2021(03)

■知性派の攻勢

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「サ~サ~、この紙何書きゃい~んだよ~」
「自由って言われるとそれが逆に困るんだよな」

 シノが頭を抱えているのは佐藤ゼミ専用のエントリーシート。俺たち社会学部の1年生は、2年の春学期からゼミに所属して専門的な勉強を始めることになる。どのゼミがどんな研究をしているのかといった説明会があったり、ゼミによっては個別の面談があったりして、なかなか緊張感が高まることもあった。
 俺とシノが入学当初から言い続けているのが、佐藤ゼミに入ったらあのガラス張りのラジオブースに入って2人で番組をやろうということ。昼休みにやっている番組は、センタービルの大通りや外にもスピーカーで流されている。MBCCの番組もちゃんと第1学食で流れてるけど、流れる規模はやっぱり佐藤ゼミの方が圧倒的かな。
 佐藤ゼミの個別面談にも俺とシノは2人で行って、MBCCの人間ということで果林先輩や高木先輩の口添えも少々あったような雰囲気を感じながらの話だった。シノはミキサーだからもう採用された風な感じで話が進んでたけど、俺はアナウンサーだからあまりいい反応でもなく。成績やその他のことで少しずつ印象を積み重ねるしかなく。
 一応、君たちは採用するからという風には言ってもらったけど、それは主にシノに対して言われた言葉で、俺はついでだったんだろうなとは。だから、このエントリーシートでコケてしまえば来春からのゼミでの歩き方にも影響が出るような気がする。何を書いてもいいという自己PR欄の使い方を悩む今だ。

「ササ、お前何書く?」
「そうだな……面談でもあまりこれと言って興味を持たれなかった感じだし、どう掴んでいくかは難しいな」
「成績と顔には食いついてたじゃんか」
「でも、個性の塊みたいなゼミで、言ってしまえば俺は無個性みたいなモンだし何をどうアピールしたものかと。趣味は読書だし、ラジオが好きなだけの普通の人間だぞ」
「や、つかお前は成績がいいだけいいだろ。俺はミキサーしかないから学業でついていけなくなる可能性がめちゃんこ高いんだぞ。座学もやるしレポートもめちゃくちゃ書かせるって言ってただろ。あ~、レポートとか嫌過ぎるぜマジで」

 センタービルのど真ん中に構えられたガラス張りのラジオブースばかりが取り上げられがちな佐藤ゼミだけど、座学もちゃんとやっているし、レポートを書く量では学部で1、2を争うそうだ。夏や春の休みには1万字からのレポート課題が当たり前のように出されるとのこと。俺はそれを特に苦に感じないけど、シノは明らかに苦虫を噛み潰した顔をしている。

「それより自己PR欄だって~」
「ミキサーとしてのアピールとか」
「そんなモン所属サークル欄にMBCCのミキサーって書いときゃいいだろ。ミキサーとしての技量を紙の上だけで測られてたまるかっつーの。つかその辺は先輩がいるし心配してねーんだよ。学業はともかく、ミキサーが触れる以外にコイツはどう面白いんだってのを示さねーとじゃんな。何書こ~」
「それこそ趣味のことを書けばいいんじゃないのか? モータースポーツのこととか」
「そーすっかぁ。実際それが無難だもんな。ササ、お前は何書くの?」
「どうしようかなと思って」

 高木先輩も、俺のことは成績がいいとしか推すことが出来なかったと俺に謝ってくれたんだけど、それだけ俺がよくわからないということなんだろうな。趣味が読書という普通過ぎるそれをアピールポイントにするには、それプラスアルファが必要なんだろう。佐藤先生が重要視する物や、好きそうなことを絡めて媚び……もとい、アピールしなければ俺に春はない。

「ササがヒゲさんにアピールすることなあ。やっぱ、俺との対比で学力・知力特化で行くのがいいと思うんだよな」
「成績かー……でもそれってエントリーシートと言うより秋学期のテストでわかるものなんじゃ」
「例えば、本を読んでレジュメっぽく要点をまとめるとか? 趣味が読書だし本を読むのは苦じゃねーだろ」
「なるほど、書評か。ラジオに特化した本を読んでまとめてみようかな。書評を出してレポートもこれだけ書けますってアピールすることで、シノキ君の面倒も見れますよアピールをすればいいワケか」
「そーゆーコトだよ!」
「シノ、そしたらこれから図書館に付き合ってくれ。図書館って一度に何冊まで借りれたっけ」
「俺が知ってるはずねーじゃん」
「図書館ってファッション雑誌とか音楽雑誌とか、難しい本だけじゃなくて普通の本も借りれるんだよ」
「えっ、そーなの!? 車雑誌とかも?」
「あるんじゃないかな。玲那がロボット本のバックナンバーとかよく借りてるし」
「え~、俺も図書館行ってみようかな~」

 ラジオに関わる本を片っ端から読んでまとめるという作業だ。俺は体力には割と自信のある方だし、1日1冊から2冊としても、来週までに10冊分は書けるだろう。元々自前で持ってる本に関しては斜め読みでもまとめられるし、とにかく数と質の両立でやるしかない。

「書評をまとめることにしたものの、ラジオってよく考えたら佐藤先生のガチな専門領域だし、下手なことを書いたら逆に目を付けられる可能性もあるんだよな」
「でも書かないことには始まんねーんだよな」
「そうなんだよな。書くしかないんだよ」
「お前みたいな知性派を待ってたって言われたくらいなんだから、これでいいんだって!」


end.


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毎度お馴染みササシノの佐藤ゼミエントリーシート編。自由と言われるのが一番困るヤツ。
昨年度のこの辺の話では、TKGにたまたま攻め方が当たったと言われた佐々木陸。たまたまじゃないところを見せたるんや
そういやこの頃の緑大図書館にはどこぞのPさんが入り浸ってるんでしたね。Pさんの学内編も見たいな。金曜日だっけ

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