2021(03)
■混沌の化学反応
++++
「それじゃーすがやんまたねー!」
「おう、お疲れー」
サークルが終われば、みんなとは別れて裏の駐車場へと1人向かう。今日はサキと一緒に帰らないから、本当に1人だ。ハナ先輩とゴティ先輩は違う駐車場に車止めてんだって。学部が違えば違う駐車場の方がいいのかもなー。
大学祭が近いということで、まだまだ人がたくさんいるなっていう感じ。駐輪場にも原付がたくさん並んでいる。軽くエンジン音が聞こえるなと思えば白いビッグスクーター。俺はバイクには乗れないけど、ビッグスクーターもなかなかカッコいいよなーって思う。
「おい、菅谷」
「えっ? あっ、高崎先輩! お疲れさまっす! どーしたんすか?」
「俺は卒論書いてて、帰ろうとしたところにくるみのバカデカい声だろ。お前がこっち来そうだと思ってよ。2、3聞きたいこともあるしな」
「あはは……くるみの声は通りますよね。人が少ないと建物に反響して尚更。で、俺に聞きたいことっていうのは」
「こないだ大樹がFMにしうみで俺を出待ちしやがって、そこで少し聞いたんだが、お前、向島に派遣されてるそうじゃねえか」
「あっ、そうなんすよ。週1で向こうに行って番組を収録してます」
「お前車だろ、飯行くか。立ち話も難だ」
「あっはい、是非!」
「じゃあ先走るから、付いて来い」
高崎先輩の単車について辿り着いたのは、トンカツ屋だ。壁にはライス・キャベツおかわり無料と書かれた紙が貼られている。野菜の高値ってニュースもよく見るこの時勢に、ライスはともかくキャベツのおかわり無料はなかなか攻めた店だなあと思う。
とりあえずトンカツ定食を頼んではみたものの、高崎先輩とサシメシっていうのがめちゃくちゃ緊張する。いや、悪い人じゃないとは知ってるけど、そもそも4年生の先輩と話したことなんか全然ないし、くるみか誰かと一緒にいることが多いから。何から話していいやら。
「向島の昼放送をやってるそうだが、行くきっかけは何だった」
「履修登録の頃に果林先輩とL先輩から向島に行ってくれーって。MBCCの選抜に漏れたんだなーと思ったんすけど、向島のノリ? 1年アナでそういうのに引かずに対応出来るのは俺だからーって」
「1年アナっつったら他に誰がいたか」
「ササとレナっすね」
「あー……確かに、向島のノリに中てられないかの心配は先に来るな」
高崎先輩がそう言うなら本当に向島のノリというのは物凄く濃いんだろう。実際に向こうで活動していても、ボケとツッコミと暴言の応酬がMBCCよりも数段激しいなとは思う。濃密な内輪のコミュニティ特有の空気というのが強い。
「昼放送の前情報は入れていったのか」
「昼放送は聞けなかったんすけど、向島の人が絡んでる去年の夏合宿の番組っていうのを聞いて少し予習していきました」
「あ? 過去番組をアーカイブ化してんじゃねえのか。向島の昼放送はあるだろ」
「いや、無かったっすね」
「あー、作品出展のディスクまではまだやってねえのか。去年の作品出展の向島のディスクに、菜月と野坂の番組が入ってたはずだ」
「マジすか! もっと早く知りたかったっす!」
「ま、菜月と野坂の番組は基本中の基本の構成だし、お前がやってみたいっていうぶっ飛んだ番組ではねえけどな」
「あれっ、俺がちょっと変わった番組をやってみたいってどこで聞いたんすか?」
「大樹が言ってたな。MBCCにも高木以外で誰かそういうことをしてた奴はいねえかとも聞かれたな」
サキはどこまで話してるんだと思いつつも、せっかくそういう話題になったので聞けることは聞いておきたい。自分だけで考えててもなかなか変わった番組のアイディアは浮かばない。構成のことだけなら高木先輩に聞けばいいんだろうけど、向島じゃ中身の方が大事なんだよな。
「向島に行って思ったのは、向こうはアナミキ関係なく番組の内容をガツガツ話し合ってて、化学反応が凄いなって。それから、どんな下らないことでも口ではバカじゃねーのと言いつつもどうすれば番組に組み込めるかって考えるところも、ウチじゃなかなかないなーって」
「そうだな。ウチはミキサーが番組の内容に口を出すことはそうない。良くも悪くもアナウンサー自身の力が問われるところだな」
「でも、面白いことが浮かばないんすよね。これって本当に面白いのかってブレーキがかかると言うか」
「それこそ向島に行ったときに言ってみればいい。連中の悪ふざけからなる大喜利は、言い方を変えればブレーンストーミングだ。無数に出たおふざけの中から使えそうなモンだけをブラッシュアップすることで、実現性の高い新しいアイディアになる」
「とにかく出してみるんすね」
「緑大の中ででも出来るぞ。特に、お前ら1年が6人揃うとぎゃあぎゃあうるせえ。タイプの違う連中がそんだけ集まれば、自分一人じゃ思いも寄らねえネタなんざポンポン出る」
確かにそうなんだよなあ。どんなに面白いことでも自分の中で思ってるだけじゃ、形にはならない。とにかく発してみることで、誰かがそれを育ててくれるかもしれないって思うしかないんだ。とにかく、俺も数を考えてみることから始めてみよう。
「ちょっと、自分でも考えてみるっす! いろいろありがとうございます」
「向島の連中が特にふざけたことをやってるのは年末特番だ。向こうで時間的余裕があるならそれを聞かせろって頼んでみればいい」
「え、ちなみにどれっくらいふざけてるんですか?」
「間違っても表には出せねえレベルだそうだ」
「やっべーめっちゃ気になる~…! 忘れないように通知出るようにしとこう」
end.
++++
ムライズムの申し子たちがいなくなったけれど、ラブ&ピースの蔓延るMMPはまだまだ悪ふざけの文化が根強い。
くるちゃんの声が夜の大学構内に反響してたらかわいいなあと思ったなど。壁に反響しそうじゃないですかあ
これは去年の話にあった「すがやんはトンカツをごちそうになったって」の回。高崎のゲリラ飯。
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「それじゃーすがやんまたねー!」
「おう、お疲れー」
サークルが終われば、みんなとは別れて裏の駐車場へと1人向かう。今日はサキと一緒に帰らないから、本当に1人だ。ハナ先輩とゴティ先輩は違う駐車場に車止めてんだって。学部が違えば違う駐車場の方がいいのかもなー。
大学祭が近いということで、まだまだ人がたくさんいるなっていう感じ。駐輪場にも原付がたくさん並んでいる。軽くエンジン音が聞こえるなと思えば白いビッグスクーター。俺はバイクには乗れないけど、ビッグスクーターもなかなかカッコいいよなーって思う。
「おい、菅谷」
「えっ? あっ、高崎先輩! お疲れさまっす! どーしたんすか?」
「俺は卒論書いてて、帰ろうとしたところにくるみのバカデカい声だろ。お前がこっち来そうだと思ってよ。2、3聞きたいこともあるしな」
「あはは……くるみの声は通りますよね。人が少ないと建物に反響して尚更。で、俺に聞きたいことっていうのは」
「こないだ大樹がFMにしうみで俺を出待ちしやがって、そこで少し聞いたんだが、お前、向島に派遣されてるそうじゃねえか」
「あっ、そうなんすよ。週1で向こうに行って番組を収録してます」
「お前車だろ、飯行くか。立ち話も難だ」
「あっはい、是非!」
「じゃあ先走るから、付いて来い」
高崎先輩の単車について辿り着いたのは、トンカツ屋だ。壁にはライス・キャベツおかわり無料と書かれた紙が貼られている。野菜の高値ってニュースもよく見るこの時勢に、ライスはともかくキャベツのおかわり無料はなかなか攻めた店だなあと思う。
とりあえずトンカツ定食を頼んではみたものの、高崎先輩とサシメシっていうのがめちゃくちゃ緊張する。いや、悪い人じゃないとは知ってるけど、そもそも4年生の先輩と話したことなんか全然ないし、くるみか誰かと一緒にいることが多いから。何から話していいやら。
「向島の昼放送をやってるそうだが、行くきっかけは何だった」
「履修登録の頃に果林先輩とL先輩から向島に行ってくれーって。MBCCの選抜に漏れたんだなーと思ったんすけど、向島のノリ? 1年アナでそういうのに引かずに対応出来るのは俺だからーって」
「1年アナっつったら他に誰がいたか」
「ササとレナっすね」
「あー……確かに、向島のノリに中てられないかの心配は先に来るな」
高崎先輩がそう言うなら本当に向島のノリというのは物凄く濃いんだろう。実際に向こうで活動していても、ボケとツッコミと暴言の応酬がMBCCよりも数段激しいなとは思う。濃密な内輪のコミュニティ特有の空気というのが強い。
「昼放送の前情報は入れていったのか」
「昼放送は聞けなかったんすけど、向島の人が絡んでる去年の夏合宿の番組っていうのを聞いて少し予習していきました」
「あ? 過去番組をアーカイブ化してんじゃねえのか。向島の昼放送はあるだろ」
「いや、無かったっすね」
「あー、作品出展のディスクまではまだやってねえのか。去年の作品出展の向島のディスクに、菜月と野坂の番組が入ってたはずだ」
「マジすか! もっと早く知りたかったっす!」
「ま、菜月と野坂の番組は基本中の基本の構成だし、お前がやってみたいっていうぶっ飛んだ番組ではねえけどな」
「あれっ、俺がちょっと変わった番組をやってみたいってどこで聞いたんすか?」
「大樹が言ってたな。MBCCにも高木以外で誰かそういうことをしてた奴はいねえかとも聞かれたな」
サキはどこまで話してるんだと思いつつも、せっかくそういう話題になったので聞けることは聞いておきたい。自分だけで考えててもなかなか変わった番組のアイディアは浮かばない。構成のことだけなら高木先輩に聞けばいいんだろうけど、向島じゃ中身の方が大事なんだよな。
「向島に行って思ったのは、向こうはアナミキ関係なく番組の内容をガツガツ話し合ってて、化学反応が凄いなって。それから、どんな下らないことでも口ではバカじゃねーのと言いつつもどうすれば番組に組み込めるかって考えるところも、ウチじゃなかなかないなーって」
「そうだな。ウチはミキサーが番組の内容に口を出すことはそうない。良くも悪くもアナウンサー自身の力が問われるところだな」
「でも、面白いことが浮かばないんすよね。これって本当に面白いのかってブレーキがかかると言うか」
「それこそ向島に行ったときに言ってみればいい。連中の悪ふざけからなる大喜利は、言い方を変えればブレーンストーミングだ。無数に出たおふざけの中から使えそうなモンだけをブラッシュアップすることで、実現性の高い新しいアイディアになる」
「とにかく出してみるんすね」
「緑大の中ででも出来るぞ。特に、お前ら1年が6人揃うとぎゃあぎゃあうるせえ。タイプの違う連中がそんだけ集まれば、自分一人じゃ思いも寄らねえネタなんざポンポン出る」
確かにそうなんだよなあ。どんなに面白いことでも自分の中で思ってるだけじゃ、形にはならない。とにかく発してみることで、誰かがそれを育ててくれるかもしれないって思うしかないんだ。とにかく、俺も数を考えてみることから始めてみよう。
「ちょっと、自分でも考えてみるっす! いろいろありがとうございます」
「向島の連中が特にふざけたことをやってるのは年末特番だ。向こうで時間的余裕があるならそれを聞かせろって頼んでみればいい」
「え、ちなみにどれっくらいふざけてるんですか?」
「間違っても表には出せねえレベルだそうだ」
「やっべーめっちゃ気になる~…! 忘れないように通知出るようにしとこう」
end.
++++
ムライズムの申し子たちがいなくなったけれど、ラブ&ピースの蔓延るMMPはまだまだ悪ふざけの文化が根強い。
くるちゃんの声が夜の大学構内に反響してたらかわいいなあと思ったなど。壁に反響しそうじゃないですかあ
これは去年の話にあった「すがやんはトンカツをごちそうになったって」の回。高崎のゲリラ飯。
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