2021(03)

■妹と兄

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「あれ」

 工場の方に人が来たことを知らせる音が鳴ったのですが、すぐに出られそうなのは私だけだったのでとりあえず靴を履いて道を渡ります。お客さんであれば取り次ぎをしなければならないと思いながら事務所に行くと、来ていたのはお客さんではないようでした。

「あっ、春風ちゃん。あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。上野さん、お休みにどうされたんですか?」
「俺の車、そろそろオイル交換だったなーと思って、誰かいれば許可もらってやっちゃおうかと思ったんだけど」

 私の家の工場は、緊急の場合を除き基本的には明日から仕事始めで、今日はお正月休みの最終日です。ただ、お休みの日であっても工場はいつでも稼働出来るようにしていますし、従業員であれば基本的には好きなときに自分の車をメンテナンスしてもらってもいいですよということになっています。
 上野さんはオイル交換をしたいとのことでしたが、鳥居家の人間であっても工場に携わっていない私ではさすがにいいですよと許可を出すことも出来ないので、事務所から家に電話をすることにしました。見たところ、上野さんの車には助手席に女性の方がいらっしゃるようです。お待ちいただくことになるのでしょうか。

「おーい春樹、正月早々私用で来やがって」
「真宙さんすみません。でも、休みじゃないと自分の車って触れないじゃないですか」
「ま、お前がそろそろやるだろうとは思ってたし、在庫はちゃんとあるからやるならやってけよ」
「ありがとうございます。あと、妹いるんですけど事務所で待っててもらって大丈夫ですかね?」
「つか妹いるのに何やってんだ。1人の時にやれよ」

 妹さんが事務所に入られるとのことで、私は暖房を入れてお茶用のお湯を沸かします。上野さんは作業の準備に入りましたし、車から降りた妹さんは頭に着けた羽飾りが特徴的で、ふんわりとした可愛らしい雰囲気がします。

「失礼しまーす」
「どうぞお好きなところに掛けてお待ちください。Wi-Fiもありますし、パスはそこに掲示してありますのでご自由にお繋ぎください。ただいまお茶をご用意しますね」
「ありがとうございまーす」

 若い女性ですし、紅茶などの方がいいでしょうか。うーん、さすがに正月休みの最中ではお茶菓子などはありませんでしたね。とりあえず、ティーバッグでお茶を淹れてお出しします。

「上野さんの妹さんですよね。上野さんにはいつもお世話になっています」
「あっいえ、こちらこそ兄がお世話になってます。すみませんお休みなのに急にオイル交換なんて」
「大丈夫ですよ。えーと、失礼ですけど何番目の妹さんですか? 3人いらっしゃると聞いたことがあるのですが」
「あたしは下から2番目の妹で、美雪っていいます」
「美雪さん。申し遅れました、私は鳥居春風といいます」
「あ、春風ちゃん! お兄ちゃんから話には聞いてるよー。確か今って大学1年だよね?」
「そうですが、そんなことまでお話になられているのですか!?」
「あっ、大丈夫。個人的なことはあんまり聞いてないし」
「それなら良かったです」

 上野さんは人当たりがいい方ですし、家で急に人格が変わるようなタイプでなければ家族仲もきっと良好でしょう。仕事場でのことをある程度家で話していても驚きはありません。ただ、私のことまで話しているとは驚きでした。

「ええと、美雪さんは今おいくつでいらっしゃるんですか?」
「あたしは、えっと、今日ハタチになったから、春風ちゃんから見たら1コ上かな。大学2年だし」
「お誕生日なのですね! おめでとうございます」
「ありがとー。春風ちゃん誕生日いつ?」
「実は、私も今日が誕生日なんです」
「えー! すごい偶然! 何か親近感沸くねー、同じ誕生日で、お兄ちゃんが同じ職場でー」
「はい。きっと何かの縁ですね」

 それから、大学ではどの学部でどんな勉強をしているのかや、サークル活動のことなどを話しました。美雪さんは青葉女学園大学でインテリアや建築について勉強をしているようで、サークル活動を通じて知り合った趣味の合う方と付き合っているそうです。

「無粋なことをお尋ねするんですけど、さすがにお正月だとお誕生日でもデートなどには行けないのですか?」
「あたしの彼氏実家が長篠で、しばらく帰ってるんだよ」
「帰省中でしたか。それは失礼しました」
「春風ちゃんは彼氏とか」
「恋愛に全く興味がないことはないのですが、現在それという相手はいません。それに、兄さんが過保護で……」
「あー、真宙さんの過保護の話は聞いたことあるよ。でも、真宙さんに立ち向かって行けるほど好きになれる人に出会えたらいいね」
「ありがとうございます」

 兄さんに立ち向かっていけるほど好きな人に出会ったとしても、まずは奏多を説き伏せないといけないのだけど。まあ、今日明日の話ではないですし、気長に待ちながら自己研鑽していきましょう。

「って言うかここの工場、簡易ジムがあるって本当?」
「ジムと言える程の物ではないのですが、サンドバッグやランニングマシンなどが置かれたプレハブがあります。ご案内しましょうか」
「えー、見てみたーい」
「私は週に2、3度ほどここで軽く汗を流しているのです」
「やっぱ運動なんだねー」
「幼馴染みにスパーリングに付き合ってもらったりもしています。体を動かすのはストレス発散にいいですよ」
「一般のジムって興味あってもハードルが高いんだよね、月会費とか入会手数料とかさー」
「体を動かしたいのなら、いつでもお付き合いしますよ」
「今日はちょっと動く服じゃないから今度付き合ってもらっていい? あ、連絡先交換しよー」
「はい」


end.


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春樹さんが鳥居家の工場で働いてるってなったときからこうなるだろうとは思っていた。ユキちゃんと春風の邂逅。
ユキちゃんはステージの台本書いてるときとかにサンドバッグ打ちに来たらいいと思うんだよね。仮想サドニナ。
本当にたまたまなんだけど、この2人、誕生日が一緒だったのでこういうことがあってもいいかなと。インターフェイスでの絡みにも期待。

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