2021(03)

■三角おにぎりのギャップ

公式学年+1年

++++

「はーっ……仕込みの作業はなかなか大変だ」
「でも、これをやらないとコーラが出来ないんだから、やらないと」

 佐藤ゼミ2年生ブースで出すのはクラフトコーラ&ジンジャーエール。その原液となるシロップを作るため、各拠点に何人かが散って調理作業をしている。原液となるシロップは1日程度寝かさないといけないので、早めの時間から拠点は動いている。拠点となっているのはシノの家とか、大学近くのアパートだ。スタジオのキッチンは共用スペースで、2年生ばかりが使うわけにもいかない。
 材料となるスパイスなどの材料は、事前に亮真や下梨君が買い出しに行ってくれた物が各拠点に配布されている。俺たちは亮真がまとめてくれたレシピに沿って調理をするだけでいいのだけど、如何せん俺は普段から料理をしているわけではないので包丁の細かな扱いの部分で苦戦している。包丁も使えるよね、とイメージでシノ班に配置されたものの。

「なあササ、これさあ、明らかに俺ら2人でやらすの反則じゃね」
「俺も薄々感じてたんだけど、亮真班の方が圧倒的なんだよな、戦力が」
「それもこれもお前が完璧超人っぽいのが原因だよな」
「言うほど完璧超人じゃないし、何なら料理はシノの方が出来るのにな」
「亮真は出来過ぎんだよ。ソロキャンとかで経験値爆積みしてるってのもあるんだろうけど、最近料理始めたばっかの俺とは比べ物になんねーっつーの。まあ、やるけど」
「料理の話してたら腹減って来たな」
「炊いた飯ならあるけど食う?」
「マジで。あ、俺おにぎりがいい」
「しゃーねーな、握ってやるよ」

 シノが始めた最初の自炊がおにぎりだ。1人暮らしを始めるために親御さんから課された条件が、70万を貯めること。その目標額を貯めるために日々の節約策としておにぎりを作って持って来ていたんだ。おにぎりを作って倹約するという生活は1人暮らしを始めた今でも続けていて、作っているうちにおにぎり作りがかなり上達した。

「やったあ、シノのおにぎりが食べれるのを糧にこの作業を頑張れる」
「作るの上手くはなったけど、そこまで言ってもらえるほどか? まあ、喜んでもらえるのは嬉しいけど。具は? ありかなしか」
「面倒なら塩むすびでいいよ」
「あ、具に出来そうなモンがねーわ。悪い、塩むすびで」

 シノがおにぎりを作ってくれているので、その間俺はコーラシロップの下拵えに集中する。シノのおにぎりは俺も何度か食べたことがあるけど、これが本当に美味しいんだ。エージ先輩は人が直接握ったおにぎりはどれだけちゃんと手洗いなんかを徹底してても絶対に食べられない人だけど、俺は割と平気な方だし、ラップ越しでは味気ないなとすら思う。

「作りながらわかってきたんだけど、右手は添えるだけってのがコツなんだよ」
「何か似たようなのを聞いたことがあるような気がする」
「右手を直角にして添えるといいカドが出来るんだよ。で、握るっつーより左手のこの辺! この辺で軽く押して形作ってやんだよな」
「へー、やっぱ経験で手が覚えて来るモンなんだな」
「ほら、俺って理屈云々より実際やってみるタイプじゃんな」
「そうだな」

 そんなことを話していると、ピンポーンとインターホンが1回鳴って、こちらが反応する前にドアが開いた。訪ねて来たのはまいみぃだ。まいみぃは食品ブース店長の下梨君の優秀な助手として大学祭の準備に奔走してきたのだけど、こうして各拠点に分かれて準備をする間にも、原付で各班の様子を見て回っているようだ。

「陸がいるから大丈夫だとは思うけど、アンタらちゃんとやってる?」
「包丁を扱う技術的に問題ありだとは思うけど、何とかやってる」
「あっそう。ちゃんとやってよね。一応これ、差し入れね」
「おっ、サンキュー。ナニナニ? 肉とか?」
「何で肉になんの。アタシお米同好会よ?」
「なら、ごはんのおともじゃねーか」
「フツーにおにぎりだし。わかったらこれ食べて作業しといて」
「は!? つか俺も今おにぎり作ってんだけど!」
「言ってアンタらなら食べるっしょ?」
「食うよな」
「右に同じ」
「じゃ置いてくし。ちなみに何おにぎり?」
「塩むすび」
「あー、誤魔化し利かない一番難しいヤツじゃん」

 コーラ作りの様子を見に来たはずのまいみぃだけど、お米同好会としての性なのだろうか、おにぎりを作っているシノの方が気になって仕方がないようだ。まいみぃ自身はもちろんおにぎりを上手く作れるんだろうとは思うけど、人がどんなやり方をして、どんな具を入れるのかということはそれぞれ違う。

「何かこれ、智也のおにぎりって感じじゃないんだけど」
「どーゆー意味だよ」
「すっごい綺麗な三角おにぎりだし、米も一粒一粒ちゃんとしてて潰れてないし。ほら、アンタってラップの上に盛ったご飯をテキトーに丸く握ってそのまま食べてそうなイメージじゃん」
「シノのイメージとしてそれはわかる」
「でしょ? それなのにおにぎりだけこんな繊細とか何なの? アタシこれ食べてっていい?」
「お前じゃなくて俺とササが食うのに作ってたんだぞ」
「アンタはアタシの食べればいいじゃん」
「はいはい。じゃあそういうことで。見掛け倒しでも文句言うなよ」

 俺の方もちょうど煮込みの段階に入ったので、おにぎりで休憩。シノのおにぎりは安定の美味しさだし、おにぎりには厳しいまいみぃの満足度もまあ高めな様子。そしてまいみぃのおにぎりの方にも手を伸ばす。中身は何かな。

「って言うか陸食べんの早っ!」
「ああ、美味しいから。まいみぃのは塩昆布か。うん、これも美味い」
「そーいやさー、バーベキューのときに3年生の先輩が味噌塗って焼きおにぎりにしてたよな。あれ絶対美味いよなー」
「あー、それは間違いないわ。それに出汁をかけてお茶づけにしても美味しいんだけどね」
「何だそれー、食いてー」
「今日の作業のときの夜食として作るかー」
「当然のように夜があるのか」


end.


++++

シノとまいみぃのおにぎりはそれぞれ美味しいんだろうなあ。陸さん今回ただ食べてるだけの人。
コムギハイツが大学祭関係の拠点になるのは毎度あるある。そういやこの時間軸のTKGらは何やってんだろうね。
多分こんな感じでちょこちょこササがシノ家のご飯を食べてるのでたまに食べた分の補填してそう

.
29/100ページ