2021(03)
■Proximity and Angles
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3年秋学期の何が素晴らしいって、履修コマ数も減って来て自由な時間が増えて来ることだとより強く実感したのが今日この日だ。12月9日、菜月先輩の誕生日という素晴らしい日にお祝い名目でお食事の約束を取り付け、授業が3限までなのをいいことに15時待ち合わせでお会いすることになっている。
控えめに言ってもただただ幸せでしかないので、俺もいかに菜月先輩に喜んでいただけるか、いかにお祝いの意を伝えることが出来るのかということに重点を置く。泣いても笑っても年に1回だし、菜月先輩が順調に卒業されてしまえばラスト1回になるワケだからな。失敗は許されない。
「ノサカ」
「菜月先輩! おはようございます」
「さすがに授業後は、それも遊びの予定の時は遅れないんだな」
「ええと……」
「昼放収録の累計遅刻時間が24時間を超えたからその分を返せとかやってたのも懐かしいな」
「ええ……全くです」
顔を合わせて早々に痛いところを突かれてしまえば俺は小さくなるしかないのだけど、菜月先輩に久々にお会い出来たということで浮かれている気持ちの方が圧倒的に大きい。去年までは週に4日以上は必ず会っていたのに、学年が上がるとその機会もパタッと減ってしまっていたからなあ。
先輩の耳には星のイヤーカフが揺れる。これを見る度に俺はしみじみしてしまうのだ。何を隠そうこれは去年のこの日に俺が菜月先輩に贈らせていただいた物で、誕生日プレゼントにアクセサリーを贈ることの意味なんかを後から考えて内心激しく動揺してしまったのだけど、よくお似合いでいらっしゃるなあと思う。
「あ、バスが来た。それじゃあ行くかあ」
「はい」
今回はスクールバスで水薙駅まで行ってから、豊葦市駅の周辺を歩くことになっている。星港まで行っても良かったのだけど、豊葦の方が人が少ない分ゆっくり歩けるし、夜が遅くなっても俺が菜月先輩を家まで送ることが出来るというメリットの方を取った。
「バスとか電車の座席って、冬はぬくいよなあ」
「間違いありません。これが罠なんですよ」
菜月先輩の声は右耳から聞きたいし、横顔は左から見るのが知った角度で落ち着くなあと思うのだ。彼女の一挙手一投足にドタバタと内心暴れるのはよくあることだ。だけど、心穏やかになるポイントというのも少なからず存在する。それが、昼放送収録で刻み込まれた声と顔の角度だ。
前に先輩と並んで歩いた時に仰っていたことがあるのだけど、菜月先輩の方も俺の声は左耳で聞きたいし、顔を見る時には左を向きたいのだと。1年半の収録でお互い習慣づいてしまったのだと思う。今も特段意識することなく自然とその位置に落ち着いている。
「どうした? 何かついてるか?」
「あ、いえ。失礼しました」
いつも思うのだけど、バスの2人用座席は座った時の距離感が心臓によろしくない。イヤーカフがバスの振動で微細に揺れる様であったり、アップにまとめた髪から遅れ毛が少し落ちていたり。そんなようなことがよく見えて、何もかもが愛しいなあと思ってしまうのだ。
ただ、こちらを向いて真っ直ぐ見られると、その距離感に俺はどうしようもなくなってしまうワケで。控えめに言っても美人だし、可愛いし、座ってるとヒールの分だけ大きくなる身長差とかで俺を見上げる角度もヤバい。挙動不審なのは今更だ。
あと、菜月先輩はごくごくたまにコロン的な物をつけてる日があるんだけど、今日は「ちゃんとしたお出掛け」認定なのか淡い香りがふわりと漂って、ダメなヤツです。それなりに気合入れてもらってんなあと、これからのエスコートにも気合が入る。
「何だかんだ冷えはするから、脚がシートであったかいなあと」
「そういうファッションなのはわかるのですが、菜月先輩の服装を見る度に脚の露出が寒くないのかと思ってしまいます」
「手首とか足首とか、そういうところが温かければセーフだぞ」
「ああ……なるほど。確かにそういった箇所はがっちり守られていますね」
「多分太ももは今も表面はそれなりに冷たいと思うんだよ。ほら」
ほら。
……じゃねええええ! 失礼なのを承知で心の中ではあるけど言わせてもらうが貴女はもう飲んでるのか!? いやいやいや、俺だって曲がりなりにも男だぞ!? 俺の手を取って脚の実際の温度を触らせて確かめさせるのは完っ全にアウトー! シラフでやることじゃねー…! 飲んでる時はちょこちょこやってるけども!
「確かにそれなりに冷たいのですが、ええと……このようなことを誰にでもさせるのはよろしくないかと」
「誰にでもさせるワケないだろ、バカなんじゃないのか。うちが必要以上の接触を嫌うのを忘れたか」
「いえ、存じ上げております」
男だろうと女だろうと物理的な接触を許す許さないの生理的な壁っていうのはあるんだからなと仰るのだけど、そういうことでもないんよ。ここまで来ると俺は男として全く意識されてないのではと思わざるを得ないのだが? 圭斗先輩助けて! 好きな人が無自覚に俺を殺そうとしてきます!
「ノサカ、今日結構気合入ってるだろ」
「え、ええ。それはもう」
「服ですぐわかるもんな」
「まあ、大学では3、4種類の服を着回すだけですから」
「めんどくさいのか」
「それもありますし、お金を優先的に掛けたいポイントではないというのもあります」
「ふーん。そしたら、夕飯時になるまではうちがお前をマネキンにして遊ぶかあ」
「ナ、ナンダッテー!?」
end.
++++
ただただきゃっきゃしているだけのナツノサ。冬の風物詩。菜月さんの誕生日は大体こんな感じに落ち着きますね
他の女性に対してはカボチャだのジャガイモだの酷い言い様なのだけど、相手が菜月さんになるとこれだからノサカはノサカなのである
何やかんやナツノサは野球とか一緒に見てめちゃくちゃ仲良しなので菜月さんの中でもハードルみたいな物が下がり切っているはある
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3年秋学期の何が素晴らしいって、履修コマ数も減って来て自由な時間が増えて来ることだとより強く実感したのが今日この日だ。12月9日、菜月先輩の誕生日という素晴らしい日にお祝い名目でお食事の約束を取り付け、授業が3限までなのをいいことに15時待ち合わせでお会いすることになっている。
控えめに言ってもただただ幸せでしかないので、俺もいかに菜月先輩に喜んでいただけるか、いかにお祝いの意を伝えることが出来るのかということに重点を置く。泣いても笑っても年に1回だし、菜月先輩が順調に卒業されてしまえばラスト1回になるワケだからな。失敗は許されない。
「ノサカ」
「菜月先輩! おはようございます」
「さすがに授業後は、それも遊びの予定の時は遅れないんだな」
「ええと……」
「昼放収録の累計遅刻時間が24時間を超えたからその分を返せとかやってたのも懐かしいな」
「ええ……全くです」
顔を合わせて早々に痛いところを突かれてしまえば俺は小さくなるしかないのだけど、菜月先輩に久々にお会い出来たということで浮かれている気持ちの方が圧倒的に大きい。去年までは週に4日以上は必ず会っていたのに、学年が上がるとその機会もパタッと減ってしまっていたからなあ。
先輩の耳には星のイヤーカフが揺れる。これを見る度に俺はしみじみしてしまうのだ。何を隠そうこれは去年のこの日に俺が菜月先輩に贈らせていただいた物で、誕生日プレゼントにアクセサリーを贈ることの意味なんかを後から考えて内心激しく動揺してしまったのだけど、よくお似合いでいらっしゃるなあと思う。
「あ、バスが来た。それじゃあ行くかあ」
「はい」
今回はスクールバスで水薙駅まで行ってから、豊葦市駅の周辺を歩くことになっている。星港まで行っても良かったのだけど、豊葦の方が人が少ない分ゆっくり歩けるし、夜が遅くなっても俺が菜月先輩を家まで送ることが出来るというメリットの方を取った。
「バスとか電車の座席って、冬はぬくいよなあ」
「間違いありません。これが罠なんですよ」
菜月先輩の声は右耳から聞きたいし、横顔は左から見るのが知った角度で落ち着くなあと思うのだ。彼女の一挙手一投足にドタバタと内心暴れるのはよくあることだ。だけど、心穏やかになるポイントというのも少なからず存在する。それが、昼放送収録で刻み込まれた声と顔の角度だ。
前に先輩と並んで歩いた時に仰っていたことがあるのだけど、菜月先輩の方も俺の声は左耳で聞きたいし、顔を見る時には左を向きたいのだと。1年半の収録でお互い習慣づいてしまったのだと思う。今も特段意識することなく自然とその位置に落ち着いている。
「どうした? 何かついてるか?」
「あ、いえ。失礼しました」
いつも思うのだけど、バスの2人用座席は座った時の距離感が心臓によろしくない。イヤーカフがバスの振動で微細に揺れる様であったり、アップにまとめた髪から遅れ毛が少し落ちていたり。そんなようなことがよく見えて、何もかもが愛しいなあと思ってしまうのだ。
ただ、こちらを向いて真っ直ぐ見られると、その距離感に俺はどうしようもなくなってしまうワケで。控えめに言っても美人だし、可愛いし、座ってるとヒールの分だけ大きくなる身長差とかで俺を見上げる角度もヤバい。挙動不審なのは今更だ。
あと、菜月先輩はごくごくたまにコロン的な物をつけてる日があるんだけど、今日は「ちゃんとしたお出掛け」認定なのか淡い香りがふわりと漂って、ダメなヤツです。それなりに気合入れてもらってんなあと、これからのエスコートにも気合が入る。
「何だかんだ冷えはするから、脚がシートであったかいなあと」
「そういうファッションなのはわかるのですが、菜月先輩の服装を見る度に脚の露出が寒くないのかと思ってしまいます」
「手首とか足首とか、そういうところが温かければセーフだぞ」
「ああ……なるほど。確かにそういった箇所はがっちり守られていますね」
「多分太ももは今も表面はそれなりに冷たいと思うんだよ。ほら」
ほら。
……じゃねええええ! 失礼なのを承知で心の中ではあるけど言わせてもらうが貴女はもう飲んでるのか!? いやいやいや、俺だって曲がりなりにも男だぞ!? 俺の手を取って脚の実際の温度を触らせて確かめさせるのは完っ全にアウトー! シラフでやることじゃねー…! 飲んでる時はちょこちょこやってるけども!
「確かにそれなりに冷たいのですが、ええと……このようなことを誰にでもさせるのはよろしくないかと」
「誰にでもさせるワケないだろ、バカなんじゃないのか。うちが必要以上の接触を嫌うのを忘れたか」
「いえ、存じ上げております」
男だろうと女だろうと物理的な接触を許す許さないの生理的な壁っていうのはあるんだからなと仰るのだけど、そういうことでもないんよ。ここまで来ると俺は男として全く意識されてないのではと思わざるを得ないのだが? 圭斗先輩助けて! 好きな人が無自覚に俺を殺そうとしてきます!
「ノサカ、今日結構気合入ってるだろ」
「え、ええ。それはもう」
「服ですぐわかるもんな」
「まあ、大学では3、4種類の服を着回すだけですから」
「めんどくさいのか」
「それもありますし、お金を優先的に掛けたいポイントではないというのもあります」
「ふーん。そしたら、夕飯時になるまではうちがお前をマネキンにして遊ぶかあ」
「ナ、ナンダッテー!?」
end.
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ただただきゃっきゃしているだけのナツノサ。冬の風物詩。菜月さんの誕生日は大体こんな感じに落ち着きますね
他の女性に対してはカボチャだのジャガイモだの酷い言い様なのだけど、相手が菜月さんになるとこれだからノサカはノサカなのである
何やかんやナツノサは野球とか一緒に見てめちゃくちゃ仲良しなので菜月さんの中でもハードルみたいな物が下がり切っているはある
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