2021(02)

■ジャガイモロックンロール

++++

「……やられたか」

 センターの事務所前に差し掛かると、受付の窓から見えるのは昨日にはなかったはずの壁だ。縁起でもない文言、「北辰のじゃがいも」と書かれた大量の箱が積み重なった壁が築き上がっている。オレがいなかったのは昨日だけのはずだが。その間に敵が来ていたようだ。

「まあ、しっかり芋だな」

 一応中身を確認してみたが、いつも通りの芋だ。こんなことをする人には心当たりしかないワケで。さて、どうしたものか。とりあえず苦情は双方に送っておかねばなるまい。主犯の方と、これを投棄した方と。例によってとんでもない数だ。よくもまあこれだけのケースを運び込みやがったな。

「はよーございまーす」
「五百崎か」
「――って狭っ!? 何が始まるんすかこれ」
「昨日来ていたのは誰だったか。……綾瀬と烏丸か。想定し得る最悪の組み合わせだな。とりあえず、烏丸が来たら事情を詰めねばな。む。そう言えばお前も昨日は来ていたな」
「そーうっすねー。でも、私が帰る時はまだ広かったっすよ」
「そうか。ではやはり綾瀬と烏丸だな。何か変わったことはなかったか」
「ああ、そーいや帰ろうとした時に、姫が何か男と話してたっすね」
「……川北を縦に引き伸ばした感じの、ヘラヘラした男か」
「あの、自分まだ川北サンを知らないっす」
「そうだったな。身長が185センチほどで、黒縁眼鏡、無造作な髪をした間抜け面の男だ」
「あー! そう言われればそんな感じの人っしたね!」
「やはりか」

 事務所に芋を大量に投棄したのが青山さんの犯行だと断定されたものの、主犯は春山さんで間違いないだろうし、これをどうしたものかと。これをオレたちがまた別のところに投棄するのも違うだろうし、かと言って簡単に食える量でもない。やはりここは川北の人脈に賭けるしかなかろう。
 昨今ではこういったワケありの食品などをフリーマーケットのように出品するというアプリもあると言うが、業者ではないし発送の手間やら送料などがかかって非常に面倒な事極まりない。そもそも何故そのようなことをせねばならんのだという話にもなる。これから秋学期が始まる繁忙期だというのに。
 春山さんがいたときも芋は押し寄せて来ていたがあれでもあの人は繁忙期を避けて事務所に運び込んで来ていた。ここに荷物があると業務に支障が出るということはあの人自身がよく理解していたからだ。青山さんはそれを知らんから、好き放題にやりやがる。これから履修登録でバタバタするのだぞ。

「とりあえず、川北に連絡をしておこう。五百崎。お前の人脈でこの芋をどうにかして捌けんか」
「つかこれ何すか? ジャガイモみたいっすけど」
「前のバイトリーダーの春山さんという構成員がいるのだが、その人の親族が芋農園をやっているとかで毎年大量に春山さん宛てに送り付けて来るのだ。今年は春山さん宛てに送り付けられた芋が青山さんという変態ドラマーに転送され、青山さんが高山や綾瀬といった人脈を使ってここに投棄しているというワケだ」
「なるほどっす。で、その青山さんっていう人はどういう人なんすか?」
「あれには深く関わらん方がいい。音楽に対しては真摯だが、それ以外はロクでもない。構成員にしても同じだ。あれも音楽と宇宙の話以外は聳え立つクソだ」
「そう言われると、よっぽどロックな人なんだなって、ワクワクするっす」
「まあ、青山さんに関しては実際にロックもやるドラマーだ。ロックな人と言ってもまあ間違いではなかろう」
「ちなみにその構成員の元バイトリーダーの人も音楽やってる人なんすか」
「あの人はジャズ畑のベーシストだな」
「マジすか!」

 その話に五百崎はきゃいきゃいと喜んでいるが、青いなと。いや、実際に接点がなく、こうして人の噂話程度の関わりで済んでいればこういうノリでいられるのかもしれん。実際に連中のやり口に巻き込まれると辟易するのだが、如何せん音楽に対してだけはまともなので、うっかり話を聞いてしまうのだ。

「おはよー」
「烏丸。お前はこの箱について知っているな」
「それねー、昨日カナコちゃんがビクビクしながら運んでたよー。それっていつものジャガイモだよねー?」
「芋だな。綾瀬の他に、青山さんらしき人がいたという五百崎からの証言がある」
「えっと、ミドリを縦に伸ばしたみたいな人だよねー?」
「ああ。その男だ」
「そうそう。その人が運んで来てたなー。荷物が運びやすいレンタカー借りて来たんだって!」
「なるほどな。話の流れは大体見えた。改めて苦情を送っておくことにして、烏丸、お前ももちろんこの芋を持ち帰るな」
「じゃあ2ケースもらうよー」
「ではおまけに3ケースつけてやろう」
「ユースケが春山さんに似て来たんだけど!」
「ほう、実に不名誉だな。さらに5ケースまけてやってもいいのだぞ。オレには車があるからな。運搬もさほど手間ではない」
「さすがに10はムリ!」
「では、次は綾瀬だな」
「林原さんヤッバ」

 今年も上手く川北の人脈がマッチすればいいのだが、そうでなければ細々と捌いて行かねばならん。少なくとも、履修登録の時期にはそれなりのスペースがなければ話にならんのだ。

「五百崎、お前は自宅生だな」
「そうですねー」
「2ケースからでどうだ。それから、この芋を捌けそうな人脈など。確か弟がいたと言ったな。そっちにも当たれんか」
「聞くだけ聞いてみまーす」


end.


++++

いつものヤツ。これが来ないと秋が始まらないし、向島の一発逆転劇も始まらない。頑張れミドリ。君の人脈にかかっている
去年は真桜嬢のところをレンレンでやっていたのですが、それはどっちでも。新鮮なリアクションをさせたかったので今回は新キャラに。
情報センター内での青山さんの認識が「ミドリを縦に引き伸ばしたような男」なんだけど、よくよく考えたら並べたことはあんまりないな

.
75/100ページ