2021(02)
■money comes and goes
++++
「は!? とうとう三井の部屋に潜入することに成功しただって!?」
圭斗先輩が驚かれるのも無理はない。三井先輩も向島大学の近くには住んでいるものの、人を部屋に入れることはほとんどなく、入ったことがあるのは仲良くしている2つ上(俺から見れば3コ上)の先輩だけなのだという。そんな謎に満ち溢れた三井先輩の部屋に、同期以下として初めて潜入を成功させたと語るのはさすがの菜月先輩だ。
いや、三井先輩は下心の塊のような人だし、そのような人の部屋に菜月先輩が単身乗り込まれたというのは正直めちゃくちゃもやっとするのだけども。しかも菜月先輩は当時お酒が入っていてほろ酔い状態だったとか。いつも菜月先輩宅での宅飲みの様子を知っているから、そんな状態で男の部屋に乗り込むとか無防備極まりないとしか言いようがないじゃないか。
「そうだぞ。人が気分よく晩酌をしながらソリティアをしていたのに」
「あの菜月さんがソリティアの手を止めて三井の呼び出しに応じただけでも奇跡だと思うけどね」
「やァー、違いないスわ」
「ソリティアの手を止めたというだけで、決して三井先輩の優先度が上がったというワケではないと思うのですが」
「ん、言うね野坂」
「野坂はナチュラルに三井先輩をディスる性質がありヤすからね」
ちなみに今日は圭斗先輩宅で学祭の食品ブースで出すフライドポテトの試作会が行われたところだ。積もる話がある人や翌日の予定に余裕のある人がそのまま圭斗先輩宅に残って、試作したポテトをつまみながら一杯やっているというワケだ。家主の圭斗先輩と菜月先輩、そして俺と律の4人が残っている。
「それで、三井の部屋で何を」
「履歴書の添削だ」
「履歴書? 就活のかい?」
「そうだぞ。就活のエントリーシートと履歴書だ。明日必着だから添削をしてくれと泣きついて来たんだ」
「翌日必着の履歴書を、前日の何時に」
「夜7時だ」
「バカなのかな?」
「律、三井先輩は就活中だから今回の招集を見送ったって言ってたよな」
「そースね。圭斗先輩と菜月先輩はもう内定を持ってるンで声をかけてもイイカナーと思ったンすけど」
「三井先輩はいろいろ内定をキープした上で就活を続行しているという感じなのか?」
「いや、つい何日か前に始めたんだ」
「意味がわからない」
菜月先輩によれば、三井先輩は自分なら就職の内定くらいすぐにもらえるだろうと踏んでいて、それで就活のスタートがこのタイミングになったんだそうだ。経団連がどうしたこうしたとは言うけれど、実際の就活はもっと早くに始まって終わる人の方が多いイメージだ。現に菜月先輩と圭斗先輩もそうだし。
で、10月に入ってからようやく就活を始めた三井先輩が、第一志望の企業に提出するエントリーシートと履歴書を、必着日の前日夜になって初めて書き始めるというのはさすがにナメすぎじゃないかと思うワケで。これを反面教師にすればいいのかと、これから本格的な就活戦線に突っ込んでいくことになる俺と律は学んだのであった。
「就活を始める時期に関しては論外としても、書類の添削に関しては僕が三井の立場だったとしても菜月さんを選ぶね」
「違いないスわ」
「しかし菜月さんのことだから、タダではやってないんだろう?」
「添削中の飲み食いに関しては全持ちさせたのと、朝になって郵便局に行った帰りにドーナツを買って来させたくらいだぞ。ああ、それと今度焼肉に行くことになってるけど」
「やったー! さすがすぎる件について!」
「いよッ! これでこそ菜月先輩スわァー!」
これでこそ俺たちの菜月先輩だぜ! 財布、もとい三井先輩をうま~く乗せて食費を浮かすことに定評がありすぎるんだ! 俺と律はその話にゲラゲラ笑っているし、圭斗先輩もそんな俺たちを見て3年生は本当に正直でいいねと笑みを浮かべられている。添削中の飲み食いを全持ちはまあわかるにしても、ドーナツと焼肉は結構なレベルなんだよなあ。
「いや、でもだぞ。最初に書いたっていうエントリーシートの下書き? 酒の入った素人がザッと見るだけでも真っ赤になったんだぞ。言葉の用法違いだとか助詞の使い方、誤字脱字に存在しない漢字を作り出したりと」
「それはなかなかキツイすね」
「その点については僕も人のことは言えないのだけれど」
「圭斗先輩は手書きでなければ全く問題ありませんので……」
「菜月先輩、ぶっちゃけた話、三井先輩から何回焼肉ゴチになってヤす?」
「あー……えーと…?」
ひいふう、と指折り数える菜月先輩だけど、指折り数えられるだけでもヤバいのに、小指まで達したそれが戻って来ることの衝撃だよ。と言うか、そのうちの何回かは何故か俺もご一緒させていただいているけれどもだ! 俺の記憶が正しければ、去年だけでも菜月先輩は5回ほど焼肉を奢られていたはずだから、今年と去年以前を含めるとどうなってしまうんだ。
「10、回…? うん、それくらいのはず。3年になってからのは飲み放題も付いてるかな」
「もちろん三井が菜月さんに貢いだのは焼肉だけではないから、総額10万は軽く超えているだろうというのが僕の見方だけどね」
「いやァー? 10万で将来の就職先が買えるなら安いンじゃないスかァー?」
「律の表現よ」
end.
++++
ポテトの試作の裏でそんなことを話していたらしいMMPの皆さん。先代のムラマリさんポジションになった菜圭と先代の菜圭ポジになったノサ律である。
菜月さんが三井サンから焼肉を奢られた回数は??回なんだけども、学年と回数を重ねていくうちに三井サンの見栄なんかも働いてどんどんグレードアップしていったんだよなあ
ナチュラルに先輩をディスる性質のあるノサカ、圭斗さんのことも字が汚いんだわと暗に言っている……それはそれで事実ではあるんだけども! 手書きじゃなきゃちゃんと書類を作れるから!
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「は!? とうとう三井の部屋に潜入することに成功しただって!?」
圭斗先輩が驚かれるのも無理はない。三井先輩も向島大学の近くには住んでいるものの、人を部屋に入れることはほとんどなく、入ったことがあるのは仲良くしている2つ上(俺から見れば3コ上)の先輩だけなのだという。そんな謎に満ち溢れた三井先輩の部屋に、同期以下として初めて潜入を成功させたと語るのはさすがの菜月先輩だ。
いや、三井先輩は下心の塊のような人だし、そのような人の部屋に菜月先輩が単身乗り込まれたというのは正直めちゃくちゃもやっとするのだけども。しかも菜月先輩は当時お酒が入っていてほろ酔い状態だったとか。いつも菜月先輩宅での宅飲みの様子を知っているから、そんな状態で男の部屋に乗り込むとか無防備極まりないとしか言いようがないじゃないか。
「そうだぞ。人が気分よく晩酌をしながらソリティアをしていたのに」
「あの菜月さんがソリティアの手を止めて三井の呼び出しに応じただけでも奇跡だと思うけどね」
「やァー、違いないスわ」
「ソリティアの手を止めたというだけで、決して三井先輩の優先度が上がったというワケではないと思うのですが」
「ん、言うね野坂」
「野坂はナチュラルに三井先輩をディスる性質がありヤすからね」
ちなみに今日は圭斗先輩宅で学祭の食品ブースで出すフライドポテトの試作会が行われたところだ。積もる話がある人や翌日の予定に余裕のある人がそのまま圭斗先輩宅に残って、試作したポテトをつまみながら一杯やっているというワケだ。家主の圭斗先輩と菜月先輩、そして俺と律の4人が残っている。
「それで、三井の部屋で何を」
「履歴書の添削だ」
「履歴書? 就活のかい?」
「そうだぞ。就活のエントリーシートと履歴書だ。明日必着だから添削をしてくれと泣きついて来たんだ」
「翌日必着の履歴書を、前日の何時に」
「夜7時だ」
「バカなのかな?」
「律、三井先輩は就活中だから今回の招集を見送ったって言ってたよな」
「そースね。圭斗先輩と菜月先輩はもう内定を持ってるンで声をかけてもイイカナーと思ったンすけど」
「三井先輩はいろいろ内定をキープした上で就活を続行しているという感じなのか?」
「いや、つい何日か前に始めたんだ」
「意味がわからない」
菜月先輩によれば、三井先輩は自分なら就職の内定くらいすぐにもらえるだろうと踏んでいて、それで就活のスタートがこのタイミングになったんだそうだ。経団連がどうしたこうしたとは言うけれど、実際の就活はもっと早くに始まって終わる人の方が多いイメージだ。現に菜月先輩と圭斗先輩もそうだし。
で、10月に入ってからようやく就活を始めた三井先輩が、第一志望の企業に提出するエントリーシートと履歴書を、必着日の前日夜になって初めて書き始めるというのはさすがにナメすぎじゃないかと思うワケで。これを反面教師にすればいいのかと、これから本格的な就活戦線に突っ込んでいくことになる俺と律は学んだのであった。
「就活を始める時期に関しては論外としても、書類の添削に関しては僕が三井の立場だったとしても菜月さんを選ぶね」
「違いないスわ」
「しかし菜月さんのことだから、タダではやってないんだろう?」
「添削中の飲み食いに関しては全持ちさせたのと、朝になって郵便局に行った帰りにドーナツを買って来させたくらいだぞ。ああ、それと今度焼肉に行くことになってるけど」
「やったー! さすがすぎる件について!」
「いよッ! これでこそ菜月先輩スわァー!」
これでこそ俺たちの菜月先輩だぜ! 財布、もとい三井先輩をうま~く乗せて食費を浮かすことに定評がありすぎるんだ! 俺と律はその話にゲラゲラ笑っているし、圭斗先輩もそんな俺たちを見て3年生は本当に正直でいいねと笑みを浮かべられている。添削中の飲み食いを全持ちはまあわかるにしても、ドーナツと焼肉は結構なレベルなんだよなあ。
「いや、でもだぞ。最初に書いたっていうエントリーシートの下書き? 酒の入った素人がザッと見るだけでも真っ赤になったんだぞ。言葉の用法違いだとか助詞の使い方、誤字脱字に存在しない漢字を作り出したりと」
「それはなかなかキツイすね」
「その点については僕も人のことは言えないのだけれど」
「圭斗先輩は手書きでなければ全く問題ありませんので……」
「菜月先輩、ぶっちゃけた話、三井先輩から何回焼肉ゴチになってヤす?」
「あー……えーと…?」
ひいふう、と指折り数える菜月先輩だけど、指折り数えられるだけでもヤバいのに、小指まで達したそれが戻って来ることの衝撃だよ。と言うか、そのうちの何回かは何故か俺もご一緒させていただいているけれどもだ! 俺の記憶が正しければ、去年だけでも菜月先輩は5回ほど焼肉を奢られていたはずだから、今年と去年以前を含めるとどうなってしまうんだ。
「10、回…? うん、それくらいのはず。3年になってからのは飲み放題も付いてるかな」
「もちろん三井が菜月さんに貢いだのは焼肉だけではないから、総額10万は軽く超えているだろうというのが僕の見方だけどね」
「いやァー? 10万で将来の就職先が買えるなら安いンじゃないスかァー?」
「律の表現よ」
end.
++++
ポテトの試作の裏でそんなことを話していたらしいMMPの皆さん。先代のムラマリさんポジションになった菜圭と先代の菜圭ポジになったノサ律である。
菜月さんが三井サンから焼肉を奢られた回数は??回なんだけども、学年と回数を重ねていくうちに三井サンの見栄なんかも働いてどんどんグレードアップしていったんだよなあ
ナチュラルに先輩をディスる性質のあるノサカ、圭斗さんのことも字が汚いんだわと暗に言っている……それはそれで事実ではあるんだけども! 手書きじゃなきゃちゃんと書類を作れるから!
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