2021(03)

■RUN・N・ING

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「おーい、春風ー」
「奏多。どうしたの?」
「ちょっと付き合ってくれよ」

 うちにやって来た奏多はジャージ姿。これからきっと体を動かすつもりなのかもしれない。そう思ったので訊ねてみると、ジョギングをしたいのだと。私も冬になってお餅を食べる機会が増えていたので、せめてもの抵抗として付き合うことに。
 奏多は高校の時に事故で大きな怪我をして長く入院していたことがある。驚異的な回復力とリハビリの成果で何とか怪我をする前の状態に戻すことが出来て、バドミントンの方にも復帰することが叶った。大学でもバドミントンサークルで日々研鑽をしているようです。
 入院中や、退院後も足が痛んで動けなかった時などは運動ではなく勉強の方も頑張っていました。どうせベッドの上にしかいられないのだからとパソコンを持ち込み、資格の勉強をし、「応用情報くらいなら楽勝だろ」と合格通知を見せてくれたこともありました。
 普段は飄々とした態度でふらふらしているようにも見えますが、努力の人だということを私は知っています。ですが、それを知っているからこそ普段の何とも言えないような態度がどうも鼻につくのです。その度に彼を叱りつけるのですが、恐らくはそれすらも彼の手の上で転がされているのでしょう。

「どうしたの、リハビリでもないのに走ろうなんて」
「いや、冬の間に差ぁ付けときたくて。あの人絶対地元で飲み歩いてるから。秋学期再開したらまた勝負することにはなってるし、卒業されるまでに絶対勝たねーと」
「だったら、もう時間はないわね」
「そうなんだよ。年末年始って暴飲暴食するし生活リズム狂って体重くなりがちだろ。そーゆーのが一番良くねーんだよ」
「この件に関しては正しいことしか言っていないわね」

 実際、奏多がジョギングに誘ってくれていなければ私は夕飯までにもうひとつふたつは餅を食べていたと思うから、正月が過ぎる頃には何キロか太っていたかもしれない。工場のプレハブにサンドバッグやその他の機器はあるけれど、1人では「やっぱやめよう」という誘惑にはなかなか勝てません。
 ジョギングとは名ばかりで、雑談しながらの小走り。それでもやらないよりはやる方が圧倒的に良くて、私は食べるはずだった餅を食べなくて済んだし、奏多も恐らくは先輩との差を広げられているはずと。先輩はマイナスに大きく振るから自分は1やるだけでいいという算段のようです。

「希くんも言っていたけど、相当上手い先輩なのよね」
「弱点はわかってんだ。だから、秋からはそこを的確に突けるように練習もしたし」
「弱点がわかっているなら付け入る隙は確かにありそうね」
「それをやるには持久力と強固なディフェンスが不可欠なんだよな」
「持久力はどのスポーツにも優位に働くとは思うけど、バドミントンのディフェンスだったら、必要なのは瞬発力とか反射神経になるの?」
「まーそれも必要かな。や、でもやっぱ持久力だな」
「長期戦に備えるのね」
「あの人体力ねーから、俺があの人のショットを拾って拾って食らいつけばバテてって俺に流れが来ねーかな的な作戦よ。攻めも守りも出来て読みもある、体力ねーのが唯一の弱点の人に俺は今まで短期決戦を挑んで真っ向勝負してたんだよな」
「奏多、それじゃあこうしましょう。今日は大町のガソリンスタンドでぐるっと回って帰るコースなんかはどう? その後で、反射を鍛えるトレーニングを」
「オッケー、やってやるよ」

 大町のガソリンスタンドまでは片道4キロなので、往復で8キロ程になるでしょうか。往路と復路で道が違うので景色が違って新鮮なのがまだいいかなって。軽いジョギングでそれだけ走ることがあると言うと凄いと言われるのですが、私の場合は、2人だからそれだけ走ることが出来る。

「つーか春風、お前その後部活の方はどうなんだよ」
「年内できちんと集まって活動するというのは一区切りみたい。この後は卒業式まで飲み会の予定ばかりが詰め込まれていて、なかなかに激しくなりそうだなと今から戦々恐々と」
「天文部の飲み会でいい話は聞かねーもんなあ」
「正直あまり行きたくないという気持ちの方が大きいかも」
「じゃ行かなきゃいいんじゃね」
「最低限、お世話になっている先輩に挨拶をすればいいのかなと」
「お前を囲ってくれてる天文ガチ勢の人らな」
「言ってしまえば天文部はそこそこの規模の割に、飲み会にしか来ない人もいるから顔と名前はほとんど一致してなくて」
「そんな危ねーところにお前を単騎で突っ込ませるとか真宙君に知れたら良くて入院生活、最悪棺桶行きだ」
「兄さんは過保護だと思うけど、規模の大きい飲み会には正直行きたくはないかな」
「天文ガチ勢の中に2、3年の人らはいねーのかよ」
「3年生の先輩が1人いる」
「どーしても挨拶だけはしときたいってんなら、その3年の人に掛け合ってガチ勢の会開いたらよくね? 4年の人らも自分らとだけ話したいっつってかわいー1年が企画してくれたんならそれなりに嬉しいだろ」

 奏多の言うことにも一理あるので、今度田原先輩に相談してみよう。磐田先輩と設楽先輩、それから矢作先輩とは本当にお話ししたいのですが、部全体の飲み会の空気は本当に苦手で。ゲームなどで見た、荒くれ者の蔓延る町酒場はまだいいと思います。
 とうの昔に廃れたものだと思っていた一気飲みのコールなども健在ですし、泥酔者も多数出ます。救急車が来る事態になることも珍しくはないそうです。女子は特に気をつけろと言われるのが、潰されて持ち帰られるからという事案ですね。他にも気をつけることはたくさんあって。

「春風、お前もスパーリングとかしたらいいと思うんだよな。拳と足技に磨きをかけろ」
「へえ、受けてくれる?」
「受けてやりますよ」


end.


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春風と奏多はなかなか体育会系タイプの幼馴染みコンビですね。イシカー兄さんと美奈を文化系タイプとするならば。
奏多は打倒前原さんに燃えているし、春風は天文部の活動方針について例によって悩んでる。走りながら考えるそれぞれの対策。
しかし地元で堕落していると思われている前原さんよ。間違いではないんだろうけどイメージってやつァ

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