2021(03)

■実力と外的要因

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「だーっ! また負けた!」
「やー、まだまだ負けんよ俺は」
「このサークルって4年はいつまでやってるとかあるんすか」
「まー大体4年はテスト終わったらおしまいって感じじゃないかね」
「マージっすか。全然時間ねー…! 絶対アンタが卒業する前に勝ちますからね」

 秋学期の授業が再開してやることは前原さんに勝負を挑むことだ。俺は年末年始の間も身体は動かしてきたし、大体の奴が緩むその時期に油断をしなかったというだけでもプラスに働いてるとは思ってたんだよ。思ってたんだけど、それをやった上で負けたっつーのはどーいうことだよ。

「でも詰まっては来てるし、あと1ヶ月でどれだけやれるかだねえ。実際マエトモも前ほどの余裕はなくなってきてるし、この調子だね」
「言って時間はないっすよ。高校の部活みたく毎日やってるサークルでもないっすし」
「意外だったのが、年始にマエトモが普通に動けてたってコトだねえ。絶対麻雀やら何やらで鈍ってると思ってたのに」
「それっすよ! それを見越した上で出し抜いてやろうと思って年末年始フツーに体動かしてたんすよ俺。それがこのザマっすよ真希ちゃん」
「はっはっは。この俺を甘く見てもらっちゃぁ~困るぜお前ら。俺は地元で特殊訓練を積んでたからな」
「特殊訓練だって!?」
「ま、菜月から連絡は貰ってるんですけどね」
「何だよ、知ってたのかよ」
「地元で宿命のライバルと打ち合いやってたんだろ? で、奏多を想定してガチ練習してたとか」
「は!? 何だそれ!」

 前原さんから何度か話に聞いていたのが、緑風時代の“宿命のライバル”とやらの存在だ。その人は中学時代に行く先々の試合で当たってて、実力はトントンで勝ち負けもその都度変わるというような力関係だった。ひょんなことから大学に入ってから少し話すようになったということらしい。
 かっすーをラジオのサークルに引率したっていう真希ちゃんの友達がその宿命のライバルとやらのダチで、元々はその友達さんとライバルの人が運動不足解消のためのラリーを軽くやるはずだったところを、バドなら前原さんにも声をかけてみるかあと、あれよあれよでセッティングされたらしい。

「アンタの宿命のライバルって、菜月にサウスポーの厭らしい攻め方を仕込んだっていう奴だろ?」
「そうだよ。ウチのサークル、松居君以外にサウスポーいねーし感覚を掴むには橘君とやるのが丁度良かったんだよ」
「マジか~、サウスポー対策されてたか~!」
「言ってそれを抜きにしても昔から橘君対策としてサウスポーへの対応は体に刻み込んで来てんよ。松居君がゲームの運び方変えて来てんのももちろん気付いてっし、橘君と奥村さん2人がかりでとにかく俺の弾を拾いに拾いまくってもらって長期戦への対策もしてきてっし」
「奏多、まさかそこまで対策練られてるとは思わなかったねえ」
「それだけ俺が脅威になってきたってコトっすよ。1ヶ月以内に絶対倒してみせますんで」

 若者は元気でいいねえと前原さんは上着を羽織って温かい飲み物を買いに行ってしまった。学年こそ3コ下だけど、実年齢は1コしか違わねーって何遍言えばわかるんだ。言うほど若くないっつーの。まあ、実年齢相応でない、学年通りの青さや勢いが無ければここまでやれていたかと言えば、どうかなっつー感じではある。

「奏多も年末年始に緩んでたワケではない動きだったけどねえ」
「俺は前原さんがぜってーぐだぐだに緩んでると思って体力だけ落とさなければ勝てるって踏んでました」
「普段のマエトモを見てりゃ9割9分そう思うよ。案外地元にいる方がちゃんとバドミントンに向き合える環境が整ってたのかもしれないねえ。亮介の気紛れでエライ目に遭ったって菜月は言ってたけど」
「俺は走り込みをやったり瞬発力系のトレーニングは春風に付き合ってもらってやってたんすけど、実戦形式は全然やってなかったんで、多分その差っすね」
「春風も巻き込んだのか」
「ジョギングとかは元々リハビリの一環でやってたんすけど、1人だとまーあ続かないのなんのって。で、春風が監督ついでに付き合うようになってっつー感じっす。……真希ちゃん、あの人まだ手ぇ緩めてますか?」
「最初は、年末年始にやってきたから余裕っつー感じの慢心があったっぽいけど、案外すぐちゃんとやり始めたし、多分次やるときは最初から本気出して来るんじゃないかね」
「ようやくスタート地点に立てるっつーコトっすね」
「そういうことだね」

 どうせ勝負をするなら本気でやり合わないと意味はない。今までは俺がチョロかったからなかなか本気を出させるところまで行かなかったけど、真希ちゃんの話が本当だとすれば次回がやっと勝負としての初回だし、正念場。でもさすがに春風相手じゃ実戦練習は出来ねーしなー、どーすっか。

「いや、年末年始にちょっと動いたくらいでバテなくなることはないんすよ。で、冬で寒くなって動きは鈍るし」
「それは自分の話だね?」
「まあ、俺もそうっすけど、大体そうじゃないすか?」
「マエトモはウチのサークルの中では寒さに影響されない方だし、このマッチに関しては外的要因を勝負の見立てに組み込むのはやめときな。実力だけで計るんだよ」
「そっすね。まあ、あの人が相当厭らしいことをして来ることには違いないんで、その対策っすかね。でも今回厭らしさが増してた気ぃするんすけど!?」
「だとすると、菜月とその悪友が相当厭らしかったんだろ」


end.


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年始を迎えたバドサーの方では、今日も元気に奏多が前原さんに挑んでいたけど誤算があった様子。そろそろみんな注目してんのかね
真希ちゃんはまぁ真希ちゃんなので、菜月さんのねじくれた性格を包みもしないし隠しもしない、厭らしいことをしてくるんすよ
前原さんに勝った後の奏多はどうなるのか。目標を別に立てるのか、全く別のことを初めてみるのか。

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