2021(03)

■立ち話の世界

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「あっごめん! あたしちょっと靴下見てきていいかな?」
「時間はまだあるし、大丈夫だよ」
「ありがと! すぐ終わるね!」

 夏合宿で一緒になった1年4人で忘年会をしようということになって、花栄の地下で待ち合わせ。寒いしやっぱり鍋がいいかなと予約した店に向かう中で、くるちゃんが靴下屋の前で足を止めた。それに付き合うようにちとせも店の中に入って、残されたのは俺と北星。

「北星、昨日ごめんね行けなくて」
「ううん~、急だったし~、オッケ~オッケ~」

 北星は昨日、くるちゃんが趣味でやっているスイーツ断面動画撮影に使ったクリスマスケーキを食べる会というのに参加していた。撮影に使ったケーキはホールケーキが6台となかなかの規模だったから、各々の人脈でいろいろ声をかけて回っていたらしい。
 くるちゃんと北星は動画撮影から編集、ブログ記事アップとかなり忙しくしていたようで、俺やちとせに声をかけるという発想に至ったのは一仕事終えて会場になっている星ヶ丘のみちる宅で会の支度をしている時だったらしい。
 こういう会があるんだけど来ない~と北星から連絡が来たとき、同時にちとせにはくるちゃんからほとんど同じ内容の連絡が来た。その時ちょうど俺とちとせはデート中で、一応行く場所のチケットだったり予約だったりと後ろが詰まっていたので断りの返事を入れることになった。

「結局、そのケーキって食べ切れたの?」
「食べたよ~」
「全部?」
「全部~」
「凄いね。何人で食べきったの?」
「俺と~、くるちゃんと~、みちるちゃんと~、当麻と~、彩人と~、緑ヶ丘の男の子と~、高木先輩と~、星大の男の先輩と~」
「ウチの先輩もいたんだ。男の先輩ってことはミドリ先輩かな」
「名前は聞いたけど~、忘れちゃった~」
「……まあ、映像はやってない人だから北星の印象には残らなかったかもしれないね」

 本人曰く今ではまだマシになったそうだけど、大学に入ってすぐくらいの頃までは本当に映像に何かしら絡んでいる人以外名前を聞いても実際に会っても何の印象にも残らないから忘れてしまっていたそうだ。同じサークルのはずの雨竜も顔と名前を一致させるのに苦労したとか。
 特徴を聞く限り緑ヶ丘のササと、ミドリ先輩は合宿でもあまり絡みがなかったからまだ覚えられてないのかなと。高木先輩はミキサーが上手かったから印象に残っていたらしくて、星ヶ丘の彩人は青敬の作品制作に協力してもらったから覚えたそうだ。

「やっぱり、こう聞くと北星にちゃんと顔と名前を覚えてもらってるのって、奇跡みたいだなあ」
「え~、俺、千颯のこと好きだし~、ちゃんと知ってるよ~」
「ありがとう」
「俺の周りでも映像を作るときにアートっぽい感じでやってる人はいるけど、それはやっぱりデジタル表現としてのアートでさ。千颯みたいに紙に絵の具で絵を描いて、そういう表現を映像に落とし込みたいってやってる人、少ないんだよね。千颯が作った映像も俺には出来ない表現だし、水と光が本当に綺麗だと思って」
「ありがとう。水と光の表現は俺が一番大事にしてるところだから褒めてもらえると嬉しい」
「前にくるちゃんとプラネタリウムに行った時にも話してたんだけど、実際にあるものを敢えてスクリーンに映し出すことの意味って何かなって。主に視覚と聴覚で、何を感じてもらうかっていうところなんだよね」
「没入感みたいな物もありじゃないかな。絵にしてもだけど、ある人には一瞬で消費出来てしまう物だし、またある人には時間も忘れてその世界に入り込める物でもある。映像だけじゃなくて絵も、広い意味での媒体として時間と距離を超えた表現が出来る物だし、面白いと思うんだよ」
「映像はデータとして一瞬で送れるけど、紙の上に描いた絵がデータになるときにはまたひとつ感触みたいな物が削がれるでしょ」
「紙の絵の風合いは残しつつ、紙の上では表現出来ない感触を映像でどう与えるのかっていうのが俺のやりたい研究だね」
「なるほど。俺は最近映像と人の間にある物を考えることが増えたよ」

 北星ほどレベルの高い映像を作る人がどんなことを考えながら作業しているのかという話はいつだって興味深いし、いくら俺たちがインターフェイス比でよく会っているからと言って、毎日顔を合わせて話し合えるわけではないので、会うとうっかり話し込んでしまう。
 今もすっかり周りが見えなくなっていたから、靴下を見に行ったくるちゃんとちとせが会計を終わったのにも全く気付かなかったし、難なら俺たちが楽しそうに話しているから声がかけにくかったと言われたことに対しては反省しかない。声はかけてくれれば良かったんだけど。

「話の内容は聞こえてなかったけど、北星、映像の話してたよね」
「え~、何でわかったの~?」
「北星がキリッとしてる顔の時は、絶対映像に関係ある時だから」
「千颯も、北星と話してるときは目がキラキラして本当に楽しそうだから、映像表現の話してるのかなってすぐわかる」
「へえ、千颯も映像の話のときは顔が変わるんだ。あたし全然気付かなかったよ」
「くるちゃんも~、スイーツを切ってるときと~、食べてるときは~顔が全然違ってるよ~」
「くるちゃんはスイーツ食べるとき本当に幸せそうだよね。切ってる時ってどんな顔なの?」
「目が鋭くって~、周りの空気が止まるみたくって~、刃物を持ってるから、動いたら刺されそうで~」
「ちょっと北星ヒドいー! 刺さないしー!」
「あはは」
「あははじゃないよ千颯も! もーう怒った! 絶対許さないし」

 そろそろ予約の時間が近付いているから、店に向かって歩き出す。地下から地上に出れば、街のギラギラとした光が目に眩しい。冬はイルミネーションもあるから余計に明るいんだよなあ。

「今日ってお鍋だよね? 飲み放あるお店だっけ」
「飲み放とか全然考えてなかったけど、みんな飲むの?」
「えっ、飲まないの!?」
「……とりあえず、店に入ってからまた考えようか」


end.


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星大での千颯の立ち位置ってどんな感じかはまだわからないけど、夏4班の1年4人の中では落ち着いてる風。
映像関係も少し齧っているので北星と何となく話せるし、他校の子が話を聞いてくれるよ~と話した時の青敬勢の反応も見たい
スイーツを切るときのくるちゃんの眼光はどれほど鋭いのかは要注目。今後必殺仕事人くるるがお目見えするか

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