2021(02)
■To the stage of training
++++
「よう」
「珍しいコトがあったモンすね、野坂から呼び出されるとか」
「ちょっと、改まった話をしようと思って」
「怖っ」
「思ってもない癖にそんなリアクション取るな」
秋学期を迎え、全休も春より増えた律を自販機のある建物のロビーに呼び出し、改まった話を始める。何を改まるのかと言うと、これまでの己の愚行についてだとか、これからのことだとか。俺はレモンティーを、律はコーヒーを買って適当な席に落ち着く。立ち話規模で話が終わればいいのだけど、多分多少は長くなる。
「昼放送のペア、これから決めるんだろ」
「そースね。一応すがやんの希望通り、自分かこーた、場合によっちゃァ両方がすがやんと組むことになりヤすから」
この秋学期には、緑ヶ丘から留学という形ですがやんが派遣されることになった。アナウンサーを借りなければ枠を埋めることもままならないのが今の俺たちだけど、緑ヶ丘的にもその方が都合がいいということで、文化交流という形を取ることになったそうだ。
すがやんにはウチで昼放送を収録してもらうことになった。それで留学初日の昨日、「ここにミキサーが4人いるじゃろ?」と好きな相手を選んでもらったんだ。誰がどんなミキサーか予習までしてきて真面目だなあとみんな感心する中、すがやんが選んだのは自由な発想で番組をやれそうだという理由で律とこーただった。
「それで、俺のことなんだけど」
「結果として春はハブられヤしたからねェ。さすがに今期はやりヤすよね?」
「ああ。今期はカノンと組ませて欲しい」
「――ッてーと、ヒロを拒否するのが目的でなく?」
「残り何ヶ月かで何が出来るのかを考えた時に、俺はカノンを育てるべきだという結論に達した」
「まァ、それを進んでやってもらえる分には問題ないスよ。でも、急にどーしたンすか」
「昨日すがやんが言ってただろ。向島らしさ云々の話だ。他校から見たMMPらしさ、向島と言えばで思い浮かぶのが、好き勝手なスタイルで番組をやるだとか悪ふざけなんだよな」
「まーそースね」
「プロ志向だった時代ですらそうやって来たんだ。土壌ってのがあるんだなって。思いついたことをすぐ否定しないで、やれる方法を考えてみようっていうスタンスの」
それは夏に菜月先輩と電話をしていたときに仰っていた中にあったことだ。代々変わらないMMPの強さは、誰も思いもよらないことを本当にやれる勢いと悪乗りの力だと。思いついたことは大体やれる、そういう土壌を次代のために残しておいてやってくれと。
俺たち4人がいなくなった後、奈々とカノンだけになったMMPが、どうやって活動をしていくのかと。だけど、2人とももう腹を括りつつある。そしたら、俺たちがするべきことは次代へのアシストじゃないかと。それにはまず、俺たちが持っている物を後輩たちに渡してやらなければならない。
「ただ、好き勝手なスタイルで番組をやるには、それ相応の技術が伴ってないといけないだろ」
「そースね。何だかンだ自分らはまァまァやれるだけの腕はありヤすからね」
「カノンの発想は目を引くけど、スタートが遅かったのもあって技術的には正直物足りないところもある。それを伸ばすのが俺の仕事だと思ってる」
「ミキサーとしてはともかく、アナウンサーの技術はどうするつもりで?」
「俺を誰だと思ってる。これでも一応対策委員の前議長で初心者講習会の講師だぞ。それに、俺には菜月先輩から譲り受けたノウハウもある。俺がやらなきゃ誰がやるってレベルだぞ」
「野坂にやってもらえるなら自分らとしても助かりヤすわ。自分らはサークル全体のコトやすがやんのコトがありヤすから、付きっ切りで1年生の指導をやってる余裕はないスからね」
いくらカノンが面白いことを思いついても、それを実現させるだけの技術がないと話にならないので、今期の俺がやるのはカノンの技術的な育成だ。ミキサーとしてももちろんだし、アナウンサーとしてのことも、これまで見聞きしてきた内容で基礎くらいなら対応出来るだろう。
「野坂がカノンの育成を始めるッつーンなら、自分は奈々の育成を始めヤすかねェ」
「奈々の育成?」
「サークルの代表としてのウンタラカンタラっすよ。ま、大したコトはやってないンすけどネ」
「なるほどな。サークルの代表としてのウンタラカンタラ」
「お前の放送観みたいなモンが菜月先輩から譲り受けてるモンが主だとするなら、自分もまーァ、圭斗先輩からはいろいろ仕込まれてたンだと思いヤすよ、今から思えば」
「その結果があの緩さか」
「ゆーてあの人は緩いッしょ。さーて、大学祭に向けても動き出しヤすし、名前を出して思い出したンで4年生の先輩らに救援要請でも出しヤすかねェー」
「まさか本当に4年生の先輩方に場所を貸せと依頼するつもりか」
「人の性質なんかを突くンすよ。菜月先輩の情だとか、圭斗先輩はいかに持ち上げるかとか」
「容赦ねー……」
「自分もそう教わったンで」
確かに、先輩よりも敵に回せないのは律であると俺も前々から思っていたんだ。いよいよ10月に入って、大学祭と並行して昼放送だ。サークルの現役としてはラストセメスター、今まで溜めるだけ溜めて来たうちの、どれだけの物を置いて来れるか。
end.
++++
いよいよサークルの現役としてはラストスパートに入った3年生、心機一転ノサカの決意です。
ノサカからカノンを育てるやよーと宣言を受けたりっちゃん、闇堕ちの心配をしてただけに、そろそろ一安心かしら。
ちなみに4年生、多少ムチャな話でも「りっちゃんに言われたなら仕方ない」となる性質をしているので案外チョロチョロのチョロ。
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「よう」
「珍しいコトがあったモンすね、野坂から呼び出されるとか」
「ちょっと、改まった話をしようと思って」
「怖っ」
「思ってもない癖にそんなリアクション取るな」
秋学期を迎え、全休も春より増えた律を自販機のある建物のロビーに呼び出し、改まった話を始める。何を改まるのかと言うと、これまでの己の愚行についてだとか、これからのことだとか。俺はレモンティーを、律はコーヒーを買って適当な席に落ち着く。立ち話規模で話が終わればいいのだけど、多分多少は長くなる。
「昼放送のペア、これから決めるんだろ」
「そースね。一応すがやんの希望通り、自分かこーた、場合によっちゃァ両方がすがやんと組むことになりヤすから」
この秋学期には、緑ヶ丘から留学という形ですがやんが派遣されることになった。アナウンサーを借りなければ枠を埋めることもままならないのが今の俺たちだけど、緑ヶ丘的にもその方が都合がいいということで、文化交流という形を取ることになったそうだ。
すがやんにはウチで昼放送を収録してもらうことになった。それで留学初日の昨日、「ここにミキサーが4人いるじゃろ?」と好きな相手を選んでもらったんだ。誰がどんなミキサーか予習までしてきて真面目だなあとみんな感心する中、すがやんが選んだのは自由な発想で番組をやれそうだという理由で律とこーただった。
「それで、俺のことなんだけど」
「結果として春はハブられヤしたからねェ。さすがに今期はやりヤすよね?」
「ああ。今期はカノンと組ませて欲しい」
「――ッてーと、ヒロを拒否するのが目的でなく?」
「残り何ヶ月かで何が出来るのかを考えた時に、俺はカノンを育てるべきだという結論に達した」
「まァ、それを進んでやってもらえる分には問題ないスよ。でも、急にどーしたンすか」
「昨日すがやんが言ってただろ。向島らしさ云々の話だ。他校から見たMMPらしさ、向島と言えばで思い浮かぶのが、好き勝手なスタイルで番組をやるだとか悪ふざけなんだよな」
「まーそースね」
「プロ志向だった時代ですらそうやって来たんだ。土壌ってのがあるんだなって。思いついたことをすぐ否定しないで、やれる方法を考えてみようっていうスタンスの」
それは夏に菜月先輩と電話をしていたときに仰っていた中にあったことだ。代々変わらないMMPの強さは、誰も思いもよらないことを本当にやれる勢いと悪乗りの力だと。思いついたことは大体やれる、そういう土壌を次代のために残しておいてやってくれと。
俺たち4人がいなくなった後、奈々とカノンだけになったMMPが、どうやって活動をしていくのかと。だけど、2人とももう腹を括りつつある。そしたら、俺たちがするべきことは次代へのアシストじゃないかと。それにはまず、俺たちが持っている物を後輩たちに渡してやらなければならない。
「ただ、好き勝手なスタイルで番組をやるには、それ相応の技術が伴ってないといけないだろ」
「そースね。何だかンだ自分らはまァまァやれるだけの腕はありヤすからね」
「カノンの発想は目を引くけど、スタートが遅かったのもあって技術的には正直物足りないところもある。それを伸ばすのが俺の仕事だと思ってる」
「ミキサーとしてはともかく、アナウンサーの技術はどうするつもりで?」
「俺を誰だと思ってる。これでも一応対策委員の前議長で初心者講習会の講師だぞ。それに、俺には菜月先輩から譲り受けたノウハウもある。俺がやらなきゃ誰がやるってレベルだぞ」
「野坂にやってもらえるなら自分らとしても助かりヤすわ。自分らはサークル全体のコトやすがやんのコトがありヤすから、付きっ切りで1年生の指導をやってる余裕はないスからね」
いくらカノンが面白いことを思いついても、それを実現させるだけの技術がないと話にならないので、今期の俺がやるのはカノンの技術的な育成だ。ミキサーとしてももちろんだし、アナウンサーとしてのことも、これまで見聞きしてきた内容で基礎くらいなら対応出来るだろう。
「野坂がカノンの育成を始めるッつーンなら、自分は奈々の育成を始めヤすかねェ」
「奈々の育成?」
「サークルの代表としてのウンタラカンタラっすよ。ま、大したコトはやってないンすけどネ」
「なるほどな。サークルの代表としてのウンタラカンタラ」
「お前の放送観みたいなモンが菜月先輩から譲り受けてるモンが主だとするなら、自分もまーァ、圭斗先輩からはいろいろ仕込まれてたンだと思いヤすよ、今から思えば」
「その結果があの緩さか」
「ゆーてあの人は緩いッしょ。さーて、大学祭に向けても動き出しヤすし、名前を出して思い出したンで4年生の先輩らに救援要請でも出しヤすかねェー」
「まさか本当に4年生の先輩方に場所を貸せと依頼するつもりか」
「人の性質なんかを突くンすよ。菜月先輩の情だとか、圭斗先輩はいかに持ち上げるかとか」
「容赦ねー……」
「自分もそう教わったンで」
確かに、先輩よりも敵に回せないのは律であると俺も前々から思っていたんだ。いよいよ10月に入って、大学祭と並行して昼放送だ。サークルの現役としてはラストセメスター、今まで溜めるだけ溜めて来たうちの、どれだけの物を置いて来れるか。
end.
++++
いよいよサークルの現役としてはラストスパートに入った3年生、心機一転ノサカの決意です。
ノサカからカノンを育てるやよーと宣言を受けたりっちゃん、闇堕ちの心配をしてただけに、そろそろ一安心かしら。
ちなみに4年生、多少ムチャな話でも「りっちゃんに言われたなら仕方ない」となる性質をしているので案外チョロチョロのチョロ。
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