2021(03)
■個人的な事情で
++++
とうとうここにやって来てしまったなと思う。火曜日の夜10時、星港市の西に位置する西海市のコミュニティラジオ局、FMにしうみだ。もちろん生半可な気持ちで来たわけではないけど、いざ来てみると物凄く緊張する。だけど、俺の中では来なければいけない理由があったし、機会ももう数少ない。時間が残っていなかった。
今年の4月から、ここで高崎先輩がレギュラー番組を持っているという話は聞いていた。番組も、たまにではあるけどチェックして。話では卒業論文のためのフィールドワークの一環としてやっているそうだけど、それで本当にやれてしまうところが凄いとしか言いようがない。実際、向島エリアに広く聞かれるFMむかいじまのパーソナリティーコンテストで賞をもらってしまうような人だ。
俺はその高崎先輩と去年の秋学期に昼放送でペアを組ませてもらっていたんだけど、番組をこなすことだけで精一杯だった。先輩が俺に期待したような働きは全く出来なかった。それこそその年の夏合宿でやっていたような、好き勝手に構成で遊んでということを期待されていたそうなんだけど、最終的には劣化版の伊東先輩に落ち着きつつあるという評価で着地した。
それ以来俺はミキサーとして相手のアナウンサーさんが誰であってもちゃんとやることをやらないとなと思ってやっている。有り難いことにMBCCでもインターフェイスでもそのようにみんながやらせてくれて、遊んだキューシートを名刺代わりに出せるようにもなった。今はそのように出来るようになったけど、去年のことがまだ引っかかっている。
すがやんが向島に留学に行くようになってから、活動報告という名目のお土産話を聞いて考えていた。自分のミキサーとしてのスタイルは、それこそ番組の構成を整えたり音でトークを生えさせるということ。技術で以ってアナウンサーさんを堅実に支えることだ。向島さんのミキサーのように内容にガツガツ絡みには行けないから、番組の内容自体はアナウンサーさんに依存する。
だから、いくら俺の構成がどうだと言われていても、アナウンサーさん次第で番組の面白さは天にも地にもなる。去年の夏合宿では、当時“アナウンサーの双璧”と呼ばれた奥村先輩が内容面で引っ張ってくれたからいい番組として今でもみんな触れてくれる物になったというだけだ。もう1人の双璧に俺は今一度挑まなければならないし、もしその機会が与えられたなら、アナウンサーさんに引っ張られるだけじゃなくて自分からも意見を出して行く、そういうことをしなければならないんだ。
「高崎先輩」
「あ?」
「お疲れさまです」
「高木か。大樹ならともかく、お前は星港だろ。何しに来た」
「突然すみません。少しお時間をいただけますか」
「何を企んでるかは知らねえが、聞くだけ聞いてやる」
「ありがとうございます」
さすがにここでの立ち話は寒いということで、近くのファミレスに移動する。普通にアポなしだから緊張するし、話の内容的に負ける可能性の方が高い。でも、持ちかけるだけ持ちかけて、それで負けたら負けただ。
「用件は何だ」
「単刀直入に言えば、高崎先輩と番組をやりたいと思いまして」
「番組を?」
「はい。動機は実に個人的なことなんですけど、去年の昼放送の終わり方が非常に消化不良で、高崎先輩が卒業する前に俺もやれるようになりましたんで見てくださいと」
「マジで個人的な事情じゃねえか。MBCCだの佐藤ゼミだのとは関係ねえんだな」
「完全に個人的な事情ですね。やる日程としては、高崎先輩には申し訳ないんですけど年が明けてから、1月14日の金曜日の昼でお願いできないかなと思ってます。大学の昼休みの時間ですね」
「ふーん。で、それをどこに流す前提でやるつもりだ」
「センタービル中央の社会学部ラジオブース周辺と教務課前スピーカー周辺、それと第1学食1階です」
場所の話を切り出すと、それまでは淡々と話を聞いていた高崎先輩の表情が少し曇ったように思う。いや、ここまでは想定の範囲内だ。佐藤ゼミ……と言うか先生が絡む話に高崎先輩はまず首を縦には振らない。それは果林先輩からもよくよく聞いていた。だけど、もうそれしか手が残っていない以上、やるしかなくって。
「佐藤ゼミのブースでやる気か」
「来週の金曜日と1月のその枠を俺と果林先輩でもらってるんですけど、来週の方では少し試したいことがあるので。1月の枠を果林先輩に貸してもらいました。これだけは信じてもらいたいんですけど、先生には何も言ってませんし頼まれてもないです」
「アイツが絡んでるなら俺は絶対にやらねえぞ」
「わかってます。俺はこの枠の番組を高崎先輩とやれるのであれば、佐藤ゼミの番組としてではなくMBCC昼放送としてブースを乗っ取って、使う機材も最小限の、去年のMBCCと同じ状態で勝負します」
「やれんのか」
「やります。ブースを荒らしても、俺なら原状回復も出来ますし。と言うか、佐藤ゼミの番組はタイムテーブルがガチガチに決まってますからね。高崎先輩と組む場ではないです。勿体ないじゃないですか」
「ゼミの番組は面白みがねえっつったな」
「ゼミはゼミとして、曜日ごとのテーマを語れるアナウンサーさんにお任せします。俺がやるのはMBCC昼放送なので」
「俺は一切の責任を負わねえからな」
「はい、もちろんです。これは俺の俺による俺のための暗躍で、挑戦です」
「1回だけだぞ。それから、俺が出すのはトークと、少しの曲だけだ。後はお前が全部組んで来い。どこまでやれるようになったか見せてみろ」
「はい。よろしくお願いします」
我ながら、よく挑んだなと思う。本当にパッションだけで押し切った感じが強い。ただ、高崎先輩とのプレゼンバトルに挑んで来た人はみんな、あの人は話を聞いてくれる人だと口を揃える。話さなければ始まらなかったんだ。
「つーか、お前ら全体に言えることだが、話があるならまず連絡を寄こせ。常識を弁えろ」
「すみません。連絡をすると緊張するのでアポなしで来てしまいました」
「大体お前、どうやって帰るつもりだったんだ」
「それは考えてませんでしたね。まあ、24時間営業の店を調べてそこに行けば何とかなるかなと」
「しょうがねえ奴だな」
end.
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多分本当はもうちょっと濃い話とかもしてるんだろうけど字数の都合上あっさりめにはなりますよねー
去年の昼放送という部分では、高崎もちょっと引っかかってたよとはフェーズ1の時点でいち氏が言ってた話があるはず
第三者視点でいち氏がこの時点からの経緯なんかを実況解説してるだけの話とかもやりたいね。
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とうとうここにやって来てしまったなと思う。火曜日の夜10時、星港市の西に位置する西海市のコミュニティラジオ局、FMにしうみだ。もちろん生半可な気持ちで来たわけではないけど、いざ来てみると物凄く緊張する。だけど、俺の中では来なければいけない理由があったし、機会ももう数少ない。時間が残っていなかった。
今年の4月から、ここで高崎先輩がレギュラー番組を持っているという話は聞いていた。番組も、たまにではあるけどチェックして。話では卒業論文のためのフィールドワークの一環としてやっているそうだけど、それで本当にやれてしまうところが凄いとしか言いようがない。実際、向島エリアに広く聞かれるFMむかいじまのパーソナリティーコンテストで賞をもらってしまうような人だ。
俺はその高崎先輩と去年の秋学期に昼放送でペアを組ませてもらっていたんだけど、番組をこなすことだけで精一杯だった。先輩が俺に期待したような働きは全く出来なかった。それこそその年の夏合宿でやっていたような、好き勝手に構成で遊んでということを期待されていたそうなんだけど、最終的には劣化版の伊東先輩に落ち着きつつあるという評価で着地した。
それ以来俺はミキサーとして相手のアナウンサーさんが誰であってもちゃんとやることをやらないとなと思ってやっている。有り難いことにMBCCでもインターフェイスでもそのようにみんながやらせてくれて、遊んだキューシートを名刺代わりに出せるようにもなった。今はそのように出来るようになったけど、去年のことがまだ引っかかっている。
すがやんが向島に留学に行くようになってから、活動報告という名目のお土産話を聞いて考えていた。自分のミキサーとしてのスタイルは、それこそ番組の構成を整えたり音でトークを生えさせるということ。技術で以ってアナウンサーさんを堅実に支えることだ。向島さんのミキサーのように内容にガツガツ絡みには行けないから、番組の内容自体はアナウンサーさんに依存する。
だから、いくら俺の構成がどうだと言われていても、アナウンサーさん次第で番組の面白さは天にも地にもなる。去年の夏合宿では、当時“アナウンサーの双璧”と呼ばれた奥村先輩が内容面で引っ張ってくれたからいい番組として今でもみんな触れてくれる物になったというだけだ。もう1人の双璧に俺は今一度挑まなければならないし、もしその機会が与えられたなら、アナウンサーさんに引っ張られるだけじゃなくて自分からも意見を出して行く、そういうことをしなければならないんだ。
「高崎先輩」
「あ?」
「お疲れさまです」
「高木か。大樹ならともかく、お前は星港だろ。何しに来た」
「突然すみません。少しお時間をいただけますか」
「何を企んでるかは知らねえが、聞くだけ聞いてやる」
「ありがとうございます」
さすがにここでの立ち話は寒いということで、近くのファミレスに移動する。普通にアポなしだから緊張するし、話の内容的に負ける可能性の方が高い。でも、持ちかけるだけ持ちかけて、それで負けたら負けただ。
「用件は何だ」
「単刀直入に言えば、高崎先輩と番組をやりたいと思いまして」
「番組を?」
「はい。動機は実に個人的なことなんですけど、去年の昼放送の終わり方が非常に消化不良で、高崎先輩が卒業する前に俺もやれるようになりましたんで見てくださいと」
「マジで個人的な事情じゃねえか。MBCCだの佐藤ゼミだのとは関係ねえんだな」
「完全に個人的な事情ですね。やる日程としては、高崎先輩には申し訳ないんですけど年が明けてから、1月14日の金曜日の昼でお願いできないかなと思ってます。大学の昼休みの時間ですね」
「ふーん。で、それをどこに流す前提でやるつもりだ」
「センタービル中央の社会学部ラジオブース周辺と教務課前スピーカー周辺、それと第1学食1階です」
場所の話を切り出すと、それまでは淡々と話を聞いていた高崎先輩の表情が少し曇ったように思う。いや、ここまでは想定の範囲内だ。佐藤ゼミ……と言うか先生が絡む話に高崎先輩はまず首を縦には振らない。それは果林先輩からもよくよく聞いていた。だけど、もうそれしか手が残っていない以上、やるしかなくって。
「佐藤ゼミのブースでやる気か」
「来週の金曜日と1月のその枠を俺と果林先輩でもらってるんですけど、来週の方では少し試したいことがあるので。1月の枠を果林先輩に貸してもらいました。これだけは信じてもらいたいんですけど、先生には何も言ってませんし頼まれてもないです」
「アイツが絡んでるなら俺は絶対にやらねえぞ」
「わかってます。俺はこの枠の番組を高崎先輩とやれるのであれば、佐藤ゼミの番組としてではなくMBCC昼放送としてブースを乗っ取って、使う機材も最小限の、去年のMBCCと同じ状態で勝負します」
「やれんのか」
「やります。ブースを荒らしても、俺なら原状回復も出来ますし。と言うか、佐藤ゼミの番組はタイムテーブルがガチガチに決まってますからね。高崎先輩と組む場ではないです。勿体ないじゃないですか」
「ゼミの番組は面白みがねえっつったな」
「ゼミはゼミとして、曜日ごとのテーマを語れるアナウンサーさんにお任せします。俺がやるのはMBCC昼放送なので」
「俺は一切の責任を負わねえからな」
「はい、もちろんです。これは俺の俺による俺のための暗躍で、挑戦です」
「1回だけだぞ。それから、俺が出すのはトークと、少しの曲だけだ。後はお前が全部組んで来い。どこまでやれるようになったか見せてみろ」
「はい。よろしくお願いします」
我ながら、よく挑んだなと思う。本当にパッションだけで押し切った感じが強い。ただ、高崎先輩とのプレゼンバトルに挑んで来た人はみんな、あの人は話を聞いてくれる人だと口を揃える。話さなければ始まらなかったんだ。
「つーか、お前ら全体に言えることだが、話があるならまず連絡を寄こせ。常識を弁えろ」
「すみません。連絡をすると緊張するのでアポなしで来てしまいました」
「大体お前、どうやって帰るつもりだったんだ」
「それは考えてませんでしたね。まあ、24時間営業の店を調べてそこに行けば何とかなるかなと」
「しょうがねえ奴だな」
end.
++++
多分本当はもうちょっと濃い話とかもしてるんだろうけど字数の都合上あっさりめにはなりますよねー
去年の昼放送という部分では、高崎もちょっと引っかかってたよとはフェーズ1の時点でいち氏が言ってた話があるはず
第三者視点でいち氏がこの時点からの経緯なんかを実況解説してるだけの話とかもやりたいね。
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