2021(03)
■two-man operation
++++
「菜月さん、次のジャガイモだよ」
「どーも。と言うか、まだ学祭までには時間があるのに何で今からこんなことをしなきゃいけないんだ」
「前もって少しずつ進めておいた方が後になって慌てなくていいだろう?」
「一理はある。あるんだけどな」
時刻は夜の10時。僕の部屋で菜月さんと2人、行うことはジャガイモの下拵え。今期のMMPでは、大学祭の食品ブースでフライドポテトを出すことに決めたそうだ。来期の運営資金にしたいということで、放送サークルのアイデンティティとしてのDJブースを一旦措いといて、商売に全振りするという方向性だ。
星大さんから大量のジャガイモ、それも北辰産の上等な物をいただいたので、僕と菜月さんで現在それを洗っては切り、水にさらして冷凍して……という作業をしている。それというのも、3年生以下は全員自宅生で、大量のジャガイモをどうこうするには地理的に不利だったということで僕たちに声がかかったらしい。
「それはそうにしても現役の仕事じゃないのか」
「人が集まりすぎても作業は思うように進まないものだよ。特にMMPに於いてはね」
「まあなあ。頭数が集まれば始まるのは大体大喜利だし」
「2人でこうして作業をするのも懐かしくないかい」
「……こういう状況で作業をしてたのは大体うちじゃなかったか?」
「否定はしないね」
「装飾の作業は確かに思い出す。やってるのは装飾の作業じゃないはずなのに、どうしてかあんな雰囲気になるんだよな」
「まあ、僕たち2人水入らずの作業も、もう数えるほどもないだろうしね。これはこれとして楽しめばいいんじゃないかな」
かつて、ブースを飾り付ける看板などの制作は、菜月さんに一任されていた。MMPの男連中がこの手の作業が苦手だというのもあるし、菜月さん自身の完璧主義も手伝って他の人間には手が出しにくい雰囲気になっていたんだ。1人での作業は苦ではないにせよ、話し相手を求める彼女の側で、僕は何をするでもなくただただ作業を見守っていた。
ジャガイモの下拵えであれば僕にも手伝える。と言うか、菜月さんよりは僕の方が得意な料理の分野の作業だから、手を動かすのは2人だ。先の試食会を経てポテトの形は三日月状のウェッジカットが採用された。これであれば皮がついたままでもジャガイモ本来の味を楽しむことが出来るし、下拵えの手間が少し省ける。
「関係ないけどさ、理系に聞いてみていいか」
「答えられる範囲であれば」
「料理でさ、材料を冷凍することで組織や繊維を壊して味を染みやすくするみたいな小技があるだろ」
「聞いたことはあるね」
「最近は組織を壊さないように瞬間冷凍するみたいな感じで冷凍技術が発達してるじゃないか。そうなったら、その小技はどうなるんだろうって思って」
「あー……その辺りのことは考えたことがなかったね。確かに興味深いけど、その辺りのことはただの理系よりは家庭料理に強い奴の方が強そうだね、伊東だとか。アイツは家電にも強いし」
「なるほどな。ヘンクツな理系よりも伊東の方が説得力もありそうだ。でも、アイツに会う機会なんか――……いや、あったな。金曜日か。タイムリーだな」
今度の金曜日、つまり明後日だね。明後日には、高崎の誕生会と銘打った宅飲みに招待されている。先日、成り行きで伊東の彼女の慧梨夏さんの誕生会に招かれたのだけど、その延長という感じで来月には高崎の会をやりまーすと宣言があって、その場にいた面々が参加する流れとなっていた。で、僕は新たに菜月さんに声をかけたというワケだね。
「冷凍庫と言えば。伊東は1人暮らししてたときの冷蔵庫? その冷凍庫なんかはジップロックとかですごい几帳面に整理されてたって噂を聞いたことがある」
「それは事実だね。定例会で飲んだ時に少し覗かせてもらったことがあるんだけど、どの袋にいつ下拵えした何が入っていて、というのが一目でわかるし、そこに埋もれて無駄になるということが一切ないんだよ」
「そういうのでマイルールを拗らせた男は独身になりやすいって言うけど、伊東の場合はその心配もないしなあ。お前がそうなったら独身を拗らせそうだけど」
「否定出来ないね。形から入りたがる上に、こだわるところでこだわる男であるとは自覚しているよ」
「……ふゎ、悪い」
「眠そうだね」
「昨日ノサカ巻き込んで野球見てて。チェアーズが優勝したからそのまま4時くらいまで飲んでたんだ」
「授業は大丈夫なのかい?」
「残念ながらうちは村井コースではないんだなこれが。ご期待に沿えなくて実に申し訳ない」
さすがに今日はちゃんと寝たいけどこの作業もやらないと、と菜月さんは急に眠そうな顔をして言うんだ。しかし、野球観戦の延長が朝の4時か。飲んでるとそれくらいになることはなくはないけど、それに巻き込まれた野坂だよ。いくら野球は共通の趣味とは言え、宅飲みで無事に帰してもらったことがないと死にそうな顔をして言ってたんだよな。
「菜月さん、そしたら作業は11時までにしようか? 送るし」
「うちはこの作業を夜通しやるつもりだったんだぞ」
「寝たいんじゃなかったのかな? つーか、現役にもやらせるんだよ。いつだって俺らがタダで働くと思ったら大間違いだっつーの」
「実はお前もちょっと眠いんだろ」
「少しね。前日はゲームで夜更かしをした結果、寝たのが朝の6時で」
「……まあ、また後日か」
「そうしましょう」
end.
++++
唐突な菜圭への需要。MMPの学祭前哨基地が圭斗さん宅なので、こんなことにもなってそうかなと。
今年はさすがに装飾の作業をしていない菜月さんだけど、結局こうして作業をする星の下にいるのである。
3年後期になって授業も少なくなってきているノサカ、菜月さんからのお誘いにも軽率に乗れるようになっているぞ
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「菜月さん、次のジャガイモだよ」
「どーも。と言うか、まだ学祭までには時間があるのに何で今からこんなことをしなきゃいけないんだ」
「前もって少しずつ進めておいた方が後になって慌てなくていいだろう?」
「一理はある。あるんだけどな」
時刻は夜の10時。僕の部屋で菜月さんと2人、行うことはジャガイモの下拵え。今期のMMPでは、大学祭の食品ブースでフライドポテトを出すことに決めたそうだ。来期の運営資金にしたいということで、放送サークルのアイデンティティとしてのDJブースを一旦措いといて、商売に全振りするという方向性だ。
星大さんから大量のジャガイモ、それも北辰産の上等な物をいただいたので、僕と菜月さんで現在それを洗っては切り、水にさらして冷凍して……という作業をしている。それというのも、3年生以下は全員自宅生で、大量のジャガイモをどうこうするには地理的に不利だったということで僕たちに声がかかったらしい。
「それはそうにしても現役の仕事じゃないのか」
「人が集まりすぎても作業は思うように進まないものだよ。特にMMPに於いてはね」
「まあなあ。頭数が集まれば始まるのは大体大喜利だし」
「2人でこうして作業をするのも懐かしくないかい」
「……こういう状況で作業をしてたのは大体うちじゃなかったか?」
「否定はしないね」
「装飾の作業は確かに思い出す。やってるのは装飾の作業じゃないはずなのに、どうしてかあんな雰囲気になるんだよな」
「まあ、僕たち2人水入らずの作業も、もう数えるほどもないだろうしね。これはこれとして楽しめばいいんじゃないかな」
かつて、ブースを飾り付ける看板などの制作は、菜月さんに一任されていた。MMPの男連中がこの手の作業が苦手だというのもあるし、菜月さん自身の完璧主義も手伝って他の人間には手が出しにくい雰囲気になっていたんだ。1人での作業は苦ではないにせよ、話し相手を求める彼女の側で、僕は何をするでもなくただただ作業を見守っていた。
ジャガイモの下拵えであれば僕にも手伝える。と言うか、菜月さんよりは僕の方が得意な料理の分野の作業だから、手を動かすのは2人だ。先の試食会を経てポテトの形は三日月状のウェッジカットが採用された。これであれば皮がついたままでもジャガイモ本来の味を楽しむことが出来るし、下拵えの手間が少し省ける。
「関係ないけどさ、理系に聞いてみていいか」
「答えられる範囲であれば」
「料理でさ、材料を冷凍することで組織や繊維を壊して味を染みやすくするみたいな小技があるだろ」
「聞いたことはあるね」
「最近は組織を壊さないように瞬間冷凍するみたいな感じで冷凍技術が発達してるじゃないか。そうなったら、その小技はどうなるんだろうって思って」
「あー……その辺りのことは考えたことがなかったね。確かに興味深いけど、その辺りのことはただの理系よりは家庭料理に強い奴の方が強そうだね、伊東だとか。アイツは家電にも強いし」
「なるほどな。ヘンクツな理系よりも伊東の方が説得力もありそうだ。でも、アイツに会う機会なんか――……いや、あったな。金曜日か。タイムリーだな」
今度の金曜日、つまり明後日だね。明後日には、高崎の誕生会と銘打った宅飲みに招待されている。先日、成り行きで伊東の彼女の慧梨夏さんの誕生会に招かれたのだけど、その延長という感じで来月には高崎の会をやりまーすと宣言があって、その場にいた面々が参加する流れとなっていた。で、僕は新たに菜月さんに声をかけたというワケだね。
「冷凍庫と言えば。伊東は1人暮らししてたときの冷蔵庫? その冷凍庫なんかはジップロックとかですごい几帳面に整理されてたって噂を聞いたことがある」
「それは事実だね。定例会で飲んだ時に少し覗かせてもらったことがあるんだけど、どの袋にいつ下拵えした何が入っていて、というのが一目でわかるし、そこに埋もれて無駄になるということが一切ないんだよ」
「そういうのでマイルールを拗らせた男は独身になりやすいって言うけど、伊東の場合はその心配もないしなあ。お前がそうなったら独身を拗らせそうだけど」
「否定出来ないね。形から入りたがる上に、こだわるところでこだわる男であるとは自覚しているよ」
「……ふゎ、悪い」
「眠そうだね」
「昨日ノサカ巻き込んで野球見てて。チェアーズが優勝したからそのまま4時くらいまで飲んでたんだ」
「授業は大丈夫なのかい?」
「残念ながらうちは村井コースではないんだなこれが。ご期待に沿えなくて実に申し訳ない」
さすがに今日はちゃんと寝たいけどこの作業もやらないと、と菜月さんは急に眠そうな顔をして言うんだ。しかし、野球観戦の延長が朝の4時か。飲んでるとそれくらいになることはなくはないけど、それに巻き込まれた野坂だよ。いくら野球は共通の趣味とは言え、宅飲みで無事に帰してもらったことがないと死にそうな顔をして言ってたんだよな。
「菜月さん、そしたら作業は11時までにしようか? 送るし」
「うちはこの作業を夜通しやるつもりだったんだぞ」
「寝たいんじゃなかったのかな? つーか、現役にもやらせるんだよ。いつだって俺らがタダで働くと思ったら大間違いだっつーの」
「実はお前もちょっと眠いんだろ」
「少しね。前日はゲームで夜更かしをした結果、寝たのが朝の6時で」
「……まあ、また後日か」
「そうしましょう」
end.
++++
唐突な菜圭への需要。MMPの学祭前哨基地が圭斗さん宅なので、こんなことにもなってそうかなと。
今年はさすがに装飾の作業をしていない菜月さんだけど、結局こうして作業をする星の下にいるのである。
3年後期になって授業も少なくなってきているノサカ、菜月さんからのお誘いにも軽率に乗れるようになっているぞ
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