2021(03)
■未来の音作り
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とにかく凄いという他の感想が出てこなかった。前日からシノに「明日は絶対に佐藤ゼミのラジオブースの前に来い」と1年6人全員が招集された。何が始まるんだと思ってみれば、何とそこに現れたのは高崎先輩。高木先輩が秘密裏に計画を進めていたようで、サプライズでラジオジャックが行われたんだ。
佐藤ゼミのラジオブースと言えば、新しい物好きの先生が機材をとっかえひっかえするから常に新しくて凄い機材が増えていくらしい。その機材群をちゃんと使いこなせているかはともかく、少なくとも高木先輩であれば使いこなすだけの力はあるし、それを使えばプロにも引けを取らない番組になると思う。
だけど高木先輩はそれを使わずに、去年までのMBCCスタイルでの番組にこだわった。アンプとコンプ、ミキサー、CDデッキしか使っていないと気付いたのはシノだった。それに気付いた瞬間、スピーカーから聞こえる音の流れに圧倒されたのか、口数が極端に少なくなった。パソコンやサンプラー、その他の機材を使っていないのに、俺たちの知っている“今”の音で作る高木先輩の構成だったんだ。
「あ、あ~……もう3限始まるし先輩たちまだブースから出てこねーし出て来たところでぜってーヒゲさんに捕まってあーだこーだってヤツじゃねーか~!」
「先生の話がめちゃくちゃ伸びることを祈って俺らは3限行くぞ」
「つか高木先輩て金曜日2限しかないとか言ってなかったか!? これ最悪帰られるぞ! あー、授業なんか出てる場合じゃねーんだよー!」
「高木先輩に連絡だけして待っててもらえよ」
「しゃーねー、そーするわー」
番組が終わって、シノは高木先輩にすぐにでも話を聞きたかったようだけど、高木先輩は高崎先輩と少し話し込んでいたようだし、逃げ場を無くすように先生がブースの出入り口前に立ち塞がっている。さすがにこれでは話しかけにいけないし、そもそも俺たちは普通に3限の授業があるのでずっとここにいるわけにも行かなかった。
3、4限の授業が終わると、シノはサークル室にダッシュする。高木先輩のアポが取れていたんだ。ゼミのラジオブースでもよさそうなものだったけど、シノはまだ厳密にはゼミ生ではないので立ち入らせることが出来なかったのかもしれない。ついでなので俺も一緒に付いて行くことにした。この番組の裏話を聞きたかったというのもある。
「高木先輩! 3、4限の時間暇潰してもらってどーもっす!」
「ああ、全然平気だったよ。先生の話は相変わらず長いし、スタジオにいれば1コマくらいすぐ潰せるからね。で、何を聞きたいのかは何となくわかったからここの機材も去年までの仕様に一時的に戻したよ」
「あざっす! 今日の番組、マジ凄かったっす! 途中でパソコンとかサンプラーとか使ってないって気付いて、それであんだけ厚みのある構成をどーやってんだって思って、なる早でやり方を聞いときたかったんす!」
「そんなに難しいことはしてないよ。パソコンやサンプラーのボタンがデッキのボタンに変わっただけ。やることは全く同じで、機械が違うだけ」
高木先輩はあっさりそう言うのだけど、俺たち1年生はいろいろな機材がある状態のブースしか知らないので、これだけ簡素な機材配置で本当に出来るのかと驚いてしまう。だけど、去年まではこれだけしか機材がないのが当たり前で、その中で先輩たちはどうやってより良い番組にしていくか試行錯誤していたということだ。
「ジングルとかは高崎先輩にお願いして事前に何パターンか収録させてもらって」
「あの素材もすげーカッコ良かったっす。それはどーやってやったんすか?」
「それも普通にMDに録った物をここのデッキで音源と組み合わせて、ゼミのブースはCDデッキしかないからCD-Rに焼いて向こうに持ってったんだよ」
「え、パソコンのソフトとかじゃなくてMDデッキでやったんすか?」
「準備の段階から本番の番組と同じ条件にしないと意味ないじゃない。準備をハイテクでやるなら本番もハイテクにした方が楽だよ」
「まあそうっすけど。ええー……これで、ああなるのかー……マジで…?」
そう言えば、すがやんたちが去年の番組をいろいろ漁っている中でチラッと聞いたことがある。高木先輩は前々からこういう感じで番組をやっていたと。突飛な番組構成だけ、機材を扱う力だけなら持っている人もそれなりにいるだろうけど、それを同時に持っていて、なおかつ本当にやってしまう人は当時では本当に少なかったんだろう。
サークル室には昼の番組の同録が流されている。それを聞きながら、シノは食い入るようにこの場面ではミキサー的にどう準備するのかや、フェーダーの動かし方はどうなんだと訊いている。思えば、シノが最初にミキサーとしての驚きや感動を得たのも高木先輩の音を聞いた時だったな。
「高木先輩、俺もこの機材で練習してみた方がいいんすかね?」
「それは別にどっちでもいいんじゃないかな」
「え? どっちでもいいんすか」
「使う機材が違うだけでやってることは同じだし。それよりは新しい機材で何が出来るかを開拓してもらった方がいいかなとは」
「新規開拓っすか~……よーし、やるぞー!」
「その意気その意気」
end.
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TKGの暗躍で実現した例の番組を聞いた後、シノの動き。ササは現状シノが頑張ってるのを見守る係。
少ない機材でもいろいろ出来るけど、今あるものでもっと凄いことをやれるか試すのも楽しいというスタンスの機材部長。
この人が本気でゼミのラジオブースの機材を生かす日が来るのか来ないのか。どっちにしてもMBCCのミキサーにかかってんだねあのブースは
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とにかく凄いという他の感想が出てこなかった。前日からシノに「明日は絶対に佐藤ゼミのラジオブースの前に来い」と1年6人全員が招集された。何が始まるんだと思ってみれば、何とそこに現れたのは高崎先輩。高木先輩が秘密裏に計画を進めていたようで、サプライズでラジオジャックが行われたんだ。
佐藤ゼミのラジオブースと言えば、新しい物好きの先生が機材をとっかえひっかえするから常に新しくて凄い機材が増えていくらしい。その機材群をちゃんと使いこなせているかはともかく、少なくとも高木先輩であれば使いこなすだけの力はあるし、それを使えばプロにも引けを取らない番組になると思う。
だけど高木先輩はそれを使わずに、去年までのMBCCスタイルでの番組にこだわった。アンプとコンプ、ミキサー、CDデッキしか使っていないと気付いたのはシノだった。それに気付いた瞬間、スピーカーから聞こえる音の流れに圧倒されたのか、口数が極端に少なくなった。パソコンやサンプラー、その他の機材を使っていないのに、俺たちの知っている“今”の音で作る高木先輩の構成だったんだ。
「あ、あ~……もう3限始まるし先輩たちまだブースから出てこねーし出て来たところでぜってーヒゲさんに捕まってあーだこーだってヤツじゃねーか~!」
「先生の話がめちゃくちゃ伸びることを祈って俺らは3限行くぞ」
「つか高木先輩て金曜日2限しかないとか言ってなかったか!? これ最悪帰られるぞ! あー、授業なんか出てる場合じゃねーんだよー!」
「高木先輩に連絡だけして待っててもらえよ」
「しゃーねー、そーするわー」
番組が終わって、シノは高木先輩にすぐにでも話を聞きたかったようだけど、高木先輩は高崎先輩と少し話し込んでいたようだし、逃げ場を無くすように先生がブースの出入り口前に立ち塞がっている。さすがにこれでは話しかけにいけないし、そもそも俺たちは普通に3限の授業があるのでずっとここにいるわけにも行かなかった。
3、4限の授業が終わると、シノはサークル室にダッシュする。高木先輩のアポが取れていたんだ。ゼミのラジオブースでもよさそうなものだったけど、シノはまだ厳密にはゼミ生ではないので立ち入らせることが出来なかったのかもしれない。ついでなので俺も一緒に付いて行くことにした。この番組の裏話を聞きたかったというのもある。
「高木先輩! 3、4限の時間暇潰してもらってどーもっす!」
「ああ、全然平気だったよ。先生の話は相変わらず長いし、スタジオにいれば1コマくらいすぐ潰せるからね。で、何を聞きたいのかは何となくわかったからここの機材も去年までの仕様に一時的に戻したよ」
「あざっす! 今日の番組、マジ凄かったっす! 途中でパソコンとかサンプラーとか使ってないって気付いて、それであんだけ厚みのある構成をどーやってんだって思って、なる早でやり方を聞いときたかったんす!」
「そんなに難しいことはしてないよ。パソコンやサンプラーのボタンがデッキのボタンに変わっただけ。やることは全く同じで、機械が違うだけ」
高木先輩はあっさりそう言うのだけど、俺たち1年生はいろいろな機材がある状態のブースしか知らないので、これだけ簡素な機材配置で本当に出来るのかと驚いてしまう。だけど、去年まではこれだけしか機材がないのが当たり前で、その中で先輩たちはどうやってより良い番組にしていくか試行錯誤していたということだ。
「ジングルとかは高崎先輩にお願いして事前に何パターンか収録させてもらって」
「あの素材もすげーカッコ良かったっす。それはどーやってやったんすか?」
「それも普通にMDに録った物をここのデッキで音源と組み合わせて、ゼミのブースはCDデッキしかないからCD-Rに焼いて向こうに持ってったんだよ」
「え、パソコンのソフトとかじゃなくてMDデッキでやったんすか?」
「準備の段階から本番の番組と同じ条件にしないと意味ないじゃない。準備をハイテクでやるなら本番もハイテクにした方が楽だよ」
「まあそうっすけど。ええー……これで、ああなるのかー……マジで…?」
そう言えば、すがやんたちが去年の番組をいろいろ漁っている中でチラッと聞いたことがある。高木先輩は前々からこういう感じで番組をやっていたと。突飛な番組構成だけ、機材を扱う力だけなら持っている人もそれなりにいるだろうけど、それを同時に持っていて、なおかつ本当にやってしまう人は当時では本当に少なかったんだろう。
サークル室には昼の番組の同録が流されている。それを聞きながら、シノは食い入るようにこの場面ではミキサー的にどう準備するのかや、フェーダーの動かし方はどうなんだと訊いている。思えば、シノが最初にミキサーとしての驚きや感動を得たのも高木先輩の音を聞いた時だったな。
「高木先輩、俺もこの機材で練習してみた方がいいんすかね?」
「それは別にどっちでもいいんじゃないかな」
「え? どっちでもいいんすか」
「使う機材が違うだけでやってることは同じだし。それよりは新しい機材で何が出来るかを開拓してもらった方がいいかなとは」
「新規開拓っすか~……よーし、やるぞー!」
「その意気その意気」
end.
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TKGの暗躍で実現した例の番組を聞いた後、シノの動き。ササは現状シノが頑張ってるのを見守る係。
少ない機材でもいろいろ出来るけど、今あるものでもっと凄いことをやれるか試すのも楽しいというスタンスの機材部長。
この人が本気でゼミのラジオブースの機材を生かす日が来るのか来ないのか。どっちにしてもMBCCのミキサーにかかってんだねあのブースは
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