2021(02)
■秋口の朝の呼吸
++++
「あー……酸素が足りない」
「レイ君随分頑張ったねえ。もう5時だよ」
「5時くらいなら休憩にはちょうどいい頃合いですね。一旦外の空気吸ってきます」
「それがいいよ。……って、えっ!? まだやる気なの!?」
京川さん宅でUSDX関係の作業をしていると、気付けば朝の5時を回っていた。作業というのは動画の収録もそうだけど、歌物動画の作詞だとか、今後の企画に関する案を出すだとか、いろいろ。ついでなので他の実況者さんが出す動画で使ってもらうシナリオ原案をまとめたり。
塩見さんとリン君は収録が終わった時点で帰ったけど、菅野と菅野はそれぞれ作業があったのでそれをやって、一段落したということで雑魚寝をしている。俺はと言えば、一度ノるとなかなか熱が冷めないのでずっと作業しっぱなし。京川さんはそんな俺を何をするでもなく眺めていた。
「それじゃ、しばらく失礼します」
ここは向島大学のすぐ側にある学生街のマンションで、近くにはコンビニや弁当屋がある。星港市内にある星ヶ丘大学の周りとはやっぱり少し違って来るなあと来る度に思いながら、熱い紅茶でももらってから外に出ればよかったかなと少しだけ後悔。
「あれ、なっち」
「ああ、朝霞か。どうしたんだこんなところで」
「そこが京川さんの部屋で、USDXの作業」
「ああ、なるほど。これが作業の徹夜か。目が大分イッてるもんな」
「そうか? 1日目ならそれほどでもないと思うんだけど」
「徹夜に何日目っていう単位を使うことがまずおかしいんだ」
マンションの4階踊り場で、なっちと鉢合わせる。なっちも向島大学近くのマンションに住んではいるけど、なっちの家はこの建物ではない。音楽拠点になっている須賀の家の真ん前に建つピンク色のマンションのはずだ。まあ、大学近くだし友達の家とかなのかもしれない。
「なっちはこんなところでどうした?」
「そこが三井の家で」
「うおっ、マジか。てかミッツが人を家に入れるイメージがないな」
「まあ実際そうなんだけど、今日必着の履歴書を書いてるところなんだ」
「は? 履歴書って、就活のか」
「就活のだ」
「と言うかミッツは慎重に選んでるのか。俺なんか内定もらったトコでパーッと決めたけど」
「違うぞ。慎重に選んでるんじゃなくて今始めたばっかりなんだ」
「……それはそれでどうかと思うけど、人それぞれだもんな」
話によれば、なっちはミッツから履歴書を書くのを手伝ってくれと言われて招集されたらしい。ミッツは自分ならどこの会社でも余裕で採用されるはずだからと10月に入ってようやく就活らしい就活を始めたようで、今ある募集の中から選んだ第一志望の会社に出す書類を作っているんだとか。
第一志望の会社に出す履歴書を、必着日の早朝になってもまだ書いているというのはさすがに就職活動をナメきってないかと思うけど、その辺は人それぞれだから他人がとやかく言うことじゃないな。で、なっちはミッツの作った草案に赤を入れに入れに入れて真っ赤にして、鞭を打つ係をしていたようだ。
「どうにもこうにもMMPの男連中は書類ひとつまともに作ることが出来ないのかと」
「そういや圭斗名義の書類とか結構作ってたもんな」
「それな。まあ、圭斗はまだ文章を作ることが出来るだけマシなんだ。直筆の書類じゃなければ自分でどうにでも出来るし。三井はまず文章力の問題があってだな。酒の入った素人がちょっと見ただけでも粗が見つかるって」
「ほんのちょっとくらいなら酒が入ってる方が適度に力も抜けて逆にいいんじゃないか? 俺は強くないから作業中に酒は飲まないけど」
「あれっ、飲酒配信とかしてなかったか」
「してるけど、配信で飲むのは度数高くないの1本って決めてるから」
USDXのメンバーは往々にしてザルが多いので、俺は酒が好きな割には全然同じように飲めなくて、飲もうとしたところで塩見さんとリン君に止められるということを何度かやった。塩見さんは大人の人だしリン君は泥酔した俺の被害に何度も遭っているから止めるのはわかる。
「なっち自身は就活終わってんの?」
「うちは終わってる。お前は決まってるって言ったな」
「うん。イベントの企画とか運営とかやってる会社」
「USDXのメンバーはどうなんだ? 進路とか」
「リン君と菅野が院への進学で、菅野がゲーム制作会社だったかな」
「全然驚きがないな。あとリンさんの話は美奈から聞いてたわ」
「あと京川さんは留年しようかなって言ってた」
「あの人はノサカのゼミの先輩らしいけど、全く以って意味がわからないって真顔で言ってたから本当に意味の分からない人なんだろうなとは」
「……う~……寒っ」
「まあ、さすがに朝晩は少し冷えるようにはなってきたな」
「そしたら俺は部屋に戻ります。酸素も吸ったんで」
「うちもそろそろ監視に戻るかあ。それじゃ」
「お疲れ」
なっちとの話を切り上げて京川さんの部屋に戻ると、少し窓が開いていた。近くの部屋からクラシック音楽が漏れて来ていて、多分なっちがミッツの尻を叩くためにかけていたのがこれなんだなと察する。つか音が漏れるレベルの近所かよ。……なるほど、これが騒音問題の始まりか。
「レイ君、長かったね」
「そこでなっちと会いまして、立ち話してました」
「えっ、菜月ちゃんいたんだ。朝帰り的な?」
「サークルの同期が出す今日必着の履歴書の添削をしてたみたいですね。今から就活を始めたとかで」
「何その出張キャリアセンター。今始めてテキトーなトコ掴まされるくらいならもう1年待ってもっといいトコ狙いに行けばいいのに」
「みんながみんな軽々と留年はしないんですよ」
end.
++++
レモンハウスだしそんなことがあってもいいかなと思ったなどと供述しており
菜月さんが三井サンの部屋で履歴書書くのを監視している裏でクラシックのCDをかけてたんだけど、それが聞こえるレベルの近所らしい
樹理ちゃんは軽率に留年する人なんだけど、いつまで大学にいるつもりなのかは謎に包まれている
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「あー……酸素が足りない」
「レイ君随分頑張ったねえ。もう5時だよ」
「5時くらいなら休憩にはちょうどいい頃合いですね。一旦外の空気吸ってきます」
「それがいいよ。……って、えっ!? まだやる気なの!?」
京川さん宅でUSDX関係の作業をしていると、気付けば朝の5時を回っていた。作業というのは動画の収録もそうだけど、歌物動画の作詞だとか、今後の企画に関する案を出すだとか、いろいろ。ついでなので他の実況者さんが出す動画で使ってもらうシナリオ原案をまとめたり。
塩見さんとリン君は収録が終わった時点で帰ったけど、菅野と菅野はそれぞれ作業があったのでそれをやって、一段落したということで雑魚寝をしている。俺はと言えば、一度ノるとなかなか熱が冷めないのでずっと作業しっぱなし。京川さんはそんな俺を何をするでもなく眺めていた。
「それじゃ、しばらく失礼します」
ここは向島大学のすぐ側にある学生街のマンションで、近くにはコンビニや弁当屋がある。星港市内にある星ヶ丘大学の周りとはやっぱり少し違って来るなあと来る度に思いながら、熱い紅茶でももらってから外に出ればよかったかなと少しだけ後悔。
「あれ、なっち」
「ああ、朝霞か。どうしたんだこんなところで」
「そこが京川さんの部屋で、USDXの作業」
「ああ、なるほど。これが作業の徹夜か。目が大分イッてるもんな」
「そうか? 1日目ならそれほどでもないと思うんだけど」
「徹夜に何日目っていう単位を使うことがまずおかしいんだ」
マンションの4階踊り場で、なっちと鉢合わせる。なっちも向島大学近くのマンションに住んではいるけど、なっちの家はこの建物ではない。音楽拠点になっている須賀の家の真ん前に建つピンク色のマンションのはずだ。まあ、大学近くだし友達の家とかなのかもしれない。
「なっちはこんなところでどうした?」
「そこが三井の家で」
「うおっ、マジか。てかミッツが人を家に入れるイメージがないな」
「まあ実際そうなんだけど、今日必着の履歴書を書いてるところなんだ」
「は? 履歴書って、就活のか」
「就活のだ」
「と言うかミッツは慎重に選んでるのか。俺なんか内定もらったトコでパーッと決めたけど」
「違うぞ。慎重に選んでるんじゃなくて今始めたばっかりなんだ」
「……それはそれでどうかと思うけど、人それぞれだもんな」
話によれば、なっちはミッツから履歴書を書くのを手伝ってくれと言われて招集されたらしい。ミッツは自分ならどこの会社でも余裕で採用されるはずだからと10月に入ってようやく就活らしい就活を始めたようで、今ある募集の中から選んだ第一志望の会社に出す書類を作っているんだとか。
第一志望の会社に出す履歴書を、必着日の早朝になってもまだ書いているというのはさすがに就職活動をナメきってないかと思うけど、その辺は人それぞれだから他人がとやかく言うことじゃないな。で、なっちはミッツの作った草案に赤を入れに入れに入れて真っ赤にして、鞭を打つ係をしていたようだ。
「どうにもこうにもMMPの男連中は書類ひとつまともに作ることが出来ないのかと」
「そういや圭斗名義の書類とか結構作ってたもんな」
「それな。まあ、圭斗はまだ文章を作ることが出来るだけマシなんだ。直筆の書類じゃなければ自分でどうにでも出来るし。三井はまず文章力の問題があってだな。酒の入った素人がちょっと見ただけでも粗が見つかるって」
「ほんのちょっとくらいなら酒が入ってる方が適度に力も抜けて逆にいいんじゃないか? 俺は強くないから作業中に酒は飲まないけど」
「あれっ、飲酒配信とかしてなかったか」
「してるけど、配信で飲むのは度数高くないの1本って決めてるから」
USDXのメンバーは往々にしてザルが多いので、俺は酒が好きな割には全然同じように飲めなくて、飲もうとしたところで塩見さんとリン君に止められるということを何度かやった。塩見さんは大人の人だしリン君は泥酔した俺の被害に何度も遭っているから止めるのはわかる。
「なっち自身は就活終わってんの?」
「うちは終わってる。お前は決まってるって言ったな」
「うん。イベントの企画とか運営とかやってる会社」
「USDXのメンバーはどうなんだ? 進路とか」
「リン君と菅野が院への進学で、菅野がゲーム制作会社だったかな」
「全然驚きがないな。あとリンさんの話は美奈から聞いてたわ」
「あと京川さんは留年しようかなって言ってた」
「あの人はノサカのゼミの先輩らしいけど、全く以って意味がわからないって真顔で言ってたから本当に意味の分からない人なんだろうなとは」
「……う~……寒っ」
「まあ、さすがに朝晩は少し冷えるようにはなってきたな」
「そしたら俺は部屋に戻ります。酸素も吸ったんで」
「うちもそろそろ監視に戻るかあ。それじゃ」
「お疲れ」
なっちとの話を切り上げて京川さんの部屋に戻ると、少し窓が開いていた。近くの部屋からクラシック音楽が漏れて来ていて、多分なっちがミッツの尻を叩くためにかけていたのがこれなんだなと察する。つか音が漏れるレベルの近所かよ。……なるほど、これが騒音問題の始まりか。
「レイ君、長かったね」
「そこでなっちと会いまして、立ち話してました」
「えっ、菜月ちゃんいたんだ。朝帰り的な?」
「サークルの同期が出す今日必着の履歴書の添削をしてたみたいですね。今から就活を始めたとかで」
「何その出張キャリアセンター。今始めてテキトーなトコ掴まされるくらいならもう1年待ってもっといいトコ狙いに行けばいいのに」
「みんながみんな軽々と留年はしないんですよ」
end.
++++
レモンハウスだしそんなことがあってもいいかなと思ったなどと供述しており
菜月さんが三井サンの部屋で履歴書書くのを監視している裏でクラシックのCDをかけてたんだけど、それが聞こえるレベルの近所らしい
樹理ちゃんは軽率に留年する人なんだけど、いつまで大学にいるつもりなのかは謎に包まれている
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