2021(04)

■曖昧な先のこと

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 ここだというショットを思いっ切り打ち込み、それが落ちた瞬間俺は思わずコートの上で大の字になった。周りには人もたくさんいてそれなりに動きも、音もあるはずなのに目に入って来るのは今自分がいるコート上のことだけだし、雑音も全てシャットアウトしていた。今も、大の字になって肩で大きく息をしながらも、何の音も聞こえていなかった。
 俺がこのバドミントンサークルに入ってから、打倒前原さんということだけを目標にこの1年間やってきた。俺もまあまあやれているという自信があったのを、前原さんという4年生の先輩は軽く折って来やがった。なんなら俺の全力を手抜きでいなされてしまって、マジかよと思って。勝つまで絶対やめられねえって。

「奏多、とうとうやったじゃないか」
「松居君、お腹出して寝てると風邪ひくよ。はい上着」
「あざっす」
「ちくしょー、とうとう負けちまった。勝ち逃げするつもりだったんだけどなー」
「やってやりましたよ前原さん。どーすか」
「や、言っても通算成績は何十勝1敗だからな。まだまだ俺が勝ち越してんのよ」
「わかってますよ。でもこの1勝の意味が俺にとってどんだけデカいか」

 とうとう前原さんに勝つことが出来たんだけど、実感はまだない。真希ちゃんや麻生さん、それから佑人といった俺の強化に付き合ってくれた人たちが祝福してくれるけど、勝ったと同時にこの後どうするかなという気持ちになる。言ってしまえば、ここでやることはもうなくなった。いや、バドミントンは十分楽しいけど、目標みたいなものを掲げてやるのはもういいかなって。
 麻生さんと組んでやるダブルスもそれはそれで楽しい。だけど俺は元々シングルスの人間だ。佑人に付き合ってもらってひたすらディフェンスを鍛えるのも、攻撃一辺倒の俺にとっては良い経験だった。でも、もうそれを一生懸命使う場面はそうそう来ないだろう。それから、何だかんだ言って良くしてもらってたのは真希ちゃんと前原さんだ。

「奏多、とりあえずマエトモに土を付けることは出来たけど、この後はどうすんだい?」

 まるで俺の考えていることをみんなわかっているかのように、真希ちゃんが訊ねて来る。俺がもうやりきったと思ってることくらい、この人にはお見通しなんだろうな。だからと言ってこの後のことをすぐには答えられないから、春休みの間に考えることになるのかもしれない。新しいことを始めたっていい。

「ちょっと、今はまだふわふわしててわかんないっすね、今後のことは」
「何にせよ、希にもこの輝かしい勝利を報告してやんなよ。アイツが一番アンタのことを応援してくれてたろ」
「そっすねー。明日にでも昼誘って俺の武勇伝として語ってやろうと思います。あっ、前原さんメシ奢って下さいよ、とうとう1勝したお祝いっつーことでどーです?」
「何で俺が奢らなきゃいけねーんだよ! その理屈だったら今まで何十遍松居君から奢ってもらってなきゃおかしーだろ!」
「希とはちょこちょこ会ってんのかい?」
「そういつもじゃないっすけど、まあちょこちょこ。ああ、昨日はたまたま購買で会ったんで昼一緒に食ってました」
「あの子は元気にやってる?」
「来期のサークルは俺にかかってるんだーっつってメチャクチャ張り切ってましたよ」
「あの子らしいねえ」
「春日井君はどこででも元気だなあ」
「自分と先輩を含めても2人しかいなくなったとかで? 技術を伸ばして出来ることを増やさねーとっつってテストそっちのけで練習してるような感じっすよ」

 かっすーはそういう感じの奴だよなあと俺も納得してるし、先輩たちも相変わらず元気なようで良かったとニコニコしている。かっすーにはかっすーのやりたいことがあってあっちのサークルに一本化したワケだけど、それが何なのかっつーのが分かって来たのかもしれない。何か春風もそれに飛び込んで行ってる感があるし、勢いがあるなあとは外野から見てても思うよな。

「奏多、希に一生懸命なのはいいけどテストはちゃんと受けなって言っといてやんな。しかもあの子理系だろ」
「環境っすね」
「理系は進級するにも大変なはずだし、尚更だよ」
「あー、真希ちゃん、俺ちょっと思ったことがあるんすよ。次やること」
「おっ、何だい?」
「かっすーへの借りを返そうかなーっつって。今度はアイツのやりたいことを応援してやるっつったらアレなんすけど、三人寄れば文殊の知恵的な?」

 実は春風のことを抜きにしてもああいうラジオの機材とかには興味があったから、それを間近で見られる機会があるなら乗っかりたいなーとは思ったんだ。一応、情報メディア学科としては音声を扱うことに関してもそれなりに勉強する必要はあるし、それでかっすーの必要な頭数だとか駒だとかにちょうどいいなら都合いいじゃんって。

「いいんじゃないかい、ダチと兄貴分を同時にやれるアンタの存在は希にとってもデカいはずだよ」
「奏多、サークル辞める前提で話してる?」
「辞めずに、たまに来るんじゃムシが良過ぎるかな」
「いいんじゃない? 誰がどんなスタンスでやってても、それはそれで。でも、鈍ってたらその時は鍛え直すだけだね」
「ひゅーっ。佑人のそれ、マジでシャレになんねーわ。なんならお前が一番怖え説あるぞ」
「で? 松居君、飯って明日の昼だっけ?」
「おっ! マジで奢ってくれるんすか!?」
「言っとくけど、学食で一般的な範疇でだぞ!」


end.


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麻生さんと佑人くんのキャラを詰めたいけれど、それはいつかの話になるのかな。仲良くはなってるみたいだけど
MMPでわーっと頑張ってるカノンの張り切り具合に関してもあの子は元気だなあと納得される程度にはバドでも元気でした
例によって財布を毟り取られる前原さんである。多分あんまり持ち合わせはないんじゃないか

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