2021(03)
■隣の谷本君
++++
「ひーっ、さっみー! おーい! 早よ開けろー!」
「いや、カン、インターホンを押してないんだから開かないのは当たり前だろ」
今日は俺の誕生日だ。元々は星羅と約束を入れてたんだけど、星羅は熱を出してしまったということでその予定は後日に延期されることになった。その話を聞いたカンが「それじゃあ俺が祝ってやるよ」とランチをごちそうしてくれて、場所が星港だったということもあり朝霞の部屋に殴り込むこととなった。
いつも思うんだけど、カンは朝霞の部屋の前に立つとインターホンを鳴らすより先に叫ぶんだけど、割と真面目に近所迷惑だから大人しくインターホンを鳴らせと思う。で、インターホンを押したものの。……もう1回押しても反応がない。これはどのパターンのヤツだろうか。
「チッ。アイツ、寝てやがるのか」
「でも、家に行くって行ったときは普通に起きてたんならさすがに大丈夫なんじゃないのか。アイツは作業中にヘッドホンをするタイプじゃないしなあ」
「ワンチャン開いてたり。しねーわ。留守か? いや、行くっつってんだからそこは居とけよバカなんじゃねーのかアイツ」
カンはこの寒いのに元気だなと思う。そんな風にうるさくしていたからか、隣の部屋の玄関が開いて家主と思しき影がこちらを窺っている。
「……あっ、菅野さん。どもっす」
「おー、彩人! おっす!」
「つかさみっ。菅野さん元気っすね。声めっちゃ聞こえてきましたよ」
「つか朝霞知らね? 俺らが行くっつってそれを了承したのに居やがらねーんだよアイツ」
「10分くらい前に出掛けたと思いますよ。そんな感じの音したんで」
「マジかよ! すぐ行くっつっただろバカだなアイツ!」
「そしたらどうするかな。どこに出掛けてていつ戻って来るのかもわからない以上、玄関先でただ待ってるのもなかなか苦痛だぞ」
「そしたらうちで待ってますか? 帰って来たら音でわかるんで」
「マジ? そしたらちょっと避難させてもらってい?」
「いいっすよ。大したおもてなしは出来ませんけど」
「いーっていーって。賠償みたいなモンは全部朝霞から毟り取るから」
俺と同じくらいの背丈に、かつての洋平を思わせるメッシュヘアーが特徴的な美形の彼は、谷本君という戸田班のプロデューサーだ。プロデューサーとしては隣に住む朝霞から師事を受けていることから、宇部仕込みでアンチ朝霞の浦和とはケンカが絶えないながらも日々切磋琢磨しているという。
別件でカンが彼に曲を書いたことがあるという話を聞いていたけど、その程度の話しか知らないし実際に彼と話すのも初めてのはずだ。俺は完全にカンのおまけだし、しばらく避難させてもらう立場だからここは大人しくしておくか、カンが行き過ぎたら止める係に回るのがいいだろう。
「熱いお茶でいいっすか?」
「おー、サンキュー。つかお前も律儀だな。家に行ってお茶出してくれる学生が朝霞以外にいたとはって感じだぜ」
「あー、美味しい。でも何か知ってる感じがするな。谷本君、このお茶って割とどこででも買えるヤツ?」
「地元のお茶屋さんのっす。オンラインショップで朝霞さんと一緒に買ったんすよ。だから知ってるとするなら多分朝霞さん家で飲んでるんだと思います」
「ああ、そうなんだ」
「そーいや何かお前らガチ同郷とか言ってたな」
「そーなんすよ。山羽出身で、高校の部活の先輩でもあるんすよ、入れ替わりの学年なんで当時は全然知らなかったっすけど」
陰キャの大学デビューで不安だったところに、隣人がそういう人でちょっと心強く思ったとのこと。ただ、実況やってる時の声やギター練習の音がしっかり漏れていたのでうるせえ野郎だなと思って壁ドンしまくっていたそうだ。この件に関しては和解済みらしい。
「そういや菅野さんって大晦日に何か音楽イベントに出るらしいじゃないすか」
「おっ、もしかしてお前もどっかから声かかってんの?」
「深青から話は聞いたんすけど、実家に帰ってるのでやっぱ厳しかったっす」
「スガ、ミオって誰?」
「あー、えっとな、確かヤスが面倒見てたV系のベーシストの子じゃなかったかな」
「そいつっす。小林班でベースやってる五百崎深青っすね。アイツが自分のバンドでそのイベントに出るよーっつって、キーボードあるしお前も来いよっつって誘ってくれたんすけど」
「おいV系バンド来るとかネタバレすんなよ! あれは現場に入って初めて「わーこんなバンドいんのかー」とかって驚くのが楽しいんだろーがよ!」
「えっ!? 何かすいません」
「いや、谷本君は悪くないから謝らなくて大丈夫だよ」
「もしかして朝霞さんにも菅野さんから声かかってるんすかね? あの人最初の頃よりギター上手くなってるじゃないすか」
「いや、アイツは実家に帰ってるだろっつってハブってるしバレたら絶対暴動起こすから音楽祭の存在自体言ってもない。あ、アイツには絶対言うなよ」
「了解っす」
谷本君も朝霞が暴動を起こすであろうイメージは容易に想像出来たのか、カンの口止めには素直に応じたようだ。どうやら、現役時代の朝霞がどれだけ奇人変人でどれだけ荒れ狂っていたのかという話は戸田から聞いているらしい。
「朝霞さんてキレさすとガチでヤバいっすからね。大丈夫っす。俺も巻き込まれたくないんで喋りません」
「現役時代は班長会議で毎回日高と一触即発だったしな。短気なんだよアイツは本当に」
「それで人殴ったりとかは」
「事件性のあるのは一応なかったと思う。洋平をぶん殴るくらいなら日常茶飯事だったし」
「あっ。噂をすれば何とやらっすね。朝霞さん帰って来たっぽいっす」
end.
++++
USDXの学生組で鍋つつかせる予定が、Pさんが恐らくは鍋の足りない具材を買いに出かけてしまったのでこんなことに
音楽祭への出演バンドがちょろっと分かってしまったことに対してご立腹のカンD。ネタバレすんなとかなかなかムチャや
Pさんをキレさすとガチでヤバいのを知っているのはセコムが発動したのを目の当たりにしたから。マジで殴るんよあの人は
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「ひーっ、さっみー! おーい! 早よ開けろー!」
「いや、カン、インターホンを押してないんだから開かないのは当たり前だろ」
今日は俺の誕生日だ。元々は星羅と約束を入れてたんだけど、星羅は熱を出してしまったということでその予定は後日に延期されることになった。その話を聞いたカンが「それじゃあ俺が祝ってやるよ」とランチをごちそうしてくれて、場所が星港だったということもあり朝霞の部屋に殴り込むこととなった。
いつも思うんだけど、カンは朝霞の部屋の前に立つとインターホンを鳴らすより先に叫ぶんだけど、割と真面目に近所迷惑だから大人しくインターホンを鳴らせと思う。で、インターホンを押したものの。……もう1回押しても反応がない。これはどのパターンのヤツだろうか。
「チッ。アイツ、寝てやがるのか」
「でも、家に行くって行ったときは普通に起きてたんならさすがに大丈夫なんじゃないのか。アイツは作業中にヘッドホンをするタイプじゃないしなあ」
「ワンチャン開いてたり。しねーわ。留守か? いや、行くっつってんだからそこは居とけよバカなんじゃねーのかアイツ」
カンはこの寒いのに元気だなと思う。そんな風にうるさくしていたからか、隣の部屋の玄関が開いて家主と思しき影がこちらを窺っている。
「……あっ、菅野さん。どもっす」
「おー、彩人! おっす!」
「つかさみっ。菅野さん元気っすね。声めっちゃ聞こえてきましたよ」
「つか朝霞知らね? 俺らが行くっつってそれを了承したのに居やがらねーんだよアイツ」
「10分くらい前に出掛けたと思いますよ。そんな感じの音したんで」
「マジかよ! すぐ行くっつっただろバカだなアイツ!」
「そしたらどうするかな。どこに出掛けてていつ戻って来るのかもわからない以上、玄関先でただ待ってるのもなかなか苦痛だぞ」
「そしたらうちで待ってますか? 帰って来たら音でわかるんで」
「マジ? そしたらちょっと避難させてもらってい?」
「いいっすよ。大したおもてなしは出来ませんけど」
「いーっていーって。賠償みたいなモンは全部朝霞から毟り取るから」
俺と同じくらいの背丈に、かつての洋平を思わせるメッシュヘアーが特徴的な美形の彼は、谷本君という戸田班のプロデューサーだ。プロデューサーとしては隣に住む朝霞から師事を受けていることから、宇部仕込みでアンチ朝霞の浦和とはケンカが絶えないながらも日々切磋琢磨しているという。
別件でカンが彼に曲を書いたことがあるという話を聞いていたけど、その程度の話しか知らないし実際に彼と話すのも初めてのはずだ。俺は完全にカンのおまけだし、しばらく避難させてもらう立場だからここは大人しくしておくか、カンが行き過ぎたら止める係に回るのがいいだろう。
「熱いお茶でいいっすか?」
「おー、サンキュー。つかお前も律儀だな。家に行ってお茶出してくれる学生が朝霞以外にいたとはって感じだぜ」
「あー、美味しい。でも何か知ってる感じがするな。谷本君、このお茶って割とどこででも買えるヤツ?」
「地元のお茶屋さんのっす。オンラインショップで朝霞さんと一緒に買ったんすよ。だから知ってるとするなら多分朝霞さん家で飲んでるんだと思います」
「ああ、そうなんだ」
「そーいや何かお前らガチ同郷とか言ってたな」
「そーなんすよ。山羽出身で、高校の部活の先輩でもあるんすよ、入れ替わりの学年なんで当時は全然知らなかったっすけど」
陰キャの大学デビューで不安だったところに、隣人がそういう人でちょっと心強く思ったとのこと。ただ、実況やってる時の声やギター練習の音がしっかり漏れていたのでうるせえ野郎だなと思って壁ドンしまくっていたそうだ。この件に関しては和解済みらしい。
「そういや菅野さんって大晦日に何か音楽イベントに出るらしいじゃないすか」
「おっ、もしかしてお前もどっかから声かかってんの?」
「深青から話は聞いたんすけど、実家に帰ってるのでやっぱ厳しかったっす」
「スガ、ミオって誰?」
「あー、えっとな、確かヤスが面倒見てたV系のベーシストの子じゃなかったかな」
「そいつっす。小林班でベースやってる五百崎深青っすね。アイツが自分のバンドでそのイベントに出るよーっつって、キーボードあるしお前も来いよっつって誘ってくれたんすけど」
「おいV系バンド来るとかネタバレすんなよ! あれは現場に入って初めて「わーこんなバンドいんのかー」とかって驚くのが楽しいんだろーがよ!」
「えっ!? 何かすいません」
「いや、谷本君は悪くないから謝らなくて大丈夫だよ」
「もしかして朝霞さんにも菅野さんから声かかってるんすかね? あの人最初の頃よりギター上手くなってるじゃないすか」
「いや、アイツは実家に帰ってるだろっつってハブってるしバレたら絶対暴動起こすから音楽祭の存在自体言ってもない。あ、アイツには絶対言うなよ」
「了解っす」
谷本君も朝霞が暴動を起こすであろうイメージは容易に想像出来たのか、カンの口止めには素直に応じたようだ。どうやら、現役時代の朝霞がどれだけ奇人変人でどれだけ荒れ狂っていたのかという話は戸田から聞いているらしい。
「朝霞さんてキレさすとガチでヤバいっすからね。大丈夫っす。俺も巻き込まれたくないんで喋りません」
「現役時代は班長会議で毎回日高と一触即発だったしな。短気なんだよアイツは本当に」
「それで人殴ったりとかは」
「事件性のあるのは一応なかったと思う。洋平をぶん殴るくらいなら日常茶飯事だったし」
「あっ。噂をすれば何とやらっすね。朝霞さん帰って来たっぽいっす」
end.
++++
USDXの学生組で鍋つつかせる予定が、Pさんが恐らくは鍋の足りない具材を買いに出かけてしまったのでこんなことに
音楽祭への出演バンドがちょろっと分かってしまったことに対してご立腹のカンD。ネタバレすんなとかなかなかムチャや
Pさんをキレさすとガチでヤバいのを知っているのはセコムが発動したのを目の当たりにしたから。マジで殴るんよあの人は
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