2021(03)

■コムギハイツの夜は短い

公式学年+1年

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「とりあえず、今日はこれくらいにしておこうかな」
「お前にしては切り上げるの早いな。まだ9時じゃん?」
「作業的には一応キリ良しだし、誰に聞いて作業を進めればいいかわかんないし」
「そうもそうじゃんな。確かに」
「そういうことだから、よろしくお願いします」

 大学祭が近いということもあって、その準備を授業の合間に進めることも多くなってきた。それから、11月に提出期限を迎える映像作品の制作のためにスタジオに籠もる日々が始まっていた。今日は大学祭の作業のためにスタジオに来てたんだけど、撤収を決めた時間が午後9時という実に中途半端な時刻っていう。
 メディ文の学科固有科目の授業は火曜日や木曜日、それから金曜日に多い印象がある。だから火曜日の授業にちゃんと出られるように鵠さんの部屋に泊めてもらうという手段を去年から取らせてもらっている。一応3年後期にはなってるんだけど、周りのみんなより履修コマがちょっと多いのはきっと気の所為じゃないんだよなあ。

「お邪魔しまーす」
「ちょっと今サークルの方で拠点になってるからいろいろ片付いてないけど」
「あ、大丈夫。それでも俺の部屋よりはキレイだから。GREENsって例によって唐揚げだよね?」
「冷蔵庫の中に昨日試作したヤツがまだ残ってるんだけど食うか?」
「食べたい」
「じゃああっためるわ」

 鵠さんの部屋は基本的に物があまり多くないっていう印象だけど、大学から近い家ということもあって今は半分物置状態なんだそうだ。冷凍庫の中も下拵えをした鶏肉が詰められてるって話だし、唐揚げの試作は毎度結構な量になるから、その後2日3日は家でちょっとつまめてしまうらしい。俺からすれば結構羨ましい。

「とりあえず、唐揚げな。生憎他に食うモンはないんだけど」
「ううん、ありがとう。この唐揚げって毎年ちゃんと試作とかしてるんだね」
「そうだな。一応毎年レシピも違うし」
「へー、すごい本格的なんだね」
「去年までは先輩のお袋さんが現役のシェフで、その人がレシピを監修してくれてたんだけど、その人が卒業しちまったじゃんな。だから変更は本当に微々たるモンなんだけどな。どういう味が流行ってるかとか、そういうモンを調べて取り入れてみたり」
「へー。確かに唐揚げって言ってもいろいろあるもんね。大学祭のブースならともかく専門店だと万人受けする物にしていくのか、ピンポイントでここっていう層を狙って行くのかも変わってくるんだろうね」

 鵠さんの部屋で食べているということもあって、学食の揚げ鶏丼のイメージで白い米と一緒に食べたい気持ちが強い。ただ、鵠さんは自炊をほとんど(俺以上に)しない人だから、急に言ってごはんが出て来るとは考えにくい。唐揚げと白米なら食事になるし、米がなければ酒が欲しくなるけど、鵠さんはアルコールNGだからまずあり得ないんだよね。

「鵠さんは食べないの?」
「ちょっとつまみはする。でも、あんま夜遅く食うのも良くないじゃんな」
「えー、これくらいの時間なら全然早いけどなあ。ううん、わかってはいるんだよ。鵠さんは朝型だから寝るのも早いけど、俺は夜型でこれくらいの時間から活動が始まるから、夜食も全然余裕なんだよね」
「去年から思ってたけど、お前が俺の部屋に泊まるときって、禅寺での修行ツアーか何かだと思ってる節があるじゃんな。生活リズムの矯正だの、デジタルデトックスだの、何もない環境で心身を洗いに来る都会人のそれじゃんな」
「でも実際環境がそうさせるしねえ」

 今日も多分深夜1時には寝てしまうだろうし、朝も早い時間に起きるんだろうとは思う。遅くても一桁台の時間かな。窓の外から聞こえて来るのも俺の部屋だと車が道を走る音だとか、街の中の生活音が中心だけど、緑ヶ丘大学に程近いコムギハイツでは虫やフクロウの声に、木々がさざめく音だったりするもんね。

「鵠さん、わかってて聞いてみるけど白い米かアルコールない?」
「ない」
「ですよねー」
「つか、アルコールはないだろうにしても、メシだったらシノを当たればワンチャンあるんじゃん?」
「ああ、確かに。シノの部屋だったら米は絶対にあるね。ダメ元で聞いてみようかな」

 ここはムギワンの102号室でシノの部屋はムギツーの102号室。言ってみればお向かいさんだ。米があるか聞いてみると「冷や飯ならあります」と返って来たので、少し分けて欲しいと頼んでみる。こっちからは唐揚げを出せますと伝えて。この唐揚げもそろそろ食べてしまわないといけないということで、シノに食べてもらえれば鵠さんも助かるとのことで。

「鵠沼先輩お邪魔します! 高木先輩、飯っすー」
「ありがとう」
「先輩がこっちにいるってことは何かゼミ関係の作業だったんすか?」
「今日は学祭の方だね。それで、鵠さんがサークルの方で試作した唐揚げを食べさせてもらってるんだけど、お酒がないなら米が欲しくなるじゃない」
「違いないっすね」
「でも鵠さん自炊しない人だから、シノに聞いてみたってわけ」
「俺も唐揚げ食わしてもらえるんすよね?」
「今の季節ならまだ大丈夫だろうけど、早く食っちまった方がいいことには違いないじゃんな。食っちまってくれ」
「よっしゃ! いただきます!」
「あれっ。この時間に家にいたみたいだけど、シノ、バイトは?」
「バイトは明日っす」
「あそっか」

 ゼミ室泊なんかをやってると時間感覚や曜日感覚がなくなるから、たまにこうやって生活リズムを整える必要っていうのは本当にあるんだよね。それこそお寺での修行じゃないけど。コムギハイツの夜は短い。


end.


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+1年の時間軸でもTKGはまだ履修がたくさんあるし、授業に出るために鵠さんの部屋に泊まり込むのも変わってない。だからヒゲさんに目ぇ付けられるんや
鵠さんの部屋の環境はTKGからすればまさに修行地みたいなものだし、炊いた飯もなければ酒もないしパソコンも大した環境じゃないしであとはもう寝るだけなんですね
この時間軸だとシノがいるし、最初の引っ越し祝いの後にもシノ宅にはササが自分も食べるための食品とかを持ち込んでて欲しいんだよな。入り浸ってて欲しい。ゼミで作業した日とかにも。

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