2021(02)
■人の話と内情、実情
++++
「で、どうだったんだ、研修とやらは」
「面白かったと言えば面白かった。必要な知見で、経験だったとは思う。でもよー、さすがにあの環境で8時間はきっちぃわ」
俺の家に万里が転がり込んで来やがった。万里は8月末から昨日までの2週間、来春就職する予定の倉庫で研修という名目で短期バイトをしていたそうだ。例の倉庫に就職するということは飲みながら聞いていたから知っていたが、そこでは、就職が決まって良かったですねということ以外の話も多少は聞いていた。
「その研修とやらには大石もいたんだろ。奴の働きぶりはどうだった。世間話が転じて社員登用になるだけの器だったのかよ」
「俺は彼を完全に侮ってた。さすがに慣れもあるだろうけどまず体力と仕事の手際がヤバい。製品の知識もちゃんとあって、パッと見で区別がつかない物までそれは物と吊り札が違うから避けといてくれとか言うんだもんな」
「じゃ、納得はしたんだな」
「した」
万里はよくある就活戦線を勝ち抜いての内定獲得だったが、同じく来春からの就職が決まっている大石は、バイトからの社員登用が世間話の口約束で決まったそうだ。万里からすればいくらバイトとは言え同じ四大卒でそりゃなくねーかという気持ちだったそうだ。で、この研修で奴がどんだけ出来るのか見極めてやる、と鼻息を荒くしていたのだ。結論とすれば、完全に結果で示されてしまったようだが。
「俺は割と短気な方じゃんか」
「そうだな」
「でもさ、彼はパートの人から明らかにめんどくさい仕事を押しつけられたりしてんのに嫌な顔ひとつしねーしさ、何なん? 聖人かよって思うじゃんな」
「人の良さはアイツの長所だけど、短所でもあるぞ」
「あーな。たまにいるよな、優しすぎるのがダメってヤツ」
「俺が拓馬さんから個人的に聞いた話だけど、大石はそうやってめんどくさい仕事を押し付けられても、ただ引き受けてるんじゃねえんだと」
「どういうこと? 損得勘定とか?」
「例えば、20キロ弱ある重いケースを10箱運ぶ時に、中年女性と体育会系の男子大学生、どちらが運ぶのが早くて安全か」
「そりゃあ、体育会系じゃねーの?」
「態度と物覚えが悪い日雇い派遣の人材を、人の粗探しをしていちゃもんをつけたい奴と温厚で仕事の説明も粘り強くやる奴の、どちらがやるのがトラブルになりにくいか」
「まあ、喧嘩になるよりは、少しでも戦力になるように指導する方がいいのかなあ」
「アイツはそういう考え方をごく自然にやってんだと。拓馬さん風に言えば「合理的に自己犠牲を選んでる」そうだが」
他人が嫌な気持ちにならないようにというのはもちろん大前提ではあるようだが、それ以前に仕事をやる上では成果を上げて、結果で示さなければならないということがある。大石はそれを理解していて、誰がどのように動けば全体の空気が丸く収まった上で最良の数字を上げることが出来るのか、ということを無意識にやっているとのこと。
その結果辿り着いたのが「みんなにとって大変なことは自分がやる」という方向性だったらしいが。社員になれば自分の仕事というのも出来て、当然そのスタンスだけで回るはずがない。大石の社員としての考え方や動き方を鍛えるのが春までに達成すべき拓馬さんの仕事のひとつなのだという。フォークリフトの運転指導にしてもそうだ。
「彼、そうやって頼まれたことを断らないし、それでちゃんと全部やってるからただただすげーって思ってたけど、それだけじゃないんだな」
「いや、俺も人から聞いた話だし見たワケじゃねえからな。その話とお前が見たモンが合ってりゃまあ、そういうことなんだろ」
「俺もさ、圭佑君からブラックな内情の話とかを聞いてるし、いろいろあるんだってわかってて入るって決めてるからさ」
「どこの会社にもひとつやふたつ、ブラックな事情くらいあるだろうよ」
「でもさ、今年の春とかまでいたパートのお局様って奴が会社を牛耳ってて、誰も口出しできなかったとかヤバくね?」
「お局様って本当にいるんだな。都市伝説かと思ってたぜ」
「そんでさ、そのお局様の子供がバイトしに来たんだけど、その子供が仕事も出来ねーのに威張り散らしてたんだと。親の後ろばっかくっついて歩いてて」
「何歳の子供だよ。学生か?」
「30だって」
「引くぜ」
「それを塩見さんがバッサリ行ったんだって! 仕事する気のない奴は要らねえっつって。お局様も塩見さんに大激怒だったらしいけど、アンタが来る奴来る奴イビって辞めさすから会社自体がハロワや派遣会社からの信用をなくしてるし出来る奴ほど実情を察して残らない。挙句会社の雰囲気自体を悪くしてるんだろって言い切ったんだって。そんで上の方で会議が開かれて、お局様はクビになったらしい」
そんな話が本当にあるのかよと思ったが、あるところにはあるのだろう。そして拓馬さんにはお局様とやらの圧くらい屁でもねえだろうなと苦笑いするしかない。で、来春から働くことになる現場を見た万里は、入社してからもしばらくはあの現場なのなら体力作りに励まないとな、とまた鼻息を荒くする。ご苦労なこった。
「と言うか、話は最初に戻るけどよ、現場の環境が過酷な感じなのか」
「冷房のない35度以上のトコだからな。場所によっちゃ風通しがないから余裕で40度オーバー。あれはマジでムリだ。体育館が涼しく感じる」
「そりゃガチだな」
「バスケやってなかったら倒れてたな、間違いなく」
end.
++++
研修を終えたこっしーがこの感想を誰かと話したい!ということで高崎の部屋に転がり込みました。急に転がり込んでも受け入れるのが友達レベルの高さ。
ちーちゃんの人の良さは長所であり短所でもある。長所の裏返しが短所で、人の良さだけに限った話ではないけど、いろいろあるのよね
で、密かに起こっていたらしい塩見無双的な話。相手の年齢や社会的地位・立場なんかで臆したりしないのがさすがのオミさん。
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「で、どうだったんだ、研修とやらは」
「面白かったと言えば面白かった。必要な知見で、経験だったとは思う。でもよー、さすがにあの環境で8時間はきっちぃわ」
俺の家に万里が転がり込んで来やがった。万里は8月末から昨日までの2週間、来春就職する予定の倉庫で研修という名目で短期バイトをしていたそうだ。例の倉庫に就職するということは飲みながら聞いていたから知っていたが、そこでは、就職が決まって良かったですねということ以外の話も多少は聞いていた。
「その研修とやらには大石もいたんだろ。奴の働きぶりはどうだった。世間話が転じて社員登用になるだけの器だったのかよ」
「俺は彼を完全に侮ってた。さすがに慣れもあるだろうけどまず体力と仕事の手際がヤバい。製品の知識もちゃんとあって、パッと見で区別がつかない物までそれは物と吊り札が違うから避けといてくれとか言うんだもんな」
「じゃ、納得はしたんだな」
「した」
万里はよくある就活戦線を勝ち抜いての内定獲得だったが、同じく来春からの就職が決まっている大石は、バイトからの社員登用が世間話の口約束で決まったそうだ。万里からすればいくらバイトとは言え同じ四大卒でそりゃなくねーかという気持ちだったそうだ。で、この研修で奴がどんだけ出来るのか見極めてやる、と鼻息を荒くしていたのだ。結論とすれば、完全に結果で示されてしまったようだが。
「俺は割と短気な方じゃんか」
「そうだな」
「でもさ、彼はパートの人から明らかにめんどくさい仕事を押しつけられたりしてんのに嫌な顔ひとつしねーしさ、何なん? 聖人かよって思うじゃんな」
「人の良さはアイツの長所だけど、短所でもあるぞ」
「あーな。たまにいるよな、優しすぎるのがダメってヤツ」
「俺が拓馬さんから個人的に聞いた話だけど、大石はそうやってめんどくさい仕事を押し付けられても、ただ引き受けてるんじゃねえんだと」
「どういうこと? 損得勘定とか?」
「例えば、20キロ弱ある重いケースを10箱運ぶ時に、中年女性と体育会系の男子大学生、どちらが運ぶのが早くて安全か」
「そりゃあ、体育会系じゃねーの?」
「態度と物覚えが悪い日雇い派遣の人材を、人の粗探しをしていちゃもんをつけたい奴と温厚で仕事の説明も粘り強くやる奴の、どちらがやるのがトラブルになりにくいか」
「まあ、喧嘩になるよりは、少しでも戦力になるように指導する方がいいのかなあ」
「アイツはそういう考え方をごく自然にやってんだと。拓馬さん風に言えば「合理的に自己犠牲を選んでる」そうだが」
他人が嫌な気持ちにならないようにというのはもちろん大前提ではあるようだが、それ以前に仕事をやる上では成果を上げて、結果で示さなければならないということがある。大石はそれを理解していて、誰がどのように動けば全体の空気が丸く収まった上で最良の数字を上げることが出来るのか、ということを無意識にやっているとのこと。
その結果辿り着いたのが「みんなにとって大変なことは自分がやる」という方向性だったらしいが。社員になれば自分の仕事というのも出来て、当然そのスタンスだけで回るはずがない。大石の社員としての考え方や動き方を鍛えるのが春までに達成すべき拓馬さんの仕事のひとつなのだという。フォークリフトの運転指導にしてもそうだ。
「彼、そうやって頼まれたことを断らないし、それでちゃんと全部やってるからただただすげーって思ってたけど、それだけじゃないんだな」
「いや、俺も人から聞いた話だし見たワケじゃねえからな。その話とお前が見たモンが合ってりゃまあ、そういうことなんだろ」
「俺もさ、圭佑君からブラックな内情の話とかを聞いてるし、いろいろあるんだってわかってて入るって決めてるからさ」
「どこの会社にもひとつやふたつ、ブラックな事情くらいあるだろうよ」
「でもさ、今年の春とかまでいたパートのお局様って奴が会社を牛耳ってて、誰も口出しできなかったとかヤバくね?」
「お局様って本当にいるんだな。都市伝説かと思ってたぜ」
「そんでさ、そのお局様の子供がバイトしに来たんだけど、その子供が仕事も出来ねーのに威張り散らしてたんだと。親の後ろばっかくっついて歩いてて」
「何歳の子供だよ。学生か?」
「30だって」
「引くぜ」
「それを塩見さんがバッサリ行ったんだって! 仕事する気のない奴は要らねえっつって。お局様も塩見さんに大激怒だったらしいけど、アンタが来る奴来る奴イビって辞めさすから会社自体がハロワや派遣会社からの信用をなくしてるし出来る奴ほど実情を察して残らない。挙句会社の雰囲気自体を悪くしてるんだろって言い切ったんだって。そんで上の方で会議が開かれて、お局様はクビになったらしい」
そんな話が本当にあるのかよと思ったが、あるところにはあるのだろう。そして拓馬さんにはお局様とやらの圧くらい屁でもねえだろうなと苦笑いするしかない。で、来春から働くことになる現場を見た万里は、入社してからもしばらくはあの現場なのなら体力作りに励まないとな、とまた鼻息を荒くする。ご苦労なこった。
「と言うか、話は最初に戻るけどよ、現場の環境が過酷な感じなのか」
「冷房のない35度以上のトコだからな。場所によっちゃ風通しがないから余裕で40度オーバー。あれはマジでムリだ。体育館が涼しく感じる」
「そりゃガチだな」
「バスケやってなかったら倒れてたな、間違いなく」
end.
++++
研修を終えたこっしーがこの感想を誰かと話したい!ということで高崎の部屋に転がり込みました。急に転がり込んでも受け入れるのが友達レベルの高さ。
ちーちゃんの人の良さは長所であり短所でもある。長所の裏返しが短所で、人の良さだけに限った話ではないけど、いろいろあるのよね
で、密かに起こっていたらしい塩見無双的な話。相手の年齢や社会的地位・立場なんかで臆したりしないのがさすがのオミさん。
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