2021(03)

■新技術実用化に向けて

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「あ、あ、あ、テステス」

 授業が終わってサークル棟に入ると、吹き抜け下の通路のど真ん中で高木先輩がスマホを使って何かをしているようだった。本当にど真ん中で、しかも通話しているような感じじゃないのに通話口に向かって声を発してるような感じだから不自然極まりないと言うか。

「高木先輩! おはようございます」
「ああ、ササ、シノ。おはよう」
「何してるんすかー!?」
「今は向島さんとの番組に向けて収録環境を整えてると言うか、実験をしてるところだね。あ、シノ、今ミキサーとパソコン触らないでね」
「了解っすー」

 テステスと高木先輩が実験を続けているのを、俺たちはサークル室へ向かう階段から見下ろしながら歩く。サークル室に入ると、確かにミキサーとパソコンが作業中という感じで放置されている。すると、スピーカーからはテステスと高木先輩の声が聞こえてくる。

「うわっ、ビックリした」
「あー、スマホで遠隔からの中継が出来るかっていう実験かー。音のレベルとか見てる感じだと普通に入って来てるっぽいけど、あの人が何を目標にしてやってっかがわかんないからなー」

 シノはミキサーだから、パソコンやミキサー本体の信号の動きを見ると何となく音が入っているか否かというようなことはわかる。俺はアナウンサーでその辺のことをあまりちゃんと勉強はしていないから、シノが言うことに対してそうなんだと感心するしか出来ないのだけど。
 すがやんが向島留学の中で企画したのが、2校合同での番組制作だった。ただの合同番組じゃなくて、パソコンだとかインターネットだとかをふんだんに使った2元中継番組だ。今は通話アプリとかもあるし、パソコンを使った番組制作も始めているということで、面白そうだしやってみようということになった。
 ただ、そうなると機材面で本当にそれが出来るのかという問題が発生した。理論上はこうすれば出来るというようなことを野坂先輩がこちらに伝えてくれたようなのだけど、実際にやってみないことには聞こえ方などはわからない。……というのが今の実験の発端なのかなと俺は推測する。

「えーと、どうなったかなー」
「高木先輩おかえりっす。これって今何やってんすか?」
「Discordの声がちゃんとミキサーに入って来るかっていうのと、パソコンでちゃんと録音出来てるかっていうのの確認だね。えーっと……」

 マウスをカチカチとクリックして高木先輩は今やっている実験の結果を確認しようとしているのだけど、俺には先輩がやっているのが何のことだかさっぱり。シノも何をやっているのかその技術を盗もうとしているみたいだけど、あっちを見たりこっちを見たり、どこを見ていいか落ち着かない様子。

「うん。一応出来てるかな」
「吹き抜けの下からの声は録音出来てるっていうようなことすか?」
「そうだね。とりあえず、もう少し遠い場所からでも同じように出来るかっていう実験もしておきたいね」
「あー、言って同じ建物の中っすから、近いっすよね」
「シノ、ちょっと見て。パソコンの方。普段やってる番組は全部の音を一緒くたに、ひとつの番組として録音してるでしょ? 上がって来るファイルは1本で」
「そうっすね」
「俺が今やろうとしてるのは、マイク1ならマイク1のファイル、BGMならBGMのファイル、DiscordならDiscordのファイルって感じでそれぞれの音を独立したチャンネルで録音して、後から編集できるようにもするっていうことだね」
「えーと、それをすることで何が良くなるんすか?」
「例えば、中継に出た人がDiscordに通した声を録音しました」
「はい」
「それが環境の影響なんかでノイズが混ざりました。その音が独立してればノイズ除去をしやすくなるんだよね。このパソコンは佐藤ゼミのお下がりだから、音声編集ソフトも普通に入ってるし。他にもいろいろ調整をしたり出来るかな。めんどくさいにはめんどくさいけど、利点もあるしやるだけやってみたくてさ」

 俺には高木先輩の言っていることが物凄く難しいことのように感じられたのだけど、難しい顔をしていると先輩は「来年ゼミに入ったら音声編集は嫌でも通る道だからササも見ておいて損はないよ」と笑うのだ。そうか……俺も来年はパソコンを使って切ったり貼ったりなんかをやるのか。
 高木先輩がこれをこうしてなどと解説しているのを、シノが食い入るように見ている。シノもMBCCの機材管理担当として、今後の機材環境の行く末を任される立場になっていくんだ。……俺も来年の予習という体でちょっと見ておこうかな。アナウンサーだから出来ませんはちょっとみっともない。

「ササ、レナって今日何限まであるっけ?」
「サークルのある日は普通に4限までだったと思います」
「そう。レナが来たら実験を再開しないとね」
「まだ何か実験することがあるんですか?」
「一応中継担当はレナってことになったでしょ。レナ本人のスマホでどこまでの距離をカバー出来るかとか、レナの声はどんな風にして入って来るかっていうことを見ておかないと」
「あー、なるほど」
「当日もレナと一緒に誰か適当なミキサーを中継先に送りたいんだけど、それは後からでいいか」

 こういう、初めてとなる形式で番組をやるには、それぞれの場所でちゃんと役割を担える人が必要なんだなと感じた。向島さんにも、自分たちの立てた仮説を緑ヶ丘で誰が検証出来るんだとなったときに、高木先輩やL先輩になら任せられるという風に思ってもらえたってことだろうし。

「よーし、レナが来るまでこっちは一旦置いといて、もう1個の方を詰めるかー」
「え、高木先輩まだ詰めることがあるんすか?」
「ああ、ちょっとね。今年ラストに佐藤ゼミの方で果林先輩と番組をやることになっててさ」


end.


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多分この時期のタカちゃんは機材面でいろいろ調整することが多くてバタバタしてそう。トライアンドエラーで。
ササシノは先輩の様子をほえーって感じで見てるんだけど、ゼミでは普通にやらなきゃいけないこともいくつか。
ゼミで「アナウンサーだから出来ません」でバカにされるのが腹立つという理由で果林はミキサーのことも一通り覚えたのである

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