2021(02)
■兄と妹と自動車整備工場
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私の家は小さな自動車整備工場をやっていて、住んでいる家と道を挟んだところに工場があります。祖父の代で工場を始めて、今は父と兄さん、それからスタッフさんの5人で切り盛りしています。オイル交換や車検、その他日常のメンテナンスなどを主にやっているのですが、車検に通る範囲内でのカスタマイズなんかもやっています。
私は工場の様子がとても好きで、小さな頃からよく父の仕事風景を眺めていました。今では星が好きでそのことばかりなのですが、星を好きになるより早く、車や機械、それから工場の光景を好きになったと言っても過言ではありません。今でも時間があると、兄さんが工場脇に建てたプレハブに吊り下げたサンドバッグを打ちに行っています。
「おーい、春風ー」
「はーい。どうしたの兄さん」
「これ。拓馬さんからの差し入れ」
「よう春風」
「塩見さん、ご無沙汰しています。今日はどのようなご用件で?」
「オイル交換ついでに真宙と駄弁りに来たんだ」
「そうですか。いつも兄がお世話になっています。平日ですけど、お休みですか?」
「ああ。棚卸の翌日だからな」
「そう言えばそうですね」
グレーっぽい色の髪をした大柄なこの方は、兄の知人の塩見さんといって、兄の仕事振りを買ってくださっているようです。こうして定期的に車をうちの工場に持ち込んでは、兄と語らっているという印象が強いです。それが6年ほどになるでしょうか。私とも、会えば挨拶をするという程度の付き合いをしています。
「それに、いつも差し入れなどをいただいてしまって」
「真宙がよ、いつも言うんだよな。俺は春風が美味そうに物食ってるのを見るのが幸せなんだーっつってよ。俺も美味そうに物食う奴が好きだからな。それ、秋の新作ドーナツだから、美味いうちに食ってくれ」
「ありがとうございます! では、さっそくですか今ここでひとついただいていいでしょうか」
「ああ。食え食え」
「いただきます。ん~…! 鼻から抜けるお芋の香りに、ほのかな甘さ…! これは油断すると食べ過ぎて太ってしまいますね」
「春風、一応言っとくけどそれ、父さんとか春樹の分もあるんだからな」
「わ、わかってます! 兄さんは私を何だと思ってるの」
兄は物心ついた時から車が好きだったようで、休みになるたび自動車博物館などに出向いていたようです。中学生や高校生になるとだんだん厳ついタイプのカスタムにも興味を持つようになり、自分で車を持ち始めるとそれを実際にやり始めたんです。それで周りの人からは不良だと言われることもしばしばで。
実際に少しワルい知り合いも多いようですが、悪くない友人の数も多いですし、兄の仕事振りを見ている近所の皆さんは「真宙くんが不良だなんてとんでもない」と言ってくれているのでそれでいいのかなと。実際に、仕事を評価してくれている塩見さんのようなリピーターの方もそれなりにいるようなので。
「ふい~、お疲れさまで~す。あっ、春風ちゃん。おやつの時間?」
「塩見さんからの差し入れです。上野さんもどうぞ」
「それじゃ、いただきます」
「春樹、お前は最近どうだ」
「どうもこうも、こんな感じっす。何つーんすかね、春風ちゃんを見てると同じ妹でもこうも違うかーって、うちのと交換して欲しいですよ」
「おっと春樹、それ以上言うんならまずは俺を倒してからだ」
「上野さんは妹さんが3人いらっしゃいますもんね」
「3番目の妹は彼氏の家に泊まることとかも多くなってて、年頃だなーって感じはするよね。真宙さんどうします? 春風ちゃんに彼氏でも出来ようもんなら」
「まずはそいつが春風に相応しいか俺がちゃんとチェックしねえとなァ」
「……春風、めんどくせえ兄貴を持って大変だな」
「本当に」
「いやいやいや! 世の男がどんだけ危険かお前はわかってないんだ! いいか、彼氏を作るなとは言わないけど、ちゃんと相手の人となりをじっくり吟味してからだぞ! 事を早まって傷つくのはお前だからな!」
「はいはい。わかりました」
彼氏とか、恋愛のことなんて全然考えてみたこともなかったけれど、いつかは私も恋をすることがあるのでしょうか。でも、仮に彼氏が出来たとしても、この兄さんが原因で面倒だなと思われる可能性も無きにしも非ずだと考えると……。いえ、もしもの話を考えるのはやめておきましょう。それ以前の話ですから。
「でもよ、春樹は妹がああだこうだ言いつつも、妹の彼氏の車見てやったりしてんだろ」
「そりゃあなあ。乗る機会もあるんだからちゃんと見とかないと危ないじゃないですか」
「で、妹の彼氏はお前的にどうなんだよ」
「雪の降るトコ出身だからか冬になるとちゃんとスタッドレスを掃くらしいんで、それは感心っすね。まあ、何かのんびりしたような奴っすけど、星大だけあって節々に頭の良さは感じるっす。あとはあれですよ。同じ趣味があるとか、話についてけるってのはデカイと思いますよ」
「あー……確かに、俺も春風の星の話だけはさっぱりだもんな。星の話に付き合ってやれる男なら、まあ、任せてみてもいいかなとは。いや、もちろんそれだけじゃねーぞ!」
「星なあ。昔樹海で仕事をした時に、仕事終わりに見上げた空が綺麗だった覚えはある」
「大自然の中で見る星空は最高ですよね。さ! おやつもいただきましたし、少しスパーリングをしてから星検に向けて勉強をしましょう。塩見さん、ごちそうさまでした。兄さんも上野さんも、お疲れさまです」
end.
++++
奏多が恐れる春風の兄貴の真宙君です。ひょんなことから鳥居家が家で自動車整備工場をやってる流れになった。まあそんな家もあるやろ
塩見さんの昔の仕事、どんなのしようかなって調べてたら星検なる資格試験が出て来るやん……春風なら受けてそうじゃんねえ
ちな世間は狭いナノスパあるある。上野家の4兄妹はそれぞれ春夏秋冬にまつわる文字が含まれているのである。
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私の家は小さな自動車整備工場をやっていて、住んでいる家と道を挟んだところに工場があります。祖父の代で工場を始めて、今は父と兄さん、それからスタッフさんの5人で切り盛りしています。オイル交換や車検、その他日常のメンテナンスなどを主にやっているのですが、車検に通る範囲内でのカスタマイズなんかもやっています。
私は工場の様子がとても好きで、小さな頃からよく父の仕事風景を眺めていました。今では星が好きでそのことばかりなのですが、星を好きになるより早く、車や機械、それから工場の光景を好きになったと言っても過言ではありません。今でも時間があると、兄さんが工場脇に建てたプレハブに吊り下げたサンドバッグを打ちに行っています。
「おーい、春風ー」
「はーい。どうしたの兄さん」
「これ。拓馬さんからの差し入れ」
「よう春風」
「塩見さん、ご無沙汰しています。今日はどのようなご用件で?」
「オイル交換ついでに真宙と駄弁りに来たんだ」
「そうですか。いつも兄がお世話になっています。平日ですけど、お休みですか?」
「ああ。棚卸の翌日だからな」
「そう言えばそうですね」
グレーっぽい色の髪をした大柄なこの方は、兄の知人の塩見さんといって、兄の仕事振りを買ってくださっているようです。こうして定期的に車をうちの工場に持ち込んでは、兄と語らっているという印象が強いです。それが6年ほどになるでしょうか。私とも、会えば挨拶をするという程度の付き合いをしています。
「それに、いつも差し入れなどをいただいてしまって」
「真宙がよ、いつも言うんだよな。俺は春風が美味そうに物食ってるのを見るのが幸せなんだーっつってよ。俺も美味そうに物食う奴が好きだからな。それ、秋の新作ドーナツだから、美味いうちに食ってくれ」
「ありがとうございます! では、さっそくですか今ここでひとついただいていいでしょうか」
「ああ。食え食え」
「いただきます。ん~…! 鼻から抜けるお芋の香りに、ほのかな甘さ…! これは油断すると食べ過ぎて太ってしまいますね」
「春風、一応言っとくけどそれ、父さんとか春樹の分もあるんだからな」
「わ、わかってます! 兄さんは私を何だと思ってるの」
兄は物心ついた時から車が好きだったようで、休みになるたび自動車博物館などに出向いていたようです。中学生や高校生になるとだんだん厳ついタイプのカスタムにも興味を持つようになり、自分で車を持ち始めるとそれを実際にやり始めたんです。それで周りの人からは不良だと言われることもしばしばで。
実際に少しワルい知り合いも多いようですが、悪くない友人の数も多いですし、兄の仕事振りを見ている近所の皆さんは「真宙くんが不良だなんてとんでもない」と言ってくれているのでそれでいいのかなと。実際に、仕事を評価してくれている塩見さんのようなリピーターの方もそれなりにいるようなので。
「ふい~、お疲れさまで~す。あっ、春風ちゃん。おやつの時間?」
「塩見さんからの差し入れです。上野さんもどうぞ」
「それじゃ、いただきます」
「春樹、お前は最近どうだ」
「どうもこうも、こんな感じっす。何つーんすかね、春風ちゃんを見てると同じ妹でもこうも違うかーって、うちのと交換して欲しいですよ」
「おっと春樹、それ以上言うんならまずは俺を倒してからだ」
「上野さんは妹さんが3人いらっしゃいますもんね」
「3番目の妹は彼氏の家に泊まることとかも多くなってて、年頃だなーって感じはするよね。真宙さんどうします? 春風ちゃんに彼氏でも出来ようもんなら」
「まずはそいつが春風に相応しいか俺がちゃんとチェックしねえとなァ」
「……春風、めんどくせえ兄貴を持って大変だな」
「本当に」
「いやいやいや! 世の男がどんだけ危険かお前はわかってないんだ! いいか、彼氏を作るなとは言わないけど、ちゃんと相手の人となりをじっくり吟味してからだぞ! 事を早まって傷つくのはお前だからな!」
「はいはい。わかりました」
彼氏とか、恋愛のことなんて全然考えてみたこともなかったけれど、いつかは私も恋をすることがあるのでしょうか。でも、仮に彼氏が出来たとしても、この兄さんが原因で面倒だなと思われる可能性も無きにしも非ずだと考えると……。いえ、もしもの話を考えるのはやめておきましょう。それ以前の話ですから。
「でもよ、春樹は妹がああだこうだ言いつつも、妹の彼氏の車見てやったりしてんだろ」
「そりゃあなあ。乗る機会もあるんだからちゃんと見とかないと危ないじゃないですか」
「で、妹の彼氏はお前的にどうなんだよ」
「雪の降るトコ出身だからか冬になるとちゃんとスタッドレスを掃くらしいんで、それは感心っすね。まあ、何かのんびりしたような奴っすけど、星大だけあって節々に頭の良さは感じるっす。あとはあれですよ。同じ趣味があるとか、話についてけるってのはデカイと思いますよ」
「あー……確かに、俺も春風の星の話だけはさっぱりだもんな。星の話に付き合ってやれる男なら、まあ、任せてみてもいいかなとは。いや、もちろんそれだけじゃねーぞ!」
「星なあ。昔樹海で仕事をした時に、仕事終わりに見上げた空が綺麗だった覚えはある」
「大自然の中で見る星空は最高ですよね。さ! おやつもいただきましたし、少しスパーリングをしてから星検に向けて勉強をしましょう。塩見さん、ごちそうさまでした。兄さんも上野さんも、お疲れさまです」
end.
++++
奏多が恐れる春風の兄貴の真宙君です。ひょんなことから鳥居家が家で自動車整備工場をやってる流れになった。まあそんな家もあるやろ
塩見さんの昔の仕事、どんなのしようかなって調べてたら星検なる資格試験が出て来るやん……春風なら受けてそうじゃんねえ
ちな世間は狭いナノスパあるある。上野家の4兄妹はそれぞれ春夏秋冬にまつわる文字が含まれているのである。
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