2021(03)
■先輩は罪作り
++++
「オレの顔を見ても何も出んぞ」
「ううん、何か出してもらいたいんじゃなくて、ちょっと考え事」
「ほう」
「アヤちゃんの言う“先輩”についてちょっと考えてたんだよね」
「綾瀬の言う非実在……もとい、実在すると明らかになった例の先輩だな」
綾瀬は、高校の時に交際していたという先輩の男を追って向島エリアに出てきている。その男はそれまで演劇部の看板女優として何をするにも蝶よ花よとチヤホヤされていた綾瀬に対し、その程度のものをよく演技と言って来たなと激しく叱責をしたのだという。
男は演劇部ではなく外部の人間だったそうだが、脚本を書いたという立場から舞台の稽古などにも顔を出して演出の担当者と激しく意見を交わしていたと。書いた物に対して妥協はしないし、他者にもさせないのは当たり前。最高の舞台を作ることに対して打てる手はすべて打つ人間だ。
現在の綾瀬を形作った人間のひとりとして、綾瀬は恋愛云々を除いてもその男のことを尊敬し、いつ自分の立つ舞台を見られてもいいようにと日々精進している。インプットにもアウトプットにも、日々のコンディションを整えることにもストイックに取り組んでいる姿はよく見る。
「アヤちゃんて、口だけで何もしない神よりも、やると決めたことを本当にやる凡人の方が好きなんだよね」
「そういう節はあるな。それから、他者を気にせず己の道を突き進む人間を好む傾向にはある」
「“先輩”って、やると決めたことを本当にやる神じゃん」
「それでいて、努力も絶やさん奴ではあるな。ギターの上達ぶりなどに現れているが」
「うちみたいなただの同人趣味の腐女子がアヤちゃんみたいなすっごいレイヤーさんに仲良くしてもらってるのも、出すと決めた本を本当に数打って出してるからだとは思うんだけど」
「メンバーからは、内容も面白いと聞いたが」
「そう言ってくださる人もありがたいことにいらっしゃるけれども」
「それで“先輩”がどうした」
「そう言えば、学年が上がってきてからはアヤちゃんから先輩探しの進捗を聞くことが少なくなってたなと思って」
綾瀬は、その男が向島エリアの星ナントカ大学に入ったというだけの情報で星ナントカ大学の最高峰である星港大学に入るという、意味の分からんことを成し得た奴ではある。それくらいに大学に入ってからも奴からの師事を仰ぎたかったのであろう。
宮ちゃんが言っていることをオレも思い返してみると、確かに去年は先輩先輩とウルサかったが、今年はそうでもなかったなと思う。去年はあまりにウルサかったからこそ本当にそんな男が実在するのかと、オレは非実在先輩に焦がれる妄想として話を流していたのだが。
「まあ、先輩に頼らなくても近場にアヤちゃんを鍛えてくれる別の人が現れたからだとは思うんだよね」
「別の人間が現れたからと言ってそう簡単に鞍替えするのか」
「いや~、言って理想や目標に対する気高さという意味では“先輩”に負けてないと思いますよリン様も」
「何故そこでオレが出てくる」
「ほら、アヤちゃんうちとリンちゃんが友達だって知らないから普通にバイト先とかでの話も聞くんだけどさ、口が悪いバイトリーダーが教習でああしたこうした~って。叱り方が的確すぎてゾクゾクするってよく興奮してますわ」
「最後の情報は要らん」
オレは忖度だの接待だのが出来んから、出来ん奴に対する言い方はキツくなるし、それが綾瀬であればお前が望んでB番教習を受けているのだから当然だと思ってやっている。そのB番教習を在りし日々に重ねているというのか。そんな奴ではないと思うが。
「まあアヤちゃんて基本変態ですし」
「それは否定せん」
「って言うかアレですよ。アヤちゃんうちが“先輩”と知り合ってて友達になってるとも知らないからさ、あの頃の話とかも聞くんですよね。たまにお酒飲みながら恋バナとかになるじゃないですか」
「ほう」
「アヤちゃんお酒回ってくると「たまちゃんこれ見て!」って言ってその時代に撮ったエッチ動画見せてくるんです? 俗に言うハメ撮りってヤツですね」
「確認するが、本人のか」
「本人のですよ。もちろん無修正で。顔はアヤちゃんしか映ってないし相手の特定は出来ないように撮ってあるけど「ここの私が本当にいい顔!」とか「こういう熱の籠もった声とか表情を演技で出せるようになる必要もあるよね!」とかってコマ送りと戻しを繰り返しながら熱弁するんですよ」
「あの先輩にしてこの後輩が出来上がったのかと納得した」
「っていうのは?」
「奴が少し前まで付き合っていた女とは、部屋でポルノを見ながら濡れ場の構図などを再現したりコマ送り戻しを繰り返して解析してこの場面での映像効果はああだこうだと夜通し語っていたと。当時は付き合う前で、女の方は有事に備えていたそうだが奴はああいう奴なのでな。女を押し倒すだけ押し倒し、挿入や体位の真似事などをするが研究止まりだ」
「あ~……これはこの先輩にしてあの後輩が出来上がってますわ!」
伏見にはデリカシーと性欲が無さすぎて振られたという風に聞いているが、そういう動画が残っているということは、全く以って性交を行わんというワケでもないということか。これは伏見の誘い方が下手すぎた可能性もある。いや、アイツは自分が行くのではなく奴に迫られたかったのか。
「あっ、リン君伊東さんごめん! 寝坊しました!」
「お前の寝坊は午前のアポという時点である程度は想定内だ」
「……朝霞クンて、罪作りな男だよねえ」
「はい? えっ、どういうこと?」
「ううん、何でもない」
「お前のような無自覚に己の道を突き進む男に性癖を歪められる人間が少なからずいるのだろうな」
end.
++++
慧梨夏もリン様もカナコは変態だよって認識で共通してるから動画の存在なんかをサラッと言っちまうんだ
最近忘れかけてるけどカナコの先輩は実在する。ナノスパ上で先輩という単語は消えかけてたけれども
Pさんの寝起きの悪さはUSDX内でも常識になりつつあるのか……午前の約束を取り付けた時点である程度覚悟しろとかそんな扱いなのね
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「オレの顔を見ても何も出んぞ」
「ううん、何か出してもらいたいんじゃなくて、ちょっと考え事」
「ほう」
「アヤちゃんの言う“先輩”についてちょっと考えてたんだよね」
「綾瀬の言う非実在……もとい、実在すると明らかになった例の先輩だな」
綾瀬は、高校の時に交際していたという先輩の男を追って向島エリアに出てきている。その男はそれまで演劇部の看板女優として何をするにも蝶よ花よとチヤホヤされていた綾瀬に対し、その程度のものをよく演技と言って来たなと激しく叱責をしたのだという。
男は演劇部ではなく外部の人間だったそうだが、脚本を書いたという立場から舞台の稽古などにも顔を出して演出の担当者と激しく意見を交わしていたと。書いた物に対して妥協はしないし、他者にもさせないのは当たり前。最高の舞台を作ることに対して打てる手はすべて打つ人間だ。
現在の綾瀬を形作った人間のひとりとして、綾瀬は恋愛云々を除いてもその男のことを尊敬し、いつ自分の立つ舞台を見られてもいいようにと日々精進している。インプットにもアウトプットにも、日々のコンディションを整えることにもストイックに取り組んでいる姿はよく見る。
「アヤちゃんて、口だけで何もしない神よりも、やると決めたことを本当にやる凡人の方が好きなんだよね」
「そういう節はあるな。それから、他者を気にせず己の道を突き進む人間を好む傾向にはある」
「“先輩”って、やると決めたことを本当にやる神じゃん」
「それでいて、努力も絶やさん奴ではあるな。ギターの上達ぶりなどに現れているが」
「うちみたいなただの同人趣味の腐女子がアヤちゃんみたいなすっごいレイヤーさんに仲良くしてもらってるのも、出すと決めた本を本当に数打って出してるからだとは思うんだけど」
「メンバーからは、内容も面白いと聞いたが」
「そう言ってくださる人もありがたいことにいらっしゃるけれども」
「それで“先輩”がどうした」
「そう言えば、学年が上がってきてからはアヤちゃんから先輩探しの進捗を聞くことが少なくなってたなと思って」
綾瀬は、その男が向島エリアの星ナントカ大学に入ったというだけの情報で星ナントカ大学の最高峰である星港大学に入るという、意味の分からんことを成し得た奴ではある。それくらいに大学に入ってからも奴からの師事を仰ぎたかったのであろう。
宮ちゃんが言っていることをオレも思い返してみると、確かに去年は先輩先輩とウルサかったが、今年はそうでもなかったなと思う。去年はあまりにウルサかったからこそ本当にそんな男が実在するのかと、オレは非実在先輩に焦がれる妄想として話を流していたのだが。
「まあ、先輩に頼らなくても近場にアヤちゃんを鍛えてくれる別の人が現れたからだとは思うんだよね」
「別の人間が現れたからと言ってそう簡単に鞍替えするのか」
「いや~、言って理想や目標に対する気高さという意味では“先輩”に負けてないと思いますよリン様も」
「何故そこでオレが出てくる」
「ほら、アヤちゃんうちとリンちゃんが友達だって知らないから普通にバイト先とかでの話も聞くんだけどさ、口が悪いバイトリーダーが教習でああしたこうした~って。叱り方が的確すぎてゾクゾクするってよく興奮してますわ」
「最後の情報は要らん」
オレは忖度だの接待だのが出来んから、出来ん奴に対する言い方はキツくなるし、それが綾瀬であればお前が望んでB番教習を受けているのだから当然だと思ってやっている。そのB番教習を在りし日々に重ねているというのか。そんな奴ではないと思うが。
「まあアヤちゃんて基本変態ですし」
「それは否定せん」
「って言うかアレですよ。アヤちゃんうちが“先輩”と知り合ってて友達になってるとも知らないからさ、あの頃の話とかも聞くんですよね。たまにお酒飲みながら恋バナとかになるじゃないですか」
「ほう」
「アヤちゃんお酒回ってくると「たまちゃんこれ見て!」って言ってその時代に撮ったエッチ動画見せてくるんです? 俗に言うハメ撮りってヤツですね」
「確認するが、本人のか」
「本人のですよ。もちろん無修正で。顔はアヤちゃんしか映ってないし相手の特定は出来ないように撮ってあるけど「ここの私が本当にいい顔!」とか「こういう熱の籠もった声とか表情を演技で出せるようになる必要もあるよね!」とかってコマ送りと戻しを繰り返しながら熱弁するんですよ」
「あの先輩にしてこの後輩が出来上がったのかと納得した」
「っていうのは?」
「奴が少し前まで付き合っていた女とは、部屋でポルノを見ながら濡れ場の構図などを再現したりコマ送り戻しを繰り返して解析してこの場面での映像効果はああだこうだと夜通し語っていたと。当時は付き合う前で、女の方は有事に備えていたそうだが奴はああいう奴なのでな。女を押し倒すだけ押し倒し、挿入や体位の真似事などをするが研究止まりだ」
「あ~……これはこの先輩にしてあの後輩が出来上がってますわ!」
伏見にはデリカシーと性欲が無さすぎて振られたという風に聞いているが、そういう動画が残っているということは、全く以って性交を行わんというワケでもないということか。これは伏見の誘い方が下手すぎた可能性もある。いや、アイツは自分が行くのではなく奴に迫られたかったのか。
「あっ、リン君伊東さんごめん! 寝坊しました!」
「お前の寝坊は午前のアポという時点である程度は想定内だ」
「……朝霞クンて、罪作りな男だよねえ」
「はい? えっ、どういうこと?」
「ううん、何でもない」
「お前のような無自覚に己の道を突き進む男に性癖を歪められる人間が少なからずいるのだろうな」
end.
++++
慧梨夏もリン様もカナコは変態だよって認識で共通してるから動画の存在なんかをサラッと言っちまうんだ
最近忘れかけてるけどカナコの先輩は実在する。ナノスパ上で先輩という単語は消えかけてたけれども
Pさんの寝起きの悪さはUSDX内でも常識になりつつあるのか……午前の約束を取り付けた時点である程度覚悟しろとかそんな扱いなのね
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