2021(03)
■部長という人
++++
「うーん。とりあえず、いろんな班の様子を見ながら談話室に帰ってみようかなあ」
「それがいいと思いますよ」
「レオも一緒に回ってくれる?」
「俺がですか?」
「頼むよ」
柳井部長に呼び出されて、何の話かと思えば放送部の来期の役職の話だった。来年のことは確かに今ぐらいに考えるものだし、大学祭が終われば3年生は引退する。戸田班ではつばめ先輩が引退することになっているんだけど、次の班長は誰になって、何ていう名前の班になるのかな、というようなことは考えたことがある。
俺が考えているのは精々班の規模。なのに、柳井部長は俺に部長をやれって言って来た。俺は流刑地と呼ばれた朝霞班の育ちで、今もつばめ先輩の下でステージのことや、インターフェイスのことばっかりやってきた。部長や幹部の先輩のことなんか意識もしてないし、向こうもこっちを見てない物だと思っていた。
放送部的に、今年は本当にいろいろあった年だ。前の部長がいた長門班が班ごと取り潰されて、その班にいた人たちはみんな除籍処分になったりもした。彩人が襲われた事件がきっかけでその辺りのことが大きく動いたという印象だけど、前々からあの辺りの人たちをどうにかしたいと思っている人たちがいたようだった。
朝霞班的には、嫌がらせされることは日常茶飯事だったけど、それでも俺はステージのことだけ考えていられるようにさせてもらっていたなと思う。部長になるということは、自分自身のステージのことだけ考えていればいいということではなくなるし、そもそも俺は放送部のことを知っているのかな、と思ったんだ。
「あ。いまむーだ。いまむー」
「おっ、ゲンゴロー。珍しいな、所沢君と一緒なんて」
「そう? 俺ら割と仲良いよ」
「そうなんだ」
「いまむーは今何してるの?」
「俺? とりあえずもうちょいしたらみんなで練習だから、それまでソロ練してた」
「ああ、そうなんだ。小林班はその辺独特だもんね。深青は元気?」
「深青? 元気も元気」
「そう。ライブ楽しみにしてるね」
「自分はどうなんだ――って、ゲンゴローなら大体のことは出来るか。余計なお世話だったわ。じゃな」
「バイバーイ」
小林班はバンドのライブをメインに据えたステージ構成をしているから、班員がそれぞれ自分の楽器を練習する必要があるんだよね。マリンが言うには今ステージでやっている曲のほとんどを菅野先輩が作曲したんだそうだ。今の4年生の先輩が引退してからは新曲が増えることは無くなった。その代わり、今ある曲の練度を高めているそうだ。
「ゲンゴローなんだ! この辺にいるなんて珍しいんだ! 戸田班の練習はいいんだ?」
「今は別件でこの辺に用事があったんだよ」
「そうなんだ!」
「コーキは調子どう?」
「最近朝晩冷えて来て、起きると喉が痛いんだ。僕も一応アナウンサーだから、喉が痛いとしんどいんだ」
「そっかー、大変だね。あっ、そうだ。知り合いに教えてもらっていいのど飴知ってるし、後で製品情報送るね」
「ありがとうなんだ! ばいばい!」
「ばいばーい。お疲れー」
アナウンサーさんも気候の変化についていくのが大変だと思うし、その辺のことは海月やマリンにも気を付けてもらった方がいいよね。俺が言わなくても本人が既に気を付けてるかもだけど。いくら朝霞班時代より班員が増えたとは言え、一人欠けるとステージの進行に大きく影響が出るもんね。体調管理は大事。
「源は、通りかかりの人によく声をかけられますし、それを邪険にせず世間話をするのが上手いですよね」
「普通にやってるだけだけどなあ」
「部長の話を聞いていても思うのですが、部を改めて一つにするには選ばれた部長に対して「どうしてあいつなんだ」と思われないことがまず第一だと俺は考えます。その点で言えば、源はミキサーとしての腕もありますし、敵がいないどころか歩いているだけでもいろいろな人に話しかけられる人望もあります。下手な幹部の班の人間よりは、よほど言動に説得力があるんですよね」
「そうかなあ。俺は朝霞班でやって来てるし、それだけでも何でアイツがってなるような気がしないでもないけど」
「源が思うほど、2年生以下は誰がどこの班の人間だとか、気にしていませんよ。そもそも朝霞班が流刑地と呼ばれてああいった扱いを受けていたのも、日高前部長の私怨によるものです。ステージに熱い変わり者集団という見られ方こそしていましたが、どちらかと言えば朝霞班より日高班の方が腫物扱いでしたから。その日高班からなる部員ももう俺しか残っていません。今では戸田班はエリート扱いではありませんか。それこそかつての宇部班のように。あの頃のことを何も知らない1年生や、これから入って来る人が見るのは、今や、これからの部なんです。そして、それをいいものに出来るのは源だと俺は思っています」
去年までのことは過去の物として、今年の状態を、より良くしていかなければならないというのは確かにそうだ。今や、これからが大事だっていうのは当然のこと。今まではどことなく他人事として、なるようになってきた。だけど、これからは自分たちのこととして、しっかりと考えて、向き合って行かなきゃいけないんだなとも思う。
「部長かあ……部長、なのかなあ」
「役職名は飾りのようなものですよ。部長だからではなく、源だから人は集まって来るんです」
end.
++++
ゲンゴローが来期部長を打診された後、どのようにして考えをまとめていったのかなというところ。
多分これだけではまとまりきらないのだけど、考えるときにはレオが横でいろいろ説得はしてたと思う。
レオの実現したかった野望は、自分でやる必要がなくなったし、自分でやってたら意味がなかったかもしれない。
.
++++
「うーん。とりあえず、いろんな班の様子を見ながら談話室に帰ってみようかなあ」
「それがいいと思いますよ」
「レオも一緒に回ってくれる?」
「俺がですか?」
「頼むよ」
柳井部長に呼び出されて、何の話かと思えば放送部の来期の役職の話だった。来年のことは確かに今ぐらいに考えるものだし、大学祭が終われば3年生は引退する。戸田班ではつばめ先輩が引退することになっているんだけど、次の班長は誰になって、何ていう名前の班になるのかな、というようなことは考えたことがある。
俺が考えているのは精々班の規模。なのに、柳井部長は俺に部長をやれって言って来た。俺は流刑地と呼ばれた朝霞班の育ちで、今もつばめ先輩の下でステージのことや、インターフェイスのことばっかりやってきた。部長や幹部の先輩のことなんか意識もしてないし、向こうもこっちを見てない物だと思っていた。
放送部的に、今年は本当にいろいろあった年だ。前の部長がいた長門班が班ごと取り潰されて、その班にいた人たちはみんな除籍処分になったりもした。彩人が襲われた事件がきっかけでその辺りのことが大きく動いたという印象だけど、前々からあの辺りの人たちをどうにかしたいと思っている人たちがいたようだった。
朝霞班的には、嫌がらせされることは日常茶飯事だったけど、それでも俺はステージのことだけ考えていられるようにさせてもらっていたなと思う。部長になるということは、自分自身のステージのことだけ考えていればいいということではなくなるし、そもそも俺は放送部のことを知っているのかな、と思ったんだ。
「あ。いまむーだ。いまむー」
「おっ、ゲンゴロー。珍しいな、所沢君と一緒なんて」
「そう? 俺ら割と仲良いよ」
「そうなんだ」
「いまむーは今何してるの?」
「俺? とりあえずもうちょいしたらみんなで練習だから、それまでソロ練してた」
「ああ、そうなんだ。小林班はその辺独特だもんね。深青は元気?」
「深青? 元気も元気」
「そう。ライブ楽しみにしてるね」
「自分はどうなんだ――って、ゲンゴローなら大体のことは出来るか。余計なお世話だったわ。じゃな」
「バイバーイ」
小林班はバンドのライブをメインに据えたステージ構成をしているから、班員がそれぞれ自分の楽器を練習する必要があるんだよね。マリンが言うには今ステージでやっている曲のほとんどを菅野先輩が作曲したんだそうだ。今の4年生の先輩が引退してからは新曲が増えることは無くなった。その代わり、今ある曲の練度を高めているそうだ。
「ゲンゴローなんだ! この辺にいるなんて珍しいんだ! 戸田班の練習はいいんだ?」
「今は別件でこの辺に用事があったんだよ」
「そうなんだ!」
「コーキは調子どう?」
「最近朝晩冷えて来て、起きると喉が痛いんだ。僕も一応アナウンサーだから、喉が痛いとしんどいんだ」
「そっかー、大変だね。あっ、そうだ。知り合いに教えてもらっていいのど飴知ってるし、後で製品情報送るね」
「ありがとうなんだ! ばいばい!」
「ばいばーい。お疲れー」
アナウンサーさんも気候の変化についていくのが大変だと思うし、その辺のことは海月やマリンにも気を付けてもらった方がいいよね。俺が言わなくても本人が既に気を付けてるかもだけど。いくら朝霞班時代より班員が増えたとは言え、一人欠けるとステージの進行に大きく影響が出るもんね。体調管理は大事。
「源は、通りかかりの人によく声をかけられますし、それを邪険にせず世間話をするのが上手いですよね」
「普通にやってるだけだけどなあ」
「部長の話を聞いていても思うのですが、部を改めて一つにするには選ばれた部長に対して「どうしてあいつなんだ」と思われないことがまず第一だと俺は考えます。その点で言えば、源はミキサーとしての腕もありますし、敵がいないどころか歩いているだけでもいろいろな人に話しかけられる人望もあります。下手な幹部の班の人間よりは、よほど言動に説得力があるんですよね」
「そうかなあ。俺は朝霞班でやって来てるし、それだけでも何でアイツがってなるような気がしないでもないけど」
「源が思うほど、2年生以下は誰がどこの班の人間だとか、気にしていませんよ。そもそも朝霞班が流刑地と呼ばれてああいった扱いを受けていたのも、日高前部長の私怨によるものです。ステージに熱い変わり者集団という見られ方こそしていましたが、どちらかと言えば朝霞班より日高班の方が腫物扱いでしたから。その日高班からなる部員ももう俺しか残っていません。今では戸田班はエリート扱いではありませんか。それこそかつての宇部班のように。あの頃のことを何も知らない1年生や、これから入って来る人が見るのは、今や、これからの部なんです。そして、それをいいものに出来るのは源だと俺は思っています」
去年までのことは過去の物として、今年の状態を、より良くしていかなければならないというのは確かにそうだ。今や、これからが大事だっていうのは当然のこと。今まではどことなく他人事として、なるようになってきた。だけど、これからは自分たちのこととして、しっかりと考えて、向き合って行かなきゃいけないんだなとも思う。
「部長かあ……部長、なのかなあ」
「役職名は飾りのようなものですよ。部長だからではなく、源だから人は集まって来るんです」
end.
++++
ゲンゴローが来期部長を打診された後、どのようにして考えをまとめていったのかなというところ。
多分これだけではまとまりきらないのだけど、考えるときにはレオが横でいろいろ説得はしてたと思う。
レオの実現したかった野望は、自分でやる必要がなくなったし、自分でやってたら意味がなかったかもしれない。
.