2021(02)

■予習と実感

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「おはよう」
「あっ、高木先輩おはようございまーす!」
「おはざいまーす」

 大学では割と世間の祝日や休日に関係なく月曜日から金曜日なんだよなあ。今日も世間的には3連休なんだけど、緑ヶ丘大学では秋学期の初日だ。サークル室に行くと、すがやんとくるみ、それからサキがパソコンの前でたむろして何かを探しているようだった。
 MBCCではL先輩主導で月々の音楽を録音したMDストックと、夏合宿などでやった過去の番組を音声ファイル形式で保存している。ミュージックライブラリだとかデジタルアーカイブとして音楽や番組を残したり、過去の物でも自由に参照したり出来るのがとても便利だなと思う。

「何やってるの?」
「今度からすがやんが向島に留学するじゃないですか。それで向島の人が絡んでる番組を聞いて予習しようって話になったところで」
「ああ、そうなんだ」
「やっぱり、向こうに行くからには向こうのことをある程度知っとく必要はあるかなと。番組をやるからには誰かとペアを組むことになりますよね」
「そういうことね」

 向島大学の秋学期開講に合わせて、すがやんが向島さんに留学することになった。昼放送の枠を巡っての利害が一致した形だとは聞いている。それですがやんは向島のオープンキャンパスにも言って向こうの風土を調査したそうだけど、よくわからなかったと。

「手前味噌みたいになっちゃうけど、向島さんだったら去年の夏合宿の4班の番組と、佐久間先輩が率いた7班の番組を聞くのが手っ取り早いかな」

 ――と、とりあえずこの2つの番組をおすすめしてみる。時間があるときにでも聞いてみるといいよと言ったら今再生し始めたし、雰囲気を掴むためにと倍速再生を始めたので現代っ子だなあと思う。いや、学年でも1コ差だし、すがやんに至っては誕生日でも3ヶ月くらいしか違わないけど若いなあと思う。

「すごーい! 結構派手な構成ですねー!」
「と言うか、高木先輩ってもしかして1年生のこの時点で完成してたんですか?」
「完成してはないね。1年生は7月頃に最初の30分番組を収録したでしょ? 俺のそれを作品出展としてインターフェイスに出したら、それを聞いてた奥村先輩が、せっかく俺がいるんだったらこういう番組にしたいって言って」
「でも、最初っからこのスタイルだったんですね!」
「くるみ、今は俺のことはいいんだよ」
「えーっ、気になるのにー」

 去年の番組は今聞くと結構粗があるんだけど、それを勢いだとか楽しさとかで打ち消してるなあと思う。確かにこれを聞くと、粗削りだけど何かしてくれるかもしれないという可能性を感じてしまうのかな。まあ、今は俺のことより向島さんの話なので、俺のことはいいんですよ。

「このりっちゃん先輩って人が、高木先輩の思う向島らしさの象徴なんですね」
「この当時で向島さんと言えば奥村先輩みたいなところがあるんだけど、ミキサーで言えば土田先輩が本当に何でも出来る人でね」
「何でも出来るって、本当に何でも出来るんすか?」
「そうだよ。今の番組みたく遊んだ構成の番組も出来るし高崎先輩と真っ向勝負の正統派番組も出来るよ。普段向島さんの昼放送では緩めのアナウンサーさんと組んでるから番組を主動的に動かしてるそうだし、ラジオドラマの脚本なんかも書ける人だよね」
「マジで何でも出来る人なんすね!」
「野坂先輩も上手い人ではあるしインターフェイスを代表する凄い先輩ではあるんだけど、自由とか悪ふざけをベースとした向島さんらしさというところで考えたときには、やっぱり土田先輩と神崎先輩の存在は忘れちゃいけないかなあと」

 土田先輩は言わずもがな、神崎先輩もなかなかに遊び心のある人だとは、この春学期にやっていたらしい番組のことを聞いて思う。神崎先輩に関しては真面目なところとふざけるところの緩急がかなり効いてるんだよな。でも、10人のパーソナリティーを番組で演じるなんて発想にはならないよなあ。
 こう、俺もなかなかぶっ飛んだミキサーみたいに言われるけど、俺が出来るのは構成を考えて実現させることだけなんだよね。向島さんの凄さっていうのは、パートに関係なく番組の内容に深く関わっていけるところだと思うんだ。発言することを恐れてないもんね。

「インターフェイスの現場でも向島さんは凄いんだけど、それが内輪のノリになるとインターフェイスよりもっと濃い感じになるらしいんだよね。すがやんにはぜひそれを見て来て欲しいな」
「そんなに濃い内輪のトコに入っていけますかね?」
「すがやんなら出来るよ! だってサキと会話を成立させたんだよ!?」
「くるみ、俺を何だと思ってるの」
「だってサキはさ、すがやんがサークル見学に来るまで部屋の隅っこでノートばっかり読んであたしたちと話してくれなかったじゃん!」
「話を聞いてるだけで楽しかったから」
「俺はサキの気持ちがわかるなあ」
「高木先輩はわかってくれると思ってました」
「とにかく! すがやんなら絶対大丈夫!」
「そうだね。すがやんがダメなら俺たち全員無理だし。派遣されるんだからちゃんとやってきなよ」

 向島さんの秋学期は来週から始まるそうだ。実際どんな風にすがやんがその活動に加わって行くのかは行ってみてから話があるそうだけど、すがやんなら大丈夫だとは思うしすがやんだから行けるとも思う。俺は自分のことも考えないとなあ。今期の昼放送はどういう感じで行こうか。


end.


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緑ヶ丘大学では秋学期が始まりました。なのでMBCCの活動も本格的に再開して、すがやん留学に向けた予習なども始まりました。
一般にはMMPのミキサーと言えばノサカみたいな感じになってるけど、りっちゃんと神崎がラブ&ピースなんだぜ
部屋の隅っこにいたサキと会話を成立させたすがやんは、きっとくるみの中で人たらし認定されてるんだろうなあ。

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