も見てていいですか?」
「いいけど、ササも自由時間なんじゃないの?」
「自由時間だからじゃないですか」
「うーん、俺が作業してるのを見ても面白くないと思うけどね」
面白いとか面白くないとかじゃなくて、何となく見ていたかった。それこそ本当に理由もなく、何となくなんだけど。
end.
++++
雪の山荘殺人事件をゆっくり読み進めていたらしいササ、スキー場でのアクティビティを早めに切り上げました
この頃にもなるとササの暖炉好きはシノもちゃんと知っているので、暖炉前での読書と聞いて納得して送り出してそう
好きなスキーの時間を削って。しょーもないシャレのつもりは全くなかったなど。
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公式学年+1年
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ゼミ合宿2日目。午前は朝9時から2時間ほどのワークショップをやって、それからは自由時間。そして夕飯を食べ終えてからはいよいよ本丸の卒業論文発表になる。今は自由時間でみんな思い思いの時間を過ごしている。俺は今年もシノや亮真と一緒にスノボを少しやってたんだけど、読書もまだまだ途中だったから少し早く引き上げた。
自由時間いっぱいずっとスキー場にいた去年は気付かなかったけど、セミナーハウスの中ではインドア派の人たちの過ごし方も見ることが出来る。何でも、この建物の中にはカラオケ室もあるらしく、本当によくあるカラオケ店の一室のような設備のある部屋で盛り上がっている人もいくらかいるらしい。
他にはピアノを弾いている人や観光地仕様の人生ゲームをしている人、樽中先輩は自前のパソコンで小説を書いているようだった。去年もこの洋館に興奮して小説のネタ集めに奔走していたとか。まいみぃは今年も雪中キャンプ料理をやっているし、本当に好きなように過ごせるなと思う。
「ああ、佐々木君。丁度いいところに。少し頼まれてくれない? キリのいいところまで読んでからでいいから」
「先生。何の用件ですか?」
「これ、夜の卒論発表で使う資料なんだけど、講義室に運んでおいてくれない? 夜の枠に重い荷物を持って行くのはこの歳になると億劫でねえ」
「講義室の、教壇でいいですか?」
「そうだね。今は誰もいないだろうしサッと行ってサッと置いて来てちょうだい」
「わかりました」
そう言って先生は資料の束の入ったカゴを俺に預けた。その資料に軽く目を落とすと、4年生の先輩が作ったパワーポイントをページごとに印刷した物とレジュメだ。1人の論文につき2、3枚分くらいになるそれを4年生の人数分、さらに合宿に来ているゼミ生の人数で掛けた枚数分の量になる紙の束だ。いくら普段から畑仕事をしているとは言え、本人曰くアラ還の先生には確かにしんどい重さだろう。
ちょうど本もキリ良しのところだったし、仕事をするにはちょうどいい頃合いだった。重いカゴを持って講義室へ向かう。豪華なロビーとは打って変わって、廊下を一本入っていくだけでいつもの大学と全く変わらない建物になるのが大学の施設という感じがする。一気に現実に引き戻されると言うか。
さすがに自由時間だけあって人の気配のない講義室のドアを開け、教壇へとカゴを置こうと思った。すると、教壇の脇にある長机に置かれたパソコンの前で高木先輩が居眠りをしている。そう言えば先輩は4年生の思い出ムービーの編集をギリギリまでやるんだよという風に言っていた。好きなスキーの時間を削って作業をしているようだった。
まあ、何だろう。深夜作業中には寝ているのを全く見たことがないのに、日中の作業では居眠りをしている辺りが生活リズムなのかなと思う。普段から先生が高木先輩に口うるさく言っているのはこういうことなのかと理解もした。シノキ君はこうならないようにと言っているのを俺も厭になるほど聞いている。
とりあえず教壇にカゴを置いて、チラリとパソコンに目をやる。さすがにスクリーンセーバーが働いてるかなと思ったら、設定がオフになっているのか編集画面が静止したままになっている。ちょうど表示されているフレームが、今年のバーベキュー。4年生の網にMBCCメンバーが食べ物を持ってお邪魔している場面だ。
そのフレームを見ていると、何だか胸がしんどくなってくる。あの時は、高木先輩と果林先輩がビールで乾杯をしていて、俺は来年になったらビールが解禁されるんだなあって羨ましく見ていた。先輩たちが延々と仲良く飲み食いをしながら楽しくやっていたなあと。何があったかはわからないけど、最近じゃそんな先輩たちを全然見ていないから。
ケンカしてるんだったら仲直りして欲しいとは思ってたけど、ケンカしてる風でもない気まずさみたいな物があるように見える。と言うか、ケンカだったら果林先輩が押し切って解決してると思う。何ヶ月もこんな感じだというのが不自然でしかないし、先輩もあんまり楽しそうじゃないし。なんならそれが俺もしんどいし。
「……先輩。高木先輩」
「ん……ふゎ~あ」
「おはようございます」
「あれ、ササ。どうしたの?」
「俺は先生のおつかいで、夜に使う資料を持って来たところで」
「ああ、そうなんだ」
「先輩は映像ですか?」
「そうだね。自由時間は絶好のチャンスでさ」
「自由時間にまで仕事だなんて大変だなと思います」
「まあ、寝ちゃったからあんまり進んでないけどね。こんなことならもっとスキーしてればよかったな」
「これだけいい雪質のスキー場にはなかなか来れませんもんね」
「そうなんだよ。さてと。映像、どうしようかな。諦めも肝心って言うし、あと30分やったら終わろう」
「その作業、俺も見てていいですか?」
「いいけど、ササも自由時間なんじゃないの?」
「自由時間だからじゃないですか」
「うーん、俺が作業してるのを見ても面白くないと思うけどね」
面白いとか面白くないとかじゃなくて、何となく見ていたかった。それこそ本当に理由もなく、何となくなんだけど。
end.
++++
雪の山荘殺人事件をゆっくり読み進めていたらしいササ、スキー場でのアクティビティを早めに切り上げました
この頃にもなるとササの暖炉好きはシノもちゃんと知っているので、暖炉前での読書と聞いて納得して送り出してそう
好きなスキーの時間を削って。しょーもないシャレのつもりは全くなかったなど。
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