2021(03)
■人間の距離感
++++
正月だからと言って引きこもる以外に特にすることもない。いっそバイトでもしていた方が健全だろうと思い、敢えてシフトに入るようにした結果、至って代わり映えのない日常を送っている。一応家には正月ということで親戚が挨拶に来たりもしたけど、ガンスルーで。
どれくらい代わり映えない日常かと言うと、こーたから連絡が入れば行く行く~と軽率に出掛けてしまえるくらいには代わり映えしない。こーたは例によって弟の彼女との家族ぐるみの付き合いを固辞して家の留守番をしている。結婚もしてないのに家族同士で旅行とかよくやるな、とは俺も思う。
「は~あ、本当にやっていられませんよ」
「おーおー、妬め妬め、負の力を増殖させてこその愚民だからな」
「おやおや野坂さん、自分が愚民でないと言いたげですね?」
「いや、俺も真っ当に愚民をやっているけどだな、俺の救いはお前ほど身近にそういう事案が起こらないってことだな」
「本当ですよ。ところで、野坂家ほどの家なら正月から挨拶回りなどで忙しいのでは?」
「俺は普通にバイトしてたし、それで正月から働いて偉いってなる善良な親戚の方が多いからな」
「何ですか、その環境の差は。本当に呪いたくなりますよ」
「俺がちゃんと挨拶したのって言ったら義兄さんくらいだと思う。でも、あんまり長居したらお邪魔になりますしって言ってすぐ帰ったな。義兄さんは1泊くらい全然していってもらってよかったのに」
一番上の姉貴は結婚して今は東都で暮らしている。義兄さんは有名なIT企業でバリバリSEをやっている人で、結婚の挨拶の時とかに仕事の話を聞かせてもらったりしたけど、仕事も出来るし優しいし、凄く憧れるんだよな。しかもさわやか系の超絶イケメン。
一方で、俺はと言えば正月からすることもなくぐだぐだとするだけの自堕落な隠キャを極めていて、義兄さんのような人種にはどう足掻いてもなれそうにはない。ただ、そんな残念な愚民にも、義兄さんはかわいい義弟として良くしてくれるのだ。
正月は初詣や初売りでクソみたいな人口密度だから世音坂に行くのはやめておこうということになり、今日は青浪市内の本屋とゲーセンを巡り、最終的には髭で一服するというミニマムなコースになった。正月はこれくらいがいい。
「しかし、野坂さんが休みにもバイトをしていると聞くと、時代だなあと感じますね」
「全休って神だなって思う」
「確かに理系ですと履修がギチギチに詰まりますからねえ。野坂さんの様子を見ていると、ヒロさんは本当に大丈夫なのかなとも思いますけど」
「知ったこっちゃない。2年までの必修が残ってる時点でお察しだし俺はもうどれだけ泣きつかれても助けないって固く心に誓ってるからな」
「相当な目に遭わされてますからねえ、気持ちはお察ししますよ。あ、注文は決まりましたか?」
「決まった」
「ではボタンを押しますね」
俺は3年秋学期の時点で全休を作れるくらいには履修が緩くなっているし、これまでは学科固有科目とかでいっぱいだった履修コマも、一般教養の割合を増やせるまでになっていた。ヒロは今でも結構キツキツの履修をしているけど、それは自業自得でしかない。
髭はメニューがどこの店でもほぼ同じなのでよっぽどメニューを見て悩まなければならないということはないけど、一応何が食べたいかなと考える時間を必要とする。がっつり食べるならカツサンドとかになるし、軽くでいいならスナックとかになるし。甘いものという選択肢もある。
「ご注文伺いまーす」
「あっれ、すがやんじゃないか」
「髭でバイトしているという風には聞いていましたが、ここの店舗だったんですね」
「えー! こーた先輩野坂先輩あけましておめでとうございます! そうなんすよ、ここの髭っす」
「正月から精が出るな」
「年末年始は手当がオイシイっすからね」
「すがやんだったらいろんな友達と遊んでるものだと思ってた。偏見だけど」
「遊びにも行ってますよ。昨日はウチの1年6人で西形に初詣に行きましたし」
「さすがだな」
「西形なんですか? 星港市内の神宮などではなく」
「いつも一番遠いシノの負担がデカいしたまには乗り込もうってことになったんす」
まさかのすがやんだったけど、地元が青浪だって言ってたし髭でバイトしてるとも言ってたからこういうことがあっても不思議じゃないんだよなあ。特にこういう業種だと、年末年始に出られる人間のありがたみなんだろうなあ。
「バイトでは初詣のお客さんなんかも捌いてたんです?」
「俺はドライバーなんでさすがに深夜とか早朝は入らなかったっすね」
「遠いシノの負担がって言うけどドライバーのすがやんも結構な負担だよな、青浪から西形ってめちゃくちゃ遠いだろ。で、全員拾わなきゃいけないから最短ルートで行けるワケでもないし」
「その辺はメシ奢ってもらったりしてるんで持ちつ持たれつっすね」
「それでは注文をしましょうか」
「そうだな。えーと」
留学に来ていた時から思っていたけど、すがやんのバイタリティが本当に尋常でないなと思う。普通にバイトをやりつつ友達とも遊ぶし、ただ遊ぶだけじゃなくて車を運転してみんなの足にもなっている。それを嫌々やっているワケじゃないからこその人望か。陽の力が眩しいぜ。
「野坂さん」
「ん?」
「私たち4人での初詣を想像してみてください」
「いや、無理だろ。俺とお前はともかく律が暴動を起こすしヒロはそもそも捕まらない可能性の方が高い。想像の前に破綻してる」
「そうなんですよ。緑ヶ丘の1年生は6人もいるのに本当に仲がいいですねえ」
「人間には程良い距離感ってものがあるんだ」
「ええ、よーく存じてますよ」
end.
++++
正月からぐだぐだと残念なノサ神。でもこの人たちはこれくらいがデフォだし残念なくらいがちょうど。
ノサカの一番上の姉さんは結婚してるし、旦那さんはイケメン好きの野坂家が沸くほどのイケメン。義兄さん大好き。
すがやんは程良くMMPの色も学んだけど、基本は陽の力が強いので陰の力には染まりきらなかったのであった。
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正月だからと言って引きこもる以外に特にすることもない。いっそバイトでもしていた方が健全だろうと思い、敢えてシフトに入るようにした結果、至って代わり映えのない日常を送っている。一応家には正月ということで親戚が挨拶に来たりもしたけど、ガンスルーで。
どれくらい代わり映えない日常かと言うと、こーたから連絡が入れば行く行く~と軽率に出掛けてしまえるくらいには代わり映えしない。こーたは例によって弟の彼女との家族ぐるみの付き合いを固辞して家の留守番をしている。結婚もしてないのに家族同士で旅行とかよくやるな、とは俺も思う。
「は~あ、本当にやっていられませんよ」
「おーおー、妬め妬め、負の力を増殖させてこその愚民だからな」
「おやおや野坂さん、自分が愚民でないと言いたげですね?」
「いや、俺も真っ当に愚民をやっているけどだな、俺の救いはお前ほど身近にそういう事案が起こらないってことだな」
「本当ですよ。ところで、野坂家ほどの家なら正月から挨拶回りなどで忙しいのでは?」
「俺は普通にバイトしてたし、それで正月から働いて偉いってなる善良な親戚の方が多いからな」
「何ですか、その環境の差は。本当に呪いたくなりますよ」
「俺がちゃんと挨拶したのって言ったら義兄さんくらいだと思う。でも、あんまり長居したらお邪魔になりますしって言ってすぐ帰ったな。義兄さんは1泊くらい全然していってもらってよかったのに」
一番上の姉貴は結婚して今は東都で暮らしている。義兄さんは有名なIT企業でバリバリSEをやっている人で、結婚の挨拶の時とかに仕事の話を聞かせてもらったりしたけど、仕事も出来るし優しいし、凄く憧れるんだよな。しかもさわやか系の超絶イケメン。
一方で、俺はと言えば正月からすることもなくぐだぐだとするだけの自堕落な隠キャを極めていて、義兄さんのような人種にはどう足掻いてもなれそうにはない。ただ、そんな残念な愚民にも、義兄さんはかわいい義弟として良くしてくれるのだ。
正月は初詣や初売りでクソみたいな人口密度だから世音坂に行くのはやめておこうということになり、今日は青浪市内の本屋とゲーセンを巡り、最終的には髭で一服するというミニマムなコースになった。正月はこれくらいがいい。
「しかし、野坂さんが休みにもバイトをしていると聞くと、時代だなあと感じますね」
「全休って神だなって思う」
「確かに理系ですと履修がギチギチに詰まりますからねえ。野坂さんの様子を見ていると、ヒロさんは本当に大丈夫なのかなとも思いますけど」
「知ったこっちゃない。2年までの必修が残ってる時点でお察しだし俺はもうどれだけ泣きつかれても助けないって固く心に誓ってるからな」
「相当な目に遭わされてますからねえ、気持ちはお察ししますよ。あ、注文は決まりましたか?」
「決まった」
「ではボタンを押しますね」
俺は3年秋学期の時点で全休を作れるくらいには履修が緩くなっているし、これまでは学科固有科目とかでいっぱいだった履修コマも、一般教養の割合を増やせるまでになっていた。ヒロは今でも結構キツキツの履修をしているけど、それは自業自得でしかない。
髭はメニューがどこの店でもほぼ同じなのでよっぽどメニューを見て悩まなければならないということはないけど、一応何が食べたいかなと考える時間を必要とする。がっつり食べるならカツサンドとかになるし、軽くでいいならスナックとかになるし。甘いものという選択肢もある。
「ご注文伺いまーす」
「あっれ、すがやんじゃないか」
「髭でバイトしているという風には聞いていましたが、ここの店舗だったんですね」
「えー! こーた先輩野坂先輩あけましておめでとうございます! そうなんすよ、ここの髭っす」
「正月から精が出るな」
「年末年始は手当がオイシイっすからね」
「すがやんだったらいろんな友達と遊んでるものだと思ってた。偏見だけど」
「遊びにも行ってますよ。昨日はウチの1年6人で西形に初詣に行きましたし」
「さすがだな」
「西形なんですか? 星港市内の神宮などではなく」
「いつも一番遠いシノの負担がデカいしたまには乗り込もうってことになったんす」
まさかのすがやんだったけど、地元が青浪だって言ってたし髭でバイトしてるとも言ってたからこういうことがあっても不思議じゃないんだよなあ。特にこういう業種だと、年末年始に出られる人間のありがたみなんだろうなあ。
「バイトでは初詣のお客さんなんかも捌いてたんです?」
「俺はドライバーなんでさすがに深夜とか早朝は入らなかったっすね」
「遠いシノの負担がって言うけどドライバーのすがやんも結構な負担だよな、青浪から西形ってめちゃくちゃ遠いだろ。で、全員拾わなきゃいけないから最短ルートで行けるワケでもないし」
「その辺はメシ奢ってもらったりしてるんで持ちつ持たれつっすね」
「それでは注文をしましょうか」
「そうだな。えーと」
留学に来ていた時から思っていたけど、すがやんのバイタリティが本当に尋常でないなと思う。普通にバイトをやりつつ友達とも遊ぶし、ただ遊ぶだけじゃなくて車を運転してみんなの足にもなっている。それを嫌々やっているワケじゃないからこその人望か。陽の力が眩しいぜ。
「野坂さん」
「ん?」
「私たち4人での初詣を想像してみてください」
「いや、無理だろ。俺とお前はともかく律が暴動を起こすしヒロはそもそも捕まらない可能性の方が高い。想像の前に破綻してる」
「そうなんですよ。緑ヶ丘の1年生は6人もいるのに本当に仲がいいですねえ」
「人間には程良い距離感ってものがあるんだ」
「ええ、よーく存じてますよ」
end.
++++
正月からぐだぐだと残念なノサ神。でもこの人たちはこれくらいがデフォだし残念なくらいがちょうど。
ノサカの一番上の姉さんは結婚してるし、旦那さんはイケメン好きの野坂家が沸くほどのイケメン。義兄さん大好き。
すがやんは程良くMMPの色も学んだけど、基本は陽の力が強いので陰の力には染まりきらなかったのであった。
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