2021(03)
■出待ちのプレゼン
++++
「高崎先輩」
「あ?」
FMにしうみでの番組終わり、局の外に出るなり声をかけられた。西海に知り合いがいないことはないが、俺を先輩と呼ぶ奴に心当たりはない。誰かと思って声の方を見ると、いつか見たような、けれども誰かはすぐに思い出せない小柄なメガネがいた。
「あー……えーと、誰だったか」
「MBCCのサキこと佐崎大樹です」
「あー、お前か。陸と智也の他の3人目のササキってのは」
「そうです」
「で、その大樹が俺に何の用だ。つかここは西海だぞ」
「アポも取らずに声をかけたのはすみません。高崎先輩に少し、大学祭のことで質問があって出待ちしてました。俺の家は西海で、この近くです」
「そうか。ま、立ち話するには俺の腹が減り過ぎてるからどっか移動していいか」
近くのファミレスに入って、大学祭についての質問やらを受ける体制をとる。俺は軽く飯を食うし、店に入ったんだからお前も何か頼めと勧めると、大樹は控えめにチーズケーキを頼む。現在時刻は午後10時半。確かに一般的にはガッツリ食う時間帯でもないのかもしれない。
「それで、何を聞きたい」
「MBCCでは例年通り食品ブースで焼きそばを出すことになりました。それでレシピ開発や原価計算などをする中で、去年のレシピで行くのがいいという結論に達しました」
「それは、決してサボった結果ではねえんだな」
「はい。大学が公式に発表している来場者数から割り出した売り上げの割合が高い年のレシピを試作した上で、売れそうな傾向や現在のトレンドなどを加味して試作した上での結論です」
「そこまで分析してやってんならまあ、それはそうとしてお前らの決断なんだな」
「はい。それで、去年の食品ブースでは高崎先輩が緑大準ミスターとして鉄板の前に立ちっ放しだったと。なのでフライパンで作るときと鉄板で作るときの違いなんかを教えてもらおうかと思って」
「つかそれをどこで聞いて来やがった。MBCCの各種ノートにはミスターコンだのミスコンの記録は残してねえはずだぞ」
「向島の雑記帳にそのように書いてあったとすがやんから聞いて、そのルートから聞き込みを進めました」
向島の雑記帳が出てきた経緯は後で聞くとして、去年の向島でそこまで筆まめな奴なんか菜月くらいしか心当たりがねえ。そこまで裏を取られているなら逃げも隠れもしねえし、よく調べて来やがったじゃねえかと感心すらする。アポなしで俺の前に立つだけのことはあるなと。最初の頃の果林より圧倒的に良い。
「いくつかある突っ込みどころは後で聞くとして、本番、鉄板で焼くときにまず違うのは火力と作る規模だ。鉄板はその名の通り鉄の板だ。フライパンとは材質や表面のコーティング加工なんかが違ってくる」
「なるほど。油の量や水分調整が難しそうですね」
「それから、去年のレシピでやるならテイクアウト対応を強化するのがいい。あれは冷めても美味いからな」
「そうなると輪ゴムと手提げ袋ですかね」
「そうだな。それからもうひとつ。大学祭には少なからずOBが顔を出す。卒業生には大学から1000円分の金券が郵送されてくるんだが、OBからは1000円分根刮ぎ毟り取れ。売り上げが上がれば上がる分だけ打ち上げのグレードが上がるし、今後の積み立てにも出来るからな」
「わかりました。OBの人の見分け方なんかは」
「大体フランクに声をかけてくるし、3年以上が現場にいるなら挨拶くらいするだろ。それで判断してもいい」
俺の出すアドバイスをひとつひとつ丁寧にメモする大樹がいちいち真面目かと。話を聞けば、今年の食品ブースはくるみがリーダーで、菅谷がドライバー、そして大樹はデータ収集や原価計算と役割がはっきりしているそうだ。……で、これはそのデータ収集の一環だと。
「で、向島の雑記帳はどこから出てきた」
「この秋学期、緑大と向島の利害が一致してすがやんが向こうで昼放送をするのに週に1度派遣されてるんです。そこで読んだそうです」
「昼放送を向島でやってんのか。確かに向島はアナがいねえからミキサーが余るもんな」
「放送技術の中にある向島らしさとか、向こうの文化みたいな物を見て学んで持ち帰ってくるのも仕事だと」
「向島らしさなんざざっと思い返しても悪ノリくらいしか出て来ねえけどな。いや、今ならまだギリギリ3年ミキサーがいるから機材王国としての面子は保ってんのか」
「やっぱりノリの部分になるんですね。変わった構成での番組を臆せずにやる人が多いとは聞きましたけど。すがやんはせっかく向島に行ってるんだからそういう番組をやりたいと言ってるんですけど、発想力が足りないみたくて。緑大にも誰かそういう人が、高木先輩以外でいたという記録はないんですかね」
「高木以外にそんなことをする奴なあ……俺の記憶の限りじゃ――」
いや、いつもじゃねえが、ふざけたことをやった奴なら確かにいた。2、3年に1回、サッカーのデカい大会があるときだけ開放されるヤツがある。ウチで変わった番組と言えば、高木を除けば本当にあれくらいだろう。
「本当に数えるくらいしかやってねえんだが、昼放送でマルチのダブルトークをやった奴ならいる」
「自分も喋ってたんですか、ミキサーが」
「ああ」
「あの機材でそれをやるなんて、相当凄腕なんですね。面白い話を聞かせてもらいました。ありがとうございました」
概ね満足したのか、大樹はちびちびとチーズケーキを食べ始めた。食品ブース運営に目処がついたのか、それとも所謂緑ヶ丘らしい画一的な番組を打開する糸口を掴んだのか。さて、1年はこれからどうする。
end.
++++
去年の話から、サキがチーズケーキをごちそうになりましたの回。西海住みの荒業。
サキの下調べに基づく話はプレゼンバトルを重ねてきた高崎にもある程度納得できる物だったらしい。最初の頃の果林より強いのか
余所の大学のことまで事細かに記録を残した向島の筆まめな人が誰かという問題も、愚問でした。MMPの男は大体筆無精!
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「高崎先輩」
「あ?」
FMにしうみでの番組終わり、局の外に出るなり声をかけられた。西海に知り合いがいないことはないが、俺を先輩と呼ぶ奴に心当たりはない。誰かと思って声の方を見ると、いつか見たような、けれども誰かはすぐに思い出せない小柄なメガネがいた。
「あー……えーと、誰だったか」
「MBCCのサキこと佐崎大樹です」
「あー、お前か。陸と智也の他の3人目のササキってのは」
「そうです」
「で、その大樹が俺に何の用だ。つかここは西海だぞ」
「アポも取らずに声をかけたのはすみません。高崎先輩に少し、大学祭のことで質問があって出待ちしてました。俺の家は西海で、この近くです」
「そうか。ま、立ち話するには俺の腹が減り過ぎてるからどっか移動していいか」
近くのファミレスに入って、大学祭についての質問やらを受ける体制をとる。俺は軽く飯を食うし、店に入ったんだからお前も何か頼めと勧めると、大樹は控えめにチーズケーキを頼む。現在時刻は午後10時半。確かに一般的にはガッツリ食う時間帯でもないのかもしれない。
「それで、何を聞きたい」
「MBCCでは例年通り食品ブースで焼きそばを出すことになりました。それでレシピ開発や原価計算などをする中で、去年のレシピで行くのがいいという結論に達しました」
「それは、決してサボった結果ではねえんだな」
「はい。大学が公式に発表している来場者数から割り出した売り上げの割合が高い年のレシピを試作した上で、売れそうな傾向や現在のトレンドなどを加味して試作した上での結論です」
「そこまで分析してやってんならまあ、それはそうとしてお前らの決断なんだな」
「はい。それで、去年の食品ブースでは高崎先輩が緑大準ミスターとして鉄板の前に立ちっ放しだったと。なのでフライパンで作るときと鉄板で作るときの違いなんかを教えてもらおうかと思って」
「つかそれをどこで聞いて来やがった。MBCCの各種ノートにはミスターコンだのミスコンの記録は残してねえはずだぞ」
「向島の雑記帳にそのように書いてあったとすがやんから聞いて、そのルートから聞き込みを進めました」
向島の雑記帳が出てきた経緯は後で聞くとして、去年の向島でそこまで筆まめな奴なんか菜月くらいしか心当たりがねえ。そこまで裏を取られているなら逃げも隠れもしねえし、よく調べて来やがったじゃねえかと感心すらする。アポなしで俺の前に立つだけのことはあるなと。最初の頃の果林より圧倒的に良い。
「いくつかある突っ込みどころは後で聞くとして、本番、鉄板で焼くときにまず違うのは火力と作る規模だ。鉄板はその名の通り鉄の板だ。フライパンとは材質や表面のコーティング加工なんかが違ってくる」
「なるほど。油の量や水分調整が難しそうですね」
「それから、去年のレシピでやるならテイクアウト対応を強化するのがいい。あれは冷めても美味いからな」
「そうなると輪ゴムと手提げ袋ですかね」
「そうだな。それからもうひとつ。大学祭には少なからずOBが顔を出す。卒業生には大学から1000円分の金券が郵送されてくるんだが、OBからは1000円分根刮ぎ毟り取れ。売り上げが上がれば上がる分だけ打ち上げのグレードが上がるし、今後の積み立てにも出来るからな」
「わかりました。OBの人の見分け方なんかは」
「大体フランクに声をかけてくるし、3年以上が現場にいるなら挨拶くらいするだろ。それで判断してもいい」
俺の出すアドバイスをひとつひとつ丁寧にメモする大樹がいちいち真面目かと。話を聞けば、今年の食品ブースはくるみがリーダーで、菅谷がドライバー、そして大樹はデータ収集や原価計算と役割がはっきりしているそうだ。……で、これはそのデータ収集の一環だと。
「で、向島の雑記帳はどこから出てきた」
「この秋学期、緑大と向島の利害が一致してすがやんが向こうで昼放送をするのに週に1度派遣されてるんです。そこで読んだそうです」
「昼放送を向島でやってんのか。確かに向島はアナがいねえからミキサーが余るもんな」
「放送技術の中にある向島らしさとか、向こうの文化みたいな物を見て学んで持ち帰ってくるのも仕事だと」
「向島らしさなんざざっと思い返しても悪ノリくらいしか出て来ねえけどな。いや、今ならまだギリギリ3年ミキサーがいるから機材王国としての面子は保ってんのか」
「やっぱりノリの部分になるんですね。変わった構成での番組を臆せずにやる人が多いとは聞きましたけど。すがやんはせっかく向島に行ってるんだからそういう番組をやりたいと言ってるんですけど、発想力が足りないみたくて。緑大にも誰かそういう人が、高木先輩以外でいたという記録はないんですかね」
「高木以外にそんなことをする奴なあ……俺の記憶の限りじゃ――」
いや、いつもじゃねえが、ふざけたことをやった奴なら確かにいた。2、3年に1回、サッカーのデカい大会があるときだけ開放されるヤツがある。ウチで変わった番組と言えば、高木を除けば本当にあれくらいだろう。
「本当に数えるくらいしかやってねえんだが、昼放送でマルチのダブルトークをやった奴ならいる」
「自分も喋ってたんですか、ミキサーが」
「ああ」
「あの機材でそれをやるなんて、相当凄腕なんですね。面白い話を聞かせてもらいました。ありがとうございました」
概ね満足したのか、大樹はちびちびとチーズケーキを食べ始めた。食品ブース運営に目処がついたのか、それとも所謂緑ヶ丘らしい画一的な番組を打開する糸口を掴んだのか。さて、1年はこれからどうする。
end.
++++
去年の話から、サキがチーズケーキをごちそうになりましたの回。西海住みの荒業。
サキの下調べに基づく話はプレゼンバトルを重ねてきた高崎にもある程度納得できる物だったらしい。最初の頃の果林より強いのか
余所の大学のことまで事細かに記録を残した向島の筆まめな人が誰かという問題も、愚問でした。MMPの男は大体筆無精!
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