2021(04)
■4年間の積み重ね
++++
「L、ちょっといいか」
「はい、どうしたんすか?」
「お前ン家なら冷蔵庫だの電子レンジだのを掃除するのにいいモンもあるだろ、洗剤的な」
もうすぐ高崎先輩はムギツーの102号室を退去するということで、今週は最後の片付けに明け暮れているようだった。ムギツーを出てすぐ星港市内に構える新居に移るらしい。生粋の星港人なのに盆正月でも実家に帰らないところからして実家と距離を置いてんのかなとは思ってたけど、新生活を始めるに当たっての引っ越しでも安定なんだなと。
そんな事情はさておき、高崎先輩が出た後の102号室に入って来るのはシノなんだという。通学に往復3時間かかるのがしんどいという理由で1人暮らしをしたいと貯金をしていたのは知っていたけど、どうやら無事に1人暮らしが出来るようになったそうだ。で、豊葦での生活にも慣れたいし、アパートに入るなら早い方がいいという理由ですぐ引っ越して来るとのこと。
どうやら高崎先輩とシノの間で話し合いがあったようで、先輩が使っていた家電一式をシノに譲ることになった。先輩は新生活を始めるに当たってそれら一式をグレードアップさせたかったし、処分するにもお金がかかるし売ったところで大した金額にもならないのであれば、タダでもいいから欲しいシノに譲る方がいいと思ったらしい。
「先輩、家電の掃除してんすか?」
「今まで全く掃除してねえってワケじゃねえけどよ、4年分の汚れだぞ。さすがにそのまま譲るワケにはいかねえだろ」
高崎先輩はパーソナルスペースがとにかく広い人で、部屋には基本人を上げない。だけど俺はある意味例外扱いだったんだと思う。冬なんかは自分が外に出たくないという理由で呼びつけられて鍋をやったりしたし、布団メンテナンスと交換で水回りの掃除をさせてもらうなんてこともあった。お互いの趣味だったんだよな、寝具や掃除が。
でだ、4年分の汚れが溜まった家電の掃除と聞いて正直ワクワクしている俺がいる。水回りなんかはたまに上がらせてもらうときに掃除させてもらってたから正直そこまででもなさそうだけど、さすがに家電までは俺も手を付けていない。自分のそれはもちろんある程度キレイにしてるから、メチャクチャ汚い物をピカピカにしたときの達成感は最早レアだ。
「高崎先輩、ところでなんすけど、その掃除、俺にやらせてもらうことって出来ません?」
「あ? お前がやるってのか」
「4年分の汚れとか、倒し甲斐があるじゃないすか」
「あークソ、掃除の話振るんじゃなかった。めんどくせえ」
「でも、どうせ俺の部屋に搬入するんだったらいいじゃないすか。ちなみに、家電の掃除はいくつくらいあるんすか?」
「やろうと思ってたのは冷蔵庫と電子レンジ、あと洗濯機の洗濯槽だな」
「ついでなんでシノに譲る物、今のうちに搬入出来るものはしときません?」
「お前がいいならいいけど、大丈夫なのか。部屋狭くなるだろ」
「まあ、2日3日の辛抱っすから」
シノに譲る物の中には所謂白物家電と呼ばれる物以外にも、扇風機や掃除機まであったからこの人本当に全部置いてくんじゃないかと思ったけど、去年くらいに買ってた3万くらいするすごい赤外線ヒーターは含まれてなかったから、他の家電を全部あのレベルにするのかと察することが出来るワケで。さすが、寝てるから金を使わないって言うだけあって持ってるのか。
「布団掃除機とかも譲るんすか?」
「新型のヤツに替えたいと思ってたんだよな。同じ理由で布団乾燥機も置いて行く」
「つか、こんだけの家電を買い替えるとなったら十何万、いや、何十万レベルで金かかるっすよね」
「確かに何十万レベルで金はかかったが、俺は初期投資をしっかりして、高いけど良い物を長く使うタイプだ」
「へー、そうなんすか。じゃ大変なのは最初だけなんすね」
「そういうこった」
「でも、最初から布団乾燥機や布団掃除機なんかがあるって、シノの生活のグレード的にどうなんすかね」
「使わないなら売るなり何なり好きにしてもらえればいいからな。譲った後にどうするかはアイツの自由だ」
「つか、逆にヒーター以外の家電は何を持ってくんすか?」
「パソコンとコンポ、あと何かあったかな」
「元々物が少ない部屋っすもんね」
ムギツーは6畳の部屋だからちょっと物が増えると手狭に感じることもあるけど、高崎先輩の部屋はベッドがデカいだけで基本的に物は少なかったもんな。こたつが出る冬場なんかは足の踏み場を選んでたけど。新居がさすがにムギツーより狭いってことはないだろうから、いろいろな物を置けるし、ひとつひとつの家電を一回り大きくしたって余裕だろう。
「ああ、そんでよ。引っ越し前最後の晩餐じゃねえが、明日辺り餃子でも焼いてくれねえか」
「もちろんいいっすよ。やりましょう。気合入れて作りますよ」
これをやる機会もなくなるのかって思うとちょっとしみじみするけど、それだけ時間が流れたってことなんだもんな。とうとう俺も4年になるのか。餃子を焼いて、それを振る舞うこと自体はシノもいるし出来るには出来るけど、高崎先輩とのサシメシってのはやっぱどっか特別だったな。サークルの場じゃ見れない顔や、聞けない話もたくさんあった。
「で、今日はこれから家電の掃除っすね」
「おーおー、やる気があっていいじゃねえか。どっから出て来た、そのナントカ液みたいなモンは」
「でも、実は白物家電の掃除って俺よりカズ先輩の方が強いんすよね」
「アイツは化学がやりたくないって理由で文系にしやがったクセに、料理や掃除を覚えて化学に染まり始めたヤツだからな」
end.
++++
MBCC掃除三銃士の中でも白物家電などに精通するのはいち氏だったりする。エイジはとにかく衛生にウルサイ。
高崎は卒論のフィールドワークでいろいろ巡ったときにそれなりにお金を使ったんだろうけど、それでもまだあるという財力。
何やかんやで高崎とLというのはいい間柄の先輩後輩だったなと思います。気を張り過ぎず、適度な距離感で
.
++++
「L、ちょっといいか」
「はい、どうしたんすか?」
「お前ン家なら冷蔵庫だの電子レンジだのを掃除するのにいいモンもあるだろ、洗剤的な」
もうすぐ高崎先輩はムギツーの102号室を退去するということで、今週は最後の片付けに明け暮れているようだった。ムギツーを出てすぐ星港市内に構える新居に移るらしい。生粋の星港人なのに盆正月でも実家に帰らないところからして実家と距離を置いてんのかなとは思ってたけど、新生活を始めるに当たっての引っ越しでも安定なんだなと。
そんな事情はさておき、高崎先輩が出た後の102号室に入って来るのはシノなんだという。通学に往復3時間かかるのがしんどいという理由で1人暮らしをしたいと貯金をしていたのは知っていたけど、どうやら無事に1人暮らしが出来るようになったそうだ。で、豊葦での生活にも慣れたいし、アパートに入るなら早い方がいいという理由ですぐ引っ越して来るとのこと。
どうやら高崎先輩とシノの間で話し合いがあったようで、先輩が使っていた家電一式をシノに譲ることになった。先輩は新生活を始めるに当たってそれら一式をグレードアップさせたかったし、処分するにもお金がかかるし売ったところで大した金額にもならないのであれば、タダでもいいから欲しいシノに譲る方がいいと思ったらしい。
「先輩、家電の掃除してんすか?」
「今まで全く掃除してねえってワケじゃねえけどよ、4年分の汚れだぞ。さすがにそのまま譲るワケにはいかねえだろ」
高崎先輩はパーソナルスペースがとにかく広い人で、部屋には基本人を上げない。だけど俺はある意味例外扱いだったんだと思う。冬なんかは自分が外に出たくないという理由で呼びつけられて鍋をやったりしたし、布団メンテナンスと交換で水回りの掃除をさせてもらうなんてこともあった。お互いの趣味だったんだよな、寝具や掃除が。
でだ、4年分の汚れが溜まった家電の掃除と聞いて正直ワクワクしている俺がいる。水回りなんかはたまに上がらせてもらうときに掃除させてもらってたから正直そこまででもなさそうだけど、さすがに家電までは俺も手を付けていない。自分のそれはもちろんある程度キレイにしてるから、メチャクチャ汚い物をピカピカにしたときの達成感は最早レアだ。
「高崎先輩、ところでなんすけど、その掃除、俺にやらせてもらうことって出来ません?」
「あ? お前がやるってのか」
「4年分の汚れとか、倒し甲斐があるじゃないすか」
「あークソ、掃除の話振るんじゃなかった。めんどくせえ」
「でも、どうせ俺の部屋に搬入するんだったらいいじゃないすか。ちなみに、家電の掃除はいくつくらいあるんすか?」
「やろうと思ってたのは冷蔵庫と電子レンジ、あと洗濯機の洗濯槽だな」
「ついでなんでシノに譲る物、今のうちに搬入出来るものはしときません?」
「お前がいいならいいけど、大丈夫なのか。部屋狭くなるだろ」
「まあ、2日3日の辛抱っすから」
シノに譲る物の中には所謂白物家電と呼ばれる物以外にも、扇風機や掃除機まであったからこの人本当に全部置いてくんじゃないかと思ったけど、去年くらいに買ってた3万くらいするすごい赤外線ヒーターは含まれてなかったから、他の家電を全部あのレベルにするのかと察することが出来るワケで。さすが、寝てるから金を使わないって言うだけあって持ってるのか。
「布団掃除機とかも譲るんすか?」
「新型のヤツに替えたいと思ってたんだよな。同じ理由で布団乾燥機も置いて行く」
「つか、こんだけの家電を買い替えるとなったら十何万、いや、何十万レベルで金かかるっすよね」
「確かに何十万レベルで金はかかったが、俺は初期投資をしっかりして、高いけど良い物を長く使うタイプだ」
「へー、そうなんすか。じゃ大変なのは最初だけなんすね」
「そういうこった」
「でも、最初から布団乾燥機や布団掃除機なんかがあるって、シノの生活のグレード的にどうなんすかね」
「使わないなら売るなり何なり好きにしてもらえればいいからな。譲った後にどうするかはアイツの自由だ」
「つか、逆にヒーター以外の家電は何を持ってくんすか?」
「パソコンとコンポ、あと何かあったかな」
「元々物が少ない部屋っすもんね」
ムギツーは6畳の部屋だからちょっと物が増えると手狭に感じることもあるけど、高崎先輩の部屋はベッドがデカいだけで基本的に物は少なかったもんな。こたつが出る冬場なんかは足の踏み場を選んでたけど。新居がさすがにムギツーより狭いってことはないだろうから、いろいろな物を置けるし、ひとつひとつの家電を一回り大きくしたって余裕だろう。
「ああ、そんでよ。引っ越し前最後の晩餐じゃねえが、明日辺り餃子でも焼いてくれねえか」
「もちろんいいっすよ。やりましょう。気合入れて作りますよ」
これをやる機会もなくなるのかって思うとちょっとしみじみするけど、それだけ時間が流れたってことなんだもんな。とうとう俺も4年になるのか。餃子を焼いて、それを振る舞うこと自体はシノもいるし出来るには出来るけど、高崎先輩とのサシメシってのはやっぱどっか特別だったな。サークルの場じゃ見れない顔や、聞けない話もたくさんあった。
「で、今日はこれから家電の掃除っすね」
「おーおー、やる気があっていいじゃねえか。どっから出て来た、そのナントカ液みたいなモンは」
「でも、実は白物家電の掃除って俺よりカズ先輩の方が強いんすよね」
「アイツは化学がやりたくないって理由で文系にしやがったクセに、料理や掃除を覚えて化学に染まり始めたヤツだからな」
end.
++++
MBCC掃除三銃士の中でも白物家電などに精通するのはいち氏だったりする。エイジはとにかく衛生にウルサイ。
高崎は卒論のフィールドワークでいろいろ巡ったときにそれなりにお金を使ったんだろうけど、それでもまだあるという財力。
何やかんやで高崎とLというのはいい間柄の先輩後輩だったなと思います。気を張り過ぎず、適度な距離感で
.