2021(02)

■ロックを求めて

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 9月に入って、夏休みも後半戦。情報センターでは、ミドリが帰省したのと入れ替わりで蓮が戻って来た。私はと言えば、星港市民だから8月だろうと9月だろうと、夏合宿の前だろうと後だろうとバイトの体制は全く変わらない。さすがにこの時期だと利用者もそこまで多くなさそう。
 夏休み中はバイトに入るのも1人か2人。情報センターの開放時間も短縮されているからそれで十分間に合う。今日は私と綾瀬さんが入ることになっていて、私は人が来たらたまに自習室を覗いてという感じで仕事をすることになる。でも、基本的には事務所で待機していればいいみたい。

「蒼希ちゃ~ん」
「綾瀬さん。おはようございます」
「おはよう。何か、すっごいイケメンが蒼希ちゃんに用事だって」
「イケメン?」

 夏合宿を経て縁起でもない単語になってしまったそれに、私は物凄く嫌そうな顔をしてしまったと思う。だけど、今まで付き合いのある人以外に改めて私を訪ねて来るような心当たりもない。

「こんにちは。高山さんですか?」
「そうですけど。何か御用ですか」
「ね? すっごいイケメンでしょ!?」

 受付を覗くその人には既視感があった。服装の感じとかが、最近見たなという雰囲気。この人はウルフ系の髪型で、その色は黒と強めのピンクのツートンカラー。目にもカラーコンタクトを入れてるなというのがわかる。ヴィジュアル系バンドを連想させるファッションは、星大で見かけようものなら覚えていそうだけど。

「弟がお世話になったようなので、挨拶でもしておこうかと」
「深青のお姉さん?」
「改めまして、深青の姉で、理工学部1年の五百崎真桜です」
「ファッションの好みが似てるという話は聞いてたからピンと来たけど」
「えっ、ホントに蒼希ちゃん知り合いだったんだ。どういう知り合い?」
「サークルの夏合宿で、彼女の弟さんと同じ班だったんですよ」
「カタそうに見えてすげーロックな先輩だ、という風に弟が言っていて、どんな面白い人なのかなと」
「そんなに面白くはないけど」
「え、蒼希ちゃん自分がどれだけ面白い子か自覚してない?」
「面白くありませんよ。私はごく普通の学生です。綾瀬さんのように舞台に立っているとか、林原さんのように作曲が出来るとか、そういうことはないですし」
「確かに雄介さんの逸話は情報センターでも、烏丸さんの生い立ちと並んでのツートップではあるけど。殺害予告はさすがに他の誰も受けてないし」

 どうせ夏休みで利用者もそんなに来ないから上がって上がって、と綾瀬さんは真桜を事務所に招き入れてお茶まで出している。何かの間違いで林原さんが通りかかろうものなら部外者を事務所に入れるなって絶対怒られているであろう状況。あの人大学にいる率がまあまあ高いから、いつ来るかわからないのが怖いんだ。

「って言うか真桜ちゃんって女の子なんだ。私的に真桜クンって言うのがしっくりくるんだけど」
「どちらでもいいですよ。私は服にしてもメイクにしてもメンズっぽい雰囲気を好みますし、弟はウィメンズっぽい雰囲気の風貌ですし」
「深青は深青で大男だけど、あの格好がしっくり来るんですよね。あのポニーテールがなかなかの迫力で。と言うか厳密には違いますけど蓮みたいなものですよ、綾瀬さん」
「私ねえ、好きな服を着て好きなように自分を表現してる人が本当に大好きで! だから蓮くんも大好きだし、真桜クンも大好き。その点では、ずーっと同じ黒のタートルネックにグレーのチェックのパンツで通してる雄介さんも強い」
「コーディネートが面倒だって言ってましたよね」
「コーディネートを考えるのに脳のリソースを裂きたくないって人は一定数いるらしいんで、その人もそういう人なんじゃないですかね」
 
 私は曜日によって服を決めているし、林原さんみたく同じ服をたくさん持っている人、綾瀬さんのようにいつもおしゃれだったり、蓮のように無ければ作る人もいて、服のことだけ取ってみてもなかなか面白いかもしれない。今までそんなこと考えたこともなかったけど。

「情報センターって面白い人がいっぱいいるような感じですか?」
「そうだね! みんな面白いよ!」
「私以外は」
「蒼希ちゃんも十分面白いでしょ」
「それを抜きにしても私の専攻が音響学なんで、高山さんとはそっち方面のことでも少し話してみたかったんですよね。一般に聞かせてる体のラジオ番組でBGMすらインストロックだったとか何とか。しかも深青の選曲もすんなり受け入れたとか」
「音響学をやってるんだ。それは心理なのか、医学なのか、製品開発なのか建築なのかって、いろいろあるけど」
「音響心理・生理学って言うのがそれらしいかもしれません。ライブハウスとかホールの建築仕様にも興味はありますけど」
「あっ、建築だったらウチのセンターにいいのがいる。今は実家に帰ってるけど」
「それだったらまた情報センターに遊びに来ていいですか?」
「うーん……綾瀬さん、どうですか?」
「私は大歓迎だけど、バイトリーダーがねえ。あっ、スタッフになっちゃえば部外者じゃないし事務所にも入り放題じゃない? 理工学部ならパソコンの扱いはちょちょいのちょいでしょ? 1コマ90分からシフトに入れるしダブルワークの人もいるよ、バイトリーダーすらダブルワークだし」

 まさか、ここでスタッフの勧誘が始まってしまったけど、真桜がいえいえそんなというリアクションでもないからどうしたものか。

「ダブルワーク可で90分からは魅力的ですね。面接っていつ受けれますか?」


end.


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軽率に人を増やしたくなるんですよ情報センターって。見た目だけでまずレンレンには真桜にビビり散らかして欲しい
それで忘れかけた頃に恵夢なんかが遊びに来たりしてミドリもビビり散らかしてレンレンと一緒にわーひゃー言っててもらいたい
それでも春山さん1人の威圧感には到底敵わないのである。春山さんがなかなかに恋しいがそろそろ芋の季節だった

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